第237話☆ 堕ちる魂・再起する者たち



 おそらくこれを読んでくださっている方たちはもう慣れっこかと思いますが、念のため――ちょっぴり残酷描写がございます。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「なあ、アジーレの方って、管理人である天使が仕組んだのか?」

 警吏さんが帰ると奴はまたすぐにテスト勉強をさせようとしたが、俺はそれを遮って尋ねた。


 好奇心もあるが、それよりも神の使いが関わったということに複雑な気持ちがあった。

 俺は奴から簡単に映像を見せられただけだったが、まさしく見たくない惨状だった。


 しかも被害者たちはダンジョンに潜るような命知らずの者達ではなく、ほとんどが祭りの晴れ気分でやってきた民間人だった。

 もちろん中には、罪なんかまだ一つも犯した事のないだろう、幼い子供たちも少なくなかった。


 泥と瓦礫の落ち込んだ深い穴の中に、沢山の遺体の山が築かれ、その中に小さな手がはみ出していた光景には思わず胸が詰まった。


 なぜこんな非情で酷い目に人々を遭わせたのか。

 すると奴は何を今更という顔で背もたれに寄り掛かった。


「直接仕組んだというより、ダンジョンの思うがままに行動させたってとこだ。

 いつもはここまで暴走しないように管理するのが管理人の役目なんだが、アイツら恩恵を忘れて自然ダンジョンを舐めくさってたからな」


「それは管理していた上の一部の人間の責任だろ。なんで何も知らない民間人がその罰を受けなくちゃならないんだ。とばっちりかよ」

 いつも巻き沿いを喰うのは庶民じゃないか。

「知らないのも罪なんだぞ、蒼也」

 やれやれと言った感じで奴が脚を組み替える。


「知らないうちに遠回りに加担していることになる。

 例えばお前がせっせと手入れをして綺麗に作った庭を、勝手に踏み荒らしていったらどう思う? 他人の庭だとは知らなかったから許せと?」


「それは頭に来るが、ダンジョンは元々森みたいな自然の一部なんだから、私有地とは違うだろ。

 それにそれくらいでこんな酷いしっぺ返しをするなんて――」

 やはり代償が大き過ぎる。人として俺には納得がいかない。


「ただ踏み荒らしただけじゃなく、土地を痛めつけて作物や生き物が棲めなくなるまでにしたら?

 その上で我が物顔に大勢でダンスを踊りに来たら――大事な領地をそんな目に遭わされたらお前はどう思う?」

 ほのかに銀色の目が奥光りする。


「大体おかしいだろ。棲んでた生き物達を一掃して、一時的にもただの洞窟にしようなんて、――勝手すぎる」

「……だけど、管理人は少なくとも天使なんだろう。天使がこんな酷い仕打ちをするなんて……」


「お前の考えている天使とか神というのは、叱らずになんでもただ許す方針なのか?」

「あ……」


 確かに俺の頭の中での一般的な神様像は、『左の頬を打たれたら――』を単純に解釈しただけの存在だった。

 だがその神様も、地上を大洪水で一気に洗い流したりしたのだ。

 慈愛の神も怒る時には怒るのだ。


「言っとくがアイツらだって全くお咎めなしって訳じゃねえはずだ。

 このオレだって人間1人の運命を変えただけで、こんな罰を喰らってるんだ。

 それを前から兆しを見せていたとはいえ、ずい分と手荒な真似をしたからなあ。

 まあ、それだけ腹に据えかねたってことだろな」

 と最後の部分は独り言ちるように呟いた。


「それにな、『地』の奴らってのは普段は大人しいが、怒るとまさしくマグマが突然ドカンと噴火するみたいにいきなり爆発させるんだ。沸点に到達するまではじっと黙ってるけどな。

 そこが沸点が低い『火』の奴らとはまた違う激しさだな」


 それから軽く顎を摩りながら

「それに比べたらオレみたいな『創造』のもんは、その点穏やかなもんだ」

「……ちょっとナニ言ってんのか全くわからん」

「なんでだよ!」



    ******



 それから5日ほど経って、アジーレに調査隊が入った。王都経由でギルドが希望者を募ったのだ。なかなかの高額報酬だったようで、数十人の命知らずが集まった。

 その中には熊さんことギュンターの言った通り、ユーリの姿もあった。

 そうしてギュンター自身も、ユーリに拝み倒されて案の定同行する羽目になったらしい。


「頼むよ。ほら、ウチ2人目が出来ただろ? だから何かと物入りで――」

 行きたいなら1人で行けと言ってみたものの、ああいう場所で知らない者と組むのはリスクが高い。

 逆に能力も知れていて、尚且つチームワークの取れる相手となら心強いことこの上ない。


 仕方なくギュンターも嫌々ながら調査隊に加わる事になった。

 要らぬ危険にわざわざ飛び込むのは気が進まないが、後で悔いが残るのはもっと嫌だった。 

 それにやはりSSのアクール人に言われたことも、少し頭の隅に引っかかっていた。


 ところがそんな杞憂をよそに彼らが見たものは、本当に小虫一匹いない洞窟だった。


 ホールだった場所には天井を覆う所々に剥げ落ちたタイルと柱の名残り、地面には祭りの後を思い出させるフラッグガーランド旗付きロープが土に埋もれていた。

 そうして突き当り、ダンジョン一層への入り口は硬い岩盤で閉ざされていた。


 何人かの土使いが感知の触手を伸ばして探ったが、地面同様その先は深く密に全く空洞の無い岩石と化していた。

 

 ダンジョンは確かに無くなっていた。

 あの不幸な人々諸共、消え去っていたのだ。


 それはダンジョンが移動したのだと、奴が言った。

 人の所業に危険を感じたダンジョンは、最後に得たエネルギーで別の土地に移動してしまったのだ。

 動物が棲み処を変えるように。


 調査は拍子抜けするほど簡単に終わったが、ギュンターはそのダンジョン跡地で珍しい鉱石を見つけた。

 それは地の魔素を多く含んだ水晶で、ダンジョンが激しく蠕動などを起こした際にほんのたまに出来る代物だった。


『地』との繋がりが高いので、占いや装飾の他に新しい土地に移り住む際に地面に埋めて、平穏無事を祈るまじないにも使われる貴重なダンジョン水晶。


 おそらくダンジョンが移動した際の、巨大なエネルギーで出来たものであろう。

 他の者達もあちこちで小粒を発見する中、2人は透明度も高く、拳大の大きな水晶を幾つか拾うことが出来た。

 それが彼らにとって、この上ない報酬になったのは言うまでもない。


 しかしダンジョンはどこに行ってしまったのか。


 それからこちらの時間で20日ほど経った頃、アイザック村長がギルドから送られて来たある報告書を見せてくれた。


 それは王都より西に100キロ以上離れた山の中で、きこりが遭難者たちを発見したという内容だった。

 彼らは酷く疲労困憊し傷ついていて、樵は村に助けを呼びに行かなければならなかった。


 その中でなんとか話す気力が残っていた男が、これまでの経緯を話した。

 男はバレンティアの住人で、あのアジーレのイベントの際にホールにいた警吏だった。


 100近い人数があの崩落の後、地の底で死なずに生き残っていたそうだ。

 底に叩きつけられる前に、それこそ俺が遭遇したどころではない比のハンターが――おそらく全ダンジョン中の――この瞬間四方八方の壁から襲い掛かり彼らを生け捕りにした。


 全員を殺してしまったのでは、新たなエナジーは得られない。

 だからある程度エナジーの高い者だけを瞬時に選りすぐり、ダンジョンの深部へと連れ去ったのだ。

 

 畜食用の家畜として。


 しかし移動して行きついた先は人が滅多に入らない山奥で、新たな動物や魔物たちが入って来るようになった。

 ダンジョンは人用から魔動物の園へと様相を変えていき、もはや人間を主畜にする気は無くなったようだ。しばらくして上に通じる通路が現れたそうだ。


 だが脱出を試みた生存者達には、地上までは過酷な冒険だったようだ。

 始め46人だった人数は、地上に出た時には9人になっていた。

 中には魔物にではなく、ハンターにやられた者も少なくなかった。喰われたのか、それともまた奥深くへ連れ戻されたのかはわからない。


 だが、それよりも恐ろしいモノを彼らは見た。


 中層途中で出遭った、芋虫のような沢山の脚とブヨブヨとした体を持つ魔物。

 しかもそいつは、他の魔物や動物に噛まれ引っ搔かれ、ドクドクと腐臭を放つ体液を傷からたれ流しながらのたうっていた。


 自分よりも小さな動物にさえ反撃する事も出来ず、ただずっと泣き転びながら薄暗い闇の中をおろおろと逃げ惑っていたそうだ。


 だが彼らをおののかせたのはそんな情景ではない。

 それはまるでケンタウロスのように、人の上半身と虫の下半身が一体となったキメラ。まさしく地獄に堕ちた罪人の責め苦の姿。

 その顔はバレンティアに住む者なら誰でも見覚えのある若者のソレだったのだ。


 ――  ジェレミー・ダン・ジゲー  ――

 バレンティア元町長の一人息子で、レッカやアメリをアジーレに追い込んだ傲慢な若者。


 あの時、リブリース様はその愚か者にお仕置きをしたと言っていた。下半身野郎だけに、腰から下を変えてやったとも。


 アレはそういう意味だったのか。


 この話は父親である元町長にも伝わったのだろうか。

 そのジゲー氏はちょうど生存者達が救助された直後、公開処刑で罰せられた。


 あの事故を招いた原因が、ダンジョンをいじったせいなのは明白だった。

 多大な被害者を出し、王都を震撼させた大惨事を引き起こしたのだ。本来なら*複数の極刑に処されてもおかしくない程だった。

 (*死なないギリギリ程度に止めては極刑を繰り返すやり方)


 けれど町をここまで大きくした、ジゲー家代々のこれまでの功績も考慮されたらしい。

 本家当主は財産を没収され、両の目と鼻、耳、四肢を切断されたが命だけは免除された。

 切り落とされたジゲー氏の手足や欠片は、遺族達にその場で踏み潰された。


 四親等までの親族も、財産を全て没収され国外追放となった。

 イモムシとなったジゲー氏を連れて。 


 婚姻などで家系入りしていた、生物的には血が繋がっていない者たちの中には、事件直後すぐさま縁組を解消し辛うじて難を逃れた者もいる。


 事実上ジゲー家は消滅した。


 まさに栄枯盛衰を地で行く話だが、ジゲー一族がここまで栄華を誇れるようになったのは、その昔ほんの小さな集落を豊かに住みよい村にしようという、純粋な志から始まったものだった。


 それまでは田畑ばかりの他の村落と変わらない村に、王都を目指す旅人のための宿を増やし、娯楽施設も作った。

 王都と村を往復する定期便馬車を増やし、旅人や商人たちを呼び込んだ。

 穀物生産一本から商業による金品を得ることに収益を換えていった。 


 そうして人々が集まり村はますます活性化して、大きな町に発展していったのだ。

 それがどこで間違ってしまったのだろう。どこから驕りが芽生えてしまったのか。

 まさかご先祖様も子孫がこのような結果で町を追われるとは思わなかっただろう。


 ジェレミーはこれからどうなるのだろう。

 もし誰かが彼を助けようとしても、それは高貴な聖職者でも無理なはずだ。


 何しろこれは神の呪いだから。


 おそらくジェレミー自身が心から改心しない限り、それは解けないのだ。

 何年、何十年、もしくは何百年経っても、呪いが消えない限り死ぬことも許されずに彷徨い続けるのだろう。

 果たしていつになることか。


 ただ堕ちた者もいれば昇る運命もある。

 ヨエルはその後、エイダと共に長く強く生を紡いだ。2人の間には彼と同じ青水色の髪をした双子が生まれた。


 新婚旅行をかねて久しぶりに故郷を訪ねてみるつもりだと、笑った彼の額にはもうバンダナは無かった。

 隣には、まず長旅用の靴が必要ねと、微笑むエイダがいた。

 そうして、その笑顔に救われた俺がいた。

 ちょっぴり羨ましかったが。

 

「お前が命を接ぎ木したんだ」と奴が言った。

 そうなのだろうか。

 そうならば、俺の行動が本当に実を結べたんだ。やはりダンジョンに入って良かったのかもしれない。

 少なくとも彼らを救えたという実感がやっと沁みてきた。


 そうしてマターファもまた、生まれ変わっていった。

  

 亡霊たちの巣窟だった4層部分が消え、3層の下は巨大な柱の乱立する5層だった領域が姿を現した。

 しかしそこは以前とは違い、昼と夜が交互にやって来る地上と似た世界へと変貌していた。


 外のそれと違うのは、地表を照らす太陽はおらず、相変わらず深い霧が光るのだが、以前と違って深い底まで光が拡散して射すようになった。

 おかげで常闇に慣れていた夜行性動物たちは、日中隠れ家で眠りにつく規則的な習慣をするようになった。


 また3層から通常の昼行性の動物や、彼らにくっついた植物の種子などがもたらされた。

 彼らは最深層での昼のエナジーを畜産するものとなった。


 そうしてある一定の時間になると西の方角から青いオーロラが流れるようにやって来て、霧を覆いつくしていく。

 やがて辺りが段々と青から黒い闇へと代わる頃、穴倉からやっと夜行動物たちが姿を現すのだ。


 それは動物ばかりではなく、植物や虫達も同じ。

 夜行草は夜にだけ花を開き、オーロラが東に消える朝には花弁を閉じた。

 半分になった夜を愛しむように、巨大なスズランに似たランプ草は嬉しそうに花を揺らし、発光虫は求愛の点滅を強めた。


 あれほど陰湿だった罠も鳴りを潜め、マターファは最深層も花や草木息吹くダンジョンの野山となった。

 それが本来のマターファの姿だったのだから。


 日中はあのゴーレムがのんびりと歩き回っていたが、それも辺りが暗くなると自然と動きを止めた。


 おかげでまたボチボチと、宝探しに人々が戻って来た。

 するとその世界を白からコバルトブルーに変えて行くオーロラと共に、戦車が空に現れるという話が酒の肴にあがった。


 空飛ぶ戦車を引く2頭のグリフォンの手綱を握った大男と、眼下をくまなく見回す子供のような小さな男、そうして後ろには眩く黄金とボルドーの髪をなびかせた美しい女が座っていたそうだ。


 ダンジョンの新しき番人となったサーシャ達。

 これからもきっと自由に我が楽園を舞っていくのだろう。

 再び人間どもが妙な真似をしないように。自分たちの花園を荒らさないように。

 そうして彼女達は時が流れるとともに、単なる噂から伝説となって長く語り継がれていくのだ。



 

 ところで村長が報告書とは別にもう1枚、この村役場宛てに届いたファクシミリーを持ってきてくれた。

 

 それは俺宛てだった。


『厄介事がひと段落したので、ぜひそちらに伺いたい』という短い文面だった。

 差し出し人の名前などはなかったが、俺はすぐに確信した。


 エッボ達だ。


 町長一族の刑が執行された直後の混乱を見計らい、やっと動くことが出来たのだろう。

 前文に『連絡が遅くなって申し訳ない』ともあったが、そんなの仕方ないことだ。

 それよりも最後に俺を頼って来てくれた事が何よりも嬉しかった。


「村長、あの、実は大事なお話があります」

「ん?」

 俺の真剣な物言いに、パイプの葉を取り換えようとしていた村長が手を止めて顔を上げた。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ああ、やっとこれにて第3章終了です。

 本当に長かった……(´-∀-`;)

 しかも中途半端なところで間を空けてしまったり、色々と反省も少なくないところです💧


 でも次回第4章はすでに出来ているものをこちら用に改稿、推敲していきますので、今までよりは落ち着くかはずです( ̄▽ ̄;)ええもう……。


 宜しければ引き続きご笑覧お願いいたします。

 

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