第136話☆ いつもながらの難航の宿探し
「ダンジョン内の依頼というと、そのブラウンのファイルです」
ギルド受付の係がカウンターから手を伸ばして、天板が斜めに立ち上がっている長机を指さした。そこには何冊かの表紙を色別したファイルが並べられている。
どうやらランク別以外に、主な地域別にもファイル分けされているらしい。
『パレプセト』は初中級のせいか、前の方にファイリングされていた。後ろにいけばいくほど、難易度の高いダンジョンの依頼になっている。
「この『ロックイーター』ってなんだ? 絵からすると動物みたいだが」
パラパラと見ていたら、『ロックイーターの糞の採取』というのがあった。
依頼書にはツートンカラーの毛むくじゃらで、2本脚だが鱗に覆われた太い尻尾を3本目の支点として、四つん這いになっている姿が描かれている。
「難易度はEランク級の魔物だな。肉は硬くて臭みがあるが、まあ食えないこともない。それより人間どもにとって価値のあるのは、コイツの排泄物だ」
ヴァリアスが横から絵を見ながら
「その名の通り、コイツは石を主食として食う。土も食べるが硬い石をもっとも好む」
「それってあのロックワームみたいなもんか」
俺はあのワームホールで見た光景を思い出した。あの巨大ミミズ以外にも、石を食うような動物がいるんだ。
「この顔を見てみろ」
そう、挿絵の頭を指した。その頭は大きな三角形で、口先からストローのように細長い舌が伸び出ている。
「ロックワームと一緒で、舌から酸を出して岩を溶かして吸い取るんだ。大量の硝酸を蓄えた器官があって、それで溶かすんだよ」
硝酸かあ。理科の実験でしかお目にかかったことはないが、確かすごく危険なモノだったよな。
「そうしてコイツは体の中でそれを、余ったカリウムと合成した糞をするんだ」
「つまり硝酸カリウム?」
「そうだ。天然の硝石より高純度のな。だから蒸留しなくてもそのまま使える。何に使うか知ってるか?」
「さあ……実験で習ったのは、火薬?」
「その通り、黒色火薬の素になるからだ」
火薬―――地球でも人類史上、歴史を動かしてきた大発明品だ。これによって主に戦い方が大きく左右されてきたのだ。
「まあ他にも、もちろん肥料としても使われてるがな。お前たちのところのように、防腐剤の役割に使えると考えてるのは、この星ではあの南の先進国(転生者の多くいる国)ぐらいなものだ。
ほぼ火薬として使用してると考えて間違いない」
「それって武器として使ってるってことだろ?」
なんか武器商人の片棒を担ぐような感じがして、気が進まないな。
「お前はどうせ対人用の武器を考えてるんだろうが、ここはお前のとこと違うんだぞ。対人の前にまず対魔用だ」
「あっ そうか。つい城攻めのイメージを考えてたよ」
「それに火薬は武器ばかりじゃなく、花火やマッチの材料だろうが。ここじゃ貴族とかが使う高級品だけどな」
そうか。そういう需要があるんだな。
それに糞の採取なら、その動物自体を殺さなくて済むんだから気が楽だ。
あらためて報酬金を見た。
『糞10Pd(10ポムド=約4.53㎏)につき、1,800~2,900』と多少の幅がある。あそこの宿代を稼ぐなら200ポムド(約90.6㎏)ぐらい採取しなくてはいけない。
「俺は空間収納が使えるから、持ち運ぶのはアレとして、普通どのくらいフンするものなんだ?」
「体の大きさにもよるが、成獣なら1日3~5㎏くらいだな」
「ふ~ん、1頭からちょうど10ポムドくらいか。
あれ? 1日にその量って、こいつ自体の大きさは?」
「成獣で200~300㎏だな」
「でけえなっ。ヒグマと一緒じゃねえかよ」
考えてみたらEランクの魔物なんだった。一般人が決して気軽にあっていい動物じゃなかった。
「ちょっと値段の割に厄介そうだから、とりあえずパスだ……」
俺は他に報酬の高そうなのを探した。
だが、当たり前のごとく、報酬金が高ければ高くなるほど、難易度も上がる。
中にはロック鳥の卵が『10Pdにつき、49,800e』というのがあった。この卵は普通1個で12㎏ぐらいだそうで、余裕で宿代をまかなえる高収入依頼だ。
「おい、このロック鳥って、それこそデカいんじゃないのか? この卵の大きさからしてダチョウクラスじゃないだろ」
「それほどじゃないぞ。成鳥のオスで翼を広げて、大体30mあるかないかだからな」
「バッカじゃないのか。トンデモない大きさじゃないかよ。
それ本当にEランクなのか?」
「ロック鳥自身はAランクだ。だが、依頼は卵だし、要は気付かれずに盗めばいいんだから、難易度はそれほどじゃないだろ」
俺は開いた口が塞がらなくなるとこだった。
どういう選考基準なんだ、ここの依頼物件は。
「というか、なんでそんなAランクの魔物が初中級にいるんだよ? おかしいじゃないか」
「産卵や子育てするときは、そうやって魔素の低い、敵が少ないところに巣を作る事はよくあるんだ。
あのレッドアイマンティスもそうだっただろ?
それにコイツも鉱石が主食なんだから、ヘタに巣を荒らすとか近づかなければ何もしてこない。
考えようによっては、ワイルドボアーより危険は少ないからだ」
う~ん、初中級って言って安心してたのに、簡単な柵だけで、隣にサファリパークがあるようなマラソンコースのようになってきたぞ。
でも考えようによっては、ゲレンデに熊や猪が出る場合だってあるしなあ。
なんだか俺の思考もおかしくなってきた。
「ダンジョンなんだから、絶対安全なんかないぞ。この難易度だってあくまで比較と平均値で割り出しただけだからな。
初中級だってタイミングによって危険な時もあれば、上級でも楽々こなせる事もある。
要は相性と運だ」
その最悪のタイミングに遭わされそうなんだよなあ。こいつのせいで……。
そんなこんなで迷っていたら、閉門前3の鐘が鳴った。もう5時だ。
(夏時間なので閉門が30分繰り下がっている)
「もうこんな時間か。もう依頼を受けるのは明日にして、ひとまず宿に泊まろうか」
何個か候補をスマホで撮って、宿でゆっくり検討することにした。
だがここが、祭りの近くだけでなく、商人の通り道でもあることを忘れていた。
「申し訳ございません。部屋は全て満室になりました」
宿のフロント係が頭を下げた。
「えっ、あの最上階の高い部屋が?」
「ええ、先程、商人様のグループが来られまして、お決めになられました」
そうか、何人かは知らないが、ここは1人いくらなのではなく、何人泊まっても値段は変わらない。
だから大人数で泊まった方がお得なのだ。
ヘタに安宿に泊まって不安で眠れない夜を過ごすより、多少高くても安心して眠れる、セキュリティの高い宿を商人は選ぶことが多いという事をあらためて感じた。
余談だが居間にソファもあったので、そこでも寝ることが出来たようだ。
しかし泊まれると高を括っていただけに、俺は少し慌てた。
どうしよう。あとこの辺りにあるのは、ホテルと言って差支えないような高級宿ばかりだ。
もう、一部屋10万越えとかするのしか残ってないかもしれない。
さすがに寝るだけなのに、それは嫌だなぁ。
「もう、オレが出してやるから、どこでもいいだろ」
痺れを切らしたのか、もしくは酒が切れたのか、外に出たとたん奴が面倒くさそうに言ってきた。
「う、うん……今回はしょうがないな」
早くこいつに頼らなくても済むようにしなくちゃならないんだが仕方ない。
だが、ちょっと視線を動かした奴が、軽く首を横に傾けた。
「あ~、ちょいとここら辺は満室のようだな。高い部屋も大人数で泊まってるようだし」
「えっ どこも無いのかっ ?!」
「ほとんどの部屋に客がいるし、人のいない部屋はフロントにスペアキーしかない。借りられてる証拠だ」
驚異的な探知で確認した奴が、あっさり言った。
だぁ~っ、詰んだっ。
「じゃあ……閉門前に別の町に行くしかないのか」
「そんな時間ねぇだろ。転移で行くならまだしも。まあ、オレは今日はやらないけどな」
そう、ニヤリと笑った。
「ふざけんなよ。何十回すりゃ隣町までつくんだよ」
「何十回で済めばいいけどな。まあ、どのみちそっちに行けても、宿を見つけるのは難しいだろうなぁ」
「なんだよ。……じゃあ今日はアレだな。ひとまず家に帰るか」
もうそれしかない。
「おお、そうか。それにチャレンジするか。だけど亜空の門を開くってのは、お前のパワーじゃまだまだ到底無理だぞ」
「何言ってんだっ?! まさかそれまでやらない気かあっ!?
このっ、俺1人じゃ日本に帰れないじゃないか。そう言うのを拉致と一緒だって言うんだよっ。
この誘拐犯がっ!」
俺の言葉が聞こえてしまったのか。少し離れたところを歩いていた警吏が、こちらを振り返って急に通りを走ってきた。
おかげでこっちの世界でも職質を受ける羽目になってしまった。
どうも俺が異邦人だし、若者に見えるせいで、本当に騙されて連れて来られたと疑われたらしい。
しかも奴は奴隷商人まんまの凶悪ヅラだし。
被害者(?)の俺が必死に弁解してるのに、獣人の警吏はすごく疑わしそうだった。
そのせいでまた余計な時間を食ってしまい、解放された時は閉門前1の鐘が鳴っていた。
「おおい、余計に時間がなくなっちまったじゃないかよ」
俺は大通りの交差する広場の真ん中で、声を少し抑えながら文句を言った。
「フン、大体、お前が変な事言うからだろ」
散々、疑われたせいでツムジを曲げた奴がそっぽを向いた。
途中、奴が瘴気を出しそうだったのを、俺は必死に止めた。
もう公務執行妨害もいいところだ。
それにここら辺は町の中心地なので、警吏も多く歩いている。
始め1人だったのに、途中から1人2人と増えて、最後には5人にも囲まれてしまった。
確実にヴァリアスを危険視していたし。
まあ間違いではないが。
「もうここでもいいんじゃねぇのか? 今は暖かいし、今晩は雨も降らないぞ」
そう言って俺の後ろの芝生を指した。広場中央には丸く芝生があって、数本の樹とベンチがある。
「やだよっ。大体、また職質されるぞっ」
チッと奴が舌打ちする。
どんな神話でも、これだけ舌打ちをする神の使いが出てくる話を、俺は聞いたことがない。
「じゃあ、あそこでいいだろ。どうせ
奴が勝手に決めて歩き出した。
「いや、そりゃあ あの店で食べるとは言ったが、泊まるのは……」
あの店というのは、言わずと知れた『黄金の麦の穂亭』のことだ。
夜は絶対に行くと奴が言っていたし、例のダンジョンの商人にも会ってみたいとは思っていたから。
それにあの風船男のエンリコが、実はもし宿が見つからなかったら、自分の部屋を使ってもいいと言ってくれていたのだ。『バレンティア』の祭りの期間中は留守にするから、その間なら自由にして構わないと。
だが俺はやんわり気持ちだけ受け取ると断った。
何しろトイレは外でしょうがないにしても、シャワーもないんじゃなあ。
それに金目の物は無いと言ってたが、留守中に他人の部屋を使うというのも気が引ける。
何か無くなりでもしたら、盗ったと思われるかもしれないと、俺の不安神経症が頭をもたげるのだ。
「それにもうエンリコは『バレンティア』に戻ってる頃だろ。本人不在じゃしょうがないじゃないか」
「分からんぞ。他に部屋が空いてるかもしれんし」
「いや、だってあそこは下宿だろ? 最低18日間単位だって言ってたろ。そんなにいないかもしれないのに、いくら安くても勿体ないだろ」
「本当にお前は貧乏性だな。そういうとこも直さなくちゃならんか。
問題は山積みだなぁ」
奴はワザとらしく嘆くように言ったが、言葉の感じとは裏腹に、足は下町の方にさっさと動いていた。
赤レンガ色の共同住宅の前を通り過ぎると、坂の上にあの青い建物が見えてきた。開け放たれた窓から明かりと人々の話し声が聞こえてくる。
「いらっしゃい、やっぱり来たわね」
手前のテーブルにジョッキを運びにきた女将さんが、俺たちの姿を見て声をかけてきた。
「とりあえず黒ビールと、お前は白でいいのか?」
窓際のテーブルに座りながら、奴が訊いてきた。
「ああ、飲みやすいからそれでいいよ」
昼メニューを見た時、お茶割りのビールはあったが、ソフトドリンクなんかなかった。
「黒ビールもお勧めだけど、他にも色々あるから試してみてね」
オバちゃんはそうニコニコしながら、カウンターに戻っていった。
その奥の厨房にはシャツの袖を肘までめくって、窯でフライパンを大きく使っている大男の姿が見えた。その太い腕にはこげ茶色の短毛がびっしり覆っている。どうやら
その大きな背中の横にいって女将さんが話しかけると、チラッと主人が肩越しにこちらを見た。
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