第138話☆ ロック鳥の洗礼
木漏れ日が顔の上で揺れている。
朝日が木の葉の隙間から射してきていた。ああ、屋根をつけてなかったんだ。
今何時だ。腕時計を見ると5時7分。
すでに下宿やまわりの建物から窓を開ける音や、床を歩く音がする。
仰向けになると、土壁の上に奴が足を組んで座っていた。
「よお、よく眠れたみたいだな。野外も良いもんだろ? 魔素を吸収しやすいしな」
「お早う……じゃなかった。あんた、俺のスマホいじっただろ!
勝手に人のスマホに酒リスト作りやがって。俺がドランカーみたくなってるじゃないかよ」
もう朝一発目の言葉が文句で始まるのは、こいつのせいで珍しくなくなった。
「あー、もうわかったか。まあバレちゃあしょうがねぇなあ」
もう神様の使いが言うセリフじゃない。
奴が壁から降りるのと一緒に、土壁が崩れて消えた。
俺がやると崩れた土塊が残るのだが、奴がやるとどこかへ消える。ただ崩すわけではなさそうだ。
「じゃあ一緒に何本か注文しといてくれよ。それにナジャから例の品を早く渡してくれって、催促が来たぞ」
「えっ、だってイアンさんには10日後ぐらいって言ってあるぞ」
そうなのだ。俺がまた日本に戻ってから持ってくるので、大体こちらに最高10日滞在するとしての予定を伝えてあったのだ。
すると奴が右手の平をひらっと上に向けた。するとナジャ様の声が、何もないところから発声された。
【そうは言うけど、イアンは商人なんだよ。新しい商品なんか聞いたら、毎日心待ちにソワソワしてるんだよー。船便で時間がかかるわけでもないなら、早く渡してあげてくれよー】
「だとよ。オレがお前と同じ事を言ったらこう言ってた」
「あー、そうかあ。じゃあさっさと注文確定して、一度取りに戻るか」
こいつだって新しい酒を飲みたいだろうし。
「いや、その必要はないぞ」
「なんで? こっちまでさすがに配達はされないぞ。星間配達どころか日本国内だけだからな」
「お前の代わりに受け取って、こっちに持ってくれば言い訳だろ? ちょうどそういう奴がいるからソイツにやらせる」
「え、誰だ? まさかリブリース様じゃないだろうな。 流石にそんな使いっぱしりは悪いぞ」
夜の公園で見たあの姿で来たら、まさしくバイク便だが。
「大丈夫だ。アイツじゃない」
誰だろう? 地球在住の天使さまかな。
「だけどどのみち、今から頼むと俺が地球に戻った後だぞ。商品が届くのは」
『お急ぎ便』という即配もオプションであるが、亜空間の門で時差が縮んでるからほぼ変わらないはずだ。
「お前、時差のことをよく分かってないだろ。こっちから戻っても短時間しか経たないが、
あちらの月曜にこちらに来ても、5日後の土曜に来ても、大した時間は変わらないだろ」
ああ、そうだった。こちらとあちらで時間が凄く短縮されるのは、地球だけじゃなかったんだ。
「だからお前が会社に行っていない時間にしとけ。かち合うのは良くないからな」
「そうか、じゃあ俺もちょっとアウトドアグッズ頼みたいから、早めに注文しとくか」
だが注文はあとにして、これ片づけないと。
布団と枕を収納して、レジャーシートから藁を払う。
さてこの藁をどうしようか。
確かあの物置だか納屋だかから、持ってきてくれたんだよな。
探知で見ると中には、奥に藁を積んだ一角があり、手前にスコップとピッチフォークが置いてあった。
あれでまとめておくか。
「おい、そんな道具使わないで、魔法でやってみろ」
「え、どうやって? それこそ念力は使えないぞ」
「風魔法だ。圧縮空気で最後にまとめてみろ。土魔法で余分な泥を取り除けばいいだろ」
ああ、そういうやり方ね。
要は本当に使い方なんだな。
「あら、片づけてくれたの?」
俺が井戸で顔を洗ってると、女将さんが裏口から顔を出した。
「簡単なモノで良ければ食事できるけどさ」
店の営業は10時頃からなのだが、下宿人用の朝食を出すので食堂を解放するらしい。
食堂に入るとすでに4人ほどの男がテーブルで食事をしていた。皆同じモノを食べている。
『ドードーと山菜のミルクスープ』と『木の実入り黒パン』だ。
俺も同じモノを頼む。
奴の分だけマスターが見繕って、『ドードーの軟骨焼き』と『岩石イモのバター炒め』を作ってくれた。
始めの頃は、俺に付き合って普通の料理も食べていたが、最近は遠慮が無くなったのか、好き嫌いを言い出すようになった。
子供みたいなこと言うなと言ったら、お前だって虫食わずだろと、言われた。
そういうもんなのか?
ちなみに岩石イモというのは、その名の通り岩のように硬くて包丁では歯が立たず、ハンマーで叩き割って食べるようなジャガイモに似たイモ類だという。
煮ても焼いても硬いため、ベーシス系はまず口にしなかったが、獣人たちが昔奴隷時代に食べさせられていた食材でもあるらしい。
ただ、味の方はよく噛めばホックリしていて旨いとのことだ。
ベーシスの俺は普通のジャガイモで十分だが。
「とにかく今日はダンジョン行くぞ」
俺が食べながらスマホで、アウトドアグッズをまた選んでいると、朝から黒ビールの奴が言ってきた。
「ロック鳥がいるようなダンジョンなんだよな……」
「滅多に出会わんぞ。大体、そんな奴がくるのは稀だ。出なかったら、ひとっ飛びでそんな奴が来るようなとこに町は作らんだろう」
ううん、まあそうか。それもそうだよなあ。
しかし後でマスターに聞いたら、町自体は護符で守られているので、上空を飛ぶことはないが、ほんのたまに町の近くを飛ぶ事があるそうだ。
ただドラゴンのように町を襲う訳でもなく、大きな糞を落とされるくらいの被害があるだけなので、地元はあまり気にしていないらしかった。
卵を盗ろうとさえしなければ、襲って来ないからだ。
巣を荒らしさえしなければ。
「滅多にじゃなくて、たまに来るんじゃないかよ」
神の視点と人の視点じゃ、同じ事象も違って感じる。
もちろん俺は人側だ。
「どっちも変わんないだろ。確率は同じだ」
「だったら絶対、巣には近寄らねぇからな。そうすれば安全なんだろ」
「あんなの隠蔽で気配をしっかり消せればいいんだ。見つからなければいいだけだ」
「それが出来れば苦労はしねぇよ。俺は誓って巣には近寄らねぇぞっ」
「なんだとぉっ! 誓いはいい加減にしていいもんじゃねぇぞ」
「イテテッ! 口を摘まむなよっ」
マスターがちょっと驚いてこっちを振り返った。
クソッと奴が椅子にふんぞり返るように座り直した。
おお、やっぱり機会があれば会わせる気だったな。危なかったぜ。
だけど、誓いには人一倍敏感な奴だから、これでもうロック鳥には会わなくて済むな。
今度からこの手でいくか。
「しょうがねぇ、向こうから来させるか……」
「おおいっ!」
だが、そんな小細工をしなくても、本当に向こうからやってきた。
腹が落ち着いた頃、俺たちは『カリボラ』を後にした。
そのまま大きな川を右手に見ながら、山側のほうに早歩きで向かっていく。
と、小高い樹や山からも、まだだいぶ離れている丘の上を歩いているうちに急に辺りが暗くなった。
それは高いビルの影に入った時のようだった。
上を見上げると、ソレはいた。
青緑色の羽毛に、伸ばした翼の先は半分から赤、先が黄色と3色の色をなしていた。
同じく青緑の頭を支える細長い首には深紅の斑点模様が付いている。そして水色の巨大な足が4本、下腹と後ろに生えていた。
まるでジャンボ旅客機が住宅地ギリギリに、高度を下げて飛んできているような威圧感だ。
しかも恐ろしい事に、羽音がほとんどしない。
だから気を抜いていたせいもあって、近くに来るまで気が付かなかった。
ジェット機ではないので、その巨大な鳥はゆっくりと俺たちの頭上を通っていく。
俺はそのままその悠々とした姿を眺めていた。
すると、急に何かが落ちてくるのが見えた。それはかなり大きな、白っぽい雪の塊りのように見えた。
「避けるなっ。アレを受け止めろ」
「ええっ !?」
水魔法? いや、この感触は岩?!
すんでのとこで、その巨大岩を空中で受け止めた。
もうっ、土魔法で放った触手が、腕ならもげるかと思うような手ごたえだった。
重さに落下の勢いもついてるからだ。
いや、抑えきれないっ。
少し落下速度が弱まっただけで、そのまま凄まじい圧力で落ちてきた。
ぶつかるっ。
俺が横っ跳びに避けたのと、地面まであと3mで岩が止まったのはほぼ同時だった。
奴が止めたのだ。そのままフワリと横の芝生に岩が降りた。
「風も使えるんだから、圧縮空気で空中に抵抗力も作れば、もっと楽にできたのに」
「出来るかっ。この重さを受け止めるのに、土魔法だけで精一杯だ。出来るからって同時に出せるとは限らないんだぞ」
馬鹿チートのくせに、自分が出来るから他人も出来ると思ってる自己中なのか。
考え方が恐ろしい。
落ちてきたそれは、白っぽい半透明な色をした石のようだった。
しかも大きさは、一番長い幅は3mくらい、高さは2m以上ある。こんなの当たったら即死は間違いない。
「これ、あの鳥が落としていったんだろ? 攻撃されたって事か?」
「違う。たまたまだ。稀にこういう事もあるって事だ」
稀にって言ってるが、こいつが付いているおかげで、俺の人生はハードモードになっているらしい。
だからこういうハプニングに遭いやすいんじゃないのか。
もしかすると今朝、あんなこと言ってたから、そういうモノを引き寄せたのかもしれない。
「じゃあ、これはあの鳥の喰い残しか? やっぱり石を喰うんだろ」
その大きな鳥は遥か、その雄大な翼を広げて、まさにコンドルのように山の方に飛んで行った。
俺たちの向かっている方角に。
「それも違う。コレはあいつの排泄物、
「
そう言われると、表面は何やら濡れていて、少し焦げ臭いような匂いがする。
「個体差もあるが、そのほとんどが硫酸塩鉱物で出来てるんだ。これは売れるぞ」
「あの『ロックイーター』の糞みたいにか」
そういえば卵以外にも、ロック鳥の依頼が何件かあったな。もうロック鳥のは、とばしてよく見てなかったが。
「天然の鉱石よりもこれは、体内のバクテリアが上手く分解変化させてな、それを溶かした湯につかると、傷や痛みを緩和する作用があるんだ。
美容にも良いと貴族の間でも人気があるぞ」
「ああ、温泉鉱石になるのか。いいねぇ、温泉」
昨日はシャワーすら入ってないし、今日こそは風呂入りたいぞ。こっちは夏なんだしな。
「普通は巣の周りとかに砕けて落ちてるんだが、今回は丸ごと取れてラッキーだったな」
「いや、結果オーライだったからいいが、ちっともラッキーじゃないだろ。もしぶち当たってたら、まず死ぬとこだぞ」
ったく、Tレックスに踏まれても、屁とも思わないような奴には、人の感覚が分からないようだ。このままこいつの訓練を受けていて、本当に大丈夫なのだろうか?
今後の訓練もそうだが、今度の試験のための勉強も、何か一般とはズレていくような気もする。
その俺の不安と別のヒトの意見もあって、後ほど短期間ではあるが、ターヴィのようにまた人間の家庭教師を雇う事になる。
まあそれは数日先のことになるのだが。
途中、道標に『← この先 パレプセト 1.24
その先は真っ直ぐ岩肌の見える山に向かっている。
「この中にあるのかい?」
俺たちはやっとダンジョン『パレプセト』の入り口前にやってきた。
そこはさっき山の岩肌と見えた灰色の石壁だった。先程は小高い丘から見下ろしていたので、緑の樹々が上に生えているように見えていたが、実際は樹々を覆うように、背の高い石壁が延々と続いていた。
その石壁の一部に黒っぽい鉄製の門が開いている。
普通こちらの門扉は内開きだが、ここのは外開きだ。これは守るべきは中ではなく、外だからのようだ。
その門の上には、町と同じように鉄格子が切っ先を下に向けて上がっている。
門扉や石壁には何か呪文のような文字が彫りこまれていた。
その開いた門の横には、同じく石造りの小屋があった。またその周りには、簡単に屋根を張った露店が幾つかある。
大体が酒や食べ物で、他に低級ではあるがポーションも売っているようだ。
石の小屋はこのダンジョンの番小屋だった。窓の鎧戸を下から突っかえ棒で支えて、カウンター代わりにしているようだった。
「入場料は1人500エルだ。あとこれを読んでサインしてくれ」
門番の男が登録用紙を渡してきた。それには色々と注意事項が書いてあって、要はダンジョン内で何かあっても、管理組合は一切責任を負わないという内容だった。
登録というより誓約書だな。
一番下に入る者の名前を書く欄がある。俺と奴の名前を記入して身分証と一緒に提出した。
「じゃあ、確認するから、その仮面を外してくれるか」
門番が身分証を見ながら俺に言ってきた。町に入る時もそうだが、ここでも言われるのか。
「なに、お尋ね者の奴がこういうとこに、ほとぼりが冷めるまで隠れる場合があるんでね」
そうなのか。って、初中級とはいえダンジョンだろ。
山の中とは違うんじゃないのか。異世界の逃亡犯って胆が据わってるな。
門番は俺の顔と手元の用紙――手配書か?――を交互に見たが、
「もういいぞ。ちょっと似ているかと思ったが、全然違ってたよ。
疑って悪かったな。
あと、旦那は別にいいよ。旦那の目の色は手配書にはないから」
と、入場許可プレートと一緒に
「俺に似てる手配犯がいるのか。なんかヤダなあ」
「似てるのは髪と目の色ぐらいだったぞ。見た目も中年だったし」
横から手配書を見ていた奴が言った。
「そうか、なら良かった。またどこかで疑われたら気分悪いからな」
この時はそう思っていたが、実はちょっと違う意味で、門番が俺の顔を確認していたのを後で知ることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます