第192話☆ マターファ異変

 

 また、少し残酷描写がありますところ、どうかご容赦お願いいたします。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 同じダンジョン内で、そんな事が起こっているとは露ほども知らない俺達は――むろんヴァリアスだけは全てお見通しだろうが――3層を通り過ぎ、4層に向かっていた。


 5層は無理でも、4層はぜひ行くべきだとヨエルが薦めてきたからだ。

 俺は3層でもう十分なのだが、試験に出るかもしれないポイントがあるし、そうでなくても一生に一度は見ておくといいと言う。


 普通、一生に一度でも生トラップなんか遭いたくないと思うのだが、そんなに珍しいものなのだろうか。

 それを訊いても、行ってからのお楽しみと言われてしまった。

 まさかこんなとこにピンクな店がある訳じゃないだろうし。

 微妙に不安である。


 昨日1層から2層へ行く時に降りた螺旋状のスロープを、またそのまま下っていく。

 3層あたりの亀裂を通り過ぎると、段々と灰色の地盤から茶系の石壁に変っていった。

 地層の造り自体が違うのだろうか。


 やがて1つの亀裂――と言うよりも縦長の長方形で、枠まわりはレンガで補強された明らかに人工的な穴が現れた。


 ヨエルが内部を探りながら訊いてきた。

「気分はどうだい? 悪くないか」

「いえ、大丈夫です。ほんの少し体が重いですけど」


 そう、3層から降りてきて感じ始めたのは、頭の天辺から肩や腕、脚など、全身にやや負荷がかかっているのだ。

 重力が若干強くなったように。


「そうか、それぐらいなら大丈夫かな」

「昨日一晩、3層で過ごしたのが良かったんだろ。

 ダンジョンの気に慣れるには、まず長時間中にいるのが一番だからな。

 これなら5層も問題ない」

 マフィアが、指を切るのも詰める(切断)のも一緒みたいなことを言ってくる。


「う~ん、まっ、それは兄ちゃんの体調次第にしよう」

 師匠が軽く流してくれたが

「具合が悪くなったらホントに早く言ってくれよ。

 ここじゃ動けなくなったら命取りだからな」と恐ろしい事も付け加えた。


 中は1層と似たレンガ造りの通路になっていた。

 違うのはあそこは直線的だったが、こちらはゆっくりとカーブした曲線になっている。


 そこは夕暮れ時のように暗くなりかけた明かり。

 1層のように、柱に点々と松明が設けられているのではなく、高い天井から蝋燭を灯したシャンデリアが吊るされていた。

 シャンデリアと言っても装飾は一切なく、車輪のような黒い鉄の輪に蝋燭が10本ほど立てられた、無骨で実用一辺倒の代物だ。

 それが逆に重々しい空気を漂わせてくる。


「ここの層の構造は、巻貝のように渦を巻いてる。

 おれ達はこれからその中心部を目指す」

「そこに見せたいモノが?」

「そうだ。ただ通路をそのまま行くと時間がかかるから、なるべく部屋を突っ切ってショートカットしていくぞ」


 それからこちらに向き直って

「ちなみに通路にはハンターが出るから、探知を怠らないように」

 アレが出るのか。

「あと、確率は低いがこの層からアンデッドが出る」


「えっ、アンデッドッ?!」

 つい素っ頓狂な声が出てしまった。

 俺の出会いたくないモンスターワースト3に入る。


「兄ちゃんはアンデッド系は苦手か?」

 あっけらかんと訊かれた。

 逆にアンデッド得意ですって人います?

 

「そんなの、どうってことねぇだろ」

 案の定、鬼教官が口を出してきた。


「大体お前は、喜んでゾンビの映画を見てるじゃねえか。

 何を今さら言ってやがる」

「あれはフィクションだから面白いんじゃないかっ。 

 誰がリアルで――」

 と、言いかけたが、グッと思い直した。


 俺はここに試験勉強のために来てるのだった。

 いわゆる実習である。

 もうハンターで稼いでいくと決めたからには、いつまでもあれは嫌だ、これもイヤだと我がまま言ってられない。

 当たり前だが、ハンター稼業にモンスターは付き物なんだから。


「よしよし、いいぞ。その覚悟だ」

 奴が頭を撫でてこようとしたので、思わず手を払った。

 それは要らん。いつまでも子供扱いすんなよ。


「大丈夫だよ。4層のはレイスだけで、まず弱気を見せなければ心配ない。

 それに旦那もいるし――」

「そうですよね、師匠もいるし」

 横で奴が凄くむくれた顔をして、師匠が思わず口をつぐんだが、もう無視だ無視。


 それに、ここは妖精や魔物と共存している世界。

 地球では伝承の怪物たちが、リアルに生きているのだ。

 真夜中過ぎに、家の戸を叩くモノがいたら、それは生者じゃない可能性があると認識されているくらいである。

 もう生涯に一度や二度は、亡霊ぐらい見ても当然なのかもしれない。


 軽く頬をはたいて気合を入れる。

 俺は変わらなくてはいけない。

 いつまでもビビりじゃいかんのだ。


 ここはリアルな歩行型お化け屋敷ホーンデッドマンションだと思おう。

 幸いここは西洋系。

 和風なあの陰湿な感じの幽霊は出て来ないだろう。

 人種が違うというだけで、どこか一歩引いて考えられる。

 少なくとも『貞子』はいないだろう。


 よし、頑張れ、俺。

 こうして俺は無理やりテンションを上げた。


 しかし魔法というある種の第六感的能力を持ち、死が現代の日本より身近にある文化圏の人々とは、やはり俺と感覚がズレていた。

 ましてや一生のほとんどを、過酷な世界に身を置いてきた男と人外。

 彼らとの認識には大きな違いがあった。


のちに初めて遭遇したアンデッドは、そんな生易しい代物ではなかったのである。



  **************



 この一時間ほど前のころ、アレクサンドラもといサーシャ達は、このダンジョンの最深部5層にいた。


 濃く立ち込めた灰色の霧の中、跪き、額が地面に付くほどに伏せ、両手の平を上に向けていた。

 長く艶のあるゴールドとボルドーのドレッドヘアが、放射状に石畳に広がる。


 それは一見、こちらでの謝罪の姿勢にも映ったが、両手は前ではなく、脇に締められていた。

 これは請願の祈りだった。

 その姿を3歩下がったところで、見守るように4人の男達が立っていた。


「もう四半刻(約30分)近くああしてるけど、大丈夫かな」

 やや落ち着きなく、フューリィがまた辺りを見回した。

「姐さんを信じろ。何度も言わすな」

 大男のメラッドが太い腕を組みながら、じろりと横の小男を睨んだ。

「まあそりゃもちろん信じてるけどよ、今回時間がかかり過ぎじゃあねえかい?」


「かのぬしは、この5層の中心の、しかも深淵にいるという。

 そのせいでお嬢の声が聞こえづらいのかも知れんな」

 静かに老人のロイエが答えた。


 確かに彼らは最下層の5層にいるとはいえ、まだ外側とも言える端にいた。

 それだけここに長くいるのは、彼らでも危険だった。


「うん、まあそうだけど……。

 でも手は貸してくれるよなあ。

 そのために『贄』もこうして用意してきたんだし」

 そう言いながらフューリィは、自分の前に四つん這いになっている男を冷たい目で見据えた。


「――来たわ」

 厳かにサーシャが美麗なおもてを上げた。

 3人の男達も彼女の側に寄ると、気を引き締めた。


 どこからか、ズル…グシャ、 ズル…グシャ、と何かを引きずるような潰すような音が聞こえ始めた。

 こういった場面にはまだ数回しか出会った事のないフューリィが、一番緊張で身を固くする。

 強烈な腐敗と錆が入り混じったような、何とも言えない悪臭が辺りに漂い始める。


 濃霧の中、這いずる芋虫のようなモノが幾つか現れた。

 いやかつて、人だった者と言った方がいいだろうか。

 無残にも刻まれ、潰され、ねじられて原型を留めていなかった。

 引き裂かれた四肢と胴体がヌラヌラと赤い液にまみれ、まさに軟体動物のように床をそれぞれに這いずりながら近づいてくる。

 そうして重く滴るような、どす黒い瘴気を纏わりつかせていた。

 凄惨なモノを見慣れている強者達も、この酸鼻の極める姿が動く光景に思わず息を吞んだ。


 そんな中、サーシャだけが恐れを微塵も感じることなく、真っ直ぐと相手を見つめながら話しかけた。

「彷徨える迷宮の主アーロン、今日は貴方様に貢物を持ってまいりました」

 それから後ろを振り返り、メラッドに目配せした。


「了解」

 おもむろにツヴァイヘンダー(大型両手剣の一種)を背中からスルッと抜くと、そのまま四つん這いになっているベールゥの目の前に振り降ろされた。


「(おりょぉっ!?)」

 思わずベールゥは叫んだが、声が出なかった。

 地面に這わせていた両手から先が離れた。


 切り口から鮮血を滴らせるその手首を取ると、サーシャは厳かにアーロンと呼んだモノに対して、跪きながら捧げた。

「さあ、まずは御手をどうぞ」


 赤く捻じれた雑巾のようになった腕が2本、肘を起点に持ち上ってきたが、その先には手は無かった。

 腐敗し骨が露わになったその傷口に、そっと切り取った手首をつけてやる。


 すると付けられたベールゥのものだった手が、その肉塊の蔓と馴染むように動き出した。

 もぞもぞと先の五指が蠢く。


「そのままでは御不自由でしょう。

 仮物ではございますが、どうかこれもお使い下さい」

 再び大男に目で合図をする。


 自分の意思で微動だにも、声を上げる事も出来ずに、全身から冷や汗のみをかくベールゥの恐怖と苦痛は、幸いにも長くは続かなかった。

 二度目に振り降ろされた大剣が、彼の苦悩を切り取ったからである。


 細い繊細な指が、暖かい血をこぼす生首を、かの両手にそっと手渡した。

 蔓の触手がそのまま肉塊のとある傷口に、その首を添わせる。

 するうちに赤斑の塊りから、一斉に血が湧きあがるように駆けのぼり、生首を、腕や胴・脚の肉塊の全てを覆い隠した。


 それはほんの数秒のこと。

 また赤い波が引いていくと、バラバラとなっていた四肢と胴体が繋がっていた。

 次に腕がグルグルと捻じれを直し、真っ直ぐになった。

 続いてもう2本の太い触手、脚も変形前の形に戻る。

 そしてブルブルと打ち震えながら、胴体の傷や歪みが治っていく。


 最後に首の角度が正された。

 ベールゥだった目が、再び瞬きをし始める。


「アーロン、貴方様の力を貸して頂きたいのです」

 迷宮の主アーロンは、やっと目の前の紫の巫女に目を向けた。



  **************


 

 ダンジョンとの狭間の中間部屋に詰めていた親衛隊達が、通路奥にサーシャの姿を見たのはこれから間もなくのことだった。

 すぐさま部屋にいた兵士たちは、その姿を追った。




 複数の足音が響いてきたと思ったら続いての怒号に、エッボは耳をそばだてた。

『こっちに女が来なかったかぁっ!』

『何をのんびり座っているっ!? 立って追わんかっ』


「どうしたの?」

 夫の遠くを注意する様子に、パネラが尋ねた。

 ポーも好ましくない気配を感じて、尾と触手を持ち上げる。


 足音の中に、ガシャカシャした金属音が混じっている。

「もしかして兵隊か? こっちに入ってきた」

「え、あいつらが?」

 2人が立ち上がると遠くに幾つかの赤と白色が、樹々の間を走っていくのが見えた。

 あの親衛隊のサーコートだ。


「おいっ 貴様らっ! 女を、サーシャを見なかったかっ?!」

 今度は左側から3人の兵士がズンズンとやって来た。

「知らないわ。誰もこっちに来てないわよ」


「本当かっ? そこのお前、獣人なら何か女の匂いとか、わからなかったかっ」

 別の1人が今度はエッボに顔を向けた。

「そんな知らない女の匂いなんか全然してないよ。それに風向きで分からない場合もあるし」

「なんだ、使えないなっ」

 吐き捨てるように言う。


「なんだってのよっ。わざわざ馬鹿にしに来たのっ!?」

 思わずパネラも声を上げた。

「サーシャがこちらに逃げて来たはずだ。

 貴様たち本当に気がつかなかったのかっ」

 兵士も声高に返しながら、片手が腰の剣に伸びていた。


「嘘ついたってしょうがないですよ。

 こっちに来た気配は今さっき、あんた達ぐらいですから」

 妻を押さえながらエッボが代わりに答えた。

「それは妙だな。確かにこっちに来たのに――」

 まだ訝しそうな顔をしながら、得られる情報がないと判断するや、そのまま兵士たちは黙って奥の方に消えていった。


「まったく何なのよ、あいつら。自分の目だけが正しいと思ってるのっ?」

 兵士たちがいなくなって、パネラがあらためて怒りを漏らした。

「そうだね。ああいう考えしか出来ない人達なんだろう」

「ホントに頭悪いわね。第一、隠蔽でも使われたら分からないじゃないの」

 ふん、と呆れたように、パネラは腕を組んで兵士たちが消えた方向を見据えた。


 まさしく隠蔽雲隠れは、サーシャ一味の能力の1つである。

 能力がわからない相手でも、見失った場合まずこれを疑うべきである。


 しかしこの時、兵士たちは追い詰められていた。

 主君の為に、必ず成果を上げなくてはならないプレッシャーと、国家反逆罪に問われかねない行為を犯している意識がぜとなっていた。

 そこへ突然の不倶戴天ふぐたいてんの敵の出現に、彼らの思考が正常に働かなくなったのも当然の事だったかもしれない。


 彼らはバーサーカーの如く、高揚し、殺気立ち、平常心を失っていた。


 天井に ”ヒュイヒュイヒュイ” と高音が響き渡る。

 思わず獣人のエッボは耳を塞ぎ、ポーが『ニャアァー!』と嫌そうに泣いた。

 パネラも天を仰ぐ。


 と、バサ、バサリと、ケイブモモンガが枝から落ちてきて丸まった。

 他に青い蜂ブルーホーネットが、ブブブブッと羽を鳴らしながら地面をグルグル回っている。

 強い超音波の刺激により感覚器官を狂わされたのだ。


 おそらく『音』使いが探知の代わりに、広範囲に音波を放ったのだろう。コウモリのようにその反射で辺りを調べ始めたのだ。


 だが、範囲を広げるために音を力任せに出している。

 これでは近くにいる、音に鋭敏な者にとっては、津波のような衝撃だ。

 ヒュームだけの仲間達親衛隊には大して影響がないので構わないと思っているのだろうか。


 ヴワァッ グヴァアァァァ――ンッ!!

 突然の破裂音が斜め前方で起こる。

 同時に赤い火柱と炎の波が、樹々を舐めるように焼くのが見えた。

 近くにいたらしい、商人風の男が茂みに転がり出て来る。

 パネラ達も姿勢を低くしてそちらを見やった。

 

『チッ 紛らわしく隠れるなっ!』

 罵声が彼女にも聞こえた。


「あいつら、見境ないの……」

 パネラが口を歪める。 


 また奥の方で、スパークとともに樹が激しく裂けるような音がした。

 悲鳴が上がる。

 遠くの天井からウミウシのような『コルドーン』が焼かれて、ヒラヒラと落ちていった。


「離れるよっ! ここにいたらこっちも巻き添えよっ」

 パネラがエッボの腕を掴んで起こす。

「う、うん」

 そう返事しながらも、エッボは超音波攻撃のせいで、強い耳鳴りと眩暈を感じていた。


「ほら、ポーもおいでっ」

 嫌がっているわけではないが、山猫のポーも音を振り払うように、ブンブン頭を振っている。


 パネラが夫を抱えてその場を動こうとした時、超音波の代わりに今度は不快な地鳴りが聞こえてきた。

 それは山津波の前兆に聞こえる山鳴りのような、低く重い地すべりのような音だった。

 始め彼女にはわからなかったが、やがて音が足元から振動として伝わってきた。


 蠕動ぜんどう――咄嗟にそう思った。

 しかしそれはただの蠕動ではなかった。

 

 通常、震源地から遠ければその揺れが弱くなるはずなのに、その時1層全体が同等の力で揺れた。そんなことは初めてだった。

 そうして次にソレが起こった。


 チラチラとサーコートが動くのが見えていた茂みの一角に突然、天井まで伸びる黒い塔が現れた。

 それは艶どころか光の反射のまったく無い、ただただ漆黒の闇で作られているようだった。


 いきなり現れた塔は、フラッシュを一度焚いただけように再び忽然と消えた。

 跡には元通りに茂みが揺れるだけである。

 

 が、それを合図にこの森の中を、いや1層全体のあちこちに、出ては消える闇のスポットライトが点滅するかのように出現し始めた。

 

 もはや地中よりいにしえの巨人達が、太い杭を呪いを込めて撃つが如く。 激しく現れては消え去る塔の刃が凶暴に繰り返す。

 


 振動のせいもあり、その場を動けないパネラ達の視界に、壁にしがみつくように立つ兵士の姿がチラリと見えた。

 そこに黒い塊りが一瞬にして、地中から伸びてまた地面に沈んだ。

 微かな異臭を残して。


「ハンター……!」

 2人と1匹は身を固くした。



  **************



 振動はもちろん、ダンジョンさかいにある中間部屋をも揺らした。


「何事だっ、何が起こっているっ!?」

 部屋に待機していた4人の兵士たちがどよめいた。

「ぜ、蠕動ですよ」

 一緒にいた係の男が怯えたように答える。 


「そんな事はわかってるっ。

 なんでこんなとこまで揺れるんだっ!」

「そいつは――、すぐ近くで起こってるからでしょう……」

 また睨まれて係は首を引っ込める。


「しかし長いな。いつもこんななのか?」

 やや冷静な兵士が、閉じた扉を見ながら訊いた。

 ダンジョン側の扉は閉まったままだ。

「いえ、ここに務めて10年以上になりますが、こんなのは初めてで……」

 本当の事だ。

 回数の多い事はあるが、こんな数分続くのはまずある事じゃない。


 揺れは5分程続いたのち、やがて段々と落ち着いていった。

 辺りは再びシンと静まり返る。


「おい、こっちには覗き窓はないのか」

「へぇ、こちら側は3枚扉なので……」

 地上側への扉は2枚だが、ダンジョン側は3枚。なので覗き窓は付けられていなかった。


「ならここを開けろ! 様子を見たい」

 先に行った仲間が心配なのか、イライラした兵が怒鳴るように命令してくる。

 こんな状況でダンジョンとすぐに部屋を繋ぐのは避けたかったが、命令とあれば仕方がない。

 係はしぶしぶ、レバーを操作した。


 出口が閉まり、代わりに奈落の扉が開いていく。

 鉄の扉が上がり最後の鉄格子が現れると、薄暗い通路が見えるはずだった。

 

 が、現れたのは深淵の闇だった。


「なに……、松明が消えている?」

 通路には薄暗いが、無いよりマシ程度の明かりがいつも灯されている。それは人工のモノでなく、ダンジョンの一部なのだが……。


「さっきの揺れで消えたんじゃないのか?」

 兵士がそう言ったのに、思わず係は口を挟もうとしたがつい止めた。

 変な受け答えをして、また怒鳴られるのは嫌だったからだ。


 なので中に入って確認すると言った時も黙っていた。


「先に行かれたヘルマン殿達は大丈夫か?」 

 比較的、近衛兵や親衛隊などの軍人は、ダンジョンにあまり馴染みのない者が少なくない。

 戦闘や守備の地を、主に地上を基本にしているからだ。

 なのでこの場合、どんな可能性があるのか、またこんなに危険なぞ無いと思い込んでいたのかも知れない。


 鉄格子が上がり切ると、1人が光玉を打ち上げた。

 それを頭上に掲げると同時に2人が飛び込んだ。


 この時点ですぐ気付くべきだった。


 何故、光を灯しているのに、何も見えないままなのか。


「おい、どうしたっ?」

 流石に2人の姿が闇に消えたのに、残りの兵もおかしいことに気がついた。

 返事はない。


「……」

 2人は顔を見合わすと、おもむろに剣を抜いてそっと闇の中を刺した。

 何も手応えはない。

 思い切って1人が半身を乗り出した。


 パアァーッと、鋭い光が目を刺す。

 思わず片手を翳し目を細める。

 指の隙間から、目の前に発光する玉が浮かんでいるのが分かった。

 先ほど仲間が作った光玉だ。


 その他にも光を放つ物体があった。

 脚を湾曲させて反り返った大蛸のように、黒い腕に蝋燭を灯した無骨なシャンデリアが目の前にぶら下がっていた。

 遥か下の石畳の通路にその明かりを落としている。

 

 そこはT字通路の床ではなく、湾曲した天井付近だった。


「なんだ、これは……」

 もう1人も頭を入れながら、まわりを見回した。

 明らかに通路が変わっている。

 それに今入った同僚はどこにいったのだ?


 2人が中で首を傾げた時、それがおきた。


 音もなく、急に闇がいつもの薄暗がりに戻った。


「ヒッ! ヒィィィーーーッ!!」

 係の男が思わず、悲鳴を上げながら尻もちをつく。


 ビシャッ ドサドサッ! 

 兵士の体が部屋の床に転がった。

 その体は綺麗に腰や肩の辺りから切断されていた。

 残りは無くなっていた。


 これは――っ

 空間の狭間のせいだっ!

 やっぱりさっきのは違う層だったんだ。

 層が違う場合、深い方から低い方へは光が出て来れない。

 だから真っ暗だったんだ。


 そして層の繋がりのように、異なる空間が同じ位置にある場合、ドアを開けた家と外のように両者は続いてはいる。

 だが、もしもドアを閉めたとしたら、それは外と中という分断された空間になるのだ。


 空間が移動、または閉じた瞬間、その境界はギロチン以上の鋭さを持つ。

 だから亀裂や境界上に、いつまでも身を置いていてはいけないのだ。

 いつ閉じてしまうか誰も分からないのだから。


 ブルッとひと震いすると、係は力が抜けた腰でレバーのところまで這っていった。

 兎にも角にも扉を閉めなくては。

 壁に手をつき、体を支えながらレバーを握った。


 と、ブワァッと黒い波が、素早く通路から入って来たかと思うと、あっという間に係を飲み込み戻っていった。


 通路はまた奥に松明の明かりだけが揺れている。

 何事もなかったように。

 

 そうして誰もいなくなった。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 なんだか取っ散らかって来ました……( ̄▽ ̄;)

 もう広げた風呂敷をちゃんと畳めるのか――いや、弱気になっちゃいかんっ!――ラストは決めてるのでこのまま進めていきます。 


 ちなみにネタばれですが、アンデッド達にはこのダンジョンの成り立ちと関係があります。

 それを次回あたり説明したいと思います。


 また、蒼也のメンタルに打撃があるような、もう少しダークに行く予定です。

 これを乗り越えて蒼也は強くなれるのだろうか……?!


 ちなみに私自身作者には無理な設定予定です(^▽^;) 

 鬼だな(笑)

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