《 ダンジョンの後始末と後日譚 》

第229話☆ 闇と共存する者 呑まれる者



 すいません、今回もまた少し鬱回です(;´・ω・)

 ダンジョン編を仕舞うためにも、膿は出し切らなくてはなりません。

(もちろん次回浄化します)

 どうか気分のすぐれない時はお避けくださいませ。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 俺達は青い月光が注がれる街道を一路、大型の箱馬車でバレティアに向かっていた。

 馬車の前後には警吏がしっかりと固めて、万一の魔物の出現に注意を払っている。


 そんな気を張らなくても、まずこののが乗っている限り、そんな雑魚どもはビビッて近寄らないだろうに。

 と、俺は隣でぞんざいに足と腕を組んでいる存在を感じて思った。


 おそらく奴が暗黙の睨みでも利かしているのだろう。

 何しろ馬車の周囲から、一切の虫や夜鳴き鳥の声が聞こえない。

 街道のまわりは豊かな草原、近くに森も広がる並木道でもあるにかかわらずだ。

 

 ただひたすら、軍馬の蹄の音と頑丈な車輪の立てる音だけが闇夜に響いていく。


 流石にあの怒涛の体験の後は、少しは休ませてくれる気のようだ。

「お前は今は何も考えずに休め」

 そう言って、例の癒しの水を原液のままくれた。最近では依存症になるとか、薄めた水しかくれなかったのに。 


 あの後ホールに常駐していた治療師が簡単に診てくれたが、どこにも異常はないと診断された。

 当たり前だ。何しろ奴に俺も全回復されてるのだから。


 ただヨエルだけは、体にどこも異常が認められないのにも関わらず、目覚めなかった。

 治療師も、これは自分ではなく『心療師』の仕事だと言った。僧侶たちも頷いた。

 ナタリーと同じか、もしくはもっと深い昏睡状態だったのだ。


 心配で落ち着きを無くしそうな俺に、そっと奴がテレパシーで伝えてきた。

『(心配するな。

 一度死んで戻って来たんだ。魂が浮上して来るには時間がかかるだけだ)』

 奴がそう言うなら、そうなのだろう。少し安心した。


 そうしてあらためて事情聴取をされることになったのだが、そこで揉め事が起こった。

 近衛兵と警吏が、どちらが取り調べの主導権を握るかで言い争いを始めたのだ。

 

 今回の災厄は、王都をも震撼させた未曾有の大惨事となった。

 彼らはそれぞれの立場で、この件に当たらねばならなかった。

 近衛兵は主にこの異変の原因について、警吏はこのような惨事に至った人為的原因をそれぞれ明らかにするのだ。

 

 この世界の警察は、現代のように証拠固めを基本とする精密な捜査というのはやらないが、疑わしい相手を探り出して捕まえることはする。

 後の取り調べは、審問機関にまわすのだ。


 俺たちがダンジョンに入った際は2人しかいなかった警吏も、今や20人近くに増えていた。子爵側の兵士、僧侶たちと同じくらいの数である。

 しかもピリピリしている雰囲気のせいか、みんなガラが悪そうに見える。

 中にはイライラを抑えられず、足を踏みならす3メートル級の巨人までいた。

(この時、ギュンターとユーリは治療室に引っ込んでいた)


 署長だという小柄ながら堂々と胸を張ったどこか威圧感もあるベーシス系の老人が、近衛兵の指揮官と真っ向からやり合っていた。


『勝手に他人ひとの部下を使い捨てにするような者は信用出来ない!』と言った言葉に呼応するように他の警吏達や、侮辱と受けた近衛兵たちのオーラが一気に膨れ上がる。

 せっかくダンジョンから無事に戻って来たのに、ここホールが小戦場になりそうな勢いだった。


 そこへハンターギルド・バレンティア支部副長というのが、間に割って入った。


 元々ハンターギルドは営利目的組織と言えども、このような有事の際は事態収拾のために奉仕する義務がある。

 実際にギルドの各部署にはハンター達がかき集められ、万一の時に備えて待機していた。


 そこに近衛兵から身元の照会ということで、当のダンジョンにSSが潜ったという情報が飛び込んで来たのだ。

 もう押っ取り刀で一番近隣の部署から、お偉いさんが出張って来たわけというわけである。

 

 ここはひとまず我がハンターギルドが、当事者たちの身柄を預かろうと申し出てきた。


 まずは子爵様の近衛兵や僧侶たちにこのままダンジョンの監視を続けてもらい、警吏達には町に戻って今は治安維持――パニックを起こして暴徒が出ないとも限らない――に務めて頂ければと、提案してくれたのだ。


 またみんな疲れているだろうから、まずギルドが用意した部屋で今日のところは休ませたほうがいい。

 ギルドには医者と薬も完備しているので、このような簡易治療室での応急処置ではなく、ちゃんと治療も出来ると。


 ヴァリアスの奴がまた文句を言いたそうだったが、 俺がもう野宿や床でもなく、普通にベッドの中で眠りたいし、ヨエルはもちろんパネラ達も一緒なら安心出来ると言うと、渋々承諾した。


 近衛兵と警吏たちも、第三者のギルドならという事でお互い落としどころを得られたようだった。

 明日にでも両方押しかけて来そうな気もするが。

 とにかく俺達の身柄はひとまずハンターギルドが預かる事となり、まずは近くの町に移送される運びとなった。


 そうして今、俺達は同じ馬車に揺られている。この馬車は警吏たちの人員輸送用で、元々帰りはこうして生き残った被災者たちを運ぶつもりで用意されていたものだった。


 内部は向かい合わせの配置で、こちら側には俺達、パネラとエッボ、2人の警吏。

 向かいの席には同じく4人の警吏、そのうちの熊さんギュンターの膝に頭を乗せて長く伸びているポー。

 そして一番後ろの長椅子には昏々と眠るヨエルと、警吏側の治療師が座っていた。


 後ろから付いて来るもう1両には、他の警吏達と、救出された花蜜採りのオバちゃん、彼女が助けたハンターの2人、その他には3人の若者たち。


 それだけだった。

 助かったのは警吏達を除いて10人足らず。(ポーを入れればちょうど10だが)

 

 すでに『世界の眼』もとい『スモールワールド』は、あのダンジョン内限定という条件付きだったので、一度外に出ると自然と消えて無くなっていた。


 だが最後にホールで視た視界には、その倍以上の命の光が残っていた。

 それは俺があえて無視した人達だ。


 俺達が脱出した直後、その全員が消えた。

 ダンジョンがひっくり返ったのだ。

 全ての輝きが一瞬にして失われてしまったのだ。


 もうそれは仕方なかったのかもしれない。

 俺にはもうどうする事も出来なかった。

 けれど俺は少なくとも2人の男を、直に見殺しにしていた。


 1人は目の前でハンターに喰われた瀕死の男、もう1人は途中で出会った商人風の男だ。

 彼は結局避難所(転移ポート)まで辿り着けなかったようだった。

 途中でハンターにやられたか、もしかすると俺が避けた罠にやられたのかもしれない。


 けれどあの時、せめて避難所まで送ってやれば、男は助かったはずだ。

 そんなどうしようもない考えが、ジワジワと俺の頭に浮かんで来ていた。


「そんなこと言ったらあたい達も、ソーヤの事を置いていったのよ……。

 それに比べたら、ソーヤは凄いよ。あのヨエル人やあたい達まで助けてくれたんだから」

 俺が思い出して呻くように漏らした言葉に、パネラが今度はソフトに優しく抱きしめながら慰めてくれた。


 そうだ、仕方なかった……。

 頭ではそう理解出来る。

 あの状況では全員を救うのは所詮無理なことだった。

 

 それなら大災害の救護者のように、最大公約数の人間を助けるためにあえて選択したことは間違いではなかったはずだ。

 俺は出来る限りのことはしたのだし、俺にばかり頼られても困る。

 彼らにはたまたま運が巡って来なかったのだ。


 しかしそう考えても俺の気分は晴れなかった。

 以前より少し図太くなって来たと思っていたが、今回のはあの失恋の自己嫌悪とは質が違っていた。 


 おそらく100人中99の人を助ける事が出来ても、残りの1人を助けられなければ、きっとその1人の重さが99人の命の悦びよりも、重い罪悪感を及ぼすのだろう。


『感情には理性の知らない理屈がある』という格言にそって、俺は負の感情に引っ張られやすかった。

 自分のそんなところにもまた嫌悪感を催して、分かっているのに負の連鎖を断ち切ることはなかなか難しかった。

 

 そんな俺にヴァリアスは言った。

「それは思い上がりだ。

 現状でお前は最善を尽くした。

 それ以上の成果を求めるのは、ないものねだりに等しい」

 相変わらず冷たい言い方だ。


「完全な行動なんてこの世にはないんだ。それが出来るのは神だけだ。

 その不完全な運命の中でお前は、一番多くの命を助ける道に動いた。

 それはほこってもいいんだぞ」

 そんなものなのか……。


 気がつくとみんな疲れているのか、誰も彼も黙りこんでいた。なんだか車内の空気が重苦しい。

 視線の先のポーの寝顔に癒されながらも、奥の席でいまだに目覚めないヨエルに一抹の不安を感じる。


 せめて彼が目を覚ましてくれれば、どんなに気が晴れることか。


 ふと、外に何かが動いているのが目の隅に入って、開いた跳ね上げ式窓の外に顔を向けた。

 

 警吏の1人が音もなく闇の中を、馬車と並走していた。

 乗った時には気がつかなかったが、前後だけでなく横にも護衛がついていたようだ。

 しかも前後の騎手とは違って、己の足で走っている。


 ただその駆け方はとても滑らかで、全く音を立てていなかった。

 まるで闇の川面を流れる小船のように。

 

 俺の視線に気がついたのか、ふと男がこちらに顔を上げた。

 ヒューム系なのに、フードの陰から覗いた両目は青白く鈍く光って見えた。


 馬車から洩れる灯りで、青暗い闇から道の両側に並んだ樹木が浮かび上がって見えるのに、その男は逆に闇に溶け込んでいきそうだった。


 闇属性なんだ。

 肉食系の獣人とも違う、暗い場所での目の光り方。

 闇の目で見ている彼らは、光を反射するのではなく、影の中で光とは違う色を発するのだ。

 それは深海の暗がりから、仄かに浮かび上がる夜光虫にも似ていた。

 

 しかし闇使いって、他の属性の者とはどこか違うなあ。

 俺は嫌な思考を切り替えたくて、そんなことを考えてみた。

 こうして見えているのに音も立てずに闇を走る姿は、まるで幽霊みたいだと思った。


 突然、仄暗い通路に現れた女の事が思い出されてきた。

 ヨエルがハンターにやられて追いかけていた時に遭遇した、由利子かつて愛した女に似た亡霊――。


 あれはまさしく驚愕している顔だった。

 細い眉をしかめ、口が動かして何かを訴えていた。

『 何故――? 』 と。

 

 本当は違うのだろうが、そう思った途端にそれしか考えられなくなっていた。


『 何故 見捨てた―― 』


 いや、違うだろ。

 お前の方が俺を捨てたんじゃないか。


 しかし今度は、応急処置にポーションだけ渡して残してきた商人の声が、耳に木霊して来た。

『 わたしも 連れてってくれ…… 』

 ああっ、そうだ。そう懇願されたのに、俺は置いていってしまったんだ。

 だって、俺が行きたい方向とはまったく反対だったし、そんな暇……。


 そこへあの瀕死の男の最後の顔が被さって来た。

 黒い死神に覆われる瞬間、瞼が動いて微かだが目が開いた。

 俺を見ていた――



「蒼也、これを飲め!」

 いきなり俺の目の前に、クリスタルな光を放つ小瓶が突き出されて来た。

 妖精の泉から採った天然のエリクシ万能薬ルだ。

 どうも俺のオーラがまた鬱の気を発していたらしい。


 皆の前でこんなの飲んでいいのだろうかと思ったが、何故かその時みんなは俺の方を見ていなかった。

 奴が一時だけ、俺への意識注意逸ら隠蔽したのだ。


 本当にそういうところだけは気が回る。

 とにかく有難く頂いた。これで俺の気分もリフレッシュした――はずだった。


 確かに一時的に、気分爽快、全身の細胞が入れ替わったみたいに体も心も一気に軽くなった。

 先程までの落ち込みからの高揚感の急上昇に、つい鼻歌が出そうになったのを慌てて抑えたくらいだ。

 全く場を読まないこの強すぎる効用は、誰かさんと似ている。

   

 しかしそんな万能薬も、記憶までは消してくれなかった。

 

 しばらくはハイだった俺に、だんだんとまたまわりから重苦しい空気が包み込んで来た。

 本来1日くらいはエリクシルの効果が続いて、そんな陰の気は吹き飛ばしてくれるはずなのだが、記憶が再びさざ波のように寄せ戻って来た。


 その陰鬱な過去の出来事は、万能薬の効能まで打ち負かしてしまった。

 

 思い出したくないと思うほど、リフレインさせてしまう俺の悪い癖。

 自分の精神に何度も拳を打ち付けてしまう行為。

 不器用な俺は、そうやって散々自分を痛めつけることで、やっとその呪縛から距離を置けるようになるのだ。

 ただそれが己の精神の限界に達することもあるのだが。


 あのダンジョンの奥で感じた、惨劇の傷跡、人々の恐怖や苦痛の残存オーラ、悲痛な呻きの気配が生々しく蘇ってきていた。

 鼻腔の奥に、錆びた金属と腐臭の混ざったような臭いの記憶も蘇る。


 死臭は死んだばかりでも、内臓物(排泄物)が出るとそのような臭いになるのだと、嫌でも実感した。

 何しろ、見ただけでなく、彼らの残した残留オーラを直接感じとってしまっていたのだから。


 それらがもたらした生々しい波動は、意識しないようにすればするほど、静かに色濃く、隅々まで鮮明に頭の中に甦って来るのだ。


 恐らく戦争や大災害を体験した人に、少なからず発生するPTSDのようなものだったと思う。

 俺もだいぶシブとくなってきたと思っていたが、今回はさすがにダメだった。


 まるで俺の魂の一部が、まだあの薄暗いダンジョンの奥深く、湿った土と石で出来た空間に残っているようだった。

 そこで俺の分身はあの亡霊どもと同じく、闇の中をどうしていいか分からず彷徨っているのだ。



      ******



 すっかり忘れ去られていたが、バレンティアはこの時、創立記念祭ビックイベントの真っ最中だった。

 宿は上も下もどこもかしこも埋まっていた。


 このギルドに隣接したホテル上階のスウィートルームも、本当はある要人家族が泊まっていたそうなのだが、SSを出迎えるというので急遽、ギルド所長の屋敷に移ってもらったそうだ。


 そうして幾つも続き部屋があるその広すぎる客室に俺達だけを泊まらせて、残りはギルドの応接室にでも、毛布を持ち込むだけの対応で考えていたらしい。


「……すいません、かなり広いですし、寝室も3つあるようなので、私達じゃなくて他の人達に使ってください。

 私は出来たら、ヨエルと同じ病室の方がいいです」

 ヨエルは診療室のあるギルドの方に運び込まれていた。


 全身が気怠く重くなった俺は、一見すると酷く疲れているように見えたことだろう。

「医師たちでしたら、こちらに直ぐに来させますよ。もちろんお薬もご用意します。

 何もあのような狭いところで受けられなくとも」

 副長が気を回して言った。


 だがゴロツキが一喝した。

「蒼也がソッチの方が良いって言ってんだ。わざわざ来てやったんだから、好きにさせろよ!」


 自分で言っておいてなんだが、せっかく要人を宥めすかして部屋を用意したのに、とでも思った事だろうに。

 そういうところにも負い目を感じてしまう、俺も俺なのだが。


 しかしそこは長年、荒くれ者ども相手に営業をこなしてきたエキスパート。超越した輩には、ひねくれ者も少なくないことをよく知っていた。

 だから副長は愛想も崩さずに、即座に部下に指示を飛ばすと隣のギルドに走らせた。


 結局のところ俺達は、ギルド3階にある応接室に通された。

 ギルドの病室に個室はなく、個々の病床をカーテンで簡単に仕切っただけの大部屋なので、さすがにそんな野戦病院的扱いは出来ないと思ったのか。


 応接室は廊下を挟んで2つあり、ちょっとした会議室並みの大きさの方を俺達用にしてくれた。

 中央には落ち着いたモスグリーンを基調にした蔓草模様のカーペットが敷いてあり、その上に大理石のテーブルとそれを囲む長椅子タイプのソファ、猫脚のサイドテーブルが置いてあった。

 壁には高そうなタペストリーと頑丈そうな本棚、お洒落なキャビネットもある。


 そんな部屋の一角に、木板の簡素な造りの四面衝立が立てかけられ、その向こうに急遽運び込んだらしいベッドが配置されていた。

 どうやら向かいの小応接室にも、ソファやテーブルを動かしてベッドを運び入れ、そちらにヨエルを動かしたらしい。

 なんか色々とすいません。


 ボソボソと力無くお礼と謝りを入れる俺の言葉を打ち消すように、隣のガーディアンがのたまった。

「とりあえず気付け薬は、ビールでいいぞ。樽でな」

 ああ、恥ずかしい……。

 俺のストレスに追い打ちをかけるガーディアンって……。


 とにかくすぐに横になりたかった俺は、2人がまだ話している最中に一言断りを入れて、上着を脱ぐのももどかしくベッドに倒れ込んだ。

 それだけ頭の天辺から全身が重怠くなっていたのだ。


「そういえば、ここには『隠者の時』が使える心療師はいるのか?」

 さっさと副長を追い払おうとした奴が、ふと思い出したように尋ねるのが聞こえた。


「ええ、もちろんです。

 仕事上、心的外傷はつきものですので。そうした者へのケアにも当ギルドはしっかりと対処しております」

「じゃあ明日にでも呼ぶかもしれん。

 ――いや、今日はダメだ。すでに強い薬を使っちまった後だからな。

 せめて1日は間を空けないとならねえ」

 それからドアの閉まる音が聞こえた。


「だから地獄を見ると言っただろうに…………」

 奴が、溜息まじりに傍の椅子に座った。

「ただ幸い、ここには闇使いの心療師がいるようだから、時間を置いてから治療させる。

 人の医者がお前の神経を治すのは、制約の範疇外だからな」


「……なんだそれ、闇医者の間違いじゃないのか……?」

 なんだか不穏な響きしかないのだが。


「闇使いは『傀儡』を応用して治療することもできるんだ」

 更に凶凶しい話になってくる。

 そんなもの俺に使う気かよ。……ダメだ。反論する気力がない。


「お前は『闇』っていうと、なんでもかんでも悪いモノのように偏見を持ってるだろ。

『隠者の時』って言ってな、簡単に言うと弱い記憶消去なんだ」

 奴が行儀悪く足を組んだ。


「いつまでも引きずっていたくない記憶とか、PTSDとかそんな症状に効果のあるやり方なんだぞ。

 完全に消せなくても夢で見たことのように、時間が経つごとに印象を薄めることが出来る。

 まさに隠れて行く自分、だから『隠者の時』と呼ばれてるんだ。

 毒も薬も使いようってわけだ」


 そうなのか。それが本当なら素晴らしい治療法だ。

 地球でもトラウマやPTSDに苦しんでいる人達が、どれだけ救われることか。

 ぜひ俺の過去の失恋も消して欲しいものだが。


 しかしそれだと俺が異星人だという事がバレしてしまうし、古い記憶ほど難しいらしい。

 部外者に扱わせるのは、俺のこのダンジョン限定のストレス部分だけと、奴が見張っているだろうし。 


 でもそんな闇もあるんだな。

 確かに明るいばかりじゃ落ち着いて眠れない。

 リブリース様が言っていたように、闇にも良い所があるのだろう。

 あんなヒトにはなりたくないが。 


「しかしちょっとはタフになってきたな。以前のお前だったら、これくらいじゃ済まなかっただろう」


 ……そうなのかな。……そうなのかもしれないな。


 何しろこんな時でも、先の試験の心配がよぎるんだから。

 後から考えると、これもエリクシルを飲んだせいもあったと思う。そのおかげで神経の負担が軽減されていたからだ。

 おかげで吐き気は抑えられていたが、微熱は出ていた。


「……どうしよう。試験勉強もしなくちゃいけないのに……」

 寝ながら本は読めるが、頭に入りそうにない。


「そんな事気にするな。いざとなったら試験会場を破壊してやる。そうすりゃ延期せざる得ないだろ」

「やめてくれっ。余計治りが悪くなる……」

 もう、コイツをなんとかしてください、神様……。


「副長……」

キリコの声がした。

いつの間にか奴の後ろにキリコが立っていた。


「――クソッ! このタイミングでかよ」

 奴が忌々しそうに舌打ちして立ち上がった。


「すいません……。私も守護対象が弱ってる時に、メインガーディアンを呼び出すのはいかがなものかと伝えたんですけど……」

 モデルのような金髪男が、シュンと項垂れる。

「……しょうがねぇ、やっちまったのは確かだからな」


「え……ヴァリアス、神様に怒られるのか? ……俺が頼んだばっかりに……」

「調子に乗るなよ、蒼也。

 これはオレが自分の判断で行動したことだ。お前の願いに乗っかった訳じゃねえ」


「そうそう、ソーヤは気に病まなくていいんですよ。ぜ~んぶ、副長の自己責任ですから」

 キリコが慰めるつもりで、悪魔の尾を踏んだ。


「テメエは何様だっ!」

 鉄の爪攻撃でキリコの頭を凹ませたあと、奴は霞むようにフェードアウトしていった。



    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 やっぱり後で落ち込む蒼也。

 一般人がこれだけの体験を一気に味わったら、当然と言えば当然の反応なのかもしれませんが、次回はこれをある方法で浄化していきます。

 それにはあの子が活躍してくれます。


 追伸:最近『闇』を掘り下げていたら、なんだかこの素材も楽しくなってきました。他にもネタがありますし。

 いつか閑話かスピンオフで、『闇』属性の者メインの話を作りたいです(^ω^●)

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