第63話 ドナドナ
またもや出遅れたらしい。
8時過ぎに馬車の停留場に来て、お目当ての箱馬車を探すが見当たらない。
プーケ行きとトランド行き両方がだ。
連絡馬車案内所が開いていたので訊いてみることにした。
中に入ると壁の両側に、向かい合わせに木製ベンチがあり、5人の客らしい人達が座っていた。
正面のカウンターに座っている、ちょっと化粧の濃い4,50代くらいのオバちゃんに聞いてみる。
「その2つでしたら、先ほど定員に達したので出発していきましたね」
オバちゃんは使っていた爪ヤスリから手を離して言った。
「
奴がしらっと言う。
「知ってるなら教えてくれよ」
絶対こいつ、馬車の旅に気乗りしてない。
もう一度外に出て馬車を見回すと『プーケ行き 3,800e 』とカードを屋根の上に取り付けた、6人乗りくらいの2頭立ての馬車がいた。
だが6人どころか、中にはすでに9人は乗っていた。
俺が中を見てオロオロしていると、台座に座った御者が声を掛けてきた。
「お客さん、上だったらまだ2人座れるよ」
「上って……」
どう見ても上とは屋根の上の事だ。簡単な柵がしてあり、カバンや大袋など荷物が載っている。
そこに乗るの?
俺がまごまごしていると、横から大きなリュックを背負った男が御者に訊ねてきた。
「屋根だと幾らだい?」
「中は3,800エルだけど、上なら2,000エルでいいよ」
「よし、乗せてくれ」
男はさっさと料金を払うと、横に取り付けてある簡単な梯子を登って荷物の横に座った。
あと1人しか乗れなくなった。
他に『トランド行き 5,000e 』のカードを付けた馬車がいたが、ちょうど満員になったらしく、屋根の荷にネットを掛けて、屋根に固定していた。
その横には3人が屋根に乗っている。
「こっちの馬車って、あんなに目一杯乗せるのか? 通勤電車じゃあるまいし」
「馬車に定員以上乗せるなんて普通だよ。その分儲かるからな。
それに
箱馬車は定員以上乗せないが、その代わり料金が高いからな」
もう一度案内所に入る。
ティーカップから口を外すと、オバちゃんが俺を見上げた。
「今日のプーケとトランド行きの箱馬車は終わりですね。あと、昼の刻頃にプーケ行きの
ワゴネットってさっきの詰め込んで乗ってたヤツだよね。電車じゃあるまいし、ギュウギュウで何時間も揺られていくのって……。
「もし金に糸目をつけないならチャーターできる馬車があるか?」
ヴァリアスが横から訊いた。
おお、そういうのがあるのか。
オバちゃんはちょっと目を丸くしたが
「ない事はありませんが、さすがに今日の今日では手配は無理ですね」
「だそうだ」
奴はこちらを向いて、わざとらしく軽く肩をすくめて見せた。
くそーっ 絶対こういう事態になることわかってただろう。
仕方ないから、明日あらためて来るか……。
いや、せっかくこの町を出るつもりだったのに、気がそがれてしまいそうだ。
なんとか今日中に出ないと。
しょうがない、一番乗りしてせめて端っこに座ろうかな。
いざとなったら、こいつはどうにでもなりそうだし。
ふと、カウンターの端のラックに、広報誌のような印刷物が、いくつか差し込まれているのに気がついた。
今朝ドルクのおっさんが読んでたやつだ。
ペラペラと手に取ると、新聞の半分くらいのサイズで8ページだった。
「立ち読みは駄目ですよ、お客さん。一部270エル」
「は、はいっ」
つい買ってしまった。
中のベンチに座って、次まで待つことにする。
ここは次の便を待つ待合室にもなっていたようだ。
新しい馬車が入って来ると、3人が立ち上がって出て行った。
買った印刷紙は、いわゆるこの地方のタブロイド紙らしい。
紙質は日本の新聞紙より昔の粗いわら半紙に近く、薄茶色でゴミのように大きな繊維が入っていた。
この町や主に、近辺の町で起こった出来事やこれからある催し物、公共の連絡などが書いてある。
王都のチェブラ河下流で今、ランタン祭りが最高潮になっているというルポもあった。
あれは確かにファンタジーな光景だったなぁ。
裏面にマッチ箱くらいのサイズの顔が6つ描いてあった。
写真ではなく似顔絵だ。
それぞれの顔の下に名前が、そして金額が書いてあった。
「指名手配者だな」
隣で見ていたヴァリアスが言った。
「そうらしいけど、こういうのって、もっとドーンと大きく掲載されるのかと思ってたよ」
「掲載料がかかるからな。まぁこの扱いからして小者だが」
小者って言うけど、それぞれの犯罪歴見ると、強盗、傷害、殺人ってあるんだけど……。
案内所の隣のトイレから出て来た、町民に比べて上着の裾が短い農夫っぽい男が、開いている扉の前を横切っていく。
何気なく見ていたら、馬車の中に混じって停まっている荷馬車の前で止まった。
そこには『トランド経由カカル村まで』と、木炭で書かれた木板を紐で引っかけてある。
「何だ、アレ。馬車というより荷馬車じゃないか。あんなのも人を乗せるのか?」
それは屋根どころか幌をつける骨組みもない、まさに四輪の箱車に、馬1頭を取り付けただけの荷馬車だった。
もちろん護衛もいない。
その木板を見るも、荷馬車をひとまわり見て離れていく人もいる。
そりゃそうだ。椅子どころか、ただの板箱の状態で荷物と一緒なんだから。
「荷物を下ろして村に帰るんだろ。どうせなら小遣い稼ぎに、ついでに客を乗せていこうという腹積もりなんじゃないのか」
奴が俺の視線先の荷車を見て言った。
「あれは臨時便ですよ。さっき言ってきたんです。字が書けないというのでわたしが書いたんですよ。
お客がいてもいなくても、あと四半刻(30分くらい)で出るそうですよ」
オバちゃんがヒビの入った小さな手鏡を見ながら、髪の毛をいじった。
「あれで良いんじゃないのか? あれならゆったり座れるぞ」とヴァリアス。
「えー だってあれ、大丈夫なのか?」
俺は馬車どころか荷馬車なんか乗った事ないぞ。
「来いっ。アレで行くぞ。どうせ無理に窮屈な馬車に乗っても、慣れないお前は具合が悪くなるだけだ」
うっ、確かにそうかもしれないけど……。
馬の背を藁束のような物で撫でている男のそばに行く。
「おい、運賃はいくらだ」
「へ、へいっ、どうせ帰るついでなんで、お気持ちで結構で……」
「じゃあこれでいいか」
ヴァリアスが銀貨を何枚か渡した。
「ひゅっ……だんなぁ、何かの間違いじゃ、あっしのはこれっすよ?」
男は目を白黒させて、奴と荷車を見た。
「気持ちでいいんだろ。ほらっ 蒼也、さっさと乗れ」
これで行くのかぁ……。
中は座席どころか、干し草が少し散らばっているただの板張りで、2つの樽と麻袋が1つ置いてあるだけだ。
ううっ、俺の馬車デビューが……。
『世界の車窓から』みたいに旅するつもりが『ドナドナ』になっちゃったよ……。
「ありがとございやすっ! じゃあ、すぐ出しますんで、ちょっくら待っててくんさいっ」
木板を外すと案内所に走っていった。
「今日は雨の降る予定もないから、屋根がなくても大丈夫だ」
「そうかもしれないけどさ……」
道産子より脚の太い馬が『そうだよ』と言うようにブルルンと口を震わせた。
「お待たせです、じゃあ行きやすよ」
と、男が車輪から木の車止めを外していると
「待って、あの、ワタシも乗っていいですか?」
さっき荷馬車を見ながら離れていった人だ。箱や袋を括り付けた
荷馬車の男がヴァリアスに振り返った。
同乗させていいのか訊きたいのだろう。
「俺は構わん。蒼也は?」
「もちろん俺もいいよ」
「じゃあ乗ってくんなせぇ、お代は気持ちでいいでやすよ」
「ああ、良かった。じゃ、世話になりますよ」
商人風の男は銅貨をいくらか御者に渡すと、俺達の前に乗り込んで座った。
すると袋を肩から下げた、もう一人別の男も横から走ってきて
「乗せてくんなー」
『(なんだろ、急に人が増えたね)』
俺は奴に声に出さずに伝心で話してみた。
テレパシーが出来るようになったとはいえ、実質こいつとしか回路が繫がってないのだが。
『(オレ達が乗ったからだろ。荷馬車は金の無い奴しか乗らないから、盗賊なんかはまず狙わないが、それでも護衛なしは怖いからな。
誰と一緒に乗るかが重要なのさ)』
それって俺達じゃなくて、あんたが乗るからだよね。
馬車が動き出した。ゴトゴトと石畳の上を4つの車輪がまわる。
大事な事を忘れてた。
町の外は舗装されてないただの土の道じゃん。
馬車道なら多少
荷馬車なんか始めから人を乗せるように出来てないから、サスペンションなんかなさそうだし。
不安をのせて荷馬車が門をくぐる。
「あれっ、ソーヤさん?!」
俺に気がついた門番のカイルが、驚いたような顔で振り返った。
まさか荷馬車で出て行くとは思っていなかっただろう。
ちょっと気恥ずかしかった。
一応 小さく手は振っといたが。
馬車はいつもの街道をそのまま真っ直ぐにいく。
そういえばいつもすぐに右にそれて野原に行っていたから、その先を通った事はなかったな。
馬車が2台、ゆったりすれ違えるくらいの幅のある広い街道は、まだ町に近いところだからなのか、あまり揺れを感じない。
茶色い道の両側には、黄色の小さな花が緑の草原の中に咲きほこっている。
その中を道に沿って等間隔に、何か魔法式らしきモノが書かれた杭が立っている。
「魔物除けの杭だ。魔物が嫌う匂いを発するんだ。お前でもわかるだろう?」
「これ? 微かに檸檬のような匂いがするけど、花の匂いじゃないのか」
レモンバームみたいだな、木だけど。
「元々植物自身が、魔虫からの防衛手段として発する物質なんだ。
それを魔法式で
光をエネルギーにしてるから、日中しか効かないけどな」
ふーん、それなら24時間発動するように、魔石を使えばいいのにと思ったけど、それだと街道中のにやらなくちゃいけないから経費が莫大になるか。
どのみち夜は出歩かないし。
馬車は遠く、青緑色に霞む山々のほうに向かって道をゆく。
振り返るとギーレンの市壁が、手のひらに乗るくらい小さくなっていた。
数日しかいなかったけど、初めてやってきた外国、異世界、色々な人達に出会った街、ちょっと心揺れた人とも会った……。
年を取ると妙に涙脆くなるのか、じんわり目頭と胸が熱くなって来た。
「どうした、なんで情緒不安定になってるんだ。そんなに荷馬車じゃ嫌だったのか?」
俺のオーラでも見たのか、奴が横から急に視界に入ってきた。
少しくらい感傷にひたらせろよ。
「もう、俺よりも長生きしてるはずなのに、なんでわかんねぇんだよっ」
「何がだよっ? まったくお前はややこしいな」
奴が本当に理解不能の顔をした。
「俺はこんな情緒もデリカシーない奴と、今後も人生という長い旅を二人三脚で行かなくちゃいけないのか……」
わざとらしく溜息をついてやった。
「なんなんだよ、何が不満なんだ??」
俺達はギーレンを後にした。
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