第131話 ギルドの確執と認定証
腹が減っていたので、以前ナジャ様と入ったような高そうな、実際安くないレストランに入って昼メシをとった。
ラガービールをガンガン昼間から飲みながら奴が訊いてきた。
「ところで今日の宿はどうする? このまま王都に泊まるか」
「いや、今日はまたラーケルに戻ろうよ。村長たちとも話したいし、どうせあの『蝋燭の芯亭』なら空いているだろう」
と、今日の宿について高を括っていたのだが、考えが甘かった。
「すいませんね。今日はあいにく満員なんですよ」
ウィッキーではなく、女将さんのベネッタが出て来て言った。
忘れていたが、ここはあの黒い森などに行く時の拠点となる村の1つだ。
前まではあの魔素が荒れているせいで森に入る事が出来ず、ハンター達がほとんど来なくなり、宿屋は閑古鳥が鳴いていたのだ。
だが、今や森の様子はまた正常に戻り、また鉱石ハンター達が戻ってきた。それも今までの分を取り戻そうとするように大勢で。
小部屋どころか、あの2階の大広間のベッドさえも全部埋まっているという。
「あとはウチじゃないけど、あの『パープルパンサー亭』の2階が空いてればですけど……」
それももう無理かもと、女将さんは小首を傾げた。
居酒屋の上が簡易宿泊所になっている事はよくある。
あそこもどうやらベッドのみの宿泊が出来るようなのだが。
あぶれたハンター達が、この1階の受付前ならぬ、ただの床でさえ、もう3人決まっているというのだ。
「あのジジイのとこに泊めさせてもらえばいいじゃないか」
ヴァリアスが勝手な事を言ってきた。
「そうしてもらうのは有難いけど、毎回客室に泊まらせてもらうのも……」
なんたって俺達はお客じゃなくて、ハンターギルドの組合員なのだから。
そんな遠慮はいらねぇ、と奴が言いながら役場の方に向かった。
「今日の宿はもう決まってるのかい?」
さすがに閉門時間に来たせいか、会ってすぐに村長が聞いてきた。
「いや、宿はもう一杯だった。だからその辺の軒先でも借りるか、蒼也と話していたとこだ」
「おい、野宿の話まではしてないぞ」
こんなことなら寝袋くらい用意すれば良かったのかな。
「じゃあ良ければ、また3階の部屋に泊まるといい」
「ああ、じゃあ遠慮なく使わせてもらうぞ」
本当に遠慮ねぇな。でも助かった。
俺は奴の分も礼を言った。
「気にせんでくれ。あんたら、うちのギルドと村に多く貢献してくれてるしな。ちょっとくらい贔屓したって文句は言われんさ」
そう言って快活に村長は笑った。
夕方、『パープルパンサー亭』はいつにも増して賑わっていた。
店の外に、樽に板を載せただけの即席テーブルで飲んでいる男達もいたくらいだ。
だが、一番奥の一角のテーブルだけは、予約席のように空いていた。
おそらく本当に村長の指定席として、村の人たちやハンター達に認識されているのかもしれない。
俺達はいつものそのテーブルに座った。
「ほう、ほう。じゃあ無事に全ての試験は、標準をクリアしたみたいなんじゃな」
俺は今日の魔法試験の話を村長にした。今日はポルクルも後片付けを済ませて一緒にやってきている。
役場のドアには『外出中 ご用の方は向かいのパープルパンサー亭まで』と書いてある札を下げてきた。
もう最近は俺達が遠距離の移動を、まさしく瞬間移動しているとしか思えない往来をしているのに、疑問をかけて来なくなった。
転移ポートを使っているとか、転移そのものを使っているとか気づいているのかもしれないが、変に詮索してこないのは有難い。
「だけどホントにギリギリかもしれません。光なんかあまり強くとか、色を変えるとか出来なかったし」
妙な技を使ってしまったおかげで、怪しまれたしなあ。
それに―――。
「それに最後にこいつが乱入してきちゃって……」
「あの卵の欠片野郎が妙なマネするからだ」
「ああん? 何だいそりゃ、どうしたんだい?」
俺はその時の状況を村長たちに話した。
「アッハッハッ! そりゃ旦那らしいや。いや、それは通達をちゃんと把握してない魔導士ギルドが悪いな」
村長は面白そうにエールのジョッキを傾けた。
それは大変でしたねーとポルクルが隣で賛同する。
「儂ら下の者は別になんとも思っとらんのだが、ハンターギルドと魔導士ギルドは昔から、お偉いさん達が張り合っておるんだよ。仲が悪いとまでは言わんがな。
だからハンターギルド経由で回ってきた通知を軽んじたのかも知らんな」
「そうなんですか。じゃあハンターの私じゃ、あまりよく思われないかもしれませんね」
「いや、それとこれとは別じゃよ。彼らも優秀な人材は欲しいし、ハンターのパーティに魔法使いは付きものだからな」
「でもその部長さん、ちょっと強引な方ですね」
ポルクルが豆と香草の入ったマッシュポテトを食べながら言う。
「うむ、その旦那の言う卵の欠片みたいな仮面をつけた、メイヤー部長というのはどこの部署なんじゃろうなあ」
「え、部長って本部の部長っていう意味じゃないんですか?」
「違うぞ。それだったら本部長とかマスターと言われるはずだ。大きいギルドはいろんな部署に分かれとるからな」
う~ん、会社の部長クラスと一緒なのかな。でもやっぱりお偉いさんには違いないか。
「そういや知らなかったんですけど、魔法使いのランクってハンターや傭兵みたいにABC分けじゃないんですね」
これは昨日読んだ本でわかった事だ。
『移住者のためのレーヴェ・エフティシア国 一般常識』に職業としての魔法使いの階級が載っていたのだ。
=====================
ノーヴィス : 初心者
アプレンティス : 見習い
メイジ : 中等
エキスパート : 達人
ウィザード : 匠
マスターウィザード: 極めし者
アークウィザード : 支配級
=====================
以上のように、ハンターと同じ7つのランク分け(SSは特殊クラスなので除外)になっていたが、文字順ではなく名称になっていた。
ちなみにキリコが持っている身分証の錬金術師は、職人ギルド系だそうで、彼は『クラフトマン』というランクだった。
こちらに当てはめるとエキスパート級で芸術家クラスを指すそうだ。
本来なら最上級ランクも取れるはずだが、それ以上は目立つので取らなかったと言っていた。
「魔導士ギルドは職人ギルドと同じく古いからなあ。ハンターギルドは比較的新しい組合なんじゃよ。新しい組合としてのギルドの色分けの意味もあって、そういうランク付けにしたらしいんじゃが」
村長がゴキンと首を鳴らした。
「その新しいランクの付け方に、意味が解らないとか簡単すぎるとか、当時の魔導士ギルドの重鎮たちが横槍を入れてきたらしい。
まあ中途半端な魔法スキルの者が自ら移行したり、ハンター達が魔法使いをパーティに引き抜いたりしたからな。そういう諍いが昔あったようじゃよ」
「それに伴って今まで魔導士ギルドに依頼されていた仕事が、ハンターに半分近く流れたからだ。運営費が激減して、一時期ギルドとしての存続が危ぶまれるとこまでいったからな」
ヴァリアスがエールを飲み干しながら言った。
「さすが旦那知ってるな。まっ、魔導士とハンターは商売敵でもあるって訳さ」
確かにハンターって、どこか何でも屋的なとこがあるからな。
魔法使いの領域と被っちゃうのかもしれないな。
とにかく明日の試験結果がどうなっているか。
なんだか高校受験の時のようにドキドキするな。
次の日の昼下がり、王都の下町食堂で昼をすますと、また魔導士ギルドにやってきた。
ただ奴には外で待っててもらうことにした。
俺だけならともかく、奴と一緒にいるとやっぱり目立つからだ。それに多分また高確率でトラブルになりそうだし。
そう言うと奴は面白くなさそうな顔をしたが、とりあえず外で待っていると承諾した。
だけどそのまま入口の近くに立ってるなよな、みんなが入りづらいから。
受付で貝殻でできたような受験プレートを見せると、「少々お待ちください」と係が席を立って奥に入っていった。
まわりをパッと見た感じは俺に注意を向けてる気配はないなと、少し安心していたら
「ソーヤ君!」
名前を呼ばれて振り返ると横のドアから、あのメイヤー部長が両手を広げてやって来るところだった。
なんとなく来るかもとは思ってたけど、目立つからやめてくれ。
「昨日は失礼した。あれからあらためて通達を見させてもらったよ。ガイマールがハンターギルド経由と言っていたが、ちゃんと見たら元は内務省発出だった。まったくとんだ違いだよ」
部長は眉間に皺を寄せながら少し口元を歪めて言った。
「こちらこそ昨日はお騒がせしてすみませんでした」
それはそれは……ガイマール氏は大丈夫かな。左遷とかされないだろうか。
「今日はあのアクール人の彼はいないのかね?」
あたりを2,3度見渡す。
「あいつは外で待ってます。それで認定証のほうは……」
「もちろん、出来ておるよ。ここに」
さっと左手に持っていた丸めた紙を見せてきた。
貰おうと思ったら、出した時と同じように引っ込められた。
「君、魔導士ギルドに加入する気はないかね?」
背の高い部長が少し屈み気味に話してきた。
「魔法使いの登録という事ですか?」
「そうだ。もし君が入るというなら、ここだけの話、登録料は無料にする。もちろん年会費も免除しよう」
少し声を落として顔を近づけてきた。
「それってハンターと掛け持ちで入っても良いモノなんですか?」
「もちろんだ、複数の
ハンターと魔法使いの仕事の違いがいまいちわからないけど、入ってても邪魔にならないかな。
だけどなあ、ここで即決するのは……。
「うーん、今すぐにはちょっと返事出来ないです。すこし考えさせてください」
部長は俺の顔をジッと見ていたが
「そうか。まあ結論を急がせるのも良くないからな。だが、決して悪い話ではないのだよ。良く考えてくれたまえ」
部長は筒状の紙を差し出した。
「ではプレートを」
あっそうだった。俺は受験プレートを交換に渡そうとした。
ガシッと出した右手を握手するように握られた。魔法使いの割に戦士のように力強い。
「ぜひ、しっかりと検討してくれたまえ。いい返事を待っているから」
「は、はい」
期待されても困るけど。
では今日はこれでと、忙しい身の部長は現れた時と同じように、ドアの中へ戻っていった。
でも晴れて魔法能力の認定証は貰ったから、これでこれから能力の証明ができるな。
認定証を手に奴のところに戻ろうとして、ふとフロアをあらためて見回した。
昨日まではどこか落ち着かなくて、ちゃんと見ていなかったけど、この広いフロアにはハンターギルドのように仕事の依頼書らしき紙が貼られた、衝立のある一角があった。
その近くには何組かのテーブルと椅子があり、魔法使いと依頼人らしき人物が、書類を前に何やら商談をしている。
衝立のそばに行くと、やはり仕事の依頼広告の掲示板だった。
ここではランクではなく、求められる魔法別に分類されていた。
『水魔法』の衝立には『求む、水魔法 メイジ級以上。内容:庭内の池の水の洗浄及び掃除。イーブン邸……』 『求人 水魔法使い アプレンティス(見習い)級 可。 水道管工事補佐……』などが貼ってある。
『風魔法』のところには『風魔法 メイジ級 乞う。 風車点検・試運転……』。
『土魔法』には 『土魔法 エキスパート級以上 仕事内容:鉱山にて採掘作業及び落盤防止……』。
魔法使いとして登録すれば、ハンターの仕事がなくてもこちらの仕事を受けられるのか。そういえばハンターギルドは比較的、狩りの依頼が多いけど、こっちは作業的な仕事が多い感じだな。
俺は狩りよりこっちの仕事のほうが合うんじゃないだろうか。
ちょっと魔導士ギルド、本気で検討するか。
俺は認定証を開いてみた。
認定証は保存用のせいか羊皮紙に書かれていた。
ちょっと匂いを嗅いでみる。もちろんだが獣臭さはなく、なめした薬品かインクの匂いなのか、微かにペンキとハーブグリーンような匂いが鼻をついた。
一番上に俺の名前、次に出身地、種族名などがあり、認定発行日が記載されていた。
少し段を空けて『火』から力の強さを『パワー』『操作』『速さ』などの内容で、レーダーチャート式の多角形型のグラフで表示されている。
思った通り、『火』はパワーが一番大きい評価だ。
『火』の総合評価は『メイジ++』となっていた。
『風』は『操作』が一番で総合は『メイジ+』。
『土』の総合は『アプレンティス+』……。
ほとんどが『メイジ』級だった。
このメイジ級というのがハンターでいうところのDランクぐらいらしい。
ただ1つだけ抜きん出ているものがあった。
『探知』だ。
これだけ『ウィザード』級と記載されている。レーダーチャートもさほどの差異がなく、キレイな円に近い形になっていた。文字も『メイジ』や『アプレンティス』が緑や青なのに『ウィザード』はクッキリした赤文字で目立っている。
確かに探知も良くやっている技だよな。そう考えると生活魔法より使っているかもしれない。
じゃあ一番得意のこの探知を生かせる仕事とかあるのかな。
俺は認定証を見ながら『探知魔法』の掲示版のところに行こうとした。
ドンっと、誰かにまともにぶつかった。
「あっ、すいません!」
いけねっ。よそ見してた。
「おらっ、そうやってぼんやり歩いてると、ヤバい奴に因縁かけられるぞ」
そうヤバい奴が、多重歯の牙を見せながら言ってきた。
こ、こいつ、絶対、少し気配を消してただろう。
「なに現れてるんだよ、来るなって言ったろ」
「だけどお前、さっきもあの卵の欠片野郎(部長のこと)にまた押されてただろ。危なくてほっとけねぇからな」
「俺だってお子様じゃないんだぞ。それに今は魔除けも付けてるし、何か術はかけられないだろ」
「直接かけられなくても、持ち物のオーラとかから探る事は可能だぞ。さっき奴がお前から直接プレートを受け取っただろ?
あれはお前のオーラをプレートに保存するためだ」
「えっ、そうなのか?!」
そういやプレートを先に取るどころか、挟むように手を握ってきたな。
なんだか気持ち悪い……。
俺は手を上着の裾でゴシゴシ拭いた。
「まあ、探ると言っても出来るのはせいぜいお前の今の力ぐらいだろうが、やり方が気に入らないからキレイに消してやった。今頃は驚いているだろうよ」
更に悪そうな顔付きをして奴がニヤリと笑う。
「そうか。それはどうも。確かにそんなの気持ちの良いものじゃないからなあ」
「魔法使いの奴らは、狡猾な奴が多いからな。ただ、こういう事は良くある事なんだよ。あの野郎が特別な訳じゃないさ」
そういうもんなのか。でも個人情報保護法なんか無さそうな世界だからなあ。
「あっ、だったら昨日の検査の時に採った血なんかもヤバくないか?」
オーラでわかるぐらいなら、血でいろんな事がわかりそうだ。
「あれなら大丈夫だ。検査した血と付けた紙は、アイツら自身がその場で処分の為に燃やしちまってるよ。
まさか後で必要になるなんて、思ってなかったんだろうからな」
奴が笑いを押し殺して言うと、凄い悪巧みをしているように見える。
まあいいや、とにかく募集広告を見てみよう。
あらためて『探知』の掲示板に近づくと、真っ先に『ダンジョン探索』の文字が飛び込んできた。
よく見ると、あっちもこっちも同じく『ダンジョン』の文字がひと際大きく書いてある。
やっぱり、探知はダンジョン探索に必須能力だから、需要が高いんだ。
だけどダンジョンかよ~~~~。
ハッと見ると、奴がポケットに手を突っ込んだまま、その広告をジッと見ていた。
マズいっ。
「ヴァリアス、認定証を取ったばかりなんだから、今日のところはやめておこう」
俺は奴を引っ張って、魔導士ギルドを後にした。
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