第202話☆ ダイハード脱出行

 

 いま巨人に振り向かれたら、完全に腕の射程範囲だ。

 それにあいつらゴーストがいつ戻ってくるとも限らない。

 すぐにガラ空きになったゴーレムの肩に集中した。


 ゴーレム自体にも魔力抵抗はあるのだが、こいつはハンターと同じで内部の核を中心に、その体を保つ魔物だった。

 とてもその核まで俺の力では到達出来ないが、有難いことに体が大きすぎて表面まであまりエナジーが回っていないのだ。

 それに構成している岩はまわりの壁や柱と同じ石だが、魔宝石だけが違う異物だった。 

 

 再度探知すると、男の頭は表面に現れているより下に、埋もれた部分があるのがわかる。

 顎から首、そこから鎖骨へと広がり、そのまま肩甲骨や上腕骨、それらを覆う筋組織だった部分が岩の内部に埋まっている。

 それは奥に行くにつれて、石の成分と交じり合い徐々に岩と同化していた。


 純度の高い首の辺りまででいいだろう。

 表面に出ている顎から首に沿って、土の粒子を分けるように剥がしていく。

 

 違和感を感じた巨人が大きな手を上げて来た時に、ぐらっとそのおできが動いた。

 速攻でこちらに手繰り寄せる。

 

 俺が彫像の首をキャッチすると同時に、速度を上げてスカイバットが離れた。


 手触りはザラザラとツルツルの絶妙に入り交じった石の触感なのだが、元々は屍体。

 気持ちいいモノではないので、すぐに収納する。


「よし、しっかり掴まってろよ」

 そのまま離れるのかと思いきや、ゴーレムの進行方向に先回りするように飛ぶと、ワザと顔の前を何度もよぎる真似をし始めた。


 その行動は大きな敵にも臆する事なく突っ込んでいく、あの*タイガーつぐみさながらの飛行。(*『第127話 モンスターペアレントと試験予約』参照)


 これにはさすがに岩の巨人も鬱陶しいのか、まさしく虫を払うようにその大きな手を振ってきた。


「ちょ、ちょっとっ! 何やってるんですかっ」

 ブワァン ブゥンと、大きな団扇の岩が唸る音がする。

 本当は風も激しく当たっているはずなのだが、それは飛行に影響するのでヨエルが防いでいた。


 更に横をよぎるどころか、顔に斜めに急接近すると、すぐに上へ逸れた。

 下を大振りなスイングが通過していく。


「やっぱり動作は敏捷じゃないな。動きも鋭くないし」

 上空を旋回しながら師匠がのたまう。

 あんなのにプロボクサー並に動かれたら、それこそたまらないのだが。

 

 何度かそんな動作を繰り返したあと、今度こそ巨大な顔から離れた。

 だいぶ遠ざかったところまで来ると、ホバリングしてそっと安全な足場に俺を下ろした。


「あの頭には降りないんですか」

 横に降り立ってきた彼に訊ねた。

 さっきあの口が出口だとか言ってたはずだが。


「見ただろ。悠長に乗っかってたら、即バンされて終わりだ」

 確かにそうだった。

 それに今は俺とヨエルはロープで繋がっている。

 どちらかが掴まれたら2人とも終わりだ。


「出来れば注意を逸らしたい。おれが合図したら、あいつの目と目の間に派手な火球をぶつけられるか?

 確か能力認定だと『火』のパワーが一番強かったよな」

 さすが師匠、人の魔法能力認定証の内容を覚えていた。


「そうですけど、どこまで通用するか」

 さっきの岩を軽くほじったのと違い、攻撃となると一瞬にして抵抗が増すはずだ。

 俺の能力値は、ハンターランクでいうところのD。やっと一人前といったところ。

 手前で弾かれる可能性が高い。


「任せろ。明後日の方角に撃たない限り、おれがサポートする」

 そう言いながら何故か、上で結んでいたロープの結び目を解き始めた。

 そうして輪っかから垂れた2本のロープを、両手でそれぞれに握る。


「さてと、次のフライトで終わりにするぞ。

 兄ちゃんはとにかく火をぶち込むことだけに専念してくれ」

「え、このまま飛ぶんですか?

 なんで今ここで解くんで――ま、まさか……?!」


「大丈夫だ。おれを信じろ」

「そりゃあ信じてますけど……えぇっ!」

 またヨエルと俺の体は宙に浮き上がった。


 右斜め横から、速度を徐々に上げつつ接近していく。

 いま俺の体を支えているロープは、身体強化しているとはいえヨエルが直接握っている。

 もし手を離されたら俺は、あの亡霊どもが消えた奈落の底へ待っ逆さまだ。


 流石にそれはないだろうと思いながらも、加速していくのに若干恐怖が湧き上がる。

 だけどもう、こうなったら信じるしかない。

 言われた通り、衝撃度の高い爆発炎を作る事に集中する。


「撃てっ! 今だっ」

 即座に、練り上げていた魔力を火球に具現化させて、巨人の眉間にぶち込んだ。

 自分としては最大級、メテオのごとく巨大火の球がゴーレムの鼻先まで迫る。


 しかしあと数メートルというところで、いっきにその力が分散し始めるのがわかった。

 やっぱりこんな巨大な魔物には通じないのか。


 すると、散りかけた炎の表面が、別の力に包まれて再び威力を取り戻した。

 ヨエルが風の力で炎を包み込み、さらに圧力を加えて押し込んだのだ。


 Dランクの力で作った火球だったが、Aランク――おそらくSに近い――の力が重ね掛けされて、二乗以上の力となった。


 それは難なくゴーレムの抵抗力を突破し、2つの虚の真ん中で轟音を立てて爆発した。

 巨人が大地の雄叫びを上げながら、大きな両手で目を覆う。後ろに仰け反りながら、さらに口を大きく開けた。


 そこで一気にスカイバットが加速すると、右に鋭く急旋回した。

 同時にヨエルの手からロープが離れる。


「ひゃぁっ!」

 思わず間抜けな声が出てしまった。

 俺は人間スリングショットよろしく、大地の巨人の口に思い切りぶん投げられていた。

 

 しょうがないのはわかるが、なんか俺の扱いがヴァリアスと似てきてないか、師匠よぉぉぉーーー?!


 咄嗟に体を丸めて受け身体勢に入る。同時に身体強化と厚い空気の層で体を包んだ。

 ゴロンッ ゴロゴロ――と、奥まで転がったが衝撃はほぼない。


 ただ、中は巨大スピーカー内部と化していた。

 グワングワングワァンと、揺れと咆哮が衝撃波となって全身に襲い掛かって来る。

 すぐさま遮音をかけた。


 顔を上げると、スカイバットが再びこちらめがけて急接近してくるところだった。


 だが入ってみてあらためてわかったが、スカイバットの羽根はこの穴には長すぎる。

 斜めになってギリギリじゃないのか。

 彼ならそんな曲芸も出来るかもしれないが。


 しかしそんな俺の期待に反して、彼は真っ直ぐ平行に向かってきた。

 左右の羽根の3分の1は確実にぶつかるっ!

 

 と、思われた瞬間、まさしく海面に突っ込む海鳥のように、翼がシュッと畳まれた。

 勢いよく入ってきた大鳥は、俺の目の前でこれまた立ち上がるような恰好で、バンッと急激に止まった。


「ヨエルさんっ やりましたね!」

「……あ~、久しぶりに減速無しで止めた……」と彼は軽く咳をしながら唸った。

 体の内部にかかる負荷だけは、エアクッションで和らげられませんからね。

 

 そこでスカイバットのベルトを外そうとして、すぐさま外を振り返った。

「マズいっ! 早く奥に入れっ」

 

 洞穴の奥にはさらにまた穴があるのだが、叫び続けているせいか、その入り口がランダムに開いたり閉じたりしている。

 入るタイミングを間違えると、まさしく潰されそうだった。

 

 だが躊躇する間もなく、首根っことベルトを掴まれて中に放り込まれた。

 また転がるはめになったが、今度は上がり坂のうえに、床が小刻みに振動しながら荒波のようにうねっていた。


 おかげでまた穴の手前に転がり戻ってしまった。そこを飛び越えるようにヨエルも入って来ると、壁に掴まりながら穴の方に顔を向ける。


 転がった状態のまま穴の向こうに見えたのは、目の前に迫るように入って来た5本の指だった。

 巨人が己の手を口に突っ込んで来たのだ。


「やり過ぎたか。相当頭にきたみたいだな」

 自分の眉間に火炎弾をブチ当て、飛び込んできた侵入者を摘まみ出そうとしていた。


 しかしさすがに喉の奥までは指が届かない。

 しばらくの間、手前の口の中をガツンガツンと、丸太のような石の指がぶつかっていたが、やがて諦めたようだ。


 少し待つうちに、床やまわりの振動が落ち着き始めてきた。

 声も上げるのをやめ、また平常に戻ったようだ。

 いつの間にか揺れもなくなり、ただ先の穴から見える景色だけが動いていく。

 チラリとその二重の窓枠の中を、亡霊がふらりと斜めに過ぎって行ったが、中には入って来ないようだった。


「はあ~っ、何とかなったなあ」

 ヨエルが大きく息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。

 さすがに彼も疲れたのか、スカイバットをリュックに収納すると、体力スタミナポーションを取り出した。


「じゃあまた4層に戻るか」

 そうだった。上はあのやかましい亡霊たちの迷宮だった。

 そのせいなのか、なんだか他の通路に比べて薄っすらと寒々しい気がして来る。

 空気が薄く息もしづらく感じるのは、あそこに行きたくないせいか。


 しかし通らなくてはならないのだから、もう仕方ない。

 俺も諦めてスロープを上がることにした。


 やがて登っていくごとに、体にかかっていた重圧が少しずつ和らいでいくのを感じた。

 突き当りの亀裂から出て、再びシャンデリアの下がる赤レンガの通路に出る頃には、妙なことだが息が楽になったとさえ思った。


 さっきのあの息苦しい敵意の世界に比べれば、ここがまだこんなにマシだったのかと改めてわかった。


 そこで彼は、あの日月じつげつ時計を取り出して蓋を開けると、ほんの少しだけ盤面に魔力を流した。


 するとホログラムのように、フレアを纏った姉の太陽と、青い髪の月の姉妹の姿が空中に浮かび上がった。

 3人の美女たちはそれぞれゆらゆらと宙に揺れながら、違う方向に浮かんでいる。


「今、太陽はこっちだから、転移魔法陣は向こうだ」

 ヨエルが斜め左を指さした。

 ああ、このホログラムは実際の太陽と月の方向を示しているのか。時刻と太陽の位置がわかれば東西南北がわかる。

 モンローの『ワォ♥』機能だけじゃなかったというわけだ。


 そのまま罠に注意しながら通路を足早に行く。

 またもやヒヤッとした冷気(または霊気か?)を感じて顔を上げると、鼻の上あたり半分くらいまで壁から出した顔がこちらを見ていた。


 ぞわぁっとすると同時に、なんだか腹が立ってきた。

 どいつもこいつも馬鹿にしやがってっ!

 むっとして睨み返すと、霞むようにそいつは消えていった。

 それを横目で見た師匠が口辺を少し上げた。


 怖がりを克服したというより、一時的に気分が高揚していたせいなのだが、こういう時こそアドレナリン闘争ホルモンが出る有難さがよく分かった。

 そのせいか、それから亡霊どもは大人しく出て来なくなった。


 まったくジョン・マクレーン警部補だって、脱出した後にホラー展開になんかならにないぞ。

 そういやシュワルツェネッガー主演の映画に、悪魔と戦うものがあった。

 でも悪魔と幽霊って、どっちが怖いんだろう。

 とにかく心身ともにタフガイじゃないとやっていけねえ。


「そういえばポーは大丈夫かな」

 うっかり忘れてたが、こんな場所にあの子を置いて来てしまった。

 独りで不安になっていないだろうか。


「大丈夫だろ。怪我も治ったんだし、元々あいつは魔物なんだから」

 前を歩きながら師匠が軽く答える。

「そりゃあ魔物ですけど、でも飼い猫だし……」

 たとえ虎やライオンだって、動物園で育てられた猛獣はもう野生では生きて行けない。


 昨日パネラに聞いた話では、ポーは10年ほど前、まだ子猫の時に森の傍で迷子になっていたのを、レッカとアメリが見つけたのだと云っていた。

 それでは野山どころか、こんな怖ろしいダンジョンでは尚更無理なのでは。


 するとクルッとヨエルが振り向いてきた。

「いいか、そんな今どうも出来ない事を考えるな。

 おれ達が今やるべき事は、無事脱出する事だ。それ以外に気を散らすな」


「……すいません。そう、ですよね……」

 すぐひと安心すると、別の事に気がいってしまうのが、俺の悪い癖だ。

 まだ危険から抜けきっていないのに。


 とにかく一旦地上に出て、助けを呼ぶなり態勢を立て直すなりしなくては、今は何も出来ないのだから。

 中途半端が一番マズい。


「まあ心配するな。あいつ山猫は見かけよりずっと逞しいぞ。

 今頃どこかでゴロ寝でもしてるかもしれないぞ」

 俺を励ますように肩を叩くと、また前を歩き出した。

 そんなものかなあ。


 実はその頃、ポーは4層ではなくあの樹々の茂る3層で、本当に悠々と大鼠のノズスを頭から齧っていた。


 忘れていたが、ポーは飼い猫であると共に猟犬ならぬ、猟猫だった。

 ハンターとしてパネラ達の仕事にも、何度も付き合っていたのだ。

 完全に野生を忘れてはいなかった。


 これは後に奴から教えてもらったのだが、俺達が穴に落ちた後、本能に導かれるままに通路を上がり、この3層――自分に適した場所に移動したらしい。


 まあ所詮、俺達は飼い主でもないし、ネコ科はやっぱりドライでクールなのか。

 などとちょっと淋しく思ったが、野生の動物や魔物は、人より気持ちの切り替えが早かいようだ。

 

 昔ポーが幼かった頃、茶縞柄の兄弟猫が5本脚の大鷲に連れて行かれた時、母猫は悲しそうな声で啼いたが、それきり追うのを諦めた。


 みるみる空高く遠ざかっていく、生きて取り戻すのが望み薄の子よりも、今生きている残りの子供たちの安全を優先したのだ。


 1つに固執し続けて、他を失うことがある。だから諦めも肝心だということを、彼女(彼ら)らは先祖代々、遺伝情報下で受け継いでいた。

 いつも死と隣り合わせの野生では、いつまでも悲しんでいては生きて行けないのだ。

 

 ただあの直後、彼女ポーは再び塞がった床の上で、しばらくは『ミィー、ミィー』と啼いていたらしい。

 それがわかっただけでも、俺は十分満足だった。


 狼王ロボが妻の遺体に我を忘れてとうとう罠に堕ちたように、中国の故事にある、子供を攫われた母猿が辛さのあまり腸が千切れてしまった『断腸の思い』。

 愛情が本能を上回った時、哀しい運命が訪れることが少なくない。


 彼女(彼ら)らは決して生存本能が情より勝るのではなく、ただ切り替えが巧いだけなのかもしれない。


 有名な渋い名言、

『タフでなければ生きていけない。

 優しくなれなければ生きている資格がない』はレイモンド・チャンドラーだったか。


 タフな精神と愛情をバランスよく持ち合わせること、生きる術を人以外のものにも俺は色々と教わっていた。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 実はポーは親とはぐれたのではなく、この時、親離れした直後だったのです。

 子猫と言っても、サイズはすでに中型犬の成犬くらいでした(^_^;)

 

 次の繁殖期に入って母親の傍にいると、新しい雄に残っている子供は殺されてしまうので、とにかく別れと同時に逃げるしかなかったのです。

 猿なんかにある習性ですね。


 でもそれも遺伝子に本能として組み込まれているのか、後腐れなく新しい世界に一匹で行く日が来たという感じで受け取ってます。

 そうして森を抜けて初めて見た人間が、レッカ達でした。


 初めて見る生物が、初めて食べる甘いクッキーをくれた事で、まだ子供のポーは彼らを仲間とみなして現在に至ります。


『優しくなれなければ生きている資格がない』

 次回は本当の優しさとは……的な話になりそうです。


 余談ですが、映画『トゥー・ブラザーズ』

 やらせと分かっていても、母トラが攫われた我が子を取り戻そうと、全力でトラックを追っかけて来るところはグッと来ます(;△;)

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