第230話☆ アニマルセラピー(ポーの死生観)


「酷く怒られたりしなければいいんだけど……俺のせいだし」

 あの時は必死に頼みこんだとはいえ、いざ叱られるのかと思うとさすがに責任を感じてきた。


「なんとかそこのところを、父さん、神様に伝えられないかな……」

 俺がここで祈ってもちゃんと伝わるのか、今一つ不安だ。何しろ神様とはいえ、いま御怒りの最中なのだろうから。


「本当に気にしなくていいんですよ。副長が呼び出されるのは、今に始まったことじゃないですから」

 キリコがこめかみを擦りながら言った。


「神界じゃ今度は何やった? 次はいつやるって、いつも他の使徒や天使たちが噂してます。もうゴシップの良いネタですよ。

 みんな副長に直接聞かないで、私にばかり訊いて来るんです。

 それに今回は、リースさんもやっちゃったそうですし、2人が共同でやらかしたんじゃないかと、もう囁かれてます」

 キリコが綺麗な眉を八の字にした。

 

 やっぱりあいつ相当な常習犯だったか。

 もう今更驚かないが、神界の使徒たちもゴシップ好きなんだな。

 ホントに一体どんなところなんだか。


「まあとにかくソーヤはそんな事は気にしないで、ゆっくり寝てて下さい。

 さあさあ、こんな窮屈な服は着替えて」

 剣帯を外されて、スルスルとチュニックを脱がされた。

 

 ヴァリアスの奴は収納を使うのか、手を触れずにあっという間に着替えさせるが、キリコは丁寧にやりたいのか、いちいち手間をかける。

 気持ちよく脱がせ上手なところは、女みたいな顔をしているだけあって逆に怖い。


「キリコ……、悪いけど、後は自分でやるから……」

 腕と足の脛宛てを取り外してもらったところで、俺はモゾモゾと上半身を起こした。

 

「……なあ、ヨエルはどうしてる? 見に行きたいけど、俺、今動きたくないし……」

 こうして喋るのもおっくうなので、もちろん探知なども出来ない。

 それにギルド内部は各部屋に対魔法シールドが張られているので、どのみち探る事は出来なかった。


「相変わらずですよ。さっき心療師が診に来て、呼び香(目覚めを誘発するアロマ)を置いていきました。

 今は誰にも手が出せない状態ですので、ひとまず様子見ってとこですね。

 あっ、いいえ、このままって意味じゃないですよ」

 俺が顔を歪めると、キリコが慌てて手を振った。


「こういう時は無理やり魂を、底から引っ張って来てはいけないんですよ。

 大丈夫ですよ。時間がかかっても、必ず自然に浮かんで来ますから。

 そうしたらゆっくり体と魂(心)が合わさるのを、補助してあげるんです」

 それからふと思い出したように言った。


「『呼び香』と言えば、彼の遺言書にエイダさんの事が書かれてあったので、さっき係が彼女を迎えに行きましたよ。

 こちらに呼び戻すのに、彼女の気配が役に立ちそうですからね」


 エイダが来るのか……。

 仕事とはいえ恋人をとんでもない目に遭わせてしまった俺達を、彼女はどう思うのだろう。

 しかも助かったとはいえ、昏睡している彼氏を見て……。

 本当に早くヨエルに目を覚ましてもらわないと、俺のストレスが増すばかりだ。


 とにかく俺も治療してもらえるのは、明日になりそうなので今は寝るしかない。

 けれど全然眠くなかった。


 体は鉛のように重く気怠いのに、神経が高ぶっていて全く眠気が出て来ないのだ。


 一応キリコに睡眠薬が貰えないか訊いてみたが、副長に禁じられているとして済まなそうに断られた。


 うぬぬぬ……、依存がどうのというが、眠れない方が不味いんじゃないのか。 眠れないのにこうしてゴロゴロしてるのも、どうかすると億劫に感じて来る。

 

 するとキリコがマットを、ウォーターベッドのような浮力感のあるものに変えてくれた。

 ふわふわなのに、体の位置を変える時だけ適度な反発力があって寝返りもしやすい。

 まさに寝るのには最高の寝具だ。おかげで体勢もだいぶ楽になった。

 しかし一向に眠れない……。


 仕方ない。覚えられないと思うが、気分転換に魔物図鑑でも見るか。

 と、思ったが、案の定、収納が開かなかった。

 MP――メンタルポイントである気力ゼロは、魔力ゼロに等しい。

 体に力が入らない感覚に似ている。

 

 しょうがねえ……、スマホで動画でも観るか。

「じゃあ気分直しに恋愛モノとかどうですか。例えばコレとか」

 スマホ画面を空中にプロジェクターのように大きく映し出して、キリコが画面の一部を指さした。

 

『タイタニック』だった。


 ……確かにサムネだけ見れば、いかにも恋愛要素だけに見えるからなあ。

 しかしこれはあの惨劇が……。

 よくまあ知らないとはいえ、ドンピシャにそういうのを引き当ててくるな、キリコ。お前の本当にその天然なとこ――

 


「ソウヤー、また具合悪いんだってー?」

 この声は!


 衝立の横から、ふんわりした長い金髪と切れ長のエメラルドグリーンの瞳がのぞいてきた。 

「ナジャ様、なんでまたその姿に?」

「ケケケ、そりゃあ元気づけにだよ~。少しでも目の保養にでもなればいいだろ~?」


 例によってナジャ様はいつもの13,4の小娘ではなく、妙齢な美女になってやってきた。 

 服装も肩丸出しの体の線に合わせたパール色のイブニングドレスを、ヒップに合わせてギリギリ丈にカットしたようなミニドレスで、その細い首には錠前付きの赤いチョーカーを付けている。


 そしてその官能的な白い太腿を這う深紅のガーターベルトが、黒いレースのタイツを摘まみ上げていた。


 あなたは何故いつも俺の具合の悪い時にばかり、そういう姿でやって来るんですか。

 どうせなら俺が元気な時にしてくださいよ。


「ナジャさん、今のソーヤを興奮させるような真似は止めて下さいよ」

 ベッドに近づこうとするナジャ様を、キリコが軽く手で制した。

「別に悪さしようなんて思ってないよ。

 これでも見舞いに来たんだからな~」

 見舞いに来る人は、そんな激しい恰好では来ませんから。 


「それにな~、あたいだってヴァリーに頼まれて来たんだからねえ」

「え、副長に?」

「そう、あたいが提案したを試してみるって」

 そう言って彼女は衝立をカタカタと畳んだ。


「ポー?!」

 衝立の向こうに、前脚を揃えたポーがちょこんとお座りをしていた。

 俺の声にちょっと目を開けたが、再び眠そうに目を閉じた。


「こういうの『アニマルセラピー』っていうんだろ? ソウヤは動物好きだからいいんじゃないかと思ってさ、さっき借りて来たんだよー」

「それは嬉しいですけど、借りてって――― まさかその姿で借りて来たんですか?」


 どう言ってパネラ達からポーを預かって来たのか。

 もしや俺の知り合いとか言ってないだろうな。

 おおい、深夜にこんな高級デリヘル嬢を使いに寄こす奴とか思われてやしないか?!


「大丈夫。皆疲れて良く眠ってたから、そっと連れてきただけだし~。

 もう、神経質だなあ、ソウヤは~」

 軽く一蹴してくれてますけど、それはそれで問題ありですよ。やっぱりあなた達、色々とズレてます。


 クゥ ファアァァァ~~ と、ポーが大きく開けて口を開けて欠伸をした。

 そのまままた目をつむると、さも頭を重そうにコクコクと船をこぐ。


「これは……すごく眠そうじゃないですか。可哀想に、無理やり起こして来たんですか」

「眠そうだからいいんじゃないか。

 ほらほら、あっちにベッドがあるよー。ソウヤと一緒におやすみ」


 するとポーは、寝ぼけた子供のように薄目を開けながら、しずしずとベッドの上に乗って来た。

 そのまま枕の真ん中に頭を乗せると、ごろんと横になる。


 枕は取られてしまったが、それより俺を信頼して腹を見せてくれるその姿にまず癒された。

「ポー、一緒に寝てくれるのか」

 俺も枕の隅っこに頭を乗せて、彼女のベルベッドのようなスベスベな横っ腹を撫でてみた。


『アニャ・・・ァンン……』

 眠りに落ちる前の寝言みたいに小さく啼くと、ポーはクゥーフゥーとすぐに寝息をたて始めた。

 

 ああ、なんか落ち着くなあ。

 ナジャ様さすがです。確かに癒されますよ。


 あれ……、なんだか急に俺も眠くなって来たぞ。

 さっきまで頭がヒリついて、眠気なんか全くなかったのに。


 気がつくとポーの触手がさわさわと、俺の背中や腰に伸びて来ていた。

 どうやら彼女の眠気が俺に流れてきているらしい。


 そうか、俺の神経に直接働きかけるのはNGだが、こうして動物がやる分には制約に引っ掛からないんだ。

 そういう意味でも蔓山猫は、最高のヒーリングアニマルかもしれない。


「ソウヤ、あたい達は気にせずにゆっくり寝な」

「そうですよ、ソーヤ。ナジャさんが変なことしないように、私が見てますから安心して寝て下さい」

 ナジャ様がムッと綺麗な顔をしかめて睨んだが、キリコは何も気付かないようで、ニコニコしながら毛布をかけてきた。


「……確かに寝たいんだけど……」

 俺も瞼が凄く重くなってきて、この心地良い流れに身を任せたいのだが、一抹の不安がよぎっていた。

 今寝たら、あの光景を夢に見るのではないかという。


「この子と一緒なら大丈夫だよー。

 それにキリコがちゃんとお前の脳波を監視してるから、安心して寝なー」

「監視じゃなくて、見守りですから。

 ソーヤ、不穏な波動の時は起こしますから、心配しないで」


 ちょっとそこまで見守られているのは、なんだか恥ずかしい気もするが、ここはもう甘えてもいいかな。

 そう思うと俺も自然と欠伸が出た。


「おやすみ なぁ さ ぃ……」

 意識が雲の中にゆるゆると溶けて行く中、最後に見えたのはソファでナジャ様とキリコが、俺のスマホで動画を選んでいる光景だった。


「とりあえずコレなんかどぉ~?」

 と、ナジャ様が空中に映し出されたズラリと並んだサムネイルから選んだのは、ニコラス・ケイジ主演の『ウィリーズ・ワンダーランド』というホラーアクション映画だった。


 ナジャ様、あなた、本当に色々と自由と言うか、遊び心のあるヒトですね。

 それ、何も考えずに観れるところが最高ですよ。(誉め言葉)

 本当なら気鬱な俺こそ…みるのが……いちばん いぃ の…………


 そこで意識は柔らかい闇に落ちて行った。


 そうして夢を見た。


 どこかの森の中、茂みの中にうつ伏せになって、目の前のてんとう虫に似た丸くて赤い虫を見ていた。

 そいつは俺が手を出そうとする前に、ブンと木漏れ日の射す樹々の間に飛んで行ってしまった。


 ふと何か獣臭いミルクの匂いがして、スンスンと鼻を動かしてみた。

 振り返ると、すぐ後ろに薄ピンク色の腹にボルドー色の毛並みをした触手がゆっくり動いている。


 蔓山猫だ。

 横になってこちらに向けているその腹には、6つの乳首が見える。

 成獣のメスなんだ。


 そこへ別の三頭身くらいの小さな子猫が2匹、ミィミィ鳴きながらヨタヨタとやって来て、それぞれお乳にかぶりついた。

 俺の右横を別のトラ模様の子猫が、小走りにやって来て、これも空いているお乳にしがみつく。

 

 すると俺も急に腹が減っていたことに気が付いた。

 何故かすんなりと自然に、俺もその親猫の方に近づいていった。


 それにしてもこの蔓山猫は凄まじく大きい。

 これじゃまるで象のようだ。

 なんでこんな……。


 気が付くと俺は残っていた乳にむしゃぶりついていた。

 温かくて甘酸っぱいミルクが、口の中に広がって来る。

 もっとミルクが出るように、夢中で腹を押す俺の右手は、短い紺色ネイビーブルーの毛にみっちりと覆われていた。


 ああ、俺は今、山猫なんだ。

 なぜか自然にそう思った。


 他の兄弟たちもミルクを飲むのに夢中で、時折ほかの子猫の頭に前脚を乗せてきたりする。

 俺も隣の赤毛の背中に足をおいて、もっと口を押し付けるために伸びあがろうとした。


 そんな俺たちの頭や顔を、親猫が舌で舐めてくれるのがとても心地よい。

 髪の毛を優しく梳かれているようだ。


『あの子は残念だったけど、考えても詮無いこと。まだお前たちがいてくれる』

 声ではなくイメージだったが、大体こんな感じの感情が伝わってきた。


 ああ、そうだった。

 今朝、兄弟の1匹、ブチ柄が、大きな鳥に持っていかれてしまったのだ。

 あっという間だった。

 うっかり母猫から離れて草原を歩いている時に、大鷲のような鳥が音もなく降りてきて、あっという間に攫って行ったのだ。


 母猫は悲しそうな声を少し上げたが、すぐに残りの子供たちを追い立てて、森の中に避難した。

 あの子供を取り返す望み薄な行動より、今は残った子供たちの安全を優先したのだ。


 これは生きていれば、仕方のないことなのだから。

 大鷲は嫌いだが、恨みはしない。

 お互い食べ合わないと生きていけないのだから。


 しばらくして乳以外に母猫母さんが獲ってきた肉も口にするようになった。


 レッドビートルの殻は硬すぎて、俺たち子猫ではまさに歯が立たず、母猫母さんが柔らかくかみ砕いてくれた。

 グリーンラクーン(緑のアライグマもどき)は意外と皮膚が分厚くて苦戦したが、生肉が甘いと感じたのは新鮮な感覚だった。


 それと同時に、簡単な狩りにも連れて行ってくれるようになった。

 母さんが子鹿を仕留めている間、俺たちは近くの岩場に隠れてジッと母さんの動きを見ていた。


 親鹿は必死に抵抗してきたが、小鹿がこと切れたとわかるや諦めて、ひと啼きしてからその場を離れていった。


 俺たちはその子鹿の肉を有難く頂いたが、次の日グリーンボアに、またもや兄弟を1匹を持っていかれてしまった。


 ヤツは樹上からいきなり首を伸ばしてきて、赤毛を攫って行ったのだ。

 母さんが駆けつけてきた時には、そいつは枝から飛んで川の中を泳いでいた。

 また母さんは悲しそうな声を出しながら、残りの俺たちをひたすら舐めた。


 それでも俺達も食べていかなくてはいけない。

 母さんと共に一緒に狩りに出て、俺達兄弟たちだけでも少しずつ兎などの小動物を獲れるように頑張った。


 そうしてある日のこと、いつものように皆で獲物を探していると、離れた茂みにうずくまっている黒い影がいた。


 それは黒毛の蔓山猫の成獣のオスだった。やはりオスは母さんよりもひと回り大きい。

 そいつはジッと俺達家族を見ていた。

 その視線の先には赤紫色ボルドーの母さんがいる。


 やがてゆっくりと起き上がると、こちらにそろそろと近づいてきた。

 チラチラと母さんを見ながらも、顔は俺達のほうに向けている。

 その歩幅が段々と大きくなって来た。


 母さんが俺たちに最後の触手のひと振りをした。

『行って そして生き延びて ワタシの子供たち』


 そうだ、この場を離れないと。

 本能なのか、それとも母さんからの伝心なのか、とにかくその事だけはハッキリと理解できた。


 メスは子供がいると、発情しない。

 だから自分の子孫を残すために、前のオスの子供は新しいオスに殺される。

 母親と一緒にいる限り。


 俺たちは力の限りダッシュしてその場を離れた。

 もう後ろを振り返らない。巣立ち別れの時が来たんだ。


 サヨナラ 母さん。


 もうあのオスと出会わないために、うんと遠くに行かないといけない。

 この森から出るのは初めてでちょっと怖いけど、同時にどこかワクワクしている自分もいるんだ。

 

 これも生まれ持った本能なのかもしれないね。新しい世界への好奇心が湧き始めてきている。

 そうやって新たな土地テリトリーを目指せるのだろう。

 

 初めて渡った川は決して浅くはなかったが、その水面は緩やかに流れていて俺達でもなんとか泳ぎ切ることが出来た。

 対岸の草むらでブルブルッと水を飛ばす。


 太陽の方向から風が吹いていて気持ちがいい。

 青くて広い空を白い雲たちが、遠く蒼く見える山の向こうへと流れて行く。

 とりあえずあの山を目指して行こうか。


 森を出て、湿原を走り抜け、再びまた別の森に入った。

 頭上でツグミ達が求愛のさえずりし、猿たちが枝を揺すりながら奇声を上げる。

 樹が草が青い息を吐いている。

 木漏れ日の光に、花たちが嬉しそうにその顔を向けて揺れている。

 その甘い匂いに誘われて、花蜂たちが花の間を忙しく舞う。


 土に、水に、1枚1枚の葉にさえ生命が視える。

 世界の新鮮な息吹きをあらためて感じた。


 母さん、また子供を作るんだよね。

 その中にもしかすると、いなくなった兄弟たちも帰って来るかもしれないんだね。


 ふと気がつくと、いつの間にか他の兄弟たちの姿がいなくなっていた。

 きっと途中で、思い思いの好きな方向へ行ってしまったのだろう。


 でもそれでいいんだ。

 俺たちもこれからそれぞれに生きていくよ。

 そうしてまた命を貰ったり作っていくね。


 もし誰かに食べられても、ソイツの血肉になって生きるから。

 命は循環してるんだよね。今ならそれがわかるよ。


 でも今はただ楽しく精一杯生きてゆくつもりだから――


 しばらくしてまた野原に出た時、初めて見る生き物に出会った。


 前に母さんが教えてくれた、多分これがニンゲンだ。

 猿のような姿をしているが、頭にしか毛がなくて、手足は白く地肌が露出している。

 

 本能的にこいつはニンゲンの子供だと思った。

 ニンゲンの成獣は、もっと母さんくらい大きくなるそうだから。


 そのニンゲンの幼体が、明るいブラウン色の頭を少し傾げて俺をじっと見ている。


 敵意は無さそうだ。

 確か敵意のないニンゲンは、時々俺達に何故か食べ物をくれたりするらしい。

 そう思ったら急に腹が空いているのを感じた。


『ミャアウゥゥゥ~ン』

 つい啼いてみた。


 するとそのニンゲンは、自分の体のまわりを前脚で探っていたが、俺の前に何か薄茶色の、甘い匂いのするモノを突き出してきた。

「猫ちゃん、お腹空いてるの? クッキー食べる?」


 今度はもう1匹、頭1つ分大きいが同じくニンゲンの子供が現われて、同じように俺の前に屈んだ。


 その栗色の髪を俺は知っている――――――。




 そこで目が覚めた。


 つい両手を目の前にかざしてみる。

 手は薄暗がりの中で、肉球もなければ毛も生えていない、5本の指が伸びていた。

 顔にも、もちろん長く細いヒゲは全くなかった。


 横に顔を向けると、ポーがぷうぷうと寝息を立てて仰向けになっていた。


 ……良かった。俺の母さんは猫じゃなかった。

 ちょっと目が覚めた瞬間はドキドキしてしまった。

 ポーの思考とリアルに体験した余韻がすぐには消えなくて、母親にいだかれた安堵感と、自分が人だったことの認識の錯誤で少し混乱していた。


 ……それにしてもまあなんて、原始的で単純で素直な世界観なんだろう。

 生死さえも、ストンとすぐに落ち着いてしまう。

 複雑にいつまでも思い考える人間とは真逆のようだ。


 ――でも、ああいうのもアリなんだろうなあ……。

 まだポーの思考が色濃く残る頭で、そんなふうにぼんやりと思った。


 衝立の向こう側では、まだ上映会の真っ最中らしく、天井や壁の横に点滅した光が映っている。

 遮音はされているが、このフラッシュの多さからして、大人しいモノではないだろう。


 すると、衝立の横からキリコが顔を覗かせた。

 俺と目が合って、軽く右手の指だけを振る。

 俺もちょっとだけ手を上げて答えた。


 それからすっと顔が引っ込むと、辺りがまた暗くなった。

 睡眠を妨害する光を抑えたのだろう。

 壁にかかった蛍火のようなランプの明かりだけが、部屋を仄かに浮かび上がらせるだけになった。

 

 ポーが少し頭を動かし、ヒゲが頬にさわさわと当たるのがなんだかこそばゆいが、それも気にならなくなるほど、また眠くなって来た。

  

 おそらくもう夢も見ないだろう。

 今度こそ何の不安もなく、俺は自らの深い眠りに満ちていった。




    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『野生の王国』をガチ体験するアニマルセラピー。

 人によってはあらたなトラウマを生みそうですが、いかがでしょうか(^▽^;)

 

 作中に紹介した映画『ウィリーズ・ワンダーランド』は

 近況ノート

『お気に入り動画シリーズ⚡ニコラス・ケイジ『ウィリーズ・ワンダーランド』🌟👊』 

https://kakuyomu.jp/users/aota_sorako/news/16817330662435450545

にて紹介しております。


 ご興味をひかれた方、こちらもどうぞよろしくです。

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