第114話 小さな奇跡とそれぞれの道 その1


「アダダダダァーッ」

 魚人の水の使徒が姿を現した途端、またヴァリアスが魚口の両端に指を引っ掛けて、思い切り左右に引っぱっていた。

「てめえっ、詰めが甘いんだよっ! ただ眠らせただけで雑な後始末しやがって。

 違和感でコイツら気がつきやがったじゃねぇか」

「ストップ、ストップ! 裂けちゃうからやめろっ」

 こんな騒ぎをすぐ近くでしているのに、アルとセオドアの2人はピクリともしない。


「たく~、毎回ヒドイな。気がついたんなら、お前がなんとかしとけば良かったのに」

 3分の2くらい伸びてしまった口を擦りながら、リベロマーレ様が口をパクパクさせた。

「そんなもん、術者がやるもんだろ。お前がやってると思ってたんだよ」


「おい、違和感てなんだよ?」

 もう気をそらさないと。

「コイツら、寝てても探知の触手出しっぱなしにしてたろ? それが途切れたんで、間のつなぎ目に気がついたんだ。自分たちが感知出来なかった時間があるってな。それで時間操作を疑ってきたんだよ」

「あ、朝、俺に訊いてきたことか」

 確かこいつはいなかったと思うが、天使にでも聞いたのかな。


「今夜は大丈夫だろう? とりあえず用を済まさせてもらうぞ。やっと申請が通ったんだ」

 そう言うとリベロマーレ様の腹から喉に向かって、何かがブクンとせり上がってきた。伸びた口を自らまた大きく開けると、ポンと大きな卵を吐き出した。

 大きさはダチョウの卵くらいで、シャボン玉の膜のような虹色のうねり模様が表面を動いている。それを両ヒレで持つと、ゆっくりと水の湧き出る女神像のほうに移動した。

 長い裾で見えないが、手がヒレだから足もなのだろうか。ちょっとめくって見てみたい気もする。


 女神像の前に来ると卵をそっとあてた。ぼんやり淡い光を放つと、卵はそのまま像の中に消えてった。

「これでよし」

 今度は庭をよぎって、俺が出てきたドアの方に行く。

「おい、コイツのほうもちゃんとしてくれるんだろうな」

 ヴァリアスが丸めた毛布を抱き枕にして寝ているアルを親指で指した。

「わかっとるわい。そっちは別の者に手配済だ」

「アルにまた何かするのか?」


「内臓の方も治してやるんだ。あれじゃ子種にも影響してる。せっかくの希少な人種が増えなくなっちまうからな。運命の奴らに許可取ったんだ。これが面倒くさいんだよなぁ」

「許可貰ってきたのはワタシなんだがなー。まあ、我が信者を助けてくれた礼というやつだな」


「へえ、だったらもうヴァリアスが直接治せるんじゃないのか? なんで他の使徒に頼むんだ」

「さっきのトラウマもそうだが、朝起きていきなり治ってたらオカシイだろ? 

 それなりに自然に事を見せるには、水面下で色々と動かなくちゃいけないんだよ。今回はコイツの依頼なんだからコイツにやらす」

 あんた、結局面倒くさいだけじゃないのか?


 そのまま居住館の廊下を進むと、ある部屋に入っていった。部屋にはベッドではなく、床にマットを2枚敷いてサウロが眠っていた。どうやら巨人族用のベッドが入らなかったようだ。

 性格を表すように、手を腹の上で組んで行儀よく仰向けの姿勢で寝ている。

 リベロマーレ様がサウロの頭のところにまわると、屈みこんだ。ナタリーの時のようにまたゆっくりと口を開けていく。

 また水霧を浴びせるのかな。

 そう思ってみていたら、どんどん口が大きく開いていき……。


 カポッと大きなサウロの顔をすっぽり包んだ。

 えっ……。

 しばらくそのままくわえていたが、やがて口を離した。サウロは身じろぎもしない。

 大丈夫か、サウロ死んでないか?


「これで水の付与は済んだ。もちろんこれも許可済だ」

 魚顔がこちらに振り向きながら言った。

「付与? ……ナタリーの時とやり方が違うんだけど」

「使徒それぞれのやり方が違う。オレはあんなやり方はしないけどな」

 そりゃあんたがやったら、傷だらけになっちまうよ。


 そのまま魚の使徒は、また卵型の光に包まれると消えた。

 俺達はサウロを起こさないようにそっと部屋を出た。



    ******



 朝、いつも通りに食堂に行くと、サウロのまわりをイーファ達が囲んで騒いでいた。

「あっ、魔法使い君、お早う。今朝は凄いことが起きたんだよっ!」

 さっとサウロを手で示した。サウロは少し恥ずかしそうにモジモジしている。

「そんな大袈裟な……」

「いや、この年で覚醒なんてスゴイ事っすよっ」とカスペルも少し興奮気味だ。

 そこへパタパタと走る音がして、先生が食堂に飛び込んできた。


「サウロ、水が使えるようになったって?!」

「はい、まだほんの少しですけど」

 そう言って、大きく武骨な手を腹の高さで上に広げた。

 掌の上に、ぷよぷよしたピンポン玉くらいの水球が出現した。

「おおっ、本当だ。こりゃ、どうしたんだ」

「サウロ、凄いじゃない!」

 ナタリーも目を大きくして称賛した。


「それが昨夜、夢に水の御使い様が現れて、わたしに水の力を授けると言って下さったんです。

 それで朝、試しに念じてやってみたら出来たんですぅ…… うっ…ウェッウェッ……」

 そのままサウロは泣き出した。

 コニーがすぐさま厨房に行って、布巾のようなタオルを持ってくる。


「そうか、そうか、それは良かったなぁ。ちゃんと神様は見て下さってたんだ。お前が真摯に務めてた事を。

 これで洗礼が受けられるな。お前もこれで聖職者になれるよ」

 サウロが天井を向いてオイオイ泣いているので、先生は下から、腰のあたりをポンポン叩いていた。


 付与って水の能力を与えたのか。

 そういやサウロは力は相当強いが、魔法らしきものは持ってないって聞いていた。

 たぶん身体能力を上げることに魔力が使われているのだろうけど、そういうのは闇とか土系で、サウロにはその教会の性格が合わなかったようだ。

 それで洗礼も受けられないのに、ここで下男をしていたという。


 本当は神様達は能力に関係なく、信者として見ているようだが、人間たちが勝手にそういう分け隔ての決まり事を作ってしまっているらしい。

 そのシステムのおかげで、サウロのように敬虔けいけんな者でも、信者としては正式に扱われないらしい。ここでは人種以外にそういった能力での差別があるようだ。


「よし、よし。じゃあ今度洗礼式をやらんとな。朝食を食べたら水鏡式で日取りを決めよう」

 これでサウロは下男から聖職者になる切符を手にしたんだ。

 細かい事を言うと、他に難しい読み書きとかが出来ないといけないから、すぐにとはいかないようだが、サウロならきっと地道に努力していつかはなれるだろう。

 セオドア達もちゃんと老後の事を考えて、仕事を選んだようだし、なんかそう考えると、俺だけがいつまでも中途半端だな。

 本当にこのままハンターでいいんだろうか。


 朝食後、先生とサウロはその水鏡で占う儀式をやりに、礼拝堂のほうに行った。俺も見てみたかったが、これは占うとはいえ、神聖な儀式なので見物は駄目なようだ。

 ふと気がつくと奴がいなくなっていた。

 最近、教会の中だと見かけなくなる事が多くなった。

 俺としては有難いが。


 施療院の裏口から農婦のオバちゃんが、多めに採れたと言って、青菜野菜を籠一杯に背負しょってきた。カスペルがちょっと待っててねと、中庭に出て樹になっているオレンジのような実を選んで、空になった籠に入れた。

 中庭を見るとまだアルだけが転がっている。

 セオドアはどこに行ったんだろう。

 ふと顔をあげると尖塔せんとうが見えた。そういえば鐘塔しょうとうはまだよく見ていなかった。


 念のためカスペルに見て良いのか聞くと

「大丈夫っすよ。ただ落ちないように気を付けてねー」

「ああ、上まで登っていいの?」

「そりゃいいっすけど、水に落ちないようにね」

「?」


 あらためて見て見ると鐘塔は、丸く焦げ茶色の灯台のように見えた。

 手前の低い木で見えなかったが、その足元に低めの鉄の黒いドアが付いている。多分、鐘突きは下男の役目だと思うけど、サウロが出入りするにこれはキツイんじゃないのかな?

 カスペルが持ってきてくれた鍵を差し込みながらそう思った。

 だが中を覗き込んで啞然とした。


 足元に水が広がっていた。30㎝くらいの幅の足場が、壁に沿ってぐるりとあるのだが、まずほぼ水面だ。

 まるで丸い池の縁に立っているような感じだ。

 その水の上に、鎖で吊るされた釣瓶つるべのような桶が、何本も垂れ下がっている。そのうちの3本は水の中に浸かっていた。

 顔を上げるとかなり上に、2本のはりと幾つかの歯車が見え、その梁にバラバラの高低差でぶる下がる、釣瓶の鎖が引っかかっているようだった。おそらく10本以上はあるだろう。


 その更に上に、吹き抜けから差し込む太陽の光に照らされた鐘が小さく、梁と歯車の隙間から見えた。

 まわりと見ると壁の内部には、短い杭が螺旋状に打ち込まれ、はるか鐘の近くまで続いているようだった。

 『ノートルダムの鐘突き男』のように、人が紐を引っ張って鳴らすのかと思っていたのだが、どうやらカラクリ仕掛けのようだ。

 どうなってるのかなと水面と目の前の鎖を見ていたら

「水のおもりで歯車を動かす仕組みなんですよ」

 頭上で声がした。セオドアだ。


 以前の俺だったらこんな危険過ぎる足場なんか、片足もかけなかったろう。

 だが呼ばれて俺は、自然にその杭を何本か飛びでかけ登った。


「ここはなかなか眺めがいいですよ」

 そう言いながらセオドアは、丸く並んだ柱と柱の間に腰を下ろしていた。

 そこは鐘のブル下がる屋根のすぐ下で、壁の厚みしかないので足場は椅子の腰掛け程しかない。そこに座って足を空中に下ろし、巻き煙草らしいモノを吸っていた。

 俺も隣に座った。


 青い空に白い群雲がゆっくりと流れていくその下に、赤茶やオレンジ色の屋根と樹々の緑が明るく広がっている。

 それをややいびつな円を描きながら、砂色サンドベージュの市壁が囲っている。その先には茶色の筋のように、緑や黄色の草むらの中を道が通り、青緑色に見える山々の方へと続いていた。

 下に目をやると、大通りを荷車を引く人、店先に台を出して商品を並べている店員、手提げカゴにイエローライムを入れたライム売りの娘が見える。

 ハチミツ水売りの呼び声や、中央を走る辻馬車の石畳を走る蹄の音がここまで響いてくる。

 路地裏の井戸まわりで洗濯をする女たちが、何かお喋りをしている。


 都会の狭い空と峡谷のような建物の狭間に比べたら、いつまでも見ていられそうだ。

 ちょっと、しばらくここに居てもいいかなと思った。

 上を向くと、尖った屋根の内側に鐘が1つぶら下がっている。

 その鐘の中の打ち玉のようなモノに鉄の棒が横に刺さり、それにまた巻き付いた鎖が、下の歯車に繋がっていた。


「それぞれの水桶が分銅代わりになって、一定の時間にこの鎖を動かして、鐘を鳴らすようになってるんですよ。それぞれの桶は下の歯車で調整されていて、十分に巻き上がったり、水面下に達したのモノは歯車が入れ替わって、また上下を繰り返すんです」

「はぁ~、それはなんか面白い仕組みですね。だけどそれぞれの水桶が要になっているというと、何かのはずみで簡単にズレちゃったりしませんか?」

 俺は体を捻って下を覗き込みながら言った。


 前の俺だったらこんな危険なマネはしない。昔に比べて高い所が怖くなくなっているようだ。

「そんな簡単にはズレる事はありませんよ。特に教会のは、水の加護で守られてますしね」

 青い空に向かってヒューと白い煙を吐いた。


「じゃあ、ちょっとイタズラしようって思っても出来ないんですね」

 俺は軽い気持ちで言った。

「そんな事したら死刑ですよ」

 クルッと俺の方に黒い狼が向き直った。

「時の鐘を故意にたがえるのは死に値する大罪です。あなたの国では違うんですか?」

 俺はただ頷くしかなかった。


 除夜の鐘にイタズラしても、おそらく叱られるか罰金くらいだろう。

 こっちは刑の基準が違う。たかが違う時間に鐘を打つだけでそんな目にあうのか。

 故意じゃなくても、うっかりやっちゃったらマズい事が外国以上にありそうだ。

 やっぱ観光気分ではいられない。こんな感じでこの先、この世界で働いていけるのだろうか。

 少し浮ついた気分が急に現実に引き戻された。


「一昨日、あなたにハンターは合わないと言いましたが―――」

「はあ……」

 ちょっと間抜けなトーンで答えてしまった。

「これは仮説ですが、今後あなたがもっと強くなれば―――あなたの従兄弟のように凄まじい力を持てれば、人の争いに巻き込まれても、上手く抑えることが出来るでしょう。

 そうなればハンターという職業選択も十分ありえますね」

「いや、そんなあいつみたいにはなれないですよ。あんな化け物には」

 まず間違いなく、あんなのになれるわけがない。


「確かにあの方は別次元の感じですが、あなたもなかなか未知数ですよ。能力を測れない人が同時に2人もいるなんて驚きです。あなたもわたし達より強くなるかもしれないし」

「そんな、それは買いかぶり過ぎですよ」

 俺は手を振って否定した。

 ただ奴以外に言われると何か新鮮で、ちょっとそうかなと思ってしまう。

「それに私あんまり、魔物でも殺生ばかりするのは気が進まないんですよね……」

 こんな事言ったら軟弱だと思われるかな。


「だったら救助レスキューハンターとかはどうですか?」

 別に馬鹿にした様子でもなく、サラッと言われた。

「レスキュー……ですか」

 そういえばターヴィの件が救助依頼だった。

 自己満足かもしれないが、人を助けるという事ならやりがいもあるかもしれない。


「ええ、ハンターの仕事に救助依頼もありますからね。治癒能力もあるんでしょう? 人助けって素晴らしい事じゃないですか。わたし達とは真逆な仕事ですよ」

 その治癒能力がな~。習い始めなので仕方ないのかもしれないが、他の能力スキルに比べて中々伸びが遅い。


 昨夜、夕食前に先生に「疲れたからヒーリングを頼む」と言われてやってみたが

「ん、んん。なんか今日はいまいちというより、昨日と比べて全然下手になっちまったな。

 別人みたいだ。どうしちまったんだい?」

 と、凄く戸惑われてしまった。

「あの時は緊急事態バトルロイヤルだったから必死で。たぶんビギナーズラックだったんですよ」

 まさか奴が俺を通してやったとはいえないし。


「ん、珍しくあいつ、早く起きたな」

 そう言ってセオドアが横を見たので、ちょっと物思いにふけっていた俺も横を見た。

 眼下に中庭が見える。

 樹の陰に、半分隠れて見えていたシートが一瞬で消えた。

 続いて枝葉の下からアルがこっちを見てニッと笑うと、スタスタと塔のほうにやってきた。

 そのまま中に入って来るのかと思っていたら、おもむろに塔の壁に手をついた途端、ヤモリのように壁を登ってきた。しかもスゲー早い。まさしくスピードクライミングだ。

 ここ、そんな手でつかめるほどの出っ張りあったっけ? 魔力は使ってないようだし。

 あっという間に俺達の隣に顔を出した。


「おっはよ~。腹減ったなぁ~」

「今まで寝てたくせに何言ってる」

 セオドアが足で軽く蹴るマネをする。

「やっ、ちょっと落ちるだろぉ」

 あんた、落ちても平気だろ、きっと。

 そういや、セオドアもどうやってここまで登ったんだろ。鍵はかかっていたのに。

 俺やっぱり、こんな化け物にはなれないよ。


 2人が食事に行きがてら、そのまま裁判所に行くと言って出て行ったので、俺も教会に戻った。


「今夜の食事はいらないぞ。外で食うから」

 午後、3時の祈りの鐘が鳴った頃、ひょっこりと奴が現れた。

「この町に来てから一度も外で食べてないんだから、たまにはいいだろ?」

「そうだな。カスペルのも旨いんだけど、他所の味もたまにはいいか」

 この町の店にはまだ市場くらいしか行ってないしな。

「よし、じゃあ あの2人も誘って来い。奢るから地元の酒を飲もうって言ってやれ」

「アルとセオドアも? 別にいいけど――」

 何企んでるんだ?


 アル達に言うと「いいね!」とすぐ即決で返ってきた。

 カスペルに今夜の食事は要らない事を伝えると

「そっかあ、じゃあ旦那の材料は明日の分にまわしとくよ。なんだか今朝は湧き水が、いつもより更に美味くてさ、シチューかスープを作ろうと思ってるんだー」

 それは俺も感じた。今朝飲んだ湧き水は、昨日より確実に美味かった。

 あの魚人の使徒が何かした影響かもしれない。

 

 ヴァリアスに連れられて行った居酒屋は、教会から30分ほど歩いた路地裏の奥にあった。

 ドア上のランプの灯りで『イエローモンキー亭』と看板が読める。

 なんだ、日本人の蔑称みたいな店名なんだが。


 だが、中に入りカウンターを見て納得した。

 カウンターの中で首に赤いスカーフを巻き、客にジョッキを出したり、カクテルを作ったりしているマスターは、黄色い毛のサル系の少し小柄な獣人だった。そのまんまだな。

 他にも見渡すとドワーフや中年の獣人がポツポツといる。

「いらぁっしゃい」

 メニューを持ってきた給仕の太ったオバちゃんは、キジ虎猫系の獣人だった。

 その姿を見てなんだかミュージカル『キャッツ』を思い出した。


「へえ、この町には何度か来てるけど、この店は知らなかったな」

 アルが店内を見回しながら言った。

「確かにこの町にしては亜人が多い」とセオドア。

 奴が空いている奥の席にさっさと座りながら

「このエリアはスラムに近い下町だし、今の時期は出稼ぎ労働者が多いからな」


 確かに町によっては季節で、人口が倍以上になったりする事がある。

 この町は、あの魔除けの杭に使われる樹を植林している林が近くにあり、それを初夏から秋にかけてが伐採する時期にあたる。

 それにともなって周囲の町から、木こりや職人たちなどが出稼ぎに来ているのだ。


「あんた、おれ達よりこの町をよく知ってるな?」

「オレは特に鼻が良いからな。たまたま見つけたんだ。ベーシスばっかりのとこよりはいいだろ?」

 確かにヴァリアスやアルはともかく、セオドアはさすがに目立つ。

 客達もオヤッという感じで一度は振り返ってきたが、ジロジロいつまでも見る事無く、すぐに向き直って談笑しながら酒を飲み始めた。


 アル達はせっかくなのでビールはやめて、店お勧めのカクテル―――と言ってもお洒落なグラス入りのモノではなく、小ジョッキタイプなのだが―――エールとラムとブランデーを混ぜた酒を注文した。

 それほど小綺麗な店ではないが、汚いというわけでもなく、洋風なのにどこか昭和の場末のバーを思わせた。

 客は俺たちを除いてほぼ常連客のようで、みんなマスターや給仕のオバちゃんに、気軽に声をかけていた。それにオバちゃんは気軽に応対し、その逆に小柄なマスターはほとんど寡黙に、ある種のダンディズムをまとっている。

 それは酒をただ出すのではなく、ちょっと手を加える、黄猿マスターのこだわりに、そう感じたのかもしれない。

 俺がエールを注文したら、ライムの薄切りが入っていた。


 酒精の強い酒ばかりが良い訳でもなく、こうして味わえる酒も彼らは決して嫌いではなかったようで、すぐに上機嫌になった。

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