第91話 異端の孤独
しばらく日本に戻ってのんびり(?)します。
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ハイオークとメイスを収納した後、皆と合流するべく急いで探索に戻った。
まわりの人間の気配に怯えて、こちら側に逃げてきた2匹の地豚を、可哀そうだが酸欠で倒す。
これで俺の持っている地豚は3匹になった。
1匹はターヴィが倒した奴だから、ちゃんと申請しないとな。
ちょうど森の樹々の間から、黒い森との境にある川が霧越しに見え始めた頃、
『ピュリリリィー、 ピュリリリィー』と終了と集合を告げる笛の音がした。
なんとか間に合った~。
念のため何処かに漏れがないか、ヴァリアスの奴に確認する。
1つでも取りこぼしがあったらお仕舞だからだ。
「これはあくまでお前に、精密な探知を教えるためだからな」
そう言って俺の頭に手を置いた。
音がするならば ‟ キ――――――ン ”という感じか。
今まで昔の8mmフィルムで慣れていた目に、4K画像の鮮明な画像が映し出されたぐらいの衝撃だった。
「これでも力は抑えてるんだぞ。全開でやったらお前の脳がパンクしちまうからな」
俺達のいる場所から楕円状に爆風が広がるように、俺の出来る範囲をたちまち超えて探知の波が広がっていった。
右側にやや波打ってはいるが、一列に並んでいる村人や、ハンター達、村長をみるみる通り越し、森全体を包んでいく。
そんな中、通り過ぎた地面の落ち葉の下に、“キン” と感覚に引っかかるところがあった。
落ち葉の中に隠れて地豚の牙が2本紛れていたのだ。
危ない、やっぱり漏れてた。
俺はまた引き返すと牙を燃やして、やっと皆の集合場所に行った。
見つかった地豚は、俺が持っていたのも合わせて8匹だった。
やはり群れ単位で移動してきたらしい。
ただ、オーク化したのはこのハイオークだけだったようだ。
俺の代わりにヴァリアスが空間収納から引っ張り出すと、まわりから『オオッ』と声があがったが、その歪んだ唇を見て村長がピクっと片眉を上げた。
すいません。
というか、正確にはこいつの因果なんだけど。
「やっぱり大物だったな。ご苦労さん、代金は査定後でいいかい?」
村長がオークを覗き込みながら、俺の肩を叩いた。
「いや、あの、貰えません……だってこいつは――」
「気にしなさんな。誰にでもしがらみはあるさ。それにハンターなんざやってりゃ尚更じゃ。こっちを見てみろ」
と、転がった他の地豚の一匹の前足を持ち上げた。その蹄は3つに割れ始めていた。
「オーク化し始めてたのを仕留めたんだ。儂の因果かもしれんし、別の誰かのかもしれん。今日はこんなに他方からも人が集まってるしな」
霧のこもる川の手前で、話し込んだり、座ったり、
そんな人々を見回しながら、村長はパンッと手で良い音をさせた。
「よっしゃっ! 皆の衆、本当に有難うっ! ご苦労じゃった。手伝いにきてくれた皆も、どうか村に寄ってくれ。村で女たちが酒と料理を用意して待っててくれてるはずじゃ。せめてこれぐらいの礼はさせてくれ」
「「「「「「「「「「オオオオオーッ !!」」」」」」」」」」
皆がまたぞろぞろと森の中に戻っていく。
こういう人が側にいてくれたら、安心して暮らせるんだろうなあ。
俺はつくづく感じいった。
「ジジイ、俺の分の火酒はあるんだろうな」
ヴァリアスが空間収納持ちという事で、その場の全ての地豚も収納しながら村長に言った。
「もちろんじゃ。旦那のはヒックリー(酒屋の親父)にちゃんと言ってあるぞ。
今朝も追加で買い付けに行ってるはずだ」
「そうか、それならいい」
こいつはどんな時でもソレしか頭にないのかよ。もう守護神、村長と代わってくんないかな。
村に戻ると、門番のフランの横にいた彼女が俺達を見て、村の奥に大声を上げながら引き返していくのが見えた。たちまち数人の女たちが走り出てくる。
「お帰りなさーい」
「おかえりー、みんな無事ぃ?」
「お疲れさまー」
「皆、大丈夫だったあ? 怪我してない?」
みんな口々に男たちに
「おうっ、大変だったけど、これくらいオイラなら屁でもねえさっ」
ウィッキーが赤い鼻を上に向けて、女たちに得意げに話す。
あんたホントに活躍してたのかあ。
役場前の広場には『パープルパンサー亭』の物らしいテーブルや、折り畳みの机などが並び、その上にはすでに大皿に料理が盛られ、ジョッキも置いてある。
「もちろんこっちも用意してありまっせー」
役場の前に酒樽をいくつも立てて置いてある前で、1人の赤髪のドワーフが大声を上げていた。
「ジョッキが足りんから、カップやら大きさ様々なとこは勘弁してんくなぁー」
「料理もまだまだ出るから、たくさん食べてねぇー」
ダリアと他の店の女の子たちが、また料理を運んでくる。
「具合が悪い人はいませんかぁ? お薬ありますよぉ」
大勢の間を小さなピジョンが声をかけながら回っていく。
薬屋の横に『手当処』と書いた木の板がついていて、その前の机上にポーションや傷薬、包帯などを並べてちんまり座っている3老姉妹。
「別にジョッキが足りなくても、自分のがあるからいいけどな」
ヴァリアスがマイジョッキを人差し指に引っかけて、グルグル回しながら言った。
「あのさ、悪いけど俺……、もう帰りたいんだけど……」
体力は戻してもらったが、神経というより精神が疲弊してしまって、この賑やかなムードに乗る事が出来ない。
というか逆に疲れさえ感じてしまう。
「エェ~ッ ?! 今すぐにかぁ?」
わかっちゃいたけど、凄い残念そうだな。あんたの八の字眉、初めて見たよ。
「来る前に約束したろ、一週間から10日だって。もう一週間経ったし、今回もメチャハードだったし……」
「ウ~~~ン ……ちょっと待て」
頭髪をかき上げるように手を当てて、ほんのちょっと斜め上を見ていたが
「よし、わかった。戻してやる」
そう言うと役場裏に連れていかれた。
今は役場裏に馬は繋がれていない。角から顔を出すと、賑やかな広場がすぐそこだが、こっちには今、犬1匹さえいない。
以前馬が繋がれていた、少し引っ込んだところに、ブワンと例の亜空間の門を開いた。
「オレはあとで行くから、先に行って休んでろ」
はいはい、ごゆっくり。日本でなら俺1人で大丈夫だから。
俺は1人、門をくぐった。
アパートの玄関に出ると、部屋の中は真っ暗でしんやりしていた。違う意味でゾクゾクしてしまう。
部屋に入って明かりをつけると、風魔法で空気を温めようとして止めた。
あえてエアコンのスイッチを入れる。
文明圏に戻ってきた。
日本は今、土曜日の夜だが、外ではまだ飲み歩いたり、出歩いている人も普通にいる時間だ。
向こうでは絶対的に静まり返っている時刻だが。
カーテンをめくって外を覗くと、道路を車のライトが走っていき、遠くにコンビニのカラーの看板が明るく見えた。
テレビをつけてニュースを見ながらスエットに着替えると、布団を敷いてそのまま転がった。
カーテンから洩れる朝日が、布団の上に光の筋を作っている。時刻は6時45分。陽射しは明るいが、部屋の中は冷え切って寒い。
俺は
そうだ、俺は日本に戻ってきてるのだ。
はぁ~、現代の日本に帰ってきた実感がやっとしてきた。
あらためて首をもたげてまわりを見るが、ヴァリアスの奴はいない。
あいつまだ向こうにいるのかな。
あの門を行き来すると、時空間の関係なのかよくわからないが、えらく時間が縮む。だからリアルで今、あちらが何時なのか全然わからない。
もしかするとまだ飲み続けているのかもしれないな。
今日は日曜日だ、どうしようかなぁ。
毎回忙しかったけど、今回は特に色々あったな。ホントにキツイのが多かった……。
もう、あっちに行くの考えたい……。
残っていたお握りと即席みそ汁、冷蔵庫に残っていた卵焼きと漬物で、簡単に朝食を済ますと、俺は外に出かけた。
今は12月、世間はクリスマス一色だ。
街を歩けば、赤・緑のリボンに柊の葉と金色のベル、鮮やかに点滅するイルミネーションライトに、クリスマスツリーがそこかしこに飾られている。
あちこちからクリスマスソングが流れていて、明るいムード一色だ。なんだか特に嬉しいことがなくても、ちょっと気分が上がる。
日曜とあって人の出も多い。毎年と変わらない情景だ。
だけど今年は俺が違っていた。
手前の角の死角から結構な勢いで、ロードバイクが走って来るのがわかる。
だから俺は角の手前で立ち止まった。
俺の左側を歩いていたカップルが、そのまま通り過ぎようとして、ぶつかりそうになり、「おっ!」と声を上げて立ち止まる。
カップルがロードバイクに向かって、一言悪態をついてから、また歩き出す。
だけど俺は立ち止まっていた。
俺だって見えてたわけじゃない。ただ、
もう俺はこっちじゃ異質な存在になってしまったんだ。
もう日本にいや、この世界に俺をありのまま受け入れてくれるところはないだろう。
そう思うと、急にまわりの雑踏が遠くなった感じがした。
アメリカンヒーロー物の主人公達は、やっぱりその超人的な力のせいで、孤独を感じながら生きていたのだろうかとふと思った。
いや、ちょっと違うな。彼等は少なくとも表舞台で存在感を出しながら、正体を隠していただけだ。良くも悪くも超人として、世間に認められていたんだよな。
実際問題、こんな力持っている奴がいたら、まわりの人間からは脅威の何者でもないだろう。
もしバレたら無人島にいって暮らすしかないかもしれない。
それが許されるならばだが…………。
そういえば『超人ハルク』は孤独なヒーローだったな。映画『アベンジャーズ』のではなく、昔のTVドラマシリーズのほうだ。
ジキルとハイドみたく超人に変身するが、唯一の理解者の奥さんを事故で亡くした上にその殺人容疑をかけられて、毎回毎回、町から町へと隠れて渡り歩かなくてはいけない話だった。
落ち着こうとすると、いつも新聞記者が追いかけて来たり、事件に巻き込まれたりして、その町に居られなくなる。ラストはいつも1人寂しくショルダーバッグ1つ持って、ひっそりと町を去るシーンばかりだった。
何処にも居場所のない異端者 ………………。
そんな思いはしたくないなぁ……。
子供の時に味わった、授業参観の孤独感を思い出した。
だけどここには俺の居場所はもうないのかもしれない……。
寒い……。
12月だから寒いのは当たりまえなのだが、孤独感は心も身も冷やす。
俺はポケットに手を入れて、身をすくめた。
せめて何か暖かいモノでも食べよう。
そうして何か明るい映画でも見て気分をあげよう。
けれどレンタルDVDショップで借りた洋画は、なんだか暗そうな話だった。
**************
「東野さん、今日からウチのフロアに配属だからね」
次の日、会社に行くと、中田さんが辞令の紙を渡しながら言ってきた。
どうやらこの2階文具売り場に、配属が決まったらしい。
「良かったよ、ウチは男が俺だけだから。文具って軽いイメージがあるみたいだけど、紙類とか重いからさ。力仕事も結構あるし助かるよ」
と、本当に嬉しそうに中田さんは笑った。
「はい、これからもよろしくお願いします」
少なくとも目の前の中田さんは、少しは必要としてくれてるようなので、頑張らないとな。
「そういえば東野さん、少し雰囲気変わったね。何かあった?」
中田さんが、お客さんからの注文書を渡してきながら聞いてきた。
自分で言うのもなんだけど、ちょっとは腕とか筋肉ついたかな? 以前はただヒョロ細かったし。
「え、いえ、別にコレといってないですよ。ちょっとやり慣れないスポーツとかはやりましたけど……」
「へぇー、それってどんなの?」
「ええと……、パルクールです。知り合いに誘われて。……散々やらされて疲れましたけど」
うん、嘘じゃないよな。
「おーっ、凄いじゃない。あんなの出来ちゃうんだ。俺なんか跳び箱だって出来ないよ。そりゃあ顔も引き締まるはずだね」
「えっ、そんな感じします?」
「うん、なんか先週に比べて、こうなんというか、精悍になったというか、男振り上がったよ」
男に言われても気持ち悪いかと、笑いながら中田さんはバックヤードに消えて行った。
そういや村長にもそんな事言われたな。
俺、少しは落ち着いて見えるようになってきたのだろうか。
そんな気配が他でもあった。
客注品を引き渡しのカウンターに持って行った時、注文書に品物を置いた棚№を記入していると、ふと視線を感じて顔を上げた。
カウンターに入っていた女の子と目があった。
変な嫌そうな顔とかではなく、その逆の感じがするのは俺の欲目か?
それに少し離れたバックヤードにいる2人も、こっちを同じようにジッと見ている。
なに、俺もしかして注目されてる?
急にモテ期来たの??
やっぱり死線を何度もくぐり抜けると、面構えって変わるのかな。
なんだよ、だったら考え方変わっちゃうぞ。
魔法を絶対使わないようにして、一般人を押し通すよ。
身体能力も極力見せないようにして、秘密は墓場まで持ってくよ。
昨日までの落ち込みが嘘のように、一気に明るい未来を考え始めた。
そんな風に妄想してたら、カウンターの女の子の視線が、少し俺の肩越しにそれているのに気がついた。
あれっ、俺じゃなかったのか。
後ろを振り返ってビックリした。
フロア案内が大きく書かれたプレートの下、柱の横に1人の男が立っていた。
緩く波打つ金色に、淡いグリーンのメッシュ入りの前髪をした若い外国人は、俺と目が合うと胸の前で軽く手を振った。
「キリコ !? どうして??」
俺は小走りに柱まで行くと、創造神の774番めの使徒に小声で言った。
「すいません、実は、副長からソーヤさんの保護を任せられてたんですけど、来るのが今になってしまって……」
「え、あいつは来ないの?」
「ええ、でも副長は後から来られるので、一時的な間ですが」
そういうキリコはもちろん、こちらの服を着ていた。
明るめのキャメル色のチェスターコートにクリーム色のニット、深いカーキの中折れハットを被って、同色のマフラーを緩く巻いていた。
下は黒のスキニーパンツに、くるぶし丈のチャッカブーツを履いている。
なんかこいつタレントっぽくないか?
あー、女子たちはこいつを見てたんだ。
がっかりする俺に、キリコはあたりを気にしながら
「今、お仕事中ですよね? こんなお話してて大丈夫ですか?」
「あ、そうだな。じゃあ仕事終わったらあらためて話そうか」
気がつかないうちに俺はタメ語になっていた。彼の上司であるヴァリアスには、遠慮せず喋ってるせいもあるかもしれない。
6時過ぎ、俺がいつもの4階の食堂で買ってきた弁当を温めていると、仕事をあがった女子たちが入ってきた。
ここは休息所にもなっているので、帰り際にここで、しばらくお喋りしていく人が少なからずいる。
「東野さん、ちょっといい?」
4人組の1人がレンジ前に立っていた俺に話しかけてきた。
この
「はい、何でしょう?」
「今日1階で話してた外国人さんって、東野さんの知り合い? 何やってる人? モデル?」
あ~ そっちかよ。俺は眼中に無いのね。
他の3人もなんだか興味ある顔してるし。
どのみち俺も会って間もないので、知ってる事は少ないし。適当に話を濁しておいた。
10時過ぎに裏口から出ると、ビルの角に金髪モデルが立っていた。
「お疲れ様です。本来なら家まで転移で送っていきたいのですが、私まだソーヤさんのお宅知らなくて……」
「別にいいよ。あともう俺もタメ口になってるからさ、そっちも普通に喋ってよ。なんか変じゃん?
俺、キリコの上司にあの喋り方だし、それに同じファミリーなんだろ」
キリコならファミリーというのは抵抗なく使える。モテメンなのがちょっと悔しいが。
「ああ、そうですか。うん、そうですね。じゃあソーヤと呼びますね」
いや、もっとタメ口でいいんだけど、まっいいか。
そのまま2人で地下鉄に乗る。
なんだか周囲の視線がキリコにチラチラ来ているのがわかる。
やっぱ目立つな、この金髪男は。
地下鉄を出るとヴァリアスの時と同じように、近くのコンビニに寄る。
「キリコはやっぱりビール? 俺はチューハイにするけど」
扉式の冷蔵庫の前で俺が酒を選んでいると、キリコはその横のドリンク側に行き、ジッと見ていたが
「これが良さそうです」
コーラを取り出した。
「それ炭酸ジュースだよ。お酒じゃなくて」
「ええ、私はあまりお酒飲まないんですよ」
ふーん、そうなんだ。あいつの部下だからみんなそうかと思ってたよ。
1Kのアパートにキリコと一緒に帰る。
俺はもう飯は食べないので、軽く甘い物として抹茶ロールケーキを買ってきた。
キリコは食事をすると言って、スパゲティナポリタンと温野菜サラダを買っていた。
量としても普通だな。やっぱりあいつとは違うのか。
それにしても西洋人が炬燵に入ってるって、妙な違和感を感じる。
というか、この昭和の純和風のアパートにそぐわないんだよな、このモデル顔が。
なんてちょっと嫉妬心を覚え始めていると、キリコが綺麗にフォークでスパゲティを丸めて食べながら
「あらためてすいませんでした。私本当は一昨日から来たかったんですが、突然だったのでビザの手配がまだ出来てなくて」
キリコの話によると、一昨日、俺が帰ると同時に、いきなり奴に呼び出されたらしい。
「オレの代わりに蒼也の面倒見てこい」
奴は前触れなく突然呼び出してきたそうだ。
キリコはというと、新しい創造物の真っ最中で、作業を途中で止めることも大変だったらしいが、『さっさと来い!』と言われて、慌てて飛んできたらしい。
そうしてすぐに亜空間の門を開けられて、押し込められたそうだ。
「確かに副長が来れない場合、代理であなたの保護をする予定ではありましたが、申請がまだ通ってなかったんですよ」
いきなり地球に来させられて、すぐにこちらの税関に事情を話し、仮ビザを発行して貰うまでに1日かかったらしい。
「あいつ、とんでもないパワハラ上司だな」
「いえ、これくらい普通ですよ。
昔ですが、ある大陸の全植物を熱帯タイプから温帯タイプに入れ替えろ、3日で済ませろって言われた事がありますし」
それは植物が生える環境自体も変えねばならず、他の領域との連携や、調整なども入るので、口でいうのは一言で済むが、普通3日などという短期間では無理な事だったようだ。
例えていうなら『東京スカイツリーを1ヶ月で作れ』というようなことらしい。
どうもこの時、他の星と創造のスピードを神様同士が競っていたそうだ。
とんでもねぇヘルブラック業界だな、神界って。
人間とはやっぱり基準が違う。
だが、キリコはそんな事には慣れっこなようで
「この味付け美味しいですね」
と、サラダにかけたフレンチドレッシングに興味がいっていた。
「そういや、こっちでは俺の保護って、地球の守護霊様に切り替わるんじゃなかったっけ?」
俺はふと疑問に思った。
「初めはそうだったんですが、最近かなり力がついてきたでしょう?
もう地球での能力範囲が許容を超えたんです。だから私たちがこちらでも、主に受け持つことになったんですよ」
ああ、そうか。俺はもうこちらでは、本当に化け物になったんだな……。
俺はそんな気持ちを振り払うように、話題を変えた。
「あいつ、まだ飲んだくれてるのかなあ」
「あの方は、その他に調べる事があるとか言ってましたよ、飲みながら」
最後のは余計だな。
「それで、副長から仰せつかってる事がありまして……」
食べ終わって容器を霧散させると、キリコはあらたまって座り直した。
「なに?」
「今、副長があなたに朝と晩に、栄養ジュースを飲ませているそうなんですが、これをちゃんと実行しろと」
「ああ、そういや、あいつがいないからいいのかと思ってた」
「すいません、昨日も丸一日、お渡し出来なくて……」
キリコは申し訳なさそうに、綺麗な金色の頭を下げた。
「いや、別にいいよ。明日からやればいいんだろ?」
「いえそれが、本当は一昨日の晩の分からだったので……」
「え? それって遡って飲まなくちゃダメなの?」
「ええ……成長に必要な栄養素ですし、特に副長の命令は絶対なので……」
「いやだって、一昨日の晩からって、今日の分も入れたら5杯だよ? あんなのそんなに飲めないよ」
1杯でも濃いめのスムージーみたいに胃に溜まるのに、一度には絶対無理だろ。
「もちろんそんな量は飲ませませんよ。そんな事させたら、水責めで胃をパンクさせる拷問になっちゃいますから」
「うん、分かってくれてるならいいや。じゃあ なに、昼も飲めばいいって事?」
1日3回にして5日間やればいいんだもんな。それならなんとかなるか。
「いえ、それじゃ不味いんです。私が殺されてしまいます……」
キリコは更に頭を下げた。炬燵の台に額がつく。
「今飲んでもらってるのは濃度を3倍に薄めてます。だから水増ししている余分な果汁を抜いて、元の濃度にして、量を約1.66倍にすれば1回で終わります」
「ハァッ ?!」
「すいません、スイマセン。でもいつあの方に気づかれるか。分かった時点で対処する行動を取らないと――― 先送りは許されないんです―――」
なんてこった ――― !!
キリコは顔を伏せたまま、炬燵の上にいつもより一回り大きいカップを、ススっと俺の方に押し出してきた。
中にはなみなみと緑色の濃い液体が入っている。例の肝は焼いてあるのか、生臭さはないが、その代わりに半端ない青汁臭がする。
ベジタリアンどころか、もう芋虫しか無理なんじゃないのか。これ。
「一応聞くけど拒否権は……」
「これは健康管理の一端なので……本当にスミマセン……」
クソーッ。だったらせめてチューハイ飲む前に言えよ。
ロールケーキが腹で適度に膨れちゃてるじゃないかよっ。
立派に拷問と一緒だぞっ、キリコ!
俺は居場所を探す前に、まずこいつらとの付き合い方を、なんとかしなくちゃいけないようだ。
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