第27話 宿屋の娘と消えた守護

「やっぱりソーヤ様だったんですね。昨日宿帳を見た時、まさかと思ってたんですけど」

 赤毛の娘はパァッと笑顔になって言った。

「えと、あなたもここに泊まってるんですか?」

 俺は乱れた髪を手櫛で直しながら訊いてみた。

「ウフフ、私この宿屋の娘なんですよ。ここ実家なんです」

 彼女はちょっと照れくさそうに笑った。

「今日はギルドの仕事が休みなんで、実家の手伝いなんです。

 でもこんなボロい宿にソーヤ様達が泊まってくれるなんて、ちょっと恥ずかしいです」

「イヤイヤ、そんな事ないですよ。食事も安くて美味しいかったですし、何より俺っ、私達そんな偉いもんじゃないですから」

 これは本心だ。俺はそんな偉いもんじゃない。


「隠さなくても知ってますよ」

 少し悪戯っぽい顔をして小声で返してきた彼女の素振りに、色々な意味でドキリとした。

 俺と目が合ったマリンブルーの瞳が見つめ返してくる。


「もちろん家族にも話しませんよ。ギルドのお得意のハンター様くらいにしか言いません。

 そうそう今、シャワー使ってましたよね?

 お湯ぬるくなかったですか? すいません、魔石がもう消耗してるのに替えてなくて。

 お母さんに言われてたのに忘れちゃってました。

 ああ、氷室用のもだった。ちょっとこれからギルドに行って買ってきますね」

「魔石ってギルドで売ってるの?」

「ええ、従業員割で安く買えるんですよ。

 あとわたし、リリエラっていいます」

「私も様付けじゃなくていいですよ。ただのハンターだから」

「わかりました。じゃあソーヤさん、良かったらゆっくりしていってくださいね」

 リリエラは髪と同じような明るい笑顔で、軽く会釈すると階段を降りていった。


「おい、顔がにやけてるぞ」

 俺が部屋に戻るとヴァリアスにすぐ言われた。

「そんなに顔緩んでたか?」

 俺は意識して顔を引き締める。

「どうせここに連泊しようかとか考えてたんだろ」

 やっぱり見抜かれてる。

 でもこんな気持ちは久しぶりだ。最近綺麗な女を見てもこんなドキドキ続かなかったのに。

「もしかしてここに彼女がいるって知ってて黙ってたのか?」

 こいつなら分かっていそうだ。

「ああ、来た時にあちこちにあの女の匂いがしてたからな。旅人でもないのに宿屋に長年の匂いが残っているのは、ここに住んでるからだろうから」


「え……彼女の匂いって……」

 ちょっとドキンとした。

「フフン、教えてやろうか?」

 ニヤリとするとヴァリアスは、俺の頭の方にゆっくり右手を伸ばしてきた。

 だが俺はすんでのところで頭を引いた。

「いやっ いい、教えなくていいよ。なんか悪いし……」

 凄く興味はあったが、それとは逆になんか知ってはいけないと感じた。

 幻滅するとかそういう恐れではなく、何か穢してはいけないような気がしたのだ。

「別に悪い事じゃないぞ。良くも悪くもない、平均的な若い女の匂いだしな」

 そういう事言うなよ。想像しちゃうじゃないか。

 もう、こういうとこが悪魔なんだよなぁ。


「だけど彼女からギルドにここにいるのがバレちゃうから、宿を変えないとマズいよな?」

「オレは構わんぞ。どうせギルドが探そうと思えば、すぐに見つける事は可能だしな。

 それに毎回宿を探す手間も省けるし」

「いいのか? じゃあ一週間くらい借りとくか」

「一週間ってお前のとこじゃ7日間の事だよな。こちらでは単位が違うからな」

「そういやこっちでは曜日とかないのか?」

「基本9曜だ。土、種、葉、空、花、実、赤、黄、白とある。

 月も同じ呼び方だが、月によって無い曜日がある。例えば花の月には白曜日が無いとか、白の月には花曜日が無いが、代わりにこの月だけ陰曜日というのがある」

「ナニ? もう一回言ってくれ」

 俺は慌てて手帳を取り出した。

「まぁこれもこの国だけで、他国だと7曜だったり、5曜だったりするがな」

「わかった。無難に7日間と言っておこう」

 ちなみに今日は花の月の第1赤曜日というらしい。

 あればカレンダー欲しい。

 とにかく決まったので連泊の手続きと朝飯にいこう。


 食堂には昨日の赤毛の女将さんが、給仕をしながらテーブルの間をすり抜けていた。この人があの娘のお母さんなのだろうか。

 あらためて観察するが、肝っ玉母さんのように太い眉に高い鼻、大きな口で、決して不美人ではないが、赤毛以外似てないような気がする。

「お前さんっオムレットまだかいっ、あとAプレートもっ」

 女将さんが奥の厨房に大声を上げると、ひょろっとした親父さんらしい男が顔を見せた。


「あとちょっと、ちょっと待ってて、今日の薪がどうも湿気ってて火力が上がらないんだよ」

 女将さんと対照的に、小さくて細くて折れそうな胡麻塩頭の中年の男だった。

 あの人がリリエラのお父さんなのかな。うーん似てないなぁ。

「しょうがないねぇ。貸してごらん」

 女将さんが厨房に入っていってすぐにボウッという音がする。

「ほらっこれでいいだろ」

「うん、さすが赤猫のあねさんだ」

「世辞言ってないで、サッサと作りな」

 今、魔石のというより魔力を感じた。

 恐らく火魔法で火力調整をしたのだろう。女将さんは火魔法が使えるんだな。


「あの女、元はハンターだな」

「あっそうなの? 確かにガタイいいから出来そうだな」

「お前は人間に解析は使わないのか?」

「少しはするけど、なんだか失礼かなと思って。個人情報を盗み見るって事になるだろ?」

「まぁそういう考えもあるか。だが見られたくない奴は護符などで隠す事ができるし、護符を持ってないか、持てない奴はそれなりの情報しかないってことだ。

 魔除けの護符は以外と安いものからあるから、農民でも持ってたりするぞ。

 安物は効力もそれなりだけどな」

 ふーん、厄除けみたいなものなのかな。

 それになんか自分の事は自分で守るのが当たり前っていう意識なのか。


「そういやさ、俺 護符で守られてるって言ってたじゃん?

 なのにさっきシャワーで火傷したんだけど。すぐ側に置いといたのにやっぱり身に着けてないと駄目なのか?」

 俺は小声で聞いてみた。

 するとヴァリアスが少し言いにくそうに日本語で答えてきた。


『………それが始めは確かにかなりの強い守護が付いてたんだが、必要最低限以外は取り消されたんだ』

『えっ! いつ、なんで?! 』

 つい大きな声が出てしまい、慌ててまわりを見た。

 とりあえずこっちに注意を向けている人はいないようだ。

『……昨夜だ。いつ伝えようか考えてたとこだ』

『必要最低限って……具体的にどれくらい?』

『……命が危険に晒されない程度だな。だけど毒や当然お前の素性を見抜こうとする解析なんかは妨害するぞ』

『命がって……じゃあ例えば、頭とか胸とかの急所は守ってくれるけど、手足とかはノーガードって事?』

あるじが しばらくお前の様子をご覧になられて、過保護すぎるのは良くないと判断されたんだ。決してお前が悪い訳じゃない。

 むしろその逆だ。お前が成長するのに適度な試練や苦難は必要だということだ』

『えーっ 何だよ、神様 俺に優しくないな。

 認知してくれたのは嬉しかったけど、本当は面倒臭いけど義務だからしょうがないとか思ってないかぁ』

 いや勝手に期待した俺が悪かったのか。

 育ての親も数回プレゼントを贈ってくれた後、結局一度も会いに来ないで音沙汰なくなったしな……。


『そういう顔するな。あるじは別にお前の事を粗末に扱ってる訳じゃないぞ。

 守られ過ぎると危険に対する意識が薄れるだろう。それではお前の成長の妨げになると判断されたんだ。適度なストレスと刺激は進化に必要だからな。お前が命を大事にするところなどを評価されてた。

 確かに命のやり取りをするのなら自分の命も懸けねばならん。

 そこは理解できるだろ?』

『そりゃそうだけどさ………』

『それにな、これはそのかわりではないが、もしかするとあるじが会って下さるかもしれないんだぞ』

『えっ! ホントに?』

 俺は思わず顔を上げた。

『ああ、まだ忙しいので、いつとはまだわからないが』

『……なんだ、やっぱり思わせぶりなだけじゃん……』


 俺は大きな溜息を吐いた。わざとではなくつい自然と出てしまった。

 なんだか生半可に期待させられて、結局すっぽかされる未来しか浮かばない。

 するとヴァリアスが少しトーンを落としてきた。

『オレもな……、ちょっと驚いてるんだ。

 今まで対象者に落ち度があって、減らしたり取り上げたりした事はあったが、今回みたいに気に入られたのに守護を軽減されたのは初めてだ。

 まぁオレもいるからな。それはそれで十分ではある事はあるが』

『………確かに護符も作ってくれたからな。

 でも会ってないせいか、今ひとつ、部下に任せっきりの社長みたいな感があるんだよな……』

 いい年してと我ながら思うこともあるが、せっかく親が見つかったのに一回も会えないのも、なんだか少し寂しい気がする。

 それに父さんはそれほど気にしてないからじゃないのか、とも思ってしまう。


『なんだ、甘えたいのか?

 あるじは多忙で会うのはまず無理だろうから、オレを代わりに寄越したんだぞ。

 オレでいいなら―――』

『すまんっ!! 俺、甘ったれないよう強くなるわっ』

 俺は速攻で辞退した。


 その時、カサッと音がした。

 見るとテーブルの中央に、いつの間にか四つ折りになった紙があった。

「返事が来たようだな」

 ヴァリアスが広げて読み始めたので、俺は気分を変える為、朝定食のBプレートをまた食べ始めた。

 肉系のAと違って、何かの白身魚の塩焼き1切れに焼き野菜、ポテトサラダとパンとスープで320eとリーズナブルな一品。

 それぞれそんな量じゃないので、ちょっと食欲が無くなった俺でも食べられそうだ。

 もちろんヴァリアスは、朝からソーセージだのハムエッグだのガッツリ肉系だ。


 が、顔を上げて俺のフォークが止まった。

 手紙を見るヴァリアスがたった今3人くらい人を殺してきたような凶悪な顔をしていた。

 横を通った給仕の少年が一瞬ビクンとなって慌てて離れていった。

「どうした? 何が書いてあるんだ?」

「――アイツ、自分のリクエストばかり寄越しやがって―――。

 1枚目の半分だけ目を通せばいいぞ。後はくだらないから気にしなくていい」

 俺は渡された手紙を見た。

 手紙は3枚あった。


 それによると転生者は今年37歳の男で、この国の王都で雑貨店を営みながら代書屋をやっているとのこと。

 妻子あり、子供は女の子の双子。生活は王都では中の上といったところ。

 家に風呂、人工氷室、室内用冷温風発生器あり、メイド1人を雇っている。

 これといって生活に困っていないから、入手しづらい物や珍しい物が良いとの事。

 具体的には胡椒などのスパイス系、シルク布、香水(キツイ匂いじゃないもの)などが書かれていた。


 そこまでが1枚目の半分ぐらいまでに書かれていたが、次に『もし自分にもと、考えているなら一応書いておく……』と前書きがあって、そこから3枚目の下までびっしりと商品名が書いてあった。

 しかも主な入手先まで書いてある。


「えと、これは……催促かな?」

「アイツの事は無視していい。タダの食い意地のはった奴だから便乗してきただけだ」

 確かにリスト全部食べ物だな。比較的甘いモノが多いし。

『でも、こうして書かれてきちゃ、渡さない訳に行かないだろう? 

 大体 繋ぎ役として動いてもらってるんだし、神様の貢ぎ物ケチる訳にいかないしなぁ』

 念のためまた日本語で話す。

『神じゃない。使徒だ。知識の女神様の13番目の使いだ。

 頭には栄養が必要だとか言ってよく食うんだが、アイツは情報を収集するだけなのに、情報を整理する奴より食うんだ』


 情報収集が得意なのか。確かにリクエスト見るとよく日本をリサーチしてある。

 知ってる店で “かりんとう 台東区浅草○○” “カツサンド 新宿区新宿○○” 他は “チーズケーキ 中央区日本橋○○” “バウムクーヘン 千葉県君津市○○” など、果ては北海道や沖縄まであった。

『さすがにこれ全部は無理だから、どれか選ばないとな。うーん、なんかこっちのほうが情報あり過ぎて迷うな―――ん?』


 最後に 『追伸  明日昼の刻半(午後1時30分頃)なら当方都合良し』とあった。

『明日どうだって。急だな、これ手土産買うの急がないとなんないんじゃないか? せっかくこっちに来たばかりなのに、一旦戻らないといけないけど大丈夫かい?』

『戻ること自体は構わん。亜空間ポイント(部屋の事)を確保したからな。

 ただアイツの為と思うとちょっとしゃくだな』

 星間移動自体は負担じゃないのかよ。


『となると、商人さんへのお土産もデパートとかで買いたいから、一緒のとこで選ぶか。

 この中で知ってるデパートだと上野、浅草か日本橋、銀座、新宿とかかな』

『日本橋ならオレも少しわかるぞ。あそこには亜空間ポイントがあるからな』

『えっ、そうなの? 日本橋に??』

『そういえばお前にそろそろ教えておいてもいいかな。

 あそこにな異星間利用者用の換金所があるんだ。

 ウチ(アドアステラ)のはレートが低いから、直接通貨を換金するのはあまり勧められないけどな。

 その利用者用に亜空門アザーゲートを開けていい部屋があるんだ。

 行ってみるか?』

『うん、行きやすいならそれでいいよ』


 という事で急遽、日本橋に行く事になった。

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