第113話 ユニコーンの真実


 今回、人によっては気持ち悪い描写があるかと思いますので

ご注意お願いします。汗

 また『ユニコーン』好きな方にはすいませんっ💧

 ウチに出て来る『ユニコーン』はとても地球のような神聖なものではありません。

 只の魔物という設定ですので、夢を壊す可能性があります。

 どうかご容赦お願いいたします。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あの、僕、あ、明日もお勤めがあるので、そろそろ寝ますねー……」

 そそくさとイーファが立ち上がると、カスペルとコニ―もバッと跳ねあがるように立ち上がる。

「えー、先にお休みなさい……」

 コニ―もコクコク頷いてついていく。

「あれ……?」

 が、ドアがガッチリ歪んだように開かない。


 見るとイーファ達3人の足元の影がやたらに濃い。それがドアに伸びている。

「…………いてくれ。……中途半端に聞かれるほうがよっぽど嫌だ……」

 アルが下を向いたまま言った。


「よし、覚悟決めたか」

「おいっ、なんかとんでもないこと言いだしたなっ! あんた、いくらなんでも言っちゃいかんことってもんがあるんだぞっ!」

 咳が止まった先生が、目をむいて声を上げた。

「こいつので、いつまでも引きずってる問題を解消してやりたいんだよ」

 仕方なくおずおずと、イーファ達がまた同じ椅子に戻ってきた。


 アルが少し顔を上げて奴を見た。

 指の間から見えた片目は、先程より紅色に戻り始めている。

「……さっきから勘違いとか……何を知ってる? 何の証拠に……」

「オレはねちっこい『赤い部屋』みたいな拷問は好きじゃねえからな。先に言っといてやるけど、アルディン、お前は思い違いをしてる。


『(本当に大丈夫か。2時間ドラマの最後の謎解きみたいに、大見得切って失敗したらシャレになんねぇぞ。その時は皆の記憶消すくらいするんだろうな?)』

 俺は心配になってテレパシーで聞いた。

『(大丈夫だ。ちゃんと天使に裏は取ってある)』

 調べに行った別件ってこの事か。


 少し間があったがやがて、ハァーっ と大きめな溜息があって、アルが体を起こした。

「どこからその自信が出てくるのかわからねぇが……。おれも男だ。もうガキじゃねぇし、もちろん娘っ子でもねえ」

 そうしてグーッと一缶一気に空けた。

「確かにいつまでもズルズル引きずるより、晒しちまったほうがせいせいするかもしれないな」

「さすがは同族。切り替えが早いな。そうそう、いつまでも引きずったって良くならないぞ」

 と、俺のほうを見た。

 そういうのは人それぞれなんだよ。


『(元々アクール人は精神だってタフだぞ。でなけりゃこんな仕事やれん)』

『(そりゃそうかもしれないけど、その、……性的被害って忘れさせたほうがいいんじゃないのか)』

 そういうナイーブな問題は一番こいつに似合わなそうだ。


『(だからそれが思い違いなんだよ。これは本当はそんなんじゃない)』

 本当かよ。なんか様子からすると、ズバリそれっぽいんだが。

「言っとくが、おれは怖い訳じゃないぞ。ただ気持ち悪いだけだからな」

 アルがハッキリ言った。

「わかってるよ。でなけりゃ闇でも触れないだろうからな」


「本当に大丈夫なのか? アル、お前が壊れたらちょっと、ここじゃ治せないぞ」

 アルの左隣に座っている先生が心配そうにのぞき込んだ。

 右隣のセオドアも耳が後ろにへたれている。


「……いや、おれだっていつかは何とかしなくちゃとは思ってたんだ。今がその時ってヤツだ」

 アルが強がるように言った。

『(思った通り、コイツは人前だと見栄をはるからな。後には引けまい)』

『(あ……それで皆の前でワザと言ったのか)』

 イーファ達は黙って3人固まっている。


「じゃあ、話すすめていいか?」

「いや、ちょ、ちょっと、待ってくれ。もう少し酔わないと……」

 アルが慌てて手を振って止めると、テーブルの上の酒を見回した。

「さすがに素面じゃ……もっと強い酒ない? すぐに酔えるような強いやつ……」


 昨日のアブサンはとっくに無くなっていた。ビール以外の酒は他にウイスキーやブランデーが置いてある。

 セオドアが飲んでいるラム酒はアルコール45度の代物なのだが、昨日のアブサンをストレートで飲む奴には物足りないのだろう。


「じゃ、これ飲め」

 奴が瓶に『X4』と大きく書かれた酒を出した。

『ブルイックラディ X4……』スコットランドのスコッチウイスキー、アルコール度はなんとアブサン越えの92度。もう工業用アルコールではあるまいか。

 普通はこれをかなり薄めてのむのだが、アルはそのままストレートでやった。

「お~、フルーティな香り、飲みや――― くぅーっ 喉が痺れるっ! 熱いっ いや美味いっ」

 どっちなんだよ。


 酒に強いアクール人も、さすがにそんな酒を勢い良く1本空けたところで、やっと酔いが回ってきたらしい。急にソファにダレ始めてきた。

 イーファ達も始めは緊張していたようだが、段々と酔いのせいでいつものようにほぐれてきたようだ。

 先生も『X4』を飲んで、こりゃヤベェと喜んでいた。

 1人、セオドアだけが変わらなかった。


 これ、あれだな。自分だけでもしっかりしてないとマズいって、グループの中で1人酔えないタイプだ。

 この中で一番異形なんだけど、一番まともというか苦労人なんだよな。

 それに比べて俺の相方は ――― このトラブルメーカーめ。


「ユニコーンの被害ってのは年間、少なからずあるんだ。ほとんどが若者、まれに子供とかもな」

 頃合いをみて、ヴァリアスが俺に向かって話し出した。


「それってやっぱり純潔を好むせいなのか……?」

 俺はなんとなく小声で返した。どうせ聞こえるのだろうが。

「そうだ。アイツらの好む匂いが、そういう未成熟の者が発する体臭とか、オーラなんだよ。そういうモノが全部混ざり合って、アイツらにとっての至高の嗜好性物質になるんだ」

「でもやっぱり、被害あるんだ……」


 俺の知っているユニコーンは、処女の魅力につられて、フラフラと膝枕に頭を乗せてしまうという、どこか穢れ無き行為をするイメージしかないのだが、こちらではそんなマネするのか……。

「お前の考えてるようなことじゃないぞ。ほとんどの者が喰い殺されるんだ。大怪我しながらなんとか生き残る奴もいる。コイツみたいにな」

 持ったマイグラスでアルを指した。

「…………」

「えっ、喰い……?」


「魔物だって言ったろ。異種族に他の感情なんか持たないぞ。

 オークやゴブリンは元人間だから別格だが、科目まで違う種に性的欲求思考なんかしないぞ。

 捕食対象にしか考えねぇよ。

 ヒッポグリフ(前半身が鷲、後半身が馬の魔物・グリフォンの亜種)が、グリフォンと馬の合いの子だなんて言われた事もあったが、元々別種で始めから存在してたんだ。

 ヒッポグリフの発見が後だったので、そう勘違いしただけで、結局異種交配はなかったって事だ」


「それってエサとして見てるってことなのかっ ?! その……処女も?? 」

「ヤツらにとっちゃ花の蜜みたいな匂いなんだよ。さっきも言ったけどが好きなんだ。

 旨い料理は美味そうな匂いがするもんだろ?」


 おおおっ、俺のユニコーンの清楚なイメージがガタ崩れだよ。

 この異世界だけかもしれないけど、『本当は怖い世界昔ばなし』みたいだよ。

 

「…………そっちの兄ちゃんはホントによく知らないみたいだから、おれも教えてやるけど……。

 ユニコーンがあの鋭い角で獲物を突き刺すのは、まず頭か胸だ。急所を狙う。

 獲物を一発で仕留めるためにな」

 アルが首だけもたげて言ってきた。

「例外もあるぞ。お前みたいに―――」

「なぁ、もう無いの? この強い酒……」

 話をさえぎるように空になったボトルを振った。


「しょうがねぇなぁ。じゃあこれ飲んでみろ」

 そう言って透明な液体の入った瓶を出した。

「ウォッ! シビれるぅっ これっ 頭がぶっ飛ぶぞっ!」

 アルがやはりそのままストレートで飲んで騒いだ。

 興味を持った先生がもらってまた咳き込む。


『スピリタス』 ポーランドのウォッカだ。

 その度数はもうバカみたいな96度! エタノールの原液まんまじゃないのか? 

 栓を開け放したままだと、そのまま蒸発してしまう勢いである。

 もちろんこれを飲んでる時は火気厳禁だ。

 この部屋の明かりは通常はオイルランプなのだが、俺がいるときは光球を作っているので、火の気はない。

 もうアルコールの気化爆発なんか御免だからな。


「意識まで飛ばすなよ。意味なくなるからな」

 そう言って自分のグラスに半分くらい注ぐと、グビリと一気に飲んだ。

 やっぱサメの肝臓は強ぇなあ。漢方薬になる訳だ。

 もう普通の飲み会になっている。イーファ達も酔いと眠気で少し船を漕ぎ始めた。

 ここに居残った意味が無くなり始めている。


「もういいだろ。結論から言うと、お前も食べられそうになっただけだ、アルディン。

 ただ下腹を刺されたってだけの事だ」

 ピクンとアルの肩が動いた。

「…………なんでそう言い切れる? いや、そう思う?」


「お前の腸の形が変わったのもその怪我が元だ。その時に腸を3分の1以上無くしたんだろ? 

 第一成長期にやっちまったおかげで、変形したまま回復しちまったんだよ。

 腸も腸間膜もひっつれたまま。

 お前の魔石が変な具合に癒着して、腸が攣り易いのもそのせいだ。

 そういう内臓疾患がお前の冷え性の元なんだよ」


「おれの不調から推理したのか? 確かにこりゃあ大怪我が元だよ。

 ふっ…………人生初の腑分け(ここでは処刑の一種を示す)が自分の腸だったって、皮肉だろ?」

 アルの目が据わってる。

 さらって言ってるけど内容が怖ぇえよ~。


 カスペルがまたビールの缶を両手で握ったまま、固まっている。

 さすがの先生も話に割って入って来ない。いや、これないのか。

「お前を刺したのは角だよ、アレじゃねぇ」


「やめろっ 他人ひとに言われると気持ちワリぃっ!」

 急にアルが口を押さえて前屈みになった。

「大丈夫か? 吐きそうか」とセオドアが背中に手をあてた。

「ナニッ じゃあ洗面器を――」と先生。

「いや、吐かねぇよ……大丈夫だ」

 コニ―が立ち上がりそうになったのを、手を出して止めた。


「なんでそう言い切れるんだよ……。思い出したくないがちゃんと見たし、何より下腹ばっか狙ってきて……」

「そこだよ。そこにソイツを一番引き寄せるモノがあったからだ。がな」


「え ?」

 アルが奴に顔を向けた。

「「「……」」」

「…………」

「何だって?!」

 思わず先生も声を上げた。


「アイツらは匂い以外にもオーラとか、時には魔石の香にも味覚を感じるんだ。

 体に出来る魔石には、その生物の分泌物も含まれる。

 土と石混じりの鉱石系の魔石と違って、アイツらにしたら獲物の貴重でレアな部位、極上で美味なエナジ―に使った肉同様だ。

 お前、ガキの頃から魔石が大きかったんだろ? 

 好みに個体差があるが、そいつの好みだったんだろうな、お前の魔石の匂いが。

 それが誘引物質になったって訳だ」


「え、ええっ? いや、ちょっとまて、待て――― 」

 アルの目がせわしなく動いた。

「確かに物心つく前から腹に出来てたから……。だけど確かに見たぞ、あいつの――」

「そりゃ興奮してただけだろ。珍しい事じゃない。特に魔石の香は麻薬的だから、快楽物質が出やすいんだ」

「…………なんでそんなに詳しいんだ? あんた」

「そりゃオレは創造神様のだからだよ」

 得意顔で言った。


「「「えっ――」」」

 以前に聞いている先生以外の皆が奴に振り返った。


「意外――」

「マジで?」

「……」

「似合わねぇーな、あんた……」

 アルがぼそっと言った。

「なんでだよっ ?!」


 もうあんた、いい加減、それ言うのやめたほうがいいんじゃないのか。

 誰も納得してくれないじゃないかよ。


 このゴロツキみたいな奴が、ちゃんと宗教の信徒をやっているだけでも驚きなのに、それが『火』や『土』みたいなオラオラ系の神様じゃなく、『創造』って……。

 野球で言えば、ストレートが来るかと思ったら、が来たような予想の斜め上だよ。

 キリコが言うならド直球なのに。


「……確かに、ホムンクルスにも関与する創造系なら詳しいかもしれませんね。魔物の生態に精通しているからこそ言える訳ですね」

「そうだろぉ! お前よくわかってるじゃないか」

 セオドアが空気読んだっ。

 おかげでこいつがまたむくれて、変な流れに行きそうになるのを回避できた。


「―― だけどハッキリ見たし、おれの前に……」

 また気持ち悪いのか、顔を両手で覆って下を向いた。

「だからそれが思い違いなんだって言ってるんだよ。それはお前が幾つの時だよ?」


「…………4だ。数えで5つの時。近くの森を探検しつくしたから、少し奥に行ってみたんだ。

 ……母ちゃんが気がつかなかったら、おれは今ここにいなかったけどな」

 もし発育速度が同じなら幼稚園児くらいか。

 それは……そんな目にあったら、俺なんかもう外に出られないな。


「ハッキリ意識し出したのは、どうせずっと後だろ。

 たぶん10歳ぐらいからかな。

 思春期に入るか入ったかぐらいの頃、性交のやり方を知ってからだろ。

 どうだ違うか?」

 ゆっくりとアルが顔を上げながら、あらためてヴァリアスを見た。


「あんた、本当は占い師でもやってるのか? おれの頭の中覗いてるのか?」

「簡単な推理だよ。幼児の時にはそんな事、考えもしなかっただろうが、年頃になってそれがなんだったか、あらためて考えたんだろ。

 通常の胸や頭じゃなくて下腹って事で、記憶を勝手に改ざんしちまったんだ」


「―― いや、そんなハズは…………ん  ンン―?? ――― ??!」

 アルが目を閉じて、動かなくなった。それを見てる俺達もジッと動けなくなった。


 何故なら書棚の影が、ゆっくりと壁の一面に伸びてきて山のような形を作り始めたからだ。

 それは段々と形をムクムク変えていき、4つの足が下から伸び、山へと繋がった。

 見る見るうちに馬の姿になっていく。

 その頭には長く先の尖った1本の角があった。


 同時に部屋に灯した光球が小さくなり、部屋が半分薄暗くなった。

 影絵のユニコーンは壁の上で、後ろ足で立ったり、角でしきりにつくような動作をしたり、荒ぶる動作をして見せていく。


 その影は切り絵のような黒ではなく、幾色もの濃淡のある黒色で、あたかも立体的に、黒の絵画のように姿を現していた。

 締まった力強い筋肉の四肢、乱れ流れるたてがみ、燃えるような瞳、そしてその額に捻じれた溝を持つ鋭く長い角。それに……。


 その姿は1面の壁に収まらず、左右の壁、天井にまで広がっていく。

 大人ではなく小さな子供からしたら、馬はこんな風に巨大に見えるのだろう。

 いや、まさかこれが原寸大じゃないだろうな。

 これじゃ『北斗神拳』のラオウが乗る馬並みだぞ。

 

「あ……!」

 アルが声を上げたと同時に馬の形が崩れると、今度は巨大な馬の首だけになった。

 その額から伸びた角に、何か蔦のようなモノが垂れ下がっている。


「―― そう、そうだったっ! 奴の頭の前に俺の腸が見えてたんだ。

 奴の頭の角に引っかかって―――」

 うえぇぇっ! アレ、腸なのかよ。

 パッと部屋が元通りに明るくなった。

 壁の影も消えた。


「納得したか?」

 奴がゆっくりグラスを動かした。

「あ、ああ……。なんで今まで思い出さなかったのか、わからないが……」

「そんなもんだ。ショックで忘れたり、思い込みで勘違いして覚えている事なんかザラにあるからな」


「でもおかげで、110年のわだかまりが一気に薄くなったぜ……」

 アルが顔を上げてまわりを見回した。

「そりゃあ良かったな。こっちは酔いが一気に覚めるようなモノ見ちまったが……」

 と先生が一息をついた。

 今度はイーファ達が気持ち悪そうにしている。


「え、何?」

「お前の思考が影で出てたぞ」とセオドア。

「ホントか? 気がつかなかった。そいつはすまねぇ」

『(オレがアイツの眠ってる記憶を直接突っついたからな。副作用だ)』

 奴がこっそり伝心してきた。


「いや、本当に助かったっ! 有難いよっ あんたっ」

 アルが立ち上がると、ヴァリアスに頭を下げた。

「別に礼はいらねぇよ。同族のよしみってヤツだ」

 そう言って奴が椅子にふんぞり返る。

 たまに良い事やっても、この態度の悪さがなぁ……。


「有難うございます。おかげでこいつもやっと馬に乗れそうです」

 セオドアも一緒に頭を下げる。

「えっ、それはさすがにすぐには―――」

 少したじろぐアル。


「徐々に慣らしてけばいいだろ。馬じゃなくて、それこそヒッポグリフくらいからでも」と奴。

「難易度高っ」とイーファ。

「おおし、とにかく祝い酒だっ! さっきは酔うつもりであんまり味あわなかったし」

 アルがあらためて酒をカップに注いだ。


「でも、考えてみたらアルディンさん、もうユニコーンに遭っても負けないんでしょ? 結構強いんだから」

 ベロベロに酔い始めてきたカスペルが訊いた。

「当ったりまえだっ、今度会って、出しやがったら噛みちぎって―― いや、引きちぎってやるっ」

「こんな穢れた大人はもう襲わないでしょ」とイーファ。

「ちげえねぇや、ガッハハハッ」と先生。


「今度は *バイコーンに好かれるんじゃないのか?」と奴が余計な事を言った。

(* ユニコーンの逆で不純、穢れを好むと言われている二角獣)


「ヤだーっ! それだけはやめてくれっ」

 アルが両手で自分をかき抱くように丸まった。

 が、すぐにソファから立つと

「んなもんっ、来てみやがれっ !! ●●●ぶった切って、●●●酒に漬けてやるっ!」

 と、立ち上がって、シュシュッと手刀で切るマネをした。


「「ア……」」

 アルとセオドアが同時に声をもらして後ろに振り返った。見るとドアがほんの少し開いている。

 それからゆっくりとドアが開いた。


「お、お嬢っ、まだ起きてたのか……」

 ドアの前にナタリーが立っていた。

 すでに額から目にかけてあの痣がクッキリあったが、それにもまして顔が赤く紅葉していた。

「………… 今日はずっと横になってたから……あまり眠れなくて……。そしたらなんだか庭から明かりが見えたから……」


 しまった。

 遮音はしてたけど、窓は半分開いたままだった。

 そして遮音も少しでも、こちらに体の一部が入っていたら音が伝わってしまう。

 さすがの2人も酒とこっちの話で、気を緩めてたのか、ナタリーが近づくまで気がつかなかったようだ。


「ナタリー、いや、これはその、祝い酒なんだよ。色んな意味で……」

 先生がたどたどしく弁解する。

「すいません、僕たち明日早いんで、これにておやすみなさい~」

 イーファ達が急に立ち上がると、コソコソと出て行った。


「はぁ~……、もう終刻の鐘はとっくに鳴りましたよ。先生も明日もあるんですからね」

 彼女は胸の前で腕を組んで先生をにらんできた。

「わかった、わかったよ。もう休むよ」

 もうお開きなと、先生が俺達に目配せした。


「あとアルディンさん」

 ドアから出ていきかけて、ナタリーがアルを振り返った。

「はいっ?」

 急に声をかけられて、アルが少しマヌケな声を出した。

「あんまり大声で変なこと言わないでくださいねっ。ここは酒場じゃなくて、教会の一部なんですから」

 パタンと良い音を立てて扉が閉まった。


「せ、説明させてくれっ お嬢~っ」

「どう弁明すんだよ、一から話すのか?」

 奴が面白そうに首を傾げた。

 こいつは絶対、彼女に気がついてたはずだ。

 ワザと教えなかったな。

 せっかくの気分爽快から、また落ち込んでしまったアルと共に、この騒がしい一夜は終わった。


 ――― のはずだった。


 ふと珍しく真夜中に目が覚めた。

 窓が開いていて、月明りに顔を照らされたせいかもしれない。

 腕時計を見ると2時27分。

 日本で言うなら丑三つ時というやつだ。

 奴は差し込む月の光を避けるように、陰になる壁際に寄りかかって、窓の方を見ていた。

 目だけがボンヤリ銀色に光って見える。


 窓の外、中庭を見るとまた今夜も外で寝たらしく、樹のそばにシートが敷かれ、毛布と黒い影が転がっていた。

 セオドアは毛布いらないんだな。しかし野宿好きだな。


 起きたついでにトイレに立った。

 戻って来る途中、廊下からまた中庭を見ると、湧き水の女神像の前に光が見えた。

 その光は段々と卵型に大きくなっていく。


「おい、ヴァリアス、あれって」

 俺が部屋に戻ると、すでに奴は中庭に出ていた。

 俺も窓から咄嗟に出ようとしたが、なんだかナタリーに怒られそうな感じがして、廊下のドアから庭に出た。

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