第236話☆ アジーレの変と気苦労の絶えない警吏


 ぁああああ……、ずい分と間が空いてしまいました( ̄Д ̄;)

 しかも今話でまだ終われなかったです……💦 



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 通常ならその場ですぐに作成して、間違いがないかサインすれば終わりなのだが、どうも俺たちの言った内容があまりにも膨大かつ突拍子もない事だらけで、持ち帰りになってしまったのだ。


 後で改めてサインを貰いに来るので、それまでここで待っててくれとギルドの所長からもお願いされた。


 なんだかんだと理由にかこつけて、俺たちを少しでもここに留めおこうとしている気がするのだが、ヴァリアスもラーケルに戻ると酒の気配があるから嫌だとまた駄々をこねてるし、ヨエルもあと1日様子見なので俺も大人しく残ることにした。


 その上で所長はホテルが空いたので、そちらに移りませんかと勧めてきた。だが俺は丁寧に遠慮させてもらった。


 タダで世話になっている上にあんな豪華な部屋に泊まるのは、俺の庶民感覚がどうにも落ち着かないのだ。 

 所長はそれでは申し訳ないと言ってくれたが、俺にはこの応接間で寝泊まりがお似合いだ。

 それでもなかなか良い部屋なのだが。

 


 とにかく今日はどこにも出かけずに受験勉強に取り組むことにした。

 過去問の解答用紙を参考書として見ていると、奴が急に用紙を取り上げた。


「それじゃただの丸暗記だ。オレが解説してやる」

 そう言うや、テーブルの前に草叢くさむらの3D映像が部屋いっぱいに現れた。

 その深く茂ったブッシュの中から、猪によく似た動物が鼻先を突き出して辺りの様子を探っていた。


「これがオークに変化する地豚ジブタとよく似た瘤猪コブイノシシだ。比べてみると、額が張り出ているというよりゴツゴツしてるだろ」

 先の猪の横に、別画面で樹々の間を歩く別の猪科の画像がスライドされてくる。


 そう言われて2つを見比べると、両方とも猪よりも豚のように額に角度があるのだが、瘤猪のオデコには握りこぶしのようなボコボコした隆起があった。


「その他にもそこに書いてある通り、尻尾の太さとか蹄の色の違いがあるが――」

「おい、こんなこと出来るなら、始めからこれで良かったじゃないか」


 考えてみたら奴だって使徒の端くれ、『神の眼』ぐらい持ち合わせていたはずだ。

 なら、ダンジョンにわざわざ入らなくても、遠隔3Dで見てれば済んだはずなのに。


「そんなのただの付け焼刃だ! 

 これだって他人の書いた説明を、ただ読むだけよりマシってだけだ。

 本来ならそこに立ち、空気や気を感じ、対象のちょっとした仕草や動向に注意を注ぐ。

 その場の全てを体感出来なきゃクソほども身にならねえ。

 ただウサギの糞は身になるけどな」


「汚ねえなぁ! クソは捨てとけよ」

「お前知らないのか? ウサギの食糞は大事なことなんだぞ。例えば角兎の奴はーーー」

「知らねえよっ、俺は兎じゃないし、そんなの兎に任せとけっ」

 奴のおかげで知識よりも、スラングなボキャブラリーが増えた気がする。


「言っとくがお前が直接関わったからこそ、アイツヨエルは死ななくて済んだんじゃねえか。

 そうでなきゃ今頃お前の知らないところで朽ち果ててたはずだ。だからお前が参加する事には意味があるんだよ」


「む……、そりゃあ、そうだったかも知れないけど……」

「だから現場で体験するのが一番なんだ。で、次行くぞ」

 目の前のブッシュが一気に闇に包まれ、今度は闇夜に目を光らせる夜行性の動物が現れた。


 なんだか上手く丸めこまれた感が否めないが仕方ない。今は大人しく勉強するしかないのか。

 こうしてこの日1日が終わった。

 


    ******

  

 


 次の日、朝食の後ひと休みしていると訪問客があった。

 顔を知っている例の大柄な警吏さんだった。


「例の審問官さんは、今日は来ないんですか?」

 1人でやって来た熊さんは、どこかウンザリしているような感じだった。

 まああんな大変な目に遭っても休む間もなくまた仕事って、そりゃあ疲れも取れないか。


「これは警監視局(こちらの警察)の分なんでね」

 そう言いながら熊さんことギュンターと名乗った警吏は、部屋にこもるコーヒーの匂いに少し鼻をしかめた。


「これは異国のアロマか?」

「飲み物ですよ。良かったら飲みます?」

「いや、遠慮しとく。こう見えても胃は強い方じゃないんでね」

 そう鳩尾の辺りを摩ってみせた。

「それにそんな長居をするつもりもないし」

 ソファに座るとすぐに、モスキートペンと10枚近い供述書をテーブルに出してきた。


「……実はもう1人、ユーリの奴も来るはずだったんだが」


 本来は事情聴取に来た警吏がサインを貰いに来るべきなのだろうが、ヴァリアスにビビったのか、俺たちに面識のあるユーリ達が代行を頼まれたらしい。

 同じアクール人系統のユエリアンであるユーリなら、別に構わないだろうという事もあるようだ。


 ところが先程急にユーリの奥さんドロレスの具合が悪くなり、ユーリが慌てて医者に連れて行ったそうだ。

 おかげでギュンターだけがこうして1人で来ることになったという訳だ。


「まあサインを貰うだけだから、2人で来る必要もないんだが」

 なんだかんだと面倒な役回りが廻って来ると、警吏が眉をしかめた。

 そういう熊さんもなんだかんだと、腰を据えてそんな裏話を喋っていく。


「でも、それは心配ですね。ユーリさんのお子さん、まだ小さいんでしょう?」

 そんな話を聞くと、俺も供述書の内容を確認しようも気が散ってしょうがない。迷惑かけたし、やはりこれは見舞金とか出した方がいいのではないのか。


『(そんな必要も心配もいらねえよ)』

 隣の奴が、言葉に出さずにテレパシーで伝えてきた。

『(病気なんかじゃねえ。懐妊、つわりだよ)』

『(え、妊娠なのか!)』


 俺が急にヴァリアスの方に顔を向けたので、熊さんが耳を動かした。

「ん、何か違う点でも?」

「あ、いえ、大丈夫でした……」

 俺は再び書類に目を落とした。


 そうか、オメデタか。奴が言うならそうなんだろう。

 しかしまた1人、奴系統のスジ者がこの世に生まれて来るという事か。

 いや、めでたいことなんだよな……。


「そういやサーシャ一味のことだが、なんであそこまで詳しかったんだ?

 まるで傍で見てきたみたいな内容だったが」

 熊さんが今度は奴の方に顔を向けた。


 そう、奴がチコに教えてやった情報の中には、サーシャ達の動向が多分に入っていた。

 それにはサーシャがあのアーロンを呼び出し、ダンジョンに大惨事を起こした経緯も詳しく含まれていた。

 どう考えても状況的に、直接見たとしか思えない内容だったのだ。


「管理人に聞いたからだ」

「「え?!」」

 俺と熊さんは違う意味で同じ声を出していた。


 熊さんが驚いて腰を浮かしながら言う。

「おれ達が遭遇した時は、随分と激昂してて殺されそうになったが……。

 そもそもあのゴーレムは喋れるのか?」


 それに対して更に奴がドツボな事を言った。

「お前の言ってるのは最下層の番人のことだろ?

 オレが言ってるのはダンジョン全体を管理してる奴のことだ」


 おいおい、あんた、そんなこと喋っちゃっていいのか?

 それじゃ自分がヒト以上だと認めているようなものだろ。


 この世界では森や湖、川など至る所に妖精や精霊がいるとされている。

 彼らは自分たちの棲むテリトリーを管理し、環境を保つ役割をするので人々は彼らを番人や管理人と呼んだりしている。


 妖精はエルフの枝分かれした同じ祖を持つ同系なのだが、どちらかというと見えない魔物的認識がある。


 だが四大元素にも挙げられる精霊となると、さすがにその膨大な力は大自然に匹敵し、人間なんぞの弱小な生き物からは神様と変わらない存在となるのだ。


 そしてあんな大きなダンジョンを支配するのは、言うまでもなく精霊クラスだ。

 何しろ実際に『地』の天使だったのだから。


 そんな相手といくら人外級の力を持つ者とはいえ、普通はおいそれと話なんか出来るはずがないのだ。

 そこのところサーシャは異色だったわけだが。

 熊さんもそれをすぐに考えたようで、目を白黒させている。


「……う~ん、流石はSS様だからなせる業ってとこか。もう一般人のおれの認識を軽く越えてるよ、まったく……」

 そう言うや警吏さんが再び腰を落とすと、腕を組んで深く息を吐いた。


 ぇえ……、そういう認識なの、SSって? まさになんでもありきなスーパーマン的存在の事を指すのか。

 あらためてSSという存在がどう思われているのか、俺も認識した。

 

 すると続いて熊さんが訊いて来た。

「じゃあ、アジーレが件も何か聞いてるかい?」

「えっ?!」

 俺は思わず隣を振り返った。


 だが奴は涼しい顔をして当たり前のように答えた。

「いいや、聞いてねえよ。同じ株で繋がってとはいえ、マターファとアジーレの管理人は違うからな」


 それは聞いてないだけで、実際は全て知っているんだよな。でも嘘は言ってないって事か。


「それってアジーレが無くなったという事ですか?」

 思わず不味い事を言ったというふうに眉をしかめながら、熊さんが咳払いをした。 


「……これはまだ公に知らされてないから、口外しないで欲しいんだが……」

「ええ、もちろん!」

「そんなチンケなこと喋るわけねえだろ」

 奴がいかにもちっぽけな事のように吐き捨てた。

 熊さんはポリポリと鼻の頭を掻いた。


 ―― アジーレ ―― 

 マターファと同株で、同じ根で繋がった姉妹のようなダンジョン。

 そしてマターファと引けを取らない大惨事が起こった大災害。


 彼の語るところによると、あの惨事からずっとアジーレは重い扉を閉ざされ、その周りを魔導師たちによる結界で強固に封じられた。


 そしてもちろん監視が続けられていた。

 闇系の傀儡使い達が、生き物ではなくパペット(人型ではない)を内部に侵入させて様子を窺っていたのだ。

 現代でいうところの探索用ロボットに近いかも知れない。


 そうして本日の早朝、再びあの災害発生時と同じような轟音がダンジョンから鳴り響いた。


 と同時に、内部に放っていたパペットたちの気配が消えてしまった。

 またもやあの怪物たちが出て来ようとしているのかも知れない。待機していた兵士やハンター、魔導師たちに強い緊張が走った。


 しかし管理室にたまたま待機していたパペット1体だけが、無事に残っていた。

 そうしてかのパペットと繋がっている傀儡使いが、信じられない光景を見た。


 ダンジョンが無くなっていたのだ。


 何かの幻覚か、罠なのか。管理室前のホールにポッカリ空いていたあの巨大な穴は、どうしたものか完全に埋まっているようにしか視えない。

 実際にパペットは穴に落ちることなく、その土の上を移動することが出来た。


 そうして奥のダンジョン入り口だったところは、行き止まりになっていたそうだ。

 あたかもただのだだっ広い洞窟の突き当りのように。


「今のところ様子見ってことだが、番小屋の隙間から追加で入れた傀儡でも同じモノしか視えないようだ。

 そのうち誰か直接入って確認せにゃならん。こんなの警吏の役回りじゃないんだが――」

 熊さんは言いながらまたしかめっ面をした。


「なんだかんだとこういう特殊事例の場合、まず希望者を募るはずだ。

 そうするとウチの馬鹿ユーリが賞金目当てに立候補しそうな気がするんだよなあ。

 おれのこういう勘は良く当たるんだ」

 そう言って熊さんは小さく息を吐いた。 


 それって勘というより、ほぼ体験に基づく予測ですよね?

 確かにユエリアンなら真っ先に特攻しそうだし。


「いいじゃねえか。ちょこっと入って確認するだけで金が入るんだろ?

 楽な仕事じゃねえか」

 全てを知っているだろう奴が、とりすまして言う。


「はあぁ~……。そりゃああんたならちょいと散歩する程度の感覚かもしれないが、いくらなんでも危険過ぎる。何が起こるか分からんのに……」

「もう大丈夫だろ。何も視えないって言ってるんだから。もう何にもねえんだよ」


「……あんた、本当は何か知ってるんじゃ……?」

「さあね、もし知ってても教える義理はねえよ。そのうち分かることだからな」

 再び熊さんが大きく溜息をついた。


「そうそう、お前は確か『土使い』だよな。特に地の動物に好かれるだろ?」

 奴が急に妙な事を言った。


「お前はダンジョンと相性が良い。だからたまに入るといいぞ」

「え……」

「管理人もお前には悪いようにはしないと言ってたぞ」

 それを聞いて熊さんは、なんとも困ったような顔をした。


「そう言われても、あんなとこにはもう行きたくないんだが……」

「まっ、別に無理に行かなくてもいい。お前の勝手だからな」

 そう言ったきり、もう関心がなくなったらしく奴は喋らなくなった。


 俺がサインをした供述調書を手に、警吏の熊さんは複雑な顔をして帰って行った。

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