第92話 悩める蒼也と自由奔放な使徒たち その1(礼儀正しいヤクザ)

 朝、目覚めると、台所から御飯の炊けるいい匂いがしてきた。

「ソーヤ、お早うございます」

「お早う、キリコ、何やってんの? もしかして」

「ええ、朝食作ってます。料理は創造の一種ですからね、面白いです。力を使えば一瞬ですが、手間をかけたほうが、想い(オーラ)も付きますしね」

 そう言って振り返ったモデル男は、明るいライムグリーン色のエプロンをつけていた。

 それ、マイエプロン?


「お口に合えばいいんですが」

 俺が顔を洗って戻って来ると、炬燵の上にオカズが並べられていた。

『鮭の味醂焼みりんやき』『豆腐のそぼろあんかけ』『白菜の浅漬け』『ネギと油あげの味噌汁』それと―――


「どうぞ」

 キリコが茶碗に適量、炊き立てのご飯を盛って渡してきた。

「「いただきます」」

 俺は朝あまり食欲は湧かないのだが、今朝のこのいい匂いに食欲が刺激された。

 昨夜の無茶振りで、胃が拡張していたせいかもしれない。


「昨日は本当にすみませんでした」

 食べる前にキリコがまた、金色の頭を下げた。

「もういいよ、済んだことだし。それに消化を良くしてくれたから、思ったほど胃に負担かからなかったし」


 昨夜あれから時間をかけて、濃厚青汁を飲んだが、キリコがひたすら注意して消化・吸収を促してくれたので、胃がもたれる事はなかった。

 味だけが罰ゲームのようだったが。


「それにしても和食作れるんだ」

「あれから調べました。発酵食が結構あって面白いですね」

 なるほど、さすが食に関する創造の使徒だけあるな。

 どこかの破壊ばっかやってる使徒とは大違いだよ。


「あれっ、これ家にあった味噌使ってる? なんかいつもよりまろやかな感じがするんだけど」 

 一口飲んだ味噌汁が、俺が作るより優しいというか、美味いんだけど。

「隠し味に、魚に使ったのと同じ調味料使ってます。相性が良いみたいなので」

 ああ、味醂みりん入れたのか。俺も今度やってみよう。それにこの豆腐にかけたあんかけも、甘さと塩加減が丁度いい。なんか飽きずに食べられそう。


 上手く出来てますかねーと言いながら、向かいで上品に食べている男を見て、しばらくキリコが付き人でいいかなと思ってしまう。

 髪が金髪なので当たり前だが、長い睫毛も金色で、窓からさす朝日にキラキラ光っている。

 瞳の色は少し淡いグリーン系に、ところどころ黄色と青の指し色が入っている。まさしく宝石みたいだ。

 誰かさんみたいなキツい、鋭い光は放ってない。

 ピアニストみたいな綺麗な指で、上手く箸を使っている。

 ガサツなあいつとは正反対だな。


「あの、勧めておいて申し訳ないんですけど、食事は腹八分にしておいてくださいね」

 俺が珍しく食欲が出て、御飯をお代わりしようとするとキリコが言った。

「まだ、例のジュースがありますので……」

 そうだった。あれ結構、腹に溜まるんだよな。

 む~っ、なんとかその習慣なんとかなんねぇかな。


 昼も作ってくれるというので、近所のスーパーに出かける。

 キリコにとっても市民が口にする、身近な食材が置いてあるというので興味があったようだ。

 

 昨日の電車内でもそうだったが、スーパーでもオバチャン達にジロジロ見られた。

 ちぇっ、俺はやっぱり引き立て役か。

 イケメンで料理も出来るって、まさにモテメン要素バリバリだしな。


「なあ、ちょっと買い過ぎじゃないのか? 男2人でそんなに食べないだろ」

 大家族のようにカート一杯、食材を入れているキリコを見て、まさか量の加減がわからないのかと心配になった。

「いつ、帰るか分かりませんので、出来る限り作り置きしておきます。冷蔵庫に入らなくても収納出来ますでしょ」


 おお、それは有難い。

 俺も時々作るけど、マンネリ化してるから、そういうのは助かるよ。

 食材以外に、作り置き用のタッパーを幾つか買って帰った。


「キリコって、なんであんな奴の下についてるんだい? やっぱり順番で振り分けられたとか」

 鶏の挽肉に、刻んだネギや人参などを練って、鶏団子を作っているキリコに訊いてみた。


「創世期のことは聞いてます?」

 醤油や味醂、料理酒などを合わせたタレの、味見をしながらキリコが言った。 

「うん、最初の使徒たちがあの星を作ったって。なんだか秩序も何もなくて、争いもあったとか簡単に聞いたけど」

「私、その時から副長の下についてたんですよ」

「え、キリコも創世の使徒なのか」


 なんか意外だった。

 あのネーモーは、もっとずっと後の使徒らしく、創世期の事を伝説みたいに言っていた。

 とんでもない混沌カオスだったらしいのに、こんなポヤンとした感じのキリコが生き残れたのだろうか。


「ええ、999番までが、始めの使徒―――創世期時代の第一期です。まあ、私なんか副長の傘下に入らなければ、到底生き残れませんでしたけどね」

 へぇー、という事は、ナジャ様やリブリース様も創世の使徒なのか。

 道理でアクが強いわけだ。

 キリコは『寄らば大樹の陰』で、自分だけで切り抜けるタイプじゃないんだろうな。穏やかそうだし。

 ちょっとついでに訊いてみようかな。


「変な事聞くけど、俺がもし、そっちのアドアステラじゃなくて、最終的に地球の籍にするって決めたらどうなるんだい?」

 ピクッと、野菜を軽快に切る手が止まった。


「ソーヤはうちの星が嫌いになったんですか?」

 また手だけ動かしながら、顔だけこっちに向ける。

「ん、いやその、嫌いとかじゃなくて、なんだか疲れちゃって……。

 毎回ハードだからさ。

 訓練がある程度必要なのはわかるけど、遭遇する事件が半端ないし……。俺はもう少し穏やかに暮らしたいんだよね」

 そう炬燵に丸まりながら答えた。


 こっちにいたら一生出会わなかったかもしれない事ばかりだったし、何よりたった一週間ぐらいの短期間で、次から次へとよくあったもんだ。

 もう気分は『ダイ・ハード3』で巻き込まれちゃた修理屋の親父と一緒だよ。


「そうですか。でも確かに慣れないと辛いですものねえ」

 いや、普通慣れないよ。

 キリコもあいつのせいで、神経マヒしてるだろ。


「これは仮にですが、もしソーヤが地球籍を正式に決めるとなったら、私たちはまず、手を引きます」

 うん、それは初めて、奴と会った時も言ってたな。金だけ渡してもう来ないって。

「あと基本的にはファミリーから籍を抜きますので、あるじとの縁も切れます。今までに他の星に出来たご子息で、永遠に切れた方は何人かいますし」

 

 え……、父さんとも絶縁になっちゃうのか…………。


「私たち使徒や天使の場合は、本人はそのままですが、ソーヤのように半分人間の場合は、記憶を消します。それで元の生活に戻ってもらいます。

 体や能力も以前に戻して、何事もなかったことにします。始めから何も無かったように」

 父さんと会った記憶も消されちゃうのか。

 じゃあ、母さんの事も。

 ヴァリアスと会う以前の俺、ただの親知らずの独りぼっちに戻るのか……。


 そういえばネーモーが、ヴァリアスに覚えておいてもらえるのを喜んでいた。

 除籍になるという事は、始めからいなかった事になるってことか。

 今まで仲間だった人達から存在も否定されちゃうんだ。

 なまじ本人は記憶が残ってるから、余計に孤独感が増すのかもしれない。


「まぁすぐに決めなくてもいいんじゃないですか。特にアドアステラに不満がある訳じゃないのなら、やり方を変えれば解決するかもしれませんし」

「あいつがやり方変えるかなぁ~」

 一番の問題はあいつな気がするんだが。


 その日の6時過ぎ、会社の食堂で広げた弁当は、キリコの手料理だった。

 キャラ弁ではないが、基本の赤・黄・緑色のオカズが綺麗にバランス良く入っている。

「おっ、東野さん、手作り弁当? もしかして彼女が作ってくれたの?」

 本日同じく遅番の中田さんが、俺の弁当を覗き込んで、ニンマリしながら訊いてきた。

「そうだったら、嬉しいんですけど、総菜を入れただけですよ」 

 そう、キリコが作ってくれた惣菜だけどね。


 それにしてもこのウィンナー、タコどころか、真ん中が編み込み模様になってる。

 だし巻き卵も層の間に、薄く剥いだ赤と緑のピーマンが綺麗なマーブル模様に入っているし、器用というかマメというか。

 例の野菜ジュースも、いきなりテーブルの上に出現させるのも、如何なものかという事で、タンブラーに入れてくれた。


 あいつ、なんで女じゃねぇんだろうな――― ふと変な考えをしてしまった。


 余った時間に100均ショップを見ようと思い、近くのショッピングモールにいった。

 中に入っていたドーナッツショップが、今日は『全品¥100セール』のポスターを出している。

 キリコも食べるかな。甘いものは嫌いじゃなさそうだし、多めに買っておいても収納しておけば腐らせる事もないし。

 俺は1種類ずつ、10個ドーナッツを買った。


 10時過ぎに会社の外に迎えには来なかったが、アパートに戻ると部屋の明かりがついていた。

「ただいまー」

 俺はなんの注意もせず、居間の戸を開けた。


「おう、蒼也、待ってたぞ」

 いつも通りの低音が聞こえ、俺は一瞬固まった。

 そこにはいつもの黒い殺し屋ともう1人、黒いヤクザが炬燵の前に座っていた。


 黒髪のようだが、坊主刈りというか一部刈りのその頭には、イナズマ模様の反りこみが両サイドに走っていた。

 シャツは白いが、上下のジャケットとズボンは柄無しの真っ黒だ。体の線から細マッチョっぽい。


 奴と同じく30代に見える口髭の男は、同じくグラサンをしている。その眉間には摘まんでいるのかと思うほど、深いシワが寄っている。

 そして何故か、きっちりと背筋を伸ばして正座していた。

 俺はどうしていいのかわからず、そのまま棒立ちした。


 すると男は、おもむろにサングラスを外して胸ポケットに仕舞った。

 期待を外さず目付きがヤバい。

 瞳は焦げ茶色なので、彫りの深さと首が長めなのを除けば、日本人に見えないこともないかもしれない。

 それでマフィアというよりヤクザを連想したのだ。


「お帰りなさいませ。お初にお目にかかります。

 わたくし運命の女神スピィラルゥーラ様の893番目の使徒 オプレビトゥと申します。

 どうかお見知り置き頂きたく存じます」

 そう言うと黒い男は、綺麗に三つ指をついて前に滑らし、深々と畳にくっつくほど頭を下げた。

 俺も慌てて畳の上に座って手をついた。


「突然伺いましたご無礼、申し訳ございません。

 すぐおいとまする所存でしたが、ヴァリさんがご紹介されるとおっしゃいまして、お帰りをお待ちしておりました」

 男は頭を下げたままだ。


「とりあえず頭上げて喋れよ。話しづらいだろ」

 ヴァリアスが左膝を立てて、胡坐を崩した格好で座りながら言ってきた。

 なんだろうこの対比は。

 男はあらためて顔を上げて俺を見たが、両手はきっちりと膝の上に揃えて、正座したままだった。


「コイツは以前話したことのある、運命のヤツだ。お前の運命の良い選択肢を見るために連れてきた」

 ああ、あの『ブラックホール』とか言われてた使徒か。

 え、だけど大丈夫なのか?

 確か俺に接近禁止令出してなかったっけ。


「ヴァリさん、再三言うけどあまり期待しないでくださいよ。私はアドアステラ籍以外の方は、完全には視ることは出来ませんからね」

「あの俺、私の運命を視るってこと出来るんですか?」

 それは聞きずてならない。

「ええ、ソーヤさんは地球籍ではありますが、クレィアーレ様のご子息、またアドアステラにも度々来られてます。

 あちらに来られた際は運命の糸が、仮糸で私共の手で紡がれますので、全く関係がない訳ではないのです」


「ついでにコイツの地球の糸もしっかり見て来いよ。簡単な設計図でいいから。オレは駄目だが運命のお前なら、少しは見学させてもらえるだろう? 隙見てちょっとくらい覗けるだろ」

「いや、それは出来ないよ。そんなの禁止だし」

「何言ってんだっ。それっくらい誰でもやってるぞ。お前はちょっとくらい、不正を働いた方がちょうど良いんだよ!」


 マフィアがヤクザを脅してるのって、映画でもあまり見た事がない気がするが、それが何故、俺の部屋でなんだろうか。


「コイツはたまに瘴気しょうき出したり、ネガティブ思考に他人を巻き込んだりしなけりゃ真面目なヤツだから。

 それにここしばらくの安全な状態なのは確認済だ。ここに連れてくる前にそれに手間どってた」

「本当にお恥ずかしい身であります」

 黒い男はまた頭を下げた。

 これはまたキャラの濃そうなシトが来たぞ。

 礼儀正しいシトみたいだけど、いつどんな風に巻き込まれるか油断できん。


 ふと、この使徒のインパクトで気がつかなかったが、炬燵の上に缶ビールや酒瓶が置いてある以外に、大中のタッパーが開いて置いてあった。

 中身は半分くらい無くなっている。

 キリコが作ってくれた惣菜が、食い荒らされている――。


「あの……そういえばキリコは?」

 彼の姿が見えない。奴が来たという事は帰ったのか。

「アイツは帰したよ。ったく役にたたねぇよな。オレはちゃんと1日2回に分けて摂取させろって、言っておいたのに、それすら出来ねぇんだからな」

「でもヴァリさん、それは仕方ないよ。ビザが無いのに税関を通れないじゃないか」

「前から言ってたんだから、それくらいいつでも行けるように用意しとけってんだ。

 しかもアイツ、下手な小細工して、蒼也に無理にまとめて飲ませたそうじゃないか」

 バレてるのか。

「なんとかしようとしたのは認めてやるが、やり方が下手だ。本体が税関通れなくても、やりようがあるだろうに」

「いや、それこそ駄目だって、網抜けになってしまうよ」とヤクザ。


「まさかキリコをボコボコにしたとかしてないよな?」

 俺は少し心配になって奴に訊いた。

「当たり前だろ。そんな乱発はしねぇよ。一発締めるだけだ」

「だからヴァリさん、暴力ばかりは駄目だって」

 隣でエグザイル似のヤクザがマフィアを諭す。

「お前はいつもそうだな。

 まあ今回はビトゥオプレビトゥ、お前に免じて脅すだけにしといたが」

 ああ、とりあえずキリコの体だけは、無事のようだな。

 

 俺は炬燵にあらためて入ろうとした。

 が、足を入れようとして、中から押し返された。

 ったく、西洋系は無駄に足が長いんだよ。

 ん? 2人とも炬燵に足入れてないな……? 

 俺は布団をめくってみた。


「ソウヤーッ! 会いたかったぞぉーっ」

 ばしゅんっと、炬燵の中から飛び出してきたのは、ふんわりした淡い金髪の少女だった。

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