第194話☆ 亡霊との遭遇


 今回ホラー編とあって、一部過激、気持ち悪い描写があります。

 どうかご注意お願いします。


  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 目の前でパチンと高い音がして、我に返った。

 ヴァリアスが目の前で指を鳴らしていた。


オーラに酔ったな。まあ、初めてならこんなもんだよ」

 ヨエルも声をかけてきた。


 そういや何か見たのだが、幻から覚めた途端に忘れてしまった。

 誰だか見たような気もするのだが……。


 まだ頭の奥が少しグラグラしている。

 離れて少し休んでいれば自然と治りそうだったが、こんな奥地にいつまでもいたくなかった。


「とりあえず重要なスポットは見れたし、また2層辺りに戻ろうぜ。

 下手に1層まで行くと、またあいつら兵士たちと顔合わすかもしれないし」

 ヨエルが俺を見ながら言ってきた。

「それに兄ちゃんに5層はまだ無理そうだ」


「ええ、もちろん無理でしょ」

 話だけ後で教えてください。

「見るくらいならどうって事ないのに……」

 奴は少し不満そうだった。


 元の洞窟を通って、またシャンデリアの通路に戻る。

 来た時は20メートルも行かないところに、通り抜けて来た穴があったのだが、しばらく歩いても見当たらない。

 どこまでも薄暗いレンガ壁と石畳の通路だけが続く。


「ヨエルさん、道間違ってませんよね?

 これ、逆方向に行ってるとか……」

 実は奥に向かってましたとか、シャレにならない。


「いや、合ってるよ。ほら、微かだがオーラが少し残ってるだろ?」

 確かにほんの僅かだが、道の所々に馴染みのある気が落ちている。

 それもあと少しで吸収されて消えてしまいそうだが。


「帰りは時々こうなるんだ。

 近道させずに、なるべく長く居させたいんだろ」

 ううむ、ではショートカット出来ずにこのまま、グルグルと長くこの通路を歩く羽目になるのか。

 あまり気分のいいモノじゃないなあ。


 俺はまた周囲の罠を気にしながら歩いた。

 ただ長く歩くだけなら害はない。

 この迷路を長く歩かせる理由は他にあったからだ。


 しばらくして何やら霧でも出てきたように感じた。

 視界が曇ってきたわけではないが、空気が冷たく、湿気を帯び始めてきたのだ。


「……出やがるな」

 ヨエルが呟いた。


 ふと、先のシャンデリアが微かに揺れていた。光が動いていることでもわかる。

 上に何かいるようだ。

 またハンターか?


 探知で視ると、土塊ハンターほど大きくない何かがモソモソと動いていた。

 大きさや大まかな形は分かるのだが、まるで質の悪いサーモグラフィーで見ているようにボヤボヤしていてハッキリしない。 

 

 護符で守られているのとは感じが違い、やがて段々と鮮明になってくると、ぼとっ、ぼとんっと、目の前の通路にそれらが落ちてきた。


 男の生首と両の手首だった。


「はあぁっ!?」

 俺は思わず声を上げてしまった。

 それに反応するかのように、首がゴロンとこちらに顔を向けると目を開けた。

 目が合ってしまった。


【 ”””ア’ア’ア’ア’ア’ァァァァァ’ー’ー’ー’ッ” 】

 首が大きく口を開けて声を出した。

 

 ゾワゾワゾゾゾォーーーッと、首筋どころか、髪の毛や全身に鳥肌が立った。

 気がつけば俺の口まで開いていた。


 続いて更にドサドサと、5,6,7、……10、20と、首や同じ組の手が次々と落ちて来た。

 みるみるうちに、生首と手の小山が築かれていく。


 上からこぼれた始めた首が、ゴロゴロと転がり落ちて壁にぶつかり悲鳴を上げる。

 それぞれがモソモソと動き回り、歯を剥き出し、泣いたり喚き声を上げた。

 はては顔の上を虫のごとく手首が這いまわっていく。

 まだ生々しい切り傷からほとばしる鮮血が、顔や手、石畳の溝を満たして伝ってくる。


 急にドンッ! と、横の壁に鈍い音がした。

 俺の目の前に、首吊り体がぶら下がっていた。

 大きく開かれた目の玉は上を向き、分厚くなった舌が口からはみ出している。

 首や脚をガクガク揺らしながら、そいつも開きっぱなしの口から嫌な音を出してきた。

 壁を漏れ出た体液が濡らしていく。


 同じく目の前のシャンデリアからも、ズンッ、ブズンッ! と次々と首を括られて落ちて来るとぶら下がってきた。

 そうしてそのまま悪趣味なモビールのように、4体の首括りをブラブラと揺らしながらシャンデリアがゆっくりと回っていく。

 


 ―――――――― !?・?!・!? !!!!!・・・・・――――――――


 俺の頭の中は衝撃ですっ飛んでいた。

 もし1人だったら、気を失っていたかもしれない。

 が、そんなことは連れの2人がさせなかった。


「うっせぇっ!」

 怒鳴り声が轟いた。

 その声に鎖が切れたかのようにシャンデリアが、ガシャーンッ! と音を立てて首塚の上に落っこちた。4つの体ごとだ。

 するとシャンデリアに吊るされていた死体たちは、首や床に叩きつけられたと見えた瞬間、フッと消えていった。山盛りだった首塚もだ。

 壁の首吊りもスーッと壁に入っていった。


 落ちたシャンデリアはどこも破損した跡も、更に火が1つも消えた様子もなく、間を置いてまたするすると天井に上がっていった。

 あとには一滴の血の痕も無く、ただ灰色の石畳がオレンジ色の光に照らされているだけだった。


「こんなのただの脅しだ」

 俺の横でが、フンと鼻を鳴らした。

「そうだよ。気にしないで避けて通ればいいだけだ」

 師匠もまるで、ただ蛇に出会った時の対処のように簡単に言う。

 

 そう、今の怒鳴り声は奴ではなく、ヨエルのものだった。

 ただの大声ではなく、空気の振動、風に乗せた気合いという威嚇。

 まさに気の圧力だ。


 亡霊レイス達の体は、精神体という一種の気の塊りである。

 だから気には気の力で対抗するというやり方なのか。


 その代わり魂の目で見ている奴らには、弱っている者はすぐにわかる。

 だからこそ怖がってばかりではいけない。

 負けない気力がないとつけ込まれてしまうのだ。


 とはいえこの時の俺は、初めてお化け屋敷に来た子供のような心境だった。

 さぁーっと頭から血が引いていったのがわかった。

 もう衝撃が大きすぎて、口から心臓が出てしまったかと思ったほどだ。


「大丈夫か、息してるか?」

 ヨエルが心配そうに覗き込んできた。

 まさにその時、鼓動が凄まじく乱れ打っているのに反して、肺が動きを止めていた。

 息をするのも忘れていた。


 そっとヴァリアスが背中に手を触れてきた。

 心臓の動きが無理やり落ち着かされ、はあああぁあーーーと、自分の意思に関係なく大きく息を吐いた。


「これくらい、(映画で)よく見てるだろうに……」

 予想以上にダメージを受けた俺を見て、苦々しそうに言った。


 覚悟はしていたが、ここまでリアルとは生々しいものなのか……。

 映画館の大スクリーンでも、体験出来ない実感があった。

 どんなにハイビジョンな映像でも、という感覚は味わうことが出来ないのではないだろうか。

 逆にそのことが、どれだけ離れていても恐ろしいことか。


「兄ちゃんはハンターなのに、こういうのは苦手なタイプなんだな。

 女子供も見るような、一般的な処刑方法だとは思うが」

 少し意外だったという顔をする。


「……蒼也の国では、ここ何百年か公開処刑はしていない」

 渋い顔をして奴が代わりに答える。

「えっ? えぇっ!?」

 ヨエルが俺とヴァリアスを交互に二度見した。


 師匠……、あなたも自分基準な人なんですね。

 誰でも彼でも慣れてる訳じゃないんですよ。

 というか、どこの国も一般的に公開処刑やってるのか、この世界は。


 なんだか恐怖を通り越して、さっきの酔いもあって気持ち悪くなってきた。

 どうも貧血が起こり始めていたらしい。

 顔色が真っ青だと、ヨエルが慌てて瓶を渡してきた。

 ヒールポーション精神・神経回復薬だった。


 神経には神様の制約があるので、奴自身が俺を回復させることが出来ない。

 なので有難く頂くことにした。


「これをヒールと重ねて飲んでおくと、相乗効果で長く効く」

 と、ハイポーションも出してきた。

 本当に申し訳ない。

 奴がいるから、ヨエルが助けてくれるからと、ちゃんとした準備もせずにここまでやって来れていた。

 ただヨエルもまさか、ここまで何も持たずに来るとは思ってなかっただろう。


 確かに食料は準備した。

 それは山や海などで何日も遭難した場合を想定してだ。

 だがここは魔洞窟ダンジョン


 一番恐れなくていけないのは、食料や水よりも、怪我や病気で動けなくなること。

 薬は何よりも必需品なのだ。

 あのパンフレットにだって、注意書きとして示されていたのに。

 俺は守ってもらっている甘えがあった。

 助けがあることに、つい自分以外に鈍感になっていた。

 

 回復系はローポーションではなく、ハイポーションしか持って来なかったらしい。

 これくらいなら半分で済むはずだと言った。

 確かに半分で眩暈と吐き気も消えた。

 しかし俺はこうして、彼の命綱を無闇に浪費させていったのだ。


 気分と体調が治ってくると先程の出来事が、目が覚めた途端に急激に忘れ去っていく夢のように衝撃が薄れていった。


 もちろん生々しい記憶は残っているのだが、少し距離を置き、落ち着いて考えられるようになった。

 一度限界を振り切ったせいか、それとも薬のおかげかもしれない。


「よし、どうやら治ったようだな」

 奴が俺のオーラを確認しながら少し顔を安堵させた。

『(念のためフィルターをかけておくか。

 視覚効果だけなら、神経に関わったことにならんからな)』

 そう伝えてきながら、ヨエルがまわりを窺っているすきに俺の頭に手を触れた。


 この時何をかけたのか、それは次の亡霊が現れた時にわかった。


 再び歩きかけた時、またもや進行方向からガラガラと、町でよく耳にする荷車の音が響いてきた。

 それにともなって痛烈な叫び声も。

 

 やがてカーブを曲がってやって来たのは荷車ではなく、3つの大きな車輪だったが、それはただの車輪ではなかった。


 木製の太い車輪の中央には、それぞれ人が絡まっていた。

 放射状に広がるスポークに手足を巻きつけ、ロープでしっかりと縛り付けられている。

 そしてその手足はグニャグニャと、なってはいけない方向に曲がっていた。


 ――――車輪刑。

 

 かのブリューゲルの『死の勝利』にも、処刑のシンボルとして描かれていたもっとも残酷な処刑の1つ。

 本来ならあの絵の通り、十字架のように柱の上に高く晒されるのだが、ここでは見せつけるかのように転がりやって来た。


 回転する車輪に巻きつけられながら、すでに死んでいるハズの男達が痛みの声を上げる。

 本来なら先程の光景と衝撃は変らない。


 が、今度は精彩を欠いていた。

 さっきまでは生きている人と変らぬ、リアルな色があった。

 鮮血も傷の切り口も、全て極彩色に見えた。


 ところが今度現れたのは、何故かモノクロだった。

 とても明るいとは言えない場所ではあるが、夕暮れ時ぐらいには明かりがある。

 そこへモノトーンのお化け。


 これは奴の付けたフィルターのせいか。

『(そうだ。生きてない者は、白黒のフィルター越しに見えるようにした。

 ずい分感じが違うだろ?)』

 確かに、色が無いだけでかなり現実感が薄れて見えた。


 とはいえ、その他はリアルのままである。

 つんざくような悲鳴もハッキリ聞こえる。

 ポーションのおかげで血の気が下がったりはしないが、気味悪さと危害を加えられるかもしれない恐怖は残っている。

 そいつらは石畳を跳ね転がりながら、こっちに向かってきた。

 また思わず身がすくみそうになった。


「失せろっ! 来やがったら殺すぞっ!!」

 死者に殺すもないものだが、ヨエルの本当に殺気立った赤いオーラが鋭く広がると、車輪の姿がフッと消えた。


「なっ、意外と訳無いだろ?」

 奴が軽く眉を上げた。

「……色んな事が予想以上だけどな……」


「ああいうのはな、この世に未練があってズルズルと残ってる魂なんだよ。

 だが、そんな事してても意味がないし、不満と叶わない欲求が溜まるだけだ。

 それで気の弱そうな奴に憑りつこうとする。

 ソイツの体を通して、少しでもせいの体感を得たいからな」

 恐ろしい事をしれっと話してくる。


「そうだよ、あいつらはワザと怖がらそうとするんだ。

 だからあんな姿で現れるんだよ」

 前を歩くヨエルも、時々振り返りながら話に乗って来た。

「もう死んでるのに、こうやって自分より強い殺気には弱いのさ」


 怒気や殺気というものは恐ろしい上に、鋭い刃や激しい炎のように痛いモノだ。

 俺はこんな魔法体質になって、よく分かった。

 人のオーラというものは、時には針ネズミのようにトゲトゲになったり、柔らかい羽毛のようにもなったりもする。


 亡霊どもは剥き出しの魂に、直接そのオーラの感触を感じ取るのだろう。

 何しろ彼らに肉体という防護服はないのだから。


「そうだ、あんなの気合いでぶっ飛ばせるっ! 気合いでっ!」

 気合いの煮凝にこごりが極論を持ち出してきた。

「そんなのアニマル親子とあんたぐらいだよ……」

「誰が動物だっ!?」

「そっちのアニマルじゃねぇよっ!」

 ったく、いちいち変なとこに引っかかりやがって。


「まあそれくらい大声が出せるなら、大丈夫そうだな。

 だけどここで音量は控えてくれよ」

 師匠に注意された。

 すいません……。

 

 クソッ 奴のせいでもあるのに、素知らぬ顔しやがって。

 だが、おかげで恐怖心がだいぶ薄らいだ。


 俺は前のヨエルの背中だけを見て、探知を自分のまわり最小限に絞ることにした。

 広げると、見たくないモノまで視えてしまうからだ。

 もうここは歩くリアルお化け屋敷なんだ、そう思うことに専念する。


「兄ちゃんはこっちに好きな女とかいないのか?」 

 俺の気を紛らわせようと思ってるのか、急にまた好き者の師匠がそちらの話をして来た。


「えと……、いましたが……」

 早々に失恋しましたけどね。

 それにこんな場所じゃ、そんな思い出には浸れない。

「じゃあその女が、処刑が好きで見物に誘われたらどうするんだい?

 嫌いだからって断るのかい?」


「えっ? そんな女、まず――」

 待てよ、公開処刑というのは、普通の主婦でさえわざわざ見に来る見世物の一種なんだよな。

 地球でも大物の処刑の時などは、まわりに露店まで出たという。

 それこそ子供を連れて、家族で見に来る親子もいたそうだ。 


 じゃあ、あのリリエラも喜んで見学するタイプなのだろうか。

 そう言えば絵里子さんもホラー映画は好きだった。

 いやいや、映画とリアルは全然違うし……。

 

「女は可愛い顔してても、結構残酷な事が好きな面があるんだぜ。

 それにビビッて付き合えないと、フラれちまうぞ」

 ヨエルがわざとらしく肩をすくめてみせた。

 俺はこの2人に挟まれて、世界観がおかしくなりそうだ。


 結局俺たちは通路をそのまま歩くことになった。

 たまに近道が現れたが、いつ何時、また亡霊が現れるかもしれない状況で、あんな細い洞窟に入りたくなかった。

 

『背中に冷や水を浴びたような』という言葉があるが、あれは奴らが背中から入ろうとして来るからだそうだ。

 いきなり襲われて、背中を冷たい手で撫でられたくはない。

 ヴァリアスの奴は論外だし、ヨエルは寄せ付けないくらいに気を張れるが、俺にはそんな攻撃的なオーラはまだ無理だ。


 そんな事お構いなしに、亡霊共は時々奇声を上げながら現れる。

 幸い2人のおかげで近寄って来ることはない。

 

 それにしても次から次へとよく出やがるな。

 さすがにこうも多いと、逆に現実味が薄れて来てちょっと麻痺して来る。

 まるでどこぞのアトラクションだ。

 ヨエルも今日はいつもより騒いでいると首を傾げていた。


 よりにもよって、何故俺が潜ったタイミングで……。

 歓迎する気ならいっそ出て来ないで欲しいのだが、もしかしてこいつの影響なんじゃ……

 俺はチラッと隣のを見た。


「なんで亡霊どもが処刑された姿で現れると思う?」

 奴がそんな事全く気にせず、Q&Aを仕掛けて来る。

「そりゃあ……、怖がらせるためだろ?」

「それもあるが、アイツらのほとんどが死刑囚だからだ」


 通常、処刑後はしばらく晒された後に、共同墓地などに入れられるのだが、罪人と一緒になるのは嫌だと言う庶民の声も少なくない。

 土地を別にすればいいのだが、そういう罪人専用墓地は町の外、森や山近くの辺鄙な土地とはいえ、魔物や肉食獣が死肉の匂いにつられて来易くなってしまう。


 そこで火葬にする地域もあるのだが、この辺ではダンジョンに遺棄するやり方を取っているだという。

 これならダンジョンに餌が提供されるし、市民も死体の後始末がきれいさっぱりに出来て、両者ウィンウィンというわけだ。


 出て来る亡霊はみな、俺も知っている処刑された姿で現れてきた。

 斬首、縛り首、車輪刑、火あぶり、腑分け、鉄の処女……。


 通路のみならず、天井や時には壁からも、滲み出るように現れては前をよぎっていく。

 

 中でも斬られた首と手首が圧倒的に多い。

 やはりそれが一番苦しまない、恩赦的な死刑だからなのだろうか。


 ギロチン台と聞くと、首しか切らないイメージが強いが、場所によっては首を入れる穴の横に両手も入れる、三つ穴式の物もある。

 首と一緒に両手を板の枷で拘束する、晒し者と同じ状態で刃を落とすのだ。

 一瞬のことだし、手より首の方が先に落ちる位置にあるから、まずは手の痛みは感じないだろうが。

 罪を犯した手も罰するという意味でもあるのだろうか。


「首と手首が多いだろ。あれはほとんど『アーロン』への生贄なんだ」

 ヨエルもプラプラと、観光案内しているかのように話してくる。


「アーロンって?」

「あー、知らなかったっけ? ここの5層の主『アーロン』だよ」

 ぬしっ ダンジョンのボスか! そんなモノがいるのか。

 やっぱり行かなくて正解だ。


「ダンジョンの主に、わざわざ生贄なんかやるんですか」

 言ったあとで後悔した。

 いま聞くべき話題じゃなかった。


 半世紀前までは、ここは普通の中級ダンジョンだったそうだ。

 それがその『アーロン』とかいう主が棲みついて、罠が凶悪になり、アンデッドが現れるようになった。

 しかも定期的に最下層に贄を捧げに行かないと、荒れて蠕動が激しくなるどころか、意図的に人に対して攻撃的になるのだという。


 そこで僧侶、魔導士、兵士をともなって、刑吏が最下層で囚人を斬首刑にするのが恒例になっているそうだ。もはや欠かせない儀式と言ったほうが近い。

 このダンジョンでの豊穣を願うわけではなく、被害を最小限にするために。


「それなら退治した方がいいのでは……」

 それとも主がいないと、ダンジョンの活気がなくなってしまうのか?


「出来ないんだよ」

 肩越しにヨエルが振り返った。

「大勢の僧侶や大司教でも無理だった。

 それだけアーロンの恨みは強いって事だ。

 あいつはただの悪霊じゃなくて怨霊なんだよ」


 半世紀も前の事で、ヨエルも詳しくは知らないそうだが、アーロンは昔この地方の役人だったらしい。

 だが何かの落ち度で、罪に問われ、家族もろとも処刑されてしまった。

 それから立て続けに凶事が起きるようになった。


 共同墓地からは死人が起きはじめ、農村や近くの町を脅かした。

 農作物が見た事もない赤腐れをおこして全滅した。

 行方不明者が異常に続出した。

 発狂して見つかった者もいる。

 そのうちこの地方でだけ、首や手首が硬くなり痛みを発する奇妙な病気が流行り始めた。


 占い師の託言や僧侶たちが霊視により原因を突き止め、慌てて晒していた罪人の体を埋葬することにした。

 それはしばらく月日が経っていたにもかかわらず、腐りもせずに残っていた。

 ただ、首と手は獣が持って行ったのか、見つからなかった。


 そうして大僧侶たちが必死で、ここの最下層に鎮めたというわけである。

 辛うじてなんとか封じ込めたというだけの状態で。


 アーロンは斬首されて、首と手首がない。だから自分の頭と手を探している。

 ただ、他人の物は長く持たず、すぐに腐ってしまう。

 そのため代わりの首と手を定期的に渡してやり、なんとか呪いが激しくならないように均衡を保っているのだ。

 

「そんな奴がいるところ……、人が行っちゃいけないんじゃ……」

 もう究極の『お前ら行くな』である。

 何故わざわざ、祟り神様を刺激しにいこうとするのか。


「そこに宝があるからだろ。『魔宝石』が出るからな」

 隣の荒神あらがみ様が二ッと牙を見せた。


「まあね。だけど手に負えない奴がいるところには、なるべく行きたくないよなあ。

 幸いアーロンの奴は5層から出られないんだが、代わりに――」

 そう言いかけてヨエルが急に立ち止まった。


 また空気がヒンヤリしてきた。

 前後のシャンデリアが、スーッと音も無く上がっていき、通路の薄暗さが増していく。


「ああ、今日は本当に色々出やがるなぁ……」

 ヨエルが顔をしかめた。

「アーロンが探してるのは、自分の顔と手だけじゃないって話だ。

 自分とは別々に葬られた家族が、この4層にいるんだよ」


 ………………ひた ひた ひた ひた………… 

 石畳を裸足で歩く音がする。


 奥の闇から人影が現れた。





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 公開処刑がお祭り騒ぎだったという話はよく聞きますが、やはり千差万別、人によりけりとあったようです。

 それこそ嫌悪したり、気分が悪くなった人もいたようです……(;´Д`)


 映画『ペンデュラム 悪魔のふりこ』でも、『魔女の処刑』を見ていられなくて立ち退こうものなら、異端者の疑いをかけられてしまうというシーンがありました。


 16世紀のある死刑執行人は、処刑する娘(赤の他人)が哀れで、逆にお金を出して刑を軽く――苦痛の少ない死刑に――させてもらったということを日記に書いてます。

 まさか個人的日記が、こんな500年後まで残ると思わずに書いていたでしょうから、本当のことなのでしょう。

 少なくとも彼自身の気持ちの上では。

 実際に色んな人たちがいたのだなあと思います。


 ちなみに『死の勝利』は、少なからず衝撃を受けた絵画の一つです。

 初めてこれを見たのは、先の映画『ペンデュラム』オープニングシーンでした。

 各部分をクローズアップしていき、その意味を問うかのような流れに、戦慄を覚えたものです。


 結局それがかの巨匠の作と知ったのは、偶然、中世の本を立ち読みした数年後です。

 原寸大ポスターもあるようですが、怖くて手が出せず、画集だけにしてます( ̄▽ ̄;)

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