第120話 さらば 友よ その3


 そこは青白く光り輝く水晶らしき鉱物が、天井や壁、足元からも所狭しと生えるように伸びている洞窟のようだった。

 それは青白かったかと思えば、時折、赤や紫、黄色など自ら光るように色を変えた。

 おれ達のいる場所はそんなクリスタルの結晶体が生えていない、ポッカリ穴を開けたように黒い岩が平らになった空間だった。


 後ろに気配がして振り返った俺はつい体を強張らせた。


 そこに1人の人物が立っていた。

 アラビアンパンツのようなゆったりしたカーキ色のズボンをはいて、腰にカラシ色の布を太帯として巻いている。

 肩から落ち着いたボルドー色のマントをまとい、その四角い襟を硬く立てていたが、その襟元から出ているはずの首が無かった。

 顔がその開いたマントの中にあったからだ。

 

 胸のあたりに拳大の大きな茶色の瞳があった。眉毛が無いのに大きな獅子鼻の下に、焦げ茶色の立派なカイゼル髭を生やしている。

 その下の大きくて分厚い唇が動いた。


「ようこそおいで下さいました。キリコ様、ソーヤ様」

 少しビブラートのかかったような声で、その男らしき人物が喋った。

「こんにちは。また帰りに通る予定だから、宜しくね」

 気軽にキリコが答えると、俺を促そうとした。


「ちょ、ちょっと、このヒトは?」

「ああ、天使ですよ、地のところの」

 それを聞いて、首無し胴顔男は腰を曲げて会釈した。俺も反射的に頭を下げた。

「彼は魔族のアケパロイ人(首無人)のモデルになった人物なんですよ」


 大した事ではございませんと、首無し男は少し照れたように両手で唇を隠した。

 使徒とか天使とかって必ずしも人型ばかりじゃないんだな。

 あとで聞いたことだが、あのリベロマーレ様も、シービショップという魔人のモデルらしい。ただの半魚人ではなかったわけだ。


「ここは暗黒大陸カッサンドラの洞窟内です。入口が塞がっていて、まず人間達には気づかれていない場所なので、我々の星間ポートに使ってるんです」

 カッサンドラ……俺は探知の波を広げてみた。


 水晶の海を通り抜け、冷たい湿った地殻をどんどん上に進むと、急に灰色と黒の入り混じった分厚い雲を感じた。眼下には赤茶色のゴツゴツした土の表面があり、まわりにグランドキャニオンのような茶とベージュ色の層をなす崖々が林立している。

 頭上にワイバーンのような大きな鳥が何匹か飛んでいる。


 だが、もっと近づこうとしても上手くできなかった。俺の探知の距離はここまでのようだ。

 でも以前来た、あのドラゴンのいた大陸だというのはわかった。


「ではラーケルまで、ここから転移しますね。ここには出入り口がありませんから」



 転移はラーケル村の石壁のそばに跳んだ。

 あたりに人の目がないのを確認してから、隠蔽を解いた。

 空を見上げるとカッサンドラ程ではないが、白い雲に所々、灰色の雲の混じる曇り空だった。アグロスは雲一つないくらいの晴天だったが、やはり山を何個か超えると違うもんだ。

 壁伝いにぐるりと回って入り口に来ると、あの巨人族のカカが門の脇で座っていた。

 覚えていてくれたらしく、俺の姿を見るとゆっくり片手を上げた。



「今日は旦那はいないのかい?」

 やっぱり村長に聞かれた。

「ええ、なんだか別に仕事が入ってるらしくて」

 ふーんと、首をゴキゴキ動かすと、あらためて隣のキリコを見た。


 キリコはアビリティはもちろん創造系で、職業は錬金術師となっていた。

 ランクは7つあるうちのちょうど真ん中だという。あまり高いと重宝がられて、注目を浴びやすくなるからだそうだ。

 それでも錬金術師というのは、比較的少ない職種で、さらにヴァリアスの知り合いという事で奇異の目で見られたようだ。


「あの旦那と錬金術師かぁ……。こりゃまた珍しい組み合わせだなあ」

 ジロジロ見る村長の視線を浴びながら、ニコニコ顔を崩さないキリコも結構図太い奴だと思った。


「あの、ハルベリー司祭さんから手紙預かってきました」

 俺はアグロスを出発する前、次にラーケルに行く事を伝えてあった。だから先生から寄ったら渡してくれと手紙を託されていたのだ。


「そりゃあすまんな。やっこさん元気にしてたかい? もう15年は会ってないが、相変わらず禿げてたかい。アッハッハッ」

 ああ、あの頭は前からなのね。


 そこへポルクルがお茶を運んできた。そうだ、ここに来た目的は

「ポルクルさん、今日は買い取ってもらいたいモノ持ってきたんですけど、手が空いたら見てもらえます?」

「買取ですか。もちろんいつでも大丈夫ですよ。ちなみになんでしょう?」

「グラウンドドラゴンの皮と魔石です。皮は多分傷だらけだと思いますけど」


 俺自身はよく見てないが、あれだけ切ったり乱暴に扱ったのだから、きっと傷だらけに違いない。だから二束三文の価値だとしてもしょうがないな。

 だが、ポルクルはトレーを胸の前に持ったまま、硬直した。

 村長も手紙から顔を上げる。


「―― そいつはなんていう伏竜だい?」

「確か『ハンターポイズングリーン』って種類だって、奴が言ってましたけど」

「あぁん、 ハンターポイズングリーンだぁ !?」

「ひあっ! ハンターポイズン―― 」

 ポルクルの小さい目が真ん丸に見開かれた。


「どこで狩ったんだぁ !」

 村長が手紙を横に置いて前のめりに訊いてくる。

「も、もちろんこの近辺じゃなくて……あの、アグロスの近くの山の中です」

 そりゃ近隣で出たのかと心配だよな。


「よしっ! 良かったらすぐ見せてくれっ」

 村長が立ち上がった。

 ポルクルもトレーを持ったまま、急にゼンマイを巻いた人形のように、首を上下に振っている。


 お茶をテーブルに置いたまま、また裏口の倉庫側に行くことになった。

 テーブルの横を回る際、隣に座っていた老婆がキリコに声をかけた。

「お兄さん、綺麗な顔してるわねぇー。あたしがあと30年若ければ、お相手したかったわぁ」

「やだ、ジーニー、末っ子のあなたがそんな事言ったら、わたし達はもっと若くしなくちゃならないじゃない」

「そうよ、せめて25年と言いなさい」

 30も25も大して変わんねぇー。


「とんでもない。ご婦人たちはいつまでも枯れない華ですよ。私なんか若輩者は足元にも及びません」

 そうニッコリしたキリコの笑みに、3人の老婦人がほーっと薄く頬を染めた。

 この天然のマダムキラーめ。違う意味で目立ってるぞ。

 こいつもナタリーみたいに痣でも付けた方が良くないか。


 裏側の解体所(?)に入るとポルクルが、奥から鎖帷子のエプロンを持ってきた。

 1つを村長に渡す。そうして革手袋をすると更にその上から、また鎖帷子で出来たグローブをした。

「兄ちゃんも使うだろ」と俺にも渡そうとしてきた。

「いえ、多分大丈夫です」


 そう俺は毒に対して守護持ちなのだ。

 俺は空間収納から刺に触らないよう、そろそろと皮を出した。

 テーブルの縁一杯に、深く暗めの緑色の皮を引っ張りながら広げると、天井のランプの光を浴びて青や黄色の艶を帯びた。


「「おおーっ!」」

 2人が感嘆の声を上げる。

「確かにこりゃあハンターポイズングリーンのようだ。しかもこの大きさだと成竜だな」

「ええ、子供らしいのはいましたけど、そっちは1mくらいでしたね」

 こいつは尻尾まで入れたら4m以上かもしれない。テーブルに載り切らず、頭と尻尾は下に垂れている。

 あらためて良くこんなのを相手にした俺。

 ただひたすら必死だったけど。


「一般に出回ってるのは、そっちの幼体や未成体の2~3mくらいのがほとんどなんだ。成体は力もあるし、ドラゴンは年季を積むほど厄介になるからな」

「そうなんですか。だけどいきなり襲われたから、仕方なく……」

「ふーん、まあ兄ちゃん達は普通じゃねえからなぁ」

 村長は皮の裾をそっと持ってめくりながら言う。

 俺じゃなくてあいつがですから。


「凄いっ、凄いですよ、これは」

 慎重にめくったり、ルーペでトゲをまじまじと観察したりしながら、ポルクルが声を上げた。

「毒袋もそのまま付いてます。なんて綺麗に剥がしたんでしょう。匠技です」

 それ、魔法で皮下と肉を分けてますからね、奴が。


「そういや、肉は? 食っちまったのかい?」

「あ……すいません、肉はドラゴン達にあげちゃいました。お腹空いてたみたいなんで」

 はあっ ?! という顔を2人が同時した。

 しょうがないじゃん。あの様子見たらさ。


「でも、傷だらけだから、価値下がりますよね?」

 なんたって顎から頭に向かってぶっ刺したり、ボウガンの矢避けにしたりしたのだ。流石に綺麗とは言えないだろう。

「とんでもないっ」

 ポルクルがまた一段と高い声を発した。


「凄いですよ。大きな傷は首と頭にしかないし、とにかく一番貴重な背中がとても綺麗じゃないですか」

 そうなの? でも元々、剣を弾くくらいな強靭さだから、アレくらいじゃ痛まないのか?


「じゃあこれ、大体いくらぐらいになります? 出来れば40万はいって欲しいんですけど……」

 言っちゃったよ。欲深いって思われるかな。でもせめて使った分くらい回収したいし。

「40万 ?!」

「お前さん、本当に価値がわかっとらんようじゃな」

 ふぅーっと村長が手袋のまま、頭を掻こうとして止めた。

 手袋に毒が付いている可能性があるからだ。


「儂も最近の相場は知らんし、こう大きなサイズはそう出回らんだろうから検討がつかん。

 だけどこれだけは言える。これがもっと傷だらけでも100万は下らんぞ」


「えっ、そんなにするんですか? だって伏竜ですよ。翼竜じゃなくて」

「こいつはただの伏竜じゃなくて毒持ちだぞ。それにワイバーンじゃなくて、地を這っててもドラゴンだ。

 そこら辺の皮とは違う」


 そういうもんなのか。よく折れた剣で刺さったな。名のある勇者の剣とかじゃなくて、普通の武具屋で買った初心者用なのに。

 そういや奴が、使い方次第だって言ってたな。

 例え弱い道具でも、狙いどころと力の入れ方具合で、倒す事が出来るってことかなのか。


「ちなみに兄ちゃんがまたやったのかい?」

「…………いえ、トドメはヴァリアスがやりました」



 また役場に戻ってきてテーブルに着くと、ポルクルが泣きはらした顔を洗って戻ってきた。

 俺が魔石も出したら、めちゃくちゃ泣かれてしまったのだ。

「すいません……、御見苦しいところをお見せしまして」

 そう言いながら冷めたお茶を持って行こうとしたので、そのままでいいと断った。水魔法の応用で温めることを奴に教わっている。これくらいの量なら簡単だ。


「しかし、毎度すまんのぉ。気ぃ使ってくれて、また後払いにして貰って」

「いえいえ、こちらも急に持ち込んでますし、それにちゃんと鑑定するのに時間かかりますでしょ」

 こういうモノの買取は現金払いが鉄則だ。商人とかの中には、信用でツケ払いする者もいるようだが、大抵は即払いが基本になっている。


 しかもハンターはサラリーマンじゃない。その場ですぐに現金が欲しい輩がほとんどだ。

 逆にすぐに現金化出来ない所は、信用されないか、敬遠されてしまうそうだ。

 だから資金の少ないギルドは、小物しか回って来ず、それで更に売上が少なくなり、資金が乏しくなるという悪循環になるらしい。

 分かっていても中々断ちがたい流れだ。


「じゃあ今回、どうする? ここじゃ適正価格がわからんから、またオークションにかけるかい? 

 それとも例のバイヤーに声をかけるか?」

 聞けば以前の地豚狩りの時、山狩りの助っ人を手配してもらうために、ドラゴンの鱗を売ったバイヤーが、あれから度々ここに連絡を入れてくるそうだ。

 俺達のギルドの買取履歴がギーレンとここしかないからだ。

 また何か持ってきたら教えて欲しいと言っているらしい。


 ギーレンのような大きなギルドは、いくらスーパーバイヤーの頼みとはいえ、逐一聞いたりしないものだ。

 自分のところの利益が優先だから、右から左で流してしまったりする。

 だけどここ、ラーケルのような田舎町の小さなギルドでは、なかなか本部の(職員の)頼みを一蹴出来るはずがない。

 ましてや前回の借りもあるし。


「そうですね、あのバイヤーさんが伏竜でも良いって言うなら。多分あの人ならあまり不当な値段は言わなさそうだし」

 そう言えば名刺貰ったんだ。どこやったけ? 確か収納に仕舞わずズボンのポケットに入れたような……。

 あれ、もしかしてこの間洗った時に洗濯物に紙がくっ付いてたの、もしかしてアレか?!


「ありがてぇ。これでウチも面子めんつが立つぜ」

 村長が顔の前で拳を握った。やっぱりそういう無視できない絡みがあるのか。

 どこの世界も変わらないな。

 商談は今回村長に任せることにした。

 場所を貸しただけではゼロだが、代理人として商談を代わりにやれば、代金の5%を手数料としてギルドが受け取る事になる。俺も直接あのバイヤーに会わなくて済むから、ウインウインだ。


「ソーヤは優しいですからねー」と隣でキリコがニコニコしている。

 それを見ている向かいの婆さん達の、目の保養と言わんばかりの視線がなんだかうっとおしい。もう少し気配を消してくれないかな。

 奴だったら違う意味で弾いてるのだろうけど。


「そういや、以前兄ちゃんはハンターのEランクだったよな。あれから上がったかい?」

「あっ、そう言えば確認するの忘れてました。こちらでわかります?」

 王都で確認しようとして、ナタリーが攫われたんだった。

「ああ、ただ今日は無理なんだ。定時連絡で確認するから、明日になっちまう。どうしてもって言うなら急がせるけど」

「いえ、明日で大丈夫です。お願いします」

 急がせて変わってなかったら、恥ずかしいしな。こういう気の小さいとこがダメなんだが。


「ところで何かハンターの仕事ってあります? 最近してなかったので」

 そうだ。今回の予定は仕事もしようと思ってたんだ。

「そうだなぁ。この間の地豚の件以来、定期的に森を探索する事にしてるが、昨日やったばかりだしなぁ。ここじゃあせいぜい薬草採りか採石ぐらいかな。ギトニャにはあるかも知れんが」

 隣町か。まあ走っていけない事もないし、行ってみるかな。


 宿をどうすると言われて、今夜はギトニャに泊まると言って断った。

 ヴァリアスの奴が、いつもまわりを啞然とするような事をやってくれたから、使徒であるキリコをこの人達に関わらせていいか、まだわからなかったからだ。

 奴ほど無茶はしないだろうけど、しばらく様子見ないと。


「あれ、走ってかなくていいの?」

 村を出て普通にギトニャに伸びる道を歩く俺を、なんの疑いもなく、ついてくるキリコに訊ねた。

「ソーヤは走りたいんですか? 私はどちらでも構いませんよ」

「いや、俺も別に走りたくないけど。あいつだったら、絶対町まで全力疾走か、転移の連続だったよ」

 ホントに鬼コーチだよな、あの野郎。

「あー、まあ私はソーヤのサポートにまわるだけですから。

 あっ、でも副長になるべく、短い移動は走らせろと言われてたかも……」

 また空間収納から帯紙をパラパラと出して見ようとした。


「いい、いいっ! 今、あいついないんだし、俺の意思を尊重してくれよ。長閑な田園風景をのんびり歩くのも悪くないじゃないか、うん」


 右手の紫菜っ葉の畑のあぜ道に、農夫が腰を下ろして一休みしている。

 コンクリートの建物が1つも無く、左右に黄色や青緑の畑や草原が長く続く中、アスファルトではない土の道を、大した目的もなく散歩気分で歩くのは悪くない。

 あいつといるとどうしてもすぐ訓練になるし。


 今日はあいにくの曇り空だけど、なかなか良い日だ。

 皮と魔石は思った以上に高値で売れそうだし。


 俺はしばらく、奴から解放された休日を楽しもうと思った。

 だが、後でキリコの言った言葉が、俺の頭に不安の雫を垂らしたのだ。

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