第149話☆ 示す能力と隠す能力
「ハンター試験はダンジョンの範囲が多いのは知ってるだろ? だからコイツとダンジョンに3日間潜ってもらう」
「なに、ダンジョンに泊まるのかっ?!」
そんなの聞いてないぞ。
「3日って言ったって、2泊3日だよ。すぐに終わっちまう」
「いや、そうじゃなくて、もう勝手決めんなよっ」
嫌な合宿だなあ……。
「ダンジョンか……」
ヨエルの顔も曇った。
「ちなみにいつから?」
「試験までにあまり時間がない。本当は明日からと言いたいとこだが、そっちにも準備があるだろ。
だから明後日からだ」
それでもしっかりXデーは入ってるな。
彼もなんだか額に手をあてて少し考えていたが
「その、場所は……こちらで選んでいいのか?
……実は明々後日、おれは占いで凶日と言われているんだ」
本人、Xデーを知ってたのか!
それも占いでって、凄いな。それ当たってるじゃないか。
「知ってるよ。それもダンジョンでだろ」
奴の言葉にピクッと肩を動かした。
「そこまで……それもそちらの占い師が言ってたのか?」
「まあな、ちなみにそれはどこのだ?」
「……『アジーレ』だ。ちょうど3日後に解禁になる。おれにとって、あそこが今ヤバい場所らしい……」
そう言う彼の目が落ち着きなく動いている。
「明後日はまだ閉まってるんだろ? そこじゃねぇよ」
「そうか、それなら良かった」
ホッと肩を落とした。
「ただ条件がある」
「それは……?」
「コイツを預けるが、あくまで仕事の依頼者はオレだ。だからオレの言う事を優先しろ」
彼はチラッと俺を見たが
「わかった。雇い主に従う」
なに? なんか怖いんだけど……。
「あとは……?」
「うーん、特にはないな。もちろん、コイツの身の安全は最低限守ってもらうが、とにかく一般のハンターの知識とやり方を教えればいい」
俺の身の安全は最低限なのかよ。
「じゃあ、おれも1ついいか? もし本当にヤバいと思ったら、期限が来なくてもダンジョンを出るが、いいだろ?」
「うーん……まっいいか」
いや、普通、そこは当たり前に即答だろ。何考えてるんだよ。
という訳で、契約成立となった。
本来ならギルドを通して契約するのだが、今回は事情がアレなので裏契約となった。
奴が仕事の報酬として前金を渡そうとしたが、ヨエルが断固として断った。
「いや、そんなの貰えない。すでに報酬は先払いされてる」
と、先程の丸めた書類を手にした。
「それはそれ、これはこれだ。大体お前はAランクで登録してるようだが、総合的にみたら本当はSに手が届くんじゃないのか?」
それに対してヨエルは大袈裟に手を振った。
「いや、それは買い被り過ぎだ。おれは所詮A止まりだよ」
「嘘つけ、お前がワザと昇格試験を受けてないのを知ってるぞ。実績からして、ギルドから勧められてるのを断ってるんだろ」
「そうなんですか?」
「……」
「なんで? 実力があるなら昇格したほうがいいんじゃないんですか?」
その問いに奴が答えた。
「AとSじゃ、たった1つの差だが、実際はずい分開きがあるんだ。前もエッガーの奴が言ってたろ?
Sランクの奴がなかなか町に来ないって。Aならほどほどにいるが、Sになると急に数が減るんだ。
つまり目立つってわけだ」
ああ、そうか。彼はお尋ね者だったから――。
はあーっと彼がまた大きく息を吐いた。
「さすがだな。怖いくらいだよ、そこまで知られてると……。
本当はAでも目立つんじゃないかと冷や冷やしてたんだが……。
以前、魔物の襲撃からギルドの要人を守った時に、無理やり昇格させられたんだ。
ギルドは正しい能力明示をしないと駄目だとか言うし、要人はおれが遠慮してるだけと思ったようだが……」
ふと思い出したように苦笑して、3本目の煙草に火をつけた。
「じゃあ、指導するにあたって、まずあんたの能力を教えてもらおうか」
俺は例の魔法認定証を見せた。やはり言葉で言うより、数値化されたものを見せるのが分かりやすい。
「おれと被ってるのは『探知』と『風』か。確かに7つも規格基準以上に発現しているのは凄いな」
この規格基準というのは、一般人レベル以上という事だ。
いわゆる部屋を照らすくらいの灯りを灯したり、薪に火をつけられるぐらいの能力が生活魔法で、顔を焼くぐらいの炎が攻撃魔法と言われる。
ちょっとその境がハッキリしないところではあるが。
「『探知』は
「それほどでもないですよ」
そう褒められて悪い気はしない。するとすぐにヴァリアスが横からたしなめる。
「技術が劣ってるんだから、いい気になるなよ。奴の方は実質ともに『マスターウィザード級』だぞ」
「それはどうかな。おれは魔法試験を受けたことないのでよく分からないが」
彼はそう謙遜したが、奴が言うからそうなのだろう。考えてみたら俺の教授させるんだから、俺より下な訳がない。
「確かにおれは、ある程度の護符の守りも突破して、相手を視ることはできる。
隠蔽で気配を消してるような奴もな。
例えばあんたは、右手首に強力な護符をつけてるだろ?」
と、俺の腕を指した。
「え、分かるんですか?」
護符の上からアームガードをしているので、まず目視では分からないはずだ。
「ああ、相当強力な護符のせいであんた自身は読めないが、その護符自身の存在はわかる。
ただ、分からないのは、こっちのSSの旦那だ」
チラっとヴァリアスの方に視線を移した。
「こっちの旦那は、どう視ても護符とかアミュレットらしい存在が見当たらない。なのに全体が漠然としてて、目の前にいるのに、まったく掴みどころがない。
まるで存在しないみたいに。
それが恐ろしい……」
彼は本当に恐れるように身をすくめた。
確かに奴は目で見ると存在感が凄まじいのに、なぜか気配が透明なのだ。その落差は視えるものじゃないと分からない。
「ところであんた、身体強化も出来るんだろ? これだけの魔法が使えるなら、体を守る基本の能力は普通、発現してるはずだからな」
「ええ、一応出来ますけど」
あれもそう言われれば
「じゃあ回復能力は? それも基準以上にあるのか?」
基準以上って言われても、そもそも基準がわからない。だけど俺の回復力はこちらでも多分、異常なんだろうなあ。
「よく分からないですが、多分ある方だと思いますけど……。そういうのも関係あるんですか?」
「おれが直接教えられる能力は『探知』と『風』だが、技ってのは総合的なものでもあるんだ。
パーティを組むと、自分が出来なくても仲間が出来ることがある。そういう場合、補助したりするだけじゃなく、合わせ技を使えるからな」
認定証を返してきながら、ジッと俺の目を見て訊いてきた。
「他にもあるんじゃないのか?」
「そう言うお前だって、隠してる能力があるんだろ?」
横から奴が口を出した。
すると急にヨエルが目を逸らした。
「……おれは、もうないよ。……あったとしても基準以下だ」
少しうろたえているように見えた。
「まあいい。どうせお互い、おいおい分かってくるだろ」
潜るダンジョンは奴の提案で、中級クラスになってしまった。
俺は『パレプセト』同様、初中級が良かったのに……。
そして『パレプセト』のようなフィールド型は、もう体験したから違うのがいいと言う奴の要望で、なんだかトラップ型とかいう所に決定してしまった。
トラップ型って……もうそのままヤバい場所じゃないのか??
「おおい、なんだよっ『トラップ』って?! それって罠があるってことじゃないのか? ヤバいとこじゃないのか」
「大丈夫だ。ランクは中級クラスなんだから」
奴がいつも通りしゃあしゃあと言う。
「『トラップ』といっても、そんな危険過ぎるものじゃない。遊園地のカラクリみたいなもんだ。気をつければどうって事ない部類だよ」
本当ですか?!
大体、また俺に拒否権はないみたいだし……。
「ヴァリアス、怖すぎるとこだったら……俺 泣くぞ」
奴が渋そうな顔をしてこっちを見た。そうして
「条件追加だ。コイツを泣かすな」
「……それは、今までの仕事の中で一番難しいような……」
ヨエルが困ったように頭を掻いた。
明後日、そのダンジョン前で9時に落ち合う事になった。
別れ際に彼から1つ練習法を教えてもらった。
「バレンティアにいるなら、街中に紙吹雪が舞ってるだろう? あれは実は
1等から3等までの記号が書いてある紙が混ざっている。それを景品交換所に持っていくと景品と交換してくれるんだ」
そう言われると、道のあちこちで子供が紙を拾っては見てたが、あれは遊びじゃなかったのか。
「なるほど、探知なら楽勝ですね」
いちいち拾って見なくても、探知、いや索敵で簡単に検索ヒットだ。
「うーん、まあやってみればわかるよ」
片方の口角をあげて俺を見た。
いや、技量が足りないとはいえ、俺だって一応『ウィザード級』認定なんだぜ。それぐらい出来るだろ。
それともすごく当たり籤の数が少ないのか?
しかしバレンティアに戻ってきた俺は、秒で現実を思い知った。
人の思念が多過ぎる。
オーラや気を読む探知には、これはもう妨害電波だ。
これはまた、あの黒い森の魔素の反射とは違う障害だ。
目の前にヒラヒラと飛んでいる数枚の紙ぺらさえ、真っ直ぐに手を伸ばして掴めない感じ。
初めてのダンジョンの『パレプセト』は水の中のような感じだったが、こちらはテーマパークにある、風船プールを泳ぐような感じと言えばいいのか。
とにかく邪魔なことには変わりない。
索敵のような検索的触手は散八方的なので、パワーが弱い。だからただ手前で、チカチカする感じが頭に響くだけだ。恐らく乱反射してしまうのだろう。
仕方ないので意識してやる探知に切り替えた。
まさしく人波をかき分けるように、まさぐるように進むのだ。
探知に集中するため、歩かずに
しばらく意地になって探っていたら、数十メートル先の窓の
風魔法でそっと動かして、俺の前まで飛ばしてきた。
黄色い紙に六芒星のマークが3つ描かれている。よっしゃ! ゲットしたぜ。
俺は子供のように少しテンションが上がった。
すぐに近くの十字路の角にあった交換所に持って行く。
「おめでとうございます! 3等です」
と、3本角の仮面をつけた男が、大きなハンドベルをカランカラン鳴らした。
「どうぞ、景品です」
渡されたのは、クレープのように三角紙に包まれたスイトープ(甘い芋虫)だった。
うえぇ~、これかよぉ。
確かにピンク色になってるから過熱してあるみたいだけど、顔みたいな模様にシワが寄って、怒ってるみたいに見えるんだけど。
俺がゲンナリしているのを見て、面白そうに奴が言ってきた。
「せっかくの食べ物なんだから、無駄にするなよな」
「そりゃ捨てたりしないよ。あんた食べるか?」
「オレは甘いのはいい。お前は甘いのも好きなんだろ」
うっ、そりゃそうだけど……。
ふと、視線を感じて横を見ると、5才くらいの女の子がもっと小さな男の子を手を握って、俺の手元をじっと見ていた。
さっきからまわりで紙吹雪を拾っていた子達だ。
「これいる?」
俺はそっと聞いてみた。日本じゃ不審者扱いだが。
「いいの?」
女の子は虫から目を離さずに訊いてきた。
「うん、オジサン達もうお腹一杯だから」
そう言って差し出した袋を、すぐに掴むと「ありがと」と一言いって、弟と走っていった。
良かった。虫も無事に美味しく食べてもらえそうだ。
「なかなか良い訓練になるな。なるほど、確かにアイツを起用して良かったようだ」
ヴァリアスが今更ながらに感心したように言った。
「いや、これ結構大変なんだが。こんなのまさか3日間やるんじゃないだろうな」
せっかく奴の無謀な訓練を休めると思ったら、今度は正式なブートキャンプの始まりか?
「そういや、あの人、自分のXデー知ってたな。しかも場所まで合ってるんだろ?
凄いな、その彼を占った占い師って。ナジャ様並みじゃないか。
そういう能力の人間ってやっぱりいるんだな」
こんな魔法能力が横行している世界なんだから、強力な霊能力者みたいな人がいるのかもしれない。
「いや、あれはアイツの嘘だ。占いなんかじゃない。
あれはアイツ自身の能力だ」
「え、じゃあやっぱり隠してる能力があったのか。俺も人の事は言えないが……なんで隠すんだろ?」
奴が顔を前方に向けながら、目だけこちらに向けてきた。
「その能力のために奴は、通常のガキより高く売られることになった。
そうしてまたそれを、他人に悪用されるのを恐れてるからだ」
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