第60話 殺し屋とお土産
今日土曜日は午前中に家を出た。
仕事先のホームセンター近くにショッピングモールがあり、その中に100均ショップがある。
うちの近所のより大きいので色々品があるかもしれない。
まずはマッチ。ライターとかチャッカマンも考えたが、残りがあとどれくらいか分からないと困るので、見た目でわかるマッチのほうがいいだろう。
たくさん入っている大箱のお徳用と、小さな携帯用の小箱タイプとブックマッチ。
小さなのは印刷がお洒落だったり、本数は少ないがマッチ棒の頭がカラフルなのもある。
見た目もいいけど、あちらだとまず実用第一かな。ならスタンダードな小箱タイプがいいか。
1パック6個入りだからいくつ買っていこう?
「火付枝(マッチのような物)か」
奴の声がすぐ背後でした。
もう来たのかよと思いながら振り返ってビックリした。
そこにはいつもの灰色のではなく、黒い悪魔が立っていた。
黒に近いチャコールグレーのロングコートの前を開けて、中に濃いグレー地に細いストライプのスリーピースが見えている。
シャツは白で全体的にモノトーン基調なのだが、ワンポイントとして落ち着いたワインレッドのネクタイを締めている。
帽子は被っていないが、顔には例のサングラスが存在感をはなっていた。
足元もいつものブーツではなく黒い革靴で、そして普段していない黒革の手袋をはめている。
なんの仕事人っ?!
「どうだ、似合うか? お前が以前、服買った店で揃えてきたぞ。
良く分からんから、店員に任せたらこれを勧められた」
そのままの定番コーデだな。
もっとソフトな感じに出来なかったのか。
いや、一般人には恐くてそんな冒険できないか。
もうなんかマフィアというより殺し屋に昇格だよ。
剣よりサイレンサーを持たせた方がしっくりくるようになってしまった。
「本当はフード付きにしようかと思ったのだが、この日除けガラスもあるし、顔を出さないと、お前が気がつかないと困るからな」
「いや全然わかるよ……その存在感で」
俺が悪かった。
服を勧めるときちゃんと言えば良かった……。
もう起こってしまったことはしょうがない。せっかくだから訊いてみるか。
念のため、大陸語に切り替えて話すことにした。
『今度ラーケル村に行くときに、村長とターヴィにお土産持って行こうと思ってるんだけど、このマッチなんかどうかな?
生活用品として火打石より便利だろ』
『そんなに気を使う必要ないぞ。それに普段の生活でならそういうのは使わない。
家の火種はまず絶やさないし、あちらでも似ている物があるが、贅沢品だから使うのは貴族か金持ちだな』
『そうなの?』
『原料がこちらほど流通してないし、まずは生産コストが違うからな。あちらじゃ手工業だし』
ああそうか、こっちみたいに機械で大量生産してる訳じゃないんだな。
『そうだな、どうせアイツらに渡すなら……』
殺し屋はクルッと棚を見回すと、ある商品棚の前に行った。
『えっ タオル? あっちにもそんなのあるだろ』
『質が違うんだよ。生地が厚手で特に柔らかいのは高級品なんだ。
あっちの庶民が使うのは、硬くてゴワゴワした麻布が一般的だ。綿は安いものじゃないからな。
長く使いまわすからボロボロになってるはずだし』
そういやあちらでは、春夏の服だから麻っぽい服地なのかと思っていたが、あれは安くて固い布なのか。
ターヴィや居酒屋で会った人達の服って、どこか当て布もしてあったな。
村長のも膝や肘にあった。
王都では見なかったけど、ギーレンでも宿や食堂で見たように思う。
日本ってホントに恵まれてるんだな。
『これでもアイツらからしたらかなりの贅沢品だが、『火付枝』よりは受け取りやすいだろう』
そうか、あんまり高価過ぎるものを渡すと、相手が恐縮してしまうかもしれないのか。
TPOをわかってなかったのは俺の方かもしれない。
今度ちゃんとリサーチしなくちゃ。
贈物用タオルと言ったら、今●タオルとかお歳暮タオルとかが一般なんだろうけど、こちらとは物の価値や質が違うから、価格や銘柄だけで選べないもんだな。
まぁ100均物も、昔に比べて随分良い物が出てきているし。
吸水性に優れたものやドライ系のものとか色々あるけど、まずは肌触りの良いものを選ぼう。
可愛い花柄はシヴィにいいかもしれない。
あと、リリエラも使ってくれるだろうか……。
『ヴァリアス……これは別に未練があって言ってるわけじゃないが、世話になった宿の人に、軽くお礼をするってのはありなんだろうか?』
『ハンターが行きつけのギルド嬢に、物をプレゼントをするのは良くあることだ。
酒場で給仕の女に、気軽にチップをやるのと同じ感覚だな』
奴は片眉と口元を少し上げて言った。
だからあくまで世話になったからだよ。そんな深い意味じゃないぞ。
だけど変に思われないなら買っていこう。
彼女の髪色に似た赤色を選んだ。
100均ショップを出ると、同じショッピングモールの中のスーパーに入る。
あちらに持って行く食事を買っていこう。
いつものスーパーの見慣れた弁当ではないので、ちょっと目移りする。
麻婆豆腐丼と中華丼、親子丼に銀鱈の照り焼き弁当……。
1日1回は食堂以外で御飯物を食べる事にしようかな。
おっと、こいつの分はどうしよう。肉メインの前に量が違うからな。
『オレの分は気にしなくて良いぞ。別に食べなくても平気だし、現地調達も出来るから』
現地で調達って、その場で狩ったもの食うってことかな。
それじゃせめて調味料持って行ったほうがよくない?
ふと調味料の棚を見て思いついた。
『タオルばっかじゃ何だから、胡椒とか砂糖とかも持ってくのはどうだろう?』
『胡椒は火付枝(マッチ)と同じで高価過ぎるな。
砂糖もハチ蜜より高価なんだが……まぁ良いだろう』
よし、じゃあ多めに持っていこう。
いずれ商売をする時に、転売商品に出来るかもしれないので、意見も聞きたいし。
よく見かける上白糖の袋をカゴに入れようとすると、黒い手袋が俺の手を止めた。
『それはやめておけ』
何? このシチュエーションが恐いんだけど。
『これいつも俺が使ってるやつだけど……』
『お前は馴染んでるから平気だが、アイツらは普段こんな精製されたものは口にしてない。
多少は贅沢に慣れた、王都に住むような者なら大丈夫かもしれないが、加工食品を全く摂取していない者が、そんなモノを多く摂ったら体にどういう影響が出るかわからん』
『そんなに大変な事なのか……?』
『絶対とは言えないが、例えていうなら、菓子を知らないジャングルの原住民に、砂糖菓子を与え続けるみたいなものだな。
砂糖は中毒性もある』
軽く考えてたけどそんなに弊害があるのか。
でも以前どこかの原住民が、昔は健康部族だったのに、白人文化が入って来て肥満が増えたっていう話を聞いたことがある。
じゃあ油とか口にするものは、気を付けないといけないのか。
『じゃあどんな砂糖が良いんだ? 自然食品コーナーにあるようなやつとかかい?』
『なるべく精製度の少ないのがいい。この中ならこれかな』
と、黒砂糖を手にした。
『これでも糖度があちらの
黒砂糖にも純黒糖と加工黒糖とがあり、加工は別の糖分を混ぜているものなので、もちろん純黒糖を選ぶ。
この店には奴が手にした1種類しかなかったけど。
『あとはそうだなぁ。少しならこういうのも大丈夫だぞ』
そこは酒のおつまみコーナーだった。
村長とか酒好きらしいけど歯が悪いとか言ってたから ―― それでもこちらの一般的な老人に比べたら全然丈夫なんだが ―― 柔らかいのがいいか。
一応奴に確認してもらいながら、チーカマとかスモークチーズなどをカゴに入れた。
『そういや薄いとはいえ、こういうアルミの包み紙って燃えないゴミだよな。そっちに持って行ってマズくないか?』
地球でもゴミ問題は重要だからなぁ。
ましてやあんな自然の多い所に、こんな人工的なゴミが残るのは不味いんじゃないだろうか。
『それは大丈夫だ。それくらい薄い金属片なら、そこら辺のスライムでも時間をかければ消化できる。
他に石や鉱物を好むロックバードや、アイアンワームなんかが食べて土に変換するしな』
『凄いなそれ。地球でもそういったのがいてくれれば、ゴミ問題が解決するのに』
地球にもプラスチックを分解するバクテリアとかいるけど、そこまで早くてダイレクトじゃないしな。
『誰があの星を管理していると思ってる』
黒い殺し屋は腕を組んでドヤ顔をした。
『人間共が金属を採取して加工し始めた頃から、我々(神界)は手を打ってるんだぞ。
せっかくの星を台無しにしないためにな。
うーん、俺も地球の神様の考えてる事はわかんないなぁ。
すると奴が、カゴのスモークチーズを引っ張り出して、軽く袋の上から匂いを嗅ぐと『こっちのほうが燻され具合がいい』と別の袋に交換した。
『えっ、それアルミのレトルトパウチしてあるんだぞ。匂いなんか漏れてるのか?』
『これくらいオレならわかるぞ』と、ニヤッと笑った。
嗅覚もサメクラス、いや神様クラスなのか。どっちみち人外級にはついていけない。
結局かなりの量を買った。
弁当やらつまみ、缶ビールなども買ったからだ。
スーパーを出て、ショッピングモール内の通路の端っこに一旦荷物を置く。
ここはギリギリ監視カメラに映らない場所だ。人目が切れて転移するタイミングを見計らう。
『それにしても、首を絞めとくのはあまり好きじゃないな』
殺し屋がおもむろにネクタイを緩めた。
が、緩めすぎてほどけてしまった。
『あーどうやったっけかな』
『ナニ、知らないで付けてるのか?』
『店員がやってくれたからな。向こうではこんな結び方はしない』
こいつにネクタイ締めてやった店員、勇者だな。
『ちょっと直してくれ』
奴がネクタイを持って屈んできた。
俺も最近したことないし、人にやるのとは勝手が違うんだよな。
前後の長さのバランスが悪くなったり、結び目の三角がキレイにいかない。
あーでもないこーでもない、とやっていたら後ろから声を掛けられた。
「東野さん? あれっ 今日非番だよね」
中田さんが立っていた。
会社の近くだったのど忘れしてた!
「こっ、これは、中田さんこそ、どうしたんですぅ?」
「ここにお昼買いに来たんだよ。今日は弁当無しなんでね。東野さんこそ何してるの?」
そう言いながら視線は、俺越しに後ろの殺し屋に注がれている。
「ちょっとショッピングモールに買い物に……」
もうこの間みたいにごまかせない。見た目マフィアと舎弟の図だよな、こりゃあ……。
俺が少し目を泳がせて、中田さんと奴の両方を交互に見ていると、
奴がシュッと一発でネクタイを綺麗に直した。
ナニっ 出来るんじゃねぇかっ!
「どうも蒼也がお世話になっております」
奴が大家さんにしたように、綺麗にお辞儀をした。
「あっ いえこちらこそ、東野さんには色々お世話になってます」
中田さんもお辞儀をする。
間に挟まれた俺はどうしていいのかわからない。
「ええと、東野さんの――」
「従兄弟です」
遠い親戚設定っ 飛び越えたーっ。
間違えてはいないがそれ言うなよ。
中田さんの丸い目がさらに真ん丸になってる。
「ええっ、凄いね東野さん、外国の人が親戚なんだ。しかも綺麗な日本語」
何が凄いのかな。日本語が上手いから?
それともマフィアが親戚だから?
「あの、この前見た時から気になってたんですけど、失礼ですが、なんのご職業されてるんですか?
アスリートの方とか?」
「SSです」
「へっ?」
「えぇっ!」
何言ってんだこいつっ!?
「失礼、
「おおっ なるほど!」
なるほどって、なんで納得できるの? 中田さん。
それに俺のシークレットサービスっていう意味ですよ。
しかも違うSSだし。
なんだかさっきからこいつがニヤニヤしてるのも気味悪い。
「中田さん、彼は見かけはアレですけど、決してマフィアとかじゃありませんからね。怪しい者じゃないですから」
何故か目をキラキラさせて奴を見ている中田さんに、俺は慌てて弁解した。
「うん、だってSSの人なんでしょ? カッコいいじゃない!
東野さんこんな人が従兄弟にいるなんて羨ましいよ」
中田さん老眼進みました? それとも幻覚でもかけられてます?
だけど俺はこいつの恐ろしさを知っているが、他の人には見え方が違うのかもしれない。
今、殺し屋スタイルだし。
でも念のため頼んでおこう。
「すいませんが、他の人には彼の事は内緒でお願いしますね」
「どうして? あっそうか、職業柄マズいんだね。うんうん、わかったよ。誰にも言わないよ」
なんだか勝手に納得してくれた。
「じゃあまた来週」
中田さんは、スーパーで買った弁当を持って会社に戻って行った。
俺は中田さんが見えなくなったので奴に向き直った。
「おいっ 自分で直せたんじゃないか」
俺はネクタイを指して言った。
「あー、人前でだらしないとみっともないから、咄嗟に元の状態に戻したんだ」
「じゃあ始めからそうしろよ」
こいつワザとやらせてただろう。
今回上手く誤魔化せたからいいけど。
あとでわかったが、中田さんはアクション映画大好きだった。
それに出ている俳優とかに憧れを持っているらしい。
自分に敵意を持っているか、それとも好意を持っているか、動物は敏感にそういう気配を嗅ぎ分ける。
奴もそれがわかっていたから好意的にしてたのか。
中田さんはブルース・リーはもちろん、クリント・イーストウッド、ジェイソン・ステイサム、ブルース・ウィリス……などの俳優が好きらしく、次の週の昼休みはこの話でもちきりだった。
こいつはそんなイイものじゃありませんから。
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