第195話☆ 怨霊の隠された真実と増しゆく不安
また残酷な描写があります。
どうかご注意お願いします。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
太いロープに引かれながら、頭を前に垂らした女が現れた。
膝がガクンと崩れると、前を行くナニかに引っ張られるように、その体を縛ったロープがピンと張られる。
ロープの先は虚空の闇の中に消えていた。
彼女の『ぁっ、うぇっ、あぅァァ……』と、泣いてるとも呻いてるともつかない声がする。
あるはずのない教会の鐘の重い音が、上から降り注ぐように響いて来る。
処刑開始の刻を知らせる鐘の音だ。
俺はこちらに来てこの音を、まだ一度も聞いた事ないのに何故かわかった。
彼女が闇に見えなくなると、次に闇から現れたのは5,6歳くらいと思われる男の子だ。えずき泣きながら、素足で石畳に
何故か顔の目鼻立ちが、乾いていない絵具を指で擦ったように霞んでいる。
それは長い時を漂泊しているうちに、人でなくなった者の証拠だった。
あまりにも長く独りでいるせいで、自分の顔さえ忘れてしまっているのだ。
2人とも俺たちに気づくこともなく、そのまま闇に消えていった。
だが「まだ終わってないから、気を抜くな」と、ヨエルがそっと注意してきた。
確かに辺りの暗さは戻っていない。シャンデリアは遥か天井を鈍く照らしているだけだ。
するうち、また同じ方角からひたひたと足音が聞こえてきた。
子供がさっき来た方からまた現れた。
今度は首に黒く滲んだ染みが、ベッタリついた布が巻かれている。
両目は見えないのか閉じたままのようだが、黒っぽい涙が流れ出ている。
淡い色合いの髪はボサボサに、またその着ている服もシャツやズボンのあちこちが、裂くように破れている。
………… ぃたいぃよぉぉぉ ママァ パパァ ……
本当に見えないのか、手はまわりを探るようだ。
すると天井の方で別の声がした。
………… 見えないっ 見えないわぁーーー
あなたぁ 坊やぁ どこにいるのーーー …………
天井に逆さまに女がさ迷っていた。
服はさっきと同じモノのようだが、ズタズタに裂けて、そして黒い染みで汚れている。モノトーンで泥かハッキリしないが、おそらくあの全体の汚れは血なのではないだろうか。
そして彼女の顔もまたぼやけていたのだが、それはその細い肩には乗っていなかった。
彼女は自分の顔を片手で抱えながら、ウロウロと天井を歩いていた。
もう片手は何かを探すように、虚空を掴もうとする。
「……あんな小さな子まで……」
歴史としては知っていたが、現実に見ると辛い。
「小さいとはいえ、罪人の子だ。
容赦してたら見せしめにならないだろ」
ヨエルから冷たいトーンが返って来た。
上と下、天井と床で親子は行ったり来たりしている。
お互いの声も聞こえないのか、位置も見当違いの方にズレていく。
「いつもあんな感じだ。同じ層にいるのに、すれ違って会う事が出来ない。
呪われてるからな」
子供はウロウロと辺りを探すように、走ったり歩いたりしながら、やがて俺たちの前に来て立ち止まった。
………… ねぇ 誰か そこにいるの ………… ?
その声に顔を上げると、向こうも俺たちの方を振り向いていた。
開いた目らしきものは真っ黒な
思わず声を立てそうになったところを、師匠にシッと押さえられる。
「気を抑えろ。同情するな。相手にしないではねつけろ」
だがそう言われても、その痛ましい姿を急に無視するのは難しい。
………… いる ――たすけて たすけてぇ …………
ヒタヒタヒタタタタ――
こちらに走り寄って来た。
チィッ! 小さく舌打ちして、ヨエルがベルトポーチから小さな瓶を取り出す。
それを子供に向かって振ると、ぴしゃあと透明な液体が飛び出す。
―――― キャアアァァァァーーーッ! イタイッ イタイッ 痛いっ!! ――
急に子供が青い炎に包まれた。
床を激しく転げまわるが、火はガソリンでも撒いたかのように激しく消えない。
「来るんじゃねぇよ、ガキッ! これ以上近寄ったら骨まで焼くぞっ!」
とんでもなく無慈悲な声が上がる。
その声に反応したかのように、青白い炎の中に、燃え尽きるように姿が消えた。火も同時に無くなっていた。
ただ、その見えなくなる瞬間、こちらに手を伸ばしながら懇願するような表情が目に残った。
「あー、少し使っちまった。
こりゃあ絶対にアーロンには遭わないようにしないと……」
瓶をかざして液の残りを確認しながら、ヨエルがぼやくように言った。
「今のは……何なんです? なんであの子だけ、気で追っ払わなかったんですか!?
わざわざ焼くようなあんなマネ……」
モノクロとはいえ、目の前で小さな子供が焼かれてのたうつ姿には、俺はまたショックを受けていた。
しかも仲間が平然と子供を焼いたのだ。
「死人だ。生きてる者の身の安全が優先だろ。
それに見かけに騙されるな。アレは他の亡霊より厄介だぞ。
彼らはただの亡霊ではなく、この地に縛り付けられた地縛霊、いや『呪縛霊』だという。
地球の地縛霊とどう違うのかわからないが、ここではそう呼ばれていた。
人は色々なモノに、こだわりや想いを馳せる事の出来る生き物だ。
それゆえ考え、慈しみ、探求し、文明を発展させてきた。
だが、時にはそれが愛憎、未練、執着に繋がっていく場合も少なくない。
アンデッドが物語の中だけではないこの世界では、特に罪人の憎悪・妄執を抑え、切り断つのが重要となる。
だから刑場では、必ず僧侶や魔導士たちが寄り添う。
『教誨師』というよりも『教戒師』なのだ。
彼らの魂が肉体から離れた時、この世に未練(恨み)を残してぐずぐずといつまでも彷徨わないように、死の瞬間、罪人の心の波を穏やかにし、または記憶を薄れさせる。
そうすることで、彼らはあの世へ――天か地かはわからないが――すんなりと導かれるのである。
だが、怨霊は違う。
そういった司教の言葉も魔導士の催眠も効かず、なおも自分自身の魂を焦がすほどに、憎しみに憑りつかれてしまったもの。
アーロンのその憎悪は魂魄の奥密かに、消えずに燃え続け残った。
教戒師たちの目をもすり抜けて。
それは刑が執行されたあと、秘めやかだが確実に膨らませていった。
それがこの地での災いの源となった。
そして、未練があるわけでもなく、ここに残りたいわけでもないのに、呪いの為にこの地に縛り付けられ、昇天出来るどころか、最後の残酷な時を何度もグルグルと繰り返している。
死の瞬間に囚われてしまった囚われ人。
まさに無間地獄を味わっている呪縛霊。
その為に威嚇の気など彼らには効かない。それくらいの苦しみは通り越している。
溺れる者は藁をもつかむほどの、切羽詰まった状態だから、まさしく全身全霊の力でしがみついて来る。
念による力が物言うこの世界で、彼らの念は想像以上に強く恐ろしい力が宿っている。
しかも呪いのせいで、司教の力でもなかなか浄化させてやることが出来ないのだ。
だから聖水や神聖魔法で、いつもその場しのぎに追い払うだけだという。
「そう、奴らにとっての地獄がここだ」
地
「
だから家族を巻き込んだ事への自責の念が、強く残っている。
だが、それがこうして家族を、このダンジョンに縛り付ける呪いになっているんだ。
皮肉なもんだろ?」
そう説明する奴がまさしく悪魔に見えてきた。
「呪いってのはな、自分で自分にかけてしまう場合もあるんだ。
執着や後悔の念とかな。
それが自分自身を縛る『鎖と
『呪い』のおよそ半分は、他人からではなく、実は自分自身が作り上げてるんだ、と奴が言った。
そのもどかしさや自分達を
おかげで今では、自分自身でも解けないほどの強烈な呪縛になっている。
音もなく、またシャンデリアがゆっくりとまわるように降りてきた。
辺りがまた仄暗い闇から、薄明るい通路に戻る。
哀しい亡霊たちがいなくなったようだ。
「とにかくああいうのは相手にしない方がいい」
ヨエルが先を促した。
「聖水で一時的に祓ったけど、またいつ出て来るかわからないしな」
さっきのは聖水だったのか。
こちらでの聖水は、まさしくエクソシストの伝家の宝刀。
一口に聖水と言っても、扱った聖職者の力量・信仰心などの具合で、その効果はピンからキリまで変わる。
一般的な教会とかに置いてある聖水は、簡単に清め祈った『清水』に過ぎず、怨霊にまで化した悪霊にはほとんど効き目がないらしい。
また神聖な場所から離れた
まさしく神の力を秘めたる聖なる繊細なものほど、大量生産出来ないという事だ。
今回ヨエルが貰えただけ良い方で――おそらく多額の寄付をしてだが――王家や貴族たちが式典の際など、常時使う為抑えているので、平民にまわしてくれることは数少ないらしい。
「そういや、アーロンが怨霊になった理由の1つだが」
ふと思い出したように、
「噂じゃ奴は冤罪だったって話だ」
**************
「怨霊の噂ってやっぱり事実なのかな?」
ひそっとがビレルが呟いた。
「どれの?」とキムが腰を屈めて逆に訊いてきた。
噂話が多過ぎるからだ。
「……あの無実だったって話。冤罪なのに処刑されたから恨んでるっていう」
首を伸ばして管理室の中の、これまた固まって話をしている近衛兵達を見た。
先程管理室のファクシミリーに、あらためて子爵側に指示の伝書が届いたところだった。
ビレルたち警吏も管理室の外で、署長からの指示が来るのを待っていた。
「どうだろうなあ。当時処刑された男爵の側仕えをしていたっていうし、全く無関係とは言えるかどうか」
ギュンターが鼻の頭を掻く。
男爵の――それは当時のこの地域領主が、国家的陰謀を企てているという疑いだった。
もちろん当の男爵は無実を主張したが、これまで政敵や隣地の領主に罠にかけて失墜させ、その領土を奪ってきたのも事実だった。
それはさほど珍しくない政治的闘争、国に対する陰謀ではなかったのだが、むろん表立って褒められるものでは決してない。
根も葉もない疑惑より、元々ある後ろめたい事実を捻じ曲げられると、無罪を証明するのは難しかった。
何故なら部下からの証言もあったからだ。
その証言をした部下の中に、側近だったアーロンがいた。
彼は準貴族で、男爵の
彼は多くの事を知り過ぎていた。
家族に罪を問わないという裏取引で、知らないことも相手の云う通りに肯定した。
その自白書にサインした。
だが、約束は果たされなかった。
貴族を巻き込んだそんな大犯罪人の家族が、普通無事で済むわけがないからだ。
目の前で泣き叫ぶ我が子と妻の姿を、弁明出来ないように舌を斬られたアーロンは、ただ唸り咽びながら見ているしかなかった。
この取引の件は、そっと闇に葬られ、もちろん記録にも残っていない。
当事者たちもほぼベーシス系だったため、今や生きて知る者はいないのだ。
生者たちには。
「結局、貴族同士の抗争に巻き込まれたって感じなんじゃないのか?」
ユーリが肩をすくめる。
「実際、おいら達木っ端役人は、他人事じゃないよなあ……」
心配性のビレルが尻尾を動かす。
「まあウチは、お
あの人そういうのは嫌いだし、部下を捨て駒にするような人じゃないから」
確信を持つようにギュンターが言った。
それには他の3人も頷いた。
そこへ子爵の近衛兵が、やや気まずそうに言いにやって来た。
「済まないが、我々はまだ入る事は出来ない」
子爵から送られてきた指示書には、兵達は魔導士・僧侶が行くまで1階で待機しろとの事だった。
「まあそうだろうね。子爵筋は特に恨まれてるから」
その言葉に指揮官は眉を曇らせたが、反論しなかった。
かの男爵が失脚した後、この領地を引き継ぎ、のし上がったのが当時のヤルヴェラ子爵だった。
男爵を告発したのも子爵だったという話があり、そのせいもあってヤルヴェラ子爵は特に恨まれていると囁かれている。
「ああ失礼。別にあんた達を腰抜けだと言ってるわけじゃないんだよ。
誰だって、自分を目の仇にしてる怨霊相手に、聖水も無しに会いたくないからな」
ユーリがどっちつかずの顔で手をヒラヒラさせた。
「おい、お前、言い方っ」
隣でギュンターが小突く。
1層に降りた時、感じた異様な気配と匂い、それはハンターのモノだった。
そして通路の一角丸ごと入れ替わったような、違和感と湿気を帯びた空気。
ハンターは通常、それ自身だけでは別の層に出現しない。
蒼也たちが3層で見た黒い一角のように、必ず切り取られた
このように空間が入れ替わる事は『チェンジ』現象とも呼ばれ、
あの通路の違和感も、他の層の空間と一時的に入れ替わっていた可能性が高かった。
ただしハンターがいるような奥の層と、こんな上層とが入れ替わる事はまずある事ではない。
後で交代に確認に入った、危険には敏感なビレルがすぐに飛んで戻って来た。
こういう事には鈍いキムも、首の後ろがムズ痒いと、しきりに首を擦っていた。
何かいつもと違う事態が起きているのは確かだった。
そこで危ぶまれたのは、最下層にいるあの怨霊が上層に現れること。
彼は最下層に縛られているが、絶対に昇って来ないとは断言出来ない。現に1層にハンターが現われているのだから。
「……そう思われても仕方ない。
アーロンに恨まれてるのは確かなことだから」
一拍間を置いて指揮官が1つ息を漏らす。
「だが、それは先々代様のこと。今の子爵様のせいではない」
「うんうん、分かるよ。大変だよなあ。
祖父のやっちまったツケを、孫が負わされてるんだも――デッ!」
「お前はちょっと黙ってろ」
後ろからキムが大きな手で、ユーリの頭を掴んで後ろに下がらせた。
「それと君たち警吏にも協力してもらいたい。貴殿たちの上司からの指示もある」
そう言うと、子爵の紋章ではない、13分署のマーク入り文書を差し出してきた。
「なんだ、先に見たのか」
キムが不満げに上で腕を組んだ。
「済まん。こちらの書類と紛れていたので……しかも字が……イヤでも目に入ってしまって」
何故か近衛兵は顔を横に背けた。
「「「「ん……?!」」」」
ユーリ達4人もそれが一発で読めた。
速読とかではない。
デカデカと書いてあったからだ。
『馬鹿ユーリ、ギュンター! サボってるんじゃねーっ!!
お前らとっとと、入って偵察して来いっ!』
「オヤジぃっ!!」
「エッ、おれもっ?!」
2人は特攻を命じられてしまった。
**************
『(呪いって言ってたけど、あんたならそれを解いてやる事出来るんじゃないのか?
一応神様の側近なんだからさ)』
再び歩き出しながら、俺はそっとヴァリアスにテレパシーを送った。
『(一応ってなんだよっ。立派な側近だろうがっ)』
『(今はどっちでもいいっ! あんな子供を神様はなんで助けないんだよっ?!)』
『(どっちでも良かねぇよっ!
それに言っただろ、呪いだって。
強引に救うことは出来るが、それは正解とはいえないからだ。
まずは呪いを解かなくちゃならん)』
『(じゃあやってくれよ)』
『(それじゃただ運命を変えることになるだろ。それにオレの仕事じゃない)』
軽く両肩を上げる。
『(ったく、運命、運命って、そんなにルールに縛られてるのかよ。
それじゃ呪いと一緒じゃねぇかっ)』
一瞬奴の眉がピクっと動いたが、怒ってきたりはしなかった。
その代わり妙に冷静な返事が返って来た。
『(同じなんかじゃないぞ、蒼也。
『呪い』は縛りだが、『運命』は道筋だ。全然違う)』
なんだよ、話の論点を変えやがって。
どのみち助けないんじゃ一緒じゃないかよ。
俺はこの時そう思った。
上辺しか見ずにモノを言う俗人の俺には、『救う』ということが、色んなしがらみを解いて――浄化して――いくものだという事がまだ分らなかった。
ただ助けるだけでは、そこに究明や反省は生まれず、また同じことが繰り返されるだけだからだ。
確かに奴は俺の教育を最優先にしてはいるが、全く他者の人生を無視しているわけではなかった。
ヨエルを奴隷から解放したのだって、何もそんな報酬を渡さなくても、SSの威厳を盾にすれば雇うのに十分問題はなかったはず。
奴はヨエルから奴隷という呪いを解いたのだ。
気まぐれな所も相当あるが、レッカの事といい、俺を使って少しでも好転する方に導いていたのだ。
それは俺が人として意味ある事だったのだが、この頃はまだそれに気付かなかった。
「妙だな」
ヨエルがふと立ち止まって、また辺りを探知で探った。
「もうそろそろ1つくらい、上下どちらかの出入口が現れても良さそうなものなんだが」
行きは通路を通ってショートカットしたから、本来どのくらいかかるのかわからないが、俺たちはかれこれこの4層の渦巻の中を、40分以上は歩いている。
螺旋の中心からまた外側に向かっているので、始めの円は小さく、普通は次第に大きくなっていくはずだが、しばらく経っても同じくらいのカーブしか感じない。
レンガと石造りの床はどこもそっくりで、敬遠していたショートカットの通路も今や現れなくなった。
延々と同じ色合いと造りの石畳と壁を、シャンデリアがオレンジ色に照らしているだけだ。
彼はほんの束の間、考えていたふうだったが、おもむろにリュックから昨日使った鉄串を1本取り出した。
それを壁と床の接地部分に斜めに、剣の柄で打って突き立てる。
「比較的金属は吸収されづらいから」
それからしばらく歩くと、また鉄の棒とロープを引っ張り出してきた。
串の頭に別の目印を付けると言って、ナイフでロープを切ろうとした。
「おい、だったらコイツにやらせてみろ。頭の変形くらいなら出来るだろ」
と、奴が俺に向かって顎をしゃくって来た。
確かに俺は『土』魔法は使えるが、ほぼ全般に土石系である。
金属を動かす事は少し出来るが、変形はほぼやった事がない。
それでもボールペンほどの太さのバーベキュー串を、なんとか20秒ほどでくの字に折った。
曲げるだけならユリ・ゲラー氏のほうが早いかもしれない。
何しろまだ十数本あるのだ。
俺が四苦八苦して、先を丸く輪にしたり、波打たせたりしていると、自分から言い出したくせにイライラして来たのか、奴が横から「貸せっ」と残り全部をひっつ掴んだ。
「こんなに使えないとは思わなかった。今度じっくり訓練してやる」
そう言って鉄串の頭を、まとめて土魔法で変形させるのかと思いきや、なんと、口の中に突っ込んだ。
「「えっ?!」」
俺と師匠は一緒に声を出していた。
ガチガギ、グキィンッ! と金属音を鳴らして、サメが鉄棒の束を噛む。
そうしてすぐに「ほら」と返してきた。
見事に串の頭が全て、違う形にそれぞれ変形している。捻じれているのから片結びまで色々だ。
口の中でサクランボの柄を結んだり出来る人はいるが、これは到底出来そうにない。
ジョーズ恐るべし。
また変形させた棒を、床の端っこに突き刺す。
彼は何も言わないし、俺も不安が的中するのが怖くて、何をしてるのか訊かなかった。
もしかして同じところを、グルグルと回っているのではないかという疑いを、彼も持っていたに違いない。これはそのための目印だ。
滅多にないそうだが、『ループ』という罠が出現することがあるらしい。
山道などで同じところ何度も通って、なかなか人里に降りられない、あの現象と同じだ。
こういう時、日本では、車を止めて一度外に出てみたり、落ち着いて煙草などを一服すると、怪異が消えるという。
ここでもメビウスの輪のように、空間を繋げている歪みのつなぎ目で、何か変化を起こすといいのだそうだ。
それは壁を殴ったり蹴ったり、その場に寝転んでみたり、もしくは誰か別の者がやって来るだけでもいい。
要はさっきとは違う行動が、小さな
ただポイントは、そのループが起こっている
ベテランでもいつの間にかはまってしまうこの罠は、なかなか簡単には解けないようだ。
7本目を挿した頃、まだシャンデリアが移動していないのに、フッと手前の通路が少し薄暗くなったように見えた。
またあの親子の出現かと、俺は思わず身構えた。
しかしヨエルが上を仰いだ。
ガランッ ドカッガシャッ! と、3,4mほど先の床に2体落ちてきた。
今度はとんでもない切断刑で、鎧の上からスッパリと切られている。
現れたのは、胸や腰の辺りから切れた上体のほうのみだった。
それらは落ちてきた勢いで、ゴロゴロとこちらに転がって来た。
「ぶっ、あああぁぁぁぁぁ……」
まだ半分に近い、腹の辺りから切断された男が、両手をバタつかせながら、大きく口と目を開いて擦れた声を絞り出す。
えっ! なんでこいつら、色があるんだっ!?
見たくないモノがこぼれ出ている断面図を、生で見てしまった。
いや、そんな事より重要なのは――
頭の中が白くなった俺の前で、ヨエルが腰の剣を抜いた。
そのままスタスタと男のそばに行くと、すかさず首に剣をぶっ刺した。
そして次に、ほぼ肩から上だけになっている、動かない男の首根っこにも止めを刺す。
「せめてもの情けだ。迷わずに逝け」
それからあらためて2人が本当に死んだのを確認した。
「なんで……こんな」
「ハンターがほんのたまに、移動中に獲物を落としたりする事はあるんだが……」
カラスが餌を落とすのと同じ感覚の返答が返って来た。
「これはどうやら違うみたいだな」
そう言いながら、今落ちてきた薄暗がりになった通路を見やる。
俺も自然とつられてそちらに目をやった。
先のその一角だけ、色を塗分けたように四角い暗がりになっていた。こちらからの明かりに照らされているが、それでも床は暗い。
何かがおかしい。
さっき上にあったはずのシャンデリアがない。
その代わりに奥にあったのは、壁に取り付けられた松明の揺らぐ明かりだった。
それに気付いた瞬間、松明は消え、逆に辺りは薄明るい通路に戻った。再びシャンデリアが天井から蝋燭の明かりを投げかけていた。
「わかったか? さっきの通路は1層のものだ。こいつらはおそらく空間の狭間に入って寸断されたんだ」
ゴロンと男の死体を足でひっくり返す。
男達は2人とも、上からサーコートを身に着けていたようで、白い布が巻き付いている。
半分の男のサーコートには、あの伯爵家の紋章が上半分切れて見えた。
「あの腰抜け兵士ども、入って来れたのか。
だとしても、なんで1層と4層が繋がったんだ……?!」
ヨエルが少し苦々し気に呟いた。
その言葉に俺も不安になる。
奴だけが、わざとらしく肩を上げてみせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少々ツライ描写があってすいません。
でも蒼也がかかわったことで、後々、様子が変わっていきます。
彼らに救いあれ――
思いついたことを全部使おうとすると、なかなか纏まらないものですねぇ……💦
(当たりまえか)
こちらもグルグル回って結局削りました……💧
おかげでなかなか話が進まん……!
いや、あと一押しだ、頑張るんだ私( ̄▽ ̄;)
ところでこちらの聖水も、汲む時間や手順が細かく決まっていて、少しでも間違えるとたちまち腐ってしまうと聞いたことがあります。
やっぱり色んな意味で凄いもんですね。
ちなみに悪魔には聖水は『とても痛い』のだそうです。
もしもどこぞの教会で、水が沁みたら疑ってみて下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます