第121話 さらば 友よ その4
ギトニャに着くと、まず宿の確保をした。
この間と同じ門前広場の宿に入る。
ここは『銀の鱗亭』という名前だった。
看板の下に『この辺で一番 魚料理が美味い店』と木札が下がっている。
確かにここで食べた『ピラクーのタレ焼き』は旨かった。他にもお勧めがあるのかな。
今日は満室に近いという事で、空いている部屋は2階の3畳程度の部屋だけ。
狭いベッド1つに、ハンガーラック、小さなチェストと椅子だけの、もちろんトイレ・シャワー別しかなかった。
それでも、もういいや。俺も慣れてきたもんだ。
狭いなりに部屋代も、3,180エルと安いのもいい。床やベッド、壁紙はそれなりに古くて少し黄ばみ気味だが、埃臭さはなかった。今度からラーケルに来るときの定宿にいいかもしれない。
宿代は前払いで、一応2日分の連泊代を払った。
「じゃあ宿も決まったし、ギルドに行こうか――」
俺の腹が鳴った。昼がまだだった。
キリコが一応料理を作ってきてくれてはいるが、こんなテーブルもない、窮屈なところで食べる気はしない。
だが、1階食堂もすでに昼営業を閉めていた。
次の営業は6時からだ。
俺達は外に食堂を探しに行った。
昼下がりとあって、フォークと皿の看板を見つけても閉まっている店ばかりだった。マズいタイミングで来てしまったかな。
プラプラ歩いていると、小さな広場の真ん中に芝生があった。真ん中に小さな噴水と数本の樹、その下にベンチがある。
1本の樹に寄りかかり、草の上に座った男がのんびり水煙草を吸っていた。
「良かったらここでお昼にしましょうか」
キリコが木陰のベンチに誘う。
「外でも食べれるものを作ってきて良かったです」
そう言って籐のバスケットに入った、サンドイッチとオニギリを出してきた。
キリコ、お前、何度も思ったけど、やっぱり女になった方がいいよ。
「なあ、こっちって、人種によって寿命に差があるみたいだけど、一番の長寿ってどこなんだい?」
俺はトマトと卵とレタスのサンドイッチを頬張りながら訊いてみた。
「それはやっぱり魔族ですね。魔族の人種にもよりますが」
「やっぱそうかぁ……」
魔族ってさっきの天使もモデルになってるって言ってたけど、もう姿が人外なのばかりなんだろうか。それはさすがに無理だな…………。
……そういやセオドアの奥さんは豹獣人とか言ってたな。
「その、獣人で
「そうですねぇ、純血種なら300年前後ですね。
けれどなんです、誰か良い人でもいるんですか?」
「いや、そんなのとは違うよ」
俺はサンドイッチを持った手を振った。
もう片手にはアイスコーヒーの入ったカップを持っていたからだ。
300かぁ。それならセオドアとなんとか寿命が合うのかな。セオドアのほうがだいぶ年上じゃないといけないが。
そういやダリアが豹獣人か。あんな感じなら獣人でもいいかなぁ。
俺はちょっとダリアの流し目の顔を思い浮かべてみた。
だけどそれでも俺の3分の1…………。
俺は溜息をついた。
「美味しくないですか……?」
キリコが少し心配そうに訊いてきた。
こいつはワカメと高菜漬けのオニギリを食べている。
「いや、全然美味いよ。ちょっと考え事してた。
そういやヴァリアスの奴、遅いな。まだ仕事終わんないのかな」
俺は話題を変えた。
「それが……日本時間で今朝、すでに終わっているようなんです」
キリコが声を落とした。
「えっ、終わってる? なんであいつ来ないの? ――いや、別に来なくてもいいけどさ」
「それがわからないんです。今朝ギリギリまで待ってみたんですけど、連絡が取れなくて……」
仕事って、戦争に援軍として参加したという事は知ってます? と訊かれて俺は頷いた。
「実は、他に参加した使徒たちに聞いたら、誰も副長を見た者がいなくて……」
だったらリブリース様が昨日の夜、伝言を伝えに来たと言おうとして、俺は口をつぐんだ。途中から抜けてきたらしい彼はボロボロだったからだ。
「その仕事って、奴とリブリース様だけだったのかい?」
「いえ、他にも使徒たちはいましたが、副長は始めから飛ばしてたから、ついて行けなかったとか。途中まで一緒だったらしいリースさんも、戻って来るなり調子が悪いっていなくなっちゃって」
「…………」
俺とキリコはそれぞれ黙ったまま、ぼんやりと前を見るとはなしに見た。
俺達の前を黄緑色の毛並みのコニ―(ロバに似た馬)が、左右に籠をブル下げて馬方に引かれていく。その先で、首から木製の
いつもと変わらぬ風景が目の前に流れていた。
「まっ、あいつの事だから、そのうち素知らぬふりして戻ってくんじゃない?」
俺は一気にコーヒーを飲み込んだ。
「大体、あいつがそんな簡単にやられるようなタマじゃないんだろ」
「…………うん、そうですね。確かに。今までどんな危険な仕事でもちゃんと戻ってきましたからね、副長は」
えっ、そんなに何度もやってんの? そりゃ確かに傭兵だな。
だけど数多くやってたら確率的にはいつかは……。
念のためスマホで呼び出してみたが、昨夜と変わらず電話は繋がらなかった。
いや、あいつの安否なんか考えてもしょうがない。
どうせ俺には何も出来ないし。
あいつの事なんか考えるのやめて、せっかくこっちに来たんだから、俺はこっちでやる事をしよう。
宿で聞いていたハンターギルドは、以前来たことのある商業ギルドの角を曲がった、通り沿いにあった。
3階建てだが、さすがに他の建物に比べて横幅が広くて大きい。
2階の受付のあるフロアには、やはり壁や衝立に依頼書が所狭しと貼ってあった。
ざっと見てもEランクは、薬草採取や小動物の肉の依頼がほとんどだった。
非識字者(読み書きが難しい人)のためもあって、採取する薬草や動物の絵がかいてあるので、パッと見た目でも何の依頼かわかりやすい。
だが、なぜか今一つ気分が乗らない。
以前は薬草採取の仕事を細々と続けていこうと考えていたのに。
――― なんだかつまらない ――― のか? 俺?
それにまた兎とか狩りたくないし。以前よりは絶対に苦しまずに殺れると思うが、またあの可愛いのが、体から段々と温もりを消していくのをあまり味わいたくない。
(魔物や動物にもよるが、人間より体温が高いものは変化が分かりやすい)
ここら辺が俺のヘタレなところでもあるのだが。
もちろん、可愛くないのならどうでもいい、という訳では決してはない。
だとすると鉱石とかの採取かな。
鉱石の採取関係はEにはなく、Dランクからだった。やはり採石できる場所の問題のようだ。
確か自分の取得しているランクより1つ上も請負可能だったはず。
「ソーヤは鉱石採取がいいんですか?」
横で一緒に見ていたキリコが訊いてきた。
「別に特に好きってわけじゃないけど、俺の受けられる範囲内だからだよ。それに生き物を殺すわけじゃないから気が楽だし」
「そうですか。鉱石ハンターも良いですよね。なんならあのカッサンドラの洞窟の水晶を、少し分けてもらいましょうか」
「えっ、良いの?」
確かにちょっと気になってたんだ。あんなにたくさん手つかずの、しかも色々な水晶が密生してるんだもの。人間のエゴかもしれないけど、ほっとくのはなんだか勿体ないと思ってた。
「多分、頼めば大丈夫だと思いますよ。今まで貰った人はいないと思いますけど」
「なんだ、それじゃ貰いづらいよ……」
今まで誰も言った事ないのに、初めての奴がいきなり厚かましく、敷地内に生えている水晶をくれと言うのもなんだか気が引ける。
おそらくあいつなら、そんなこと気にするなとか言うところだろうが。
特にこれといったモノがないので、ひとまずここから半日くらいの場所にある、崖の中腹に生えているキノコ採取の依頼をやろうと思った。
「あの、常時依頼のD-18を受けたいんですけど」
俺はハンタープレートを見せながら、受付嬢に言った。
「かしこまりました。何人ですか?」
「私1人です」
「えっ、あなたお1人?」
受付嬢はあらためてプレートを見た。
「……申し訳ございませんが、これは受付けできません」
「どうしてですか? 私、EだからⅮも受けられますよね?」
「ランクの1つ上を受諾可能ではありますが、この場所は非情に切り立った危険な場所です。せめてもう1人、同じランク以上の人員が必要です」
「あ、だったらあの――」
俺は少し離れたところで待っているキリコを、呼ぼうとして思いとどまった。
そうだった。あいつは錬金術師だった。傭兵ならともかく、職人技能者じゃ数に入らない、というか問題外だよな。
こんな時ヴァリアスがいてくれれば、これどころかもっと色々選べるのだろうけど。
何しろ、請け負える依頼はグループの総合力で決まる。
4人中3人がEでも1人がAなら、極端な話、CやBの仕事を受ける事も出来るのだ。
(もちろん条件はいろいろあるが)
俺はすごすごとまた依頼の貼ってある壁に戻ってきた。
「ソーヤ、あっちに不定期・臨時依頼がありますよ」
キリコが衝立横の台にあるファイルを指さした。
ああ、そうか常時依頼以外に、そういう単発的依頼もあるんだった。
ただ、Eランクの臨時依頼は2枚しかなく、『下水道掃除補助』と『船の荷下ろし―― 220ポムド(約100㎏)以上持てる人募集』だけ。なんか、食指が動かない。
Dランクに『ブリック沼の泥採取』というのがあった。なんでも沼底の泥が美容に良いという事で、今の季節が最も成分が良いのだそうだ。
地味だけど、相手が生物じゃないからいいかな。
量はそれなりに持って来なくてはいけないので、通常はその場で乾かして、出来る限り水分を飛ばし、
しかしこれも1人だと却下だった。
なんでもこの沼には手強い肉食魚がいるという事で、Eランク1人では行かせられないというのだ。
そんなこと言ってたら、何も出来ないぞ。
とはいえギルドからしてみたら、明らかに失敗しそうな奴に依頼を出来ないのは当たり前だ。
たぶん俺が係だったら、何かあったら後味悪いから通さないだろう。
これでもピラニアどころか伏竜と対峙してきたんですけど……。
念のため土魔法が出来る事を話した。だから沼に入らずに出来るかもしれないと。
が、それならその証明を見せてくれと言われた。
どうも魔法の熟練度を示す『魔力認定書』なるモノがあるのだそうだ。
これは魔導士ギルドという所で発行しているらしい。
しかし認定書は一朝一夕ですぐ発行してくれる訳ではなく、比較的大きい町にしかこの魔法使いのギルドはないらしいのだ。
なんかもう面倒なのでやめた。
「どうします?」
キリコが訊いてきた。
「どうしようか……」
俺とキリコは2人で衝立の前で突っ立ったまま、しばし考え込んだ。
こういう時、奴だったら、じゃあこれにしろとか勝手に決めてくるんだよな。
考えてみると俺、他人にひと押しされないと、なかなか決められない性格だった。
引っ込み思案の俺とは対照的に、取り敢えず行動するあいつは、かなりの危険な奴だが、そのおかげでここまで出来るようになってきたんだった。
――― だからどうだってんだ?
優柔不断だっていいじゃないか。何でもかんでもテキパキこなせる奴が偉い訳じゃあるまいし。
こうやって色々悩んだっていいだろ。
あいつがいたらきっと、これやれ、あれやれとか、息をつく暇も与えてもらえないんだ。きっと。
「ソーヤ……声漏れてますよ」
「え……。俺声に出してた?」
俺はあたりを見回した。
5,6人いるハンターらしき人達は、依頼書を眺めていてこちらには注意を払っていなかった。
「小さい声でしたけどね。近くに来たらわかりますよ」
「サンキュ、キリコ。気を付けるわ」
このクセも治さないとなぁ。
とにかくあいつがそばにいないから、余計に存在を意識するようになっている。
どうせ何かに手間取ってるだけだ。
そのうちいつの間にか、ちゃっかり後ろとかにいるんだ。きっとそうだ。
時間を少し喰ってるだけで……。
「あ…………」
俺は顔を上げた。
あいつは今、地球にいるんだ。こっちとは移動の時に時空差がある。例えこっちでまるまる1日経っても、地球じゃ30分弱しか経ってない。
つまりこっちで、待ち合わせ時間に来ないから電話したら、まだ寝てたっていう以上の待たされ感になるはずだ。
「キリコ……………… すまん」
「はい?」
「来たばっかりで悪いけど、日本に帰ってもいい?」
別にあいつの事が心配なんじゃなくて、この中途半端な感じが気持ち悪いんだ。こっちにいたらこのムズムズとした座りの悪い時間が長いに決まってる。
だったらさっさっと白黒つけて早く落ち着きたいんだよ。
キリコには悪かったが、またあの水晶の洞窟を通って、日本橋に戻り、アパートの玄関に転移した。
私の手はずが悪かったんですかね…………と落ち込むキリコを、俺の気分の問題だと慰めながら、またスマホをかけてみた。
スマホからは相変わらず同じアナウンスが流れた。
**************
令和元年の最後の週末は、そのまま日本で過ごす事になった。
ギトニャに宿代を払いこんでるのに勿体ない気もしたが、どうせ来週行けばあちらはまだ同じ日の夕方だろう。全然問題なしだ。
大晦日は仕事は休みだった。
もしかして初詣とか田上さんと行けるかななどと、期待もあったのだが、彼女は正月を実家で過ごすという。
実家…………あったんだ。俺はそういうモノの存在を失念していた。
だけどシングルマザーで親に頼らないのかな。
その理由は言いづらそうだったので訊かなかったが、なんとなく察する事は出来た。
例の内縁の夫――田上さんにつきまとっていた男が怖くて、実家に戻れなかったんだ。彼女が消息をくらました後、何度も実家に押しかけて来ていたようだし。
――― となると、しばらくして、もうあいつが本当に現れないとわかったら、彼女はいずれは実家に帰ってしまうのか?
俺は怖くて訊けなかった。冗談めかして訊くこともできないのだ。
我ながら弱すぎると思うが、いつも手に入れたと思うものは、手の中の雪のように消えて行く。だからまた期待なんかしなければ良かったのに。
元旦、俺はグダグダとそんな事を考えながら新しい年を迎えた。
午後、大家さんに年始の挨拶をしに1階に降りた時、ポストから年賀状を取ってきた。
数少ない友人や、DMなどで10枚くらいだったが、中に彼女の名前があった。
それには『今年もいろいろ迷惑かけるかもしれないけど、よろしくお願いします』と書いてあった。
社交辞令なのか、それとも今年はまだ、会社を辞めないという事なのか。
俺はラインで済ませてしまったが、彼女はわざわざ年賀状も送ってくれた。
どうなんだろう。確かめたい。
彼女は今実家にいるはずだ。ラインで年賀状のお礼と共に聞いてみようかな。
いや、だけどそれって変じゃないか?
俺は部屋でまた1人、炬燵に転がりながら悶々と考えた。
キリコは落ち込んだついでに神界に行ってくると言って、あの日以来姿を消して現れない。用があるときは呼んでくれればわかると言っていたが、こっちの天使とも通じてるのだろうか。
ちょっと相談しようかと思ったが、我ながら不甲斐ない感じがしてやめた。
とりあえず、年始の挨拶と帰れる実家があっていいね、というような事をラインに打ち込んでみた。
あとは送信ボタンを押すだけだが。
…………この最後の思い切りが出来ないんだよな、いつも。
ナジャ様が前に言ったように俺は押しが足りないのかもしれない。
ヴァリアスの言うように、やらないで後悔するより玉砕したほうが、この場合スッキリするかもしれない。
いや、なんでアイツモードの思考なんだ。
う~ん、もういいや。文面も変じゃないと思うし、それはそれで受け流して貰えれば。
俺だって戦時中の人達みたいに、何度も死線をくぐってきたんだ。これくらいで怖気づいててどうする!
ポチっと送信。
はあ…………。
ちょっと脱力してスマホを炬燵に置いたまま、天井を眺めた。
何故かどこかで諦めが付いたような気がした。
この先どうなるかわからないが、こんな事をいちいち気にしてる自分がなんだか―――。
ピロリン。 スマホにラインが来たことを告げた。
俺はガバッと起き上がると、そろそろと彼女からのラインを開いた。
内容は定番の挨拶から始まり、実家で親戚一同とお雑煮を食べているところだと言ってきた。
そして――― 実家にいる姉が、また今年3人目の子供を産む予定で、お年玉が辛い(笑)と言ってきた。
それはつまり、姉夫婦が両親と同居しているという事か。それは帰りづらいかも。
おお、それなら実家に戻る可能性は薄れたか ??!
可能性の糸がまだ切れない事に、俺は少し気分が上がってきた。スタンプを返信して、畳の上に大の字に伸びてみた。
よくやった、俺。ちゃんと行動すれば、それなりの答えが帰って来るじゃないか。
さっきまでグズグズ悩んでた事が、かなり前のことのように感じられた。
ふと、首を横にすると、あのドラゴンの魔石が窓からの光を浴びて、蔓花のような赤がゆらゆらと光っていた。
あいつ一体なにやってんだろう。
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