第84話 テイム操作と猿飛先輩
「違います。そこはもっと簡潔に示さないと、相手が混乱します」
鳥を旋回させようと思って、自分が樹々の上をまわるイメージを送ったのだが、鳥は何故か乱高下して危なっかしい飛び方をした。
鳥をいったん、枝に止まらせて待機させる。
「今、ソーヤさんは自分自身が飛び回るイメージで指示しましたよね?」
テイマーを長年やっているターヴィは、感覚の共有に慣れているので、俺の視点による映像が見えても全然混乱しない。
しかも俺が鳥に伝える思念と、鳥の感覚の両方を感じながら、ちゃんと目を開けて説明してくれた。
「鳥と感覚を共有すると、確かに自分が飛ぶ感覚を実感します。自分の腕が翼になって、こう羽ばたいている感じに」
ターヴィはその場で両手を横に広げて、羽ばたく真似をした。
「だけどこれ、錯覚なんです。
本来おいら達の体は飛ぶ構造をしてないので、感覚をいくら繋げても実際には飛べないのはわかりますよね?
特にテイム始めの頃は、その気になってやっちゃうんですけど、自分自身が飛ぶような感覚で操作指示しちゃうと、違和感で相手が混乱するんです。
相手とはどうしても体の構造が違いますから」
つまり、いくら感覚を共有しているとはいえ、所詮、鳥と人間、羽ばたくための器官の構造が違う。
同じ鳥達だって、個体差があるように、感覚は千差万別だ。
人がそれぞれ歩き方が違うように。
だから普段ガニ股で歩いている人に、内股で歩けと言っても出来るかもしれないが、本人は違和感を感じるだろう。
ましてや自分の意思ではないのだから。
「こういう場合は簡潔に、ただこっちに行きたいとか、向こうに移動したいとか、そんな感じでいいんです。
あんまり意識に入り込み過ぎて、運動神経まで操らないようにして、動きの詳細は鳥自身に任すんです。
中に入るのではなく、隣にピッタリくっつく感じですね」
ただ、ターヴィくらいになると、長く使役させた小動物を、まさしく自分の手足のように、筋肉の動きまで使いこなす事が出来るそうだ。
共有だけでなく、同化。
それは相手と長年、感覚を共有して、自身の体のように知り尽くしてこそ出来る技だ。
それだけに前回の件で、馴染んだ鳥を殺されたのは本当に辛かったはずだ。
相手は道具どころではなく、まさしく生きていた相棒だったのだから。
とにかくそんなこんなで、小休止を入れながら2時間近くやっただろうか。
ターヴィはまだまだやれそうだったが、俺と鳥が疲れてしまった。
そりゃそうだろう。
不慣れな俺の練習につき合わせたのだから。
というわけで休息もかねてお昼にすることにした。
俺はスタミナもつけたい事もあって、以前日本橋のデパ地下で買った、鰻重の最後の1つを食べることにした。
ヴァリアスの奴が思ったほど食べなかったせいで残っていたのだ。
どうも穀類と魚という組み合わせが、あまり好きではないらしい。
美味いのになあ。
その肉食系の奴は今、缶ビールとギーレンで買ったツマミの残りを食べている。
いや、ほぼビール主食だな。
こいつの本当の
そういや、こちらの神様に酒の神というのはいるのだろうか?
ターヴィはジャムだかバターを塗った、プチパンを2個持ってきていた。
「これ一緒に食べません?」
俺は紙皿に載せた、同じくギーレンの総菜屋で買った、ザワークラウトのような葉っぱの塩漬けを出した。
「さっぱりして美味しいですね。作られたんですか?」
「いや、下町の総菜屋で買ってきたんですよ。でも確かに家庭的な味かなあ」
出て行く頃になって、あんな風な庶民的な店を見つけたり、夜の町を歩いたり、なんかまだまだ見ていないところがあった。
いつかまた戻る事があるのだろうか。
実際にいたのは数日なのに、なんだか郷愁の念がついちゃったなあ。
ふと側に座っている鳥と目があった。
そういや俺達ばっかり食ってた。こいつにも何かやらないと。
鳥だから木の実とか食べるのかな。
俺はギーレンの売店で買った、木の実を出そうとした。
「蒼也、これ喰わせてやれ」
俺の仕草を見て、ヴァリアスが俺の掌にのせてきたのは――
「ぅおぃっ、生きてんじゃないかっ」
俺は思わず手から振り落としてしまった。
奴が手に乗せてきたのは、あの王都の橋上マーケットで食べさせられた、黄色い頭のお菓子芋虫スイトープだった。
しかも生きて蠢いている。
「そりゃ鳥にしたら生のほうがいいだろ。もちろんお前も生のままで食ってもいいぞ」
「いいよっ、いらないよ。そんなデザート!」
「わぁ、とっても贅沢な餌あげるんですね」
地面に落ちて、もぞもぞ動いている3匹を見て、ターヴィが感心して言った。
えっ、これ贅沢品なの?
王都じゃスナック感覚で売られていたよな。
「ここら辺では山奥のほうにいるんです。とても美味しいのですけど、だから好む動物や魔物が多くて。
その辺りは『レッサーコッカー』の縄張りなので、危なくて獲りにいけないんですよ」
へえー、だけどキリコは、肉も買えないような庶民用に作ったんじゃなかったっけ?
地の領域での差配なのかもしれないけど、なんだか不公平感が残っているんだな。
「ん、そのレッサーコッカーって?」
「コカトリスの亜種だよ。コカトリスほど大きくないし、石化毒もないから、今度見に行ってみるか。
毒は神経毒くらいだしな」と、ヴァリアス。
「十分危ねぇじゃないかっ。絶対行かないぞ」
そう言って騙されて、カマキリと決闘させられたんだからな。
あんたの見に行くは、イコール対決するだろうが。
「とにかくさっさと喰わせてやれ、待ってるぞ」
見ると鳥は、こちらに首を伸ばして虫をガン見していた。
ただ、主人(?)の許可が出ないので、‟待て”の状況になっているらしい。
「蒼也、今はお前がコイツの
「えっ、直接喰わせるの?」
俺は足元に動く虫をあらためて見た。
黄色い頭には同じく、スマイルマークが浮き彫りになっているが、心なしか、おでこに皺を寄せて怒っているようにも見える。
なんか手で掴んだら噛みつかれそうなんだが。
しょうがないので、もう1つ割り箸を出してそれで摘まむ。
目の前に虫をぶら下げると、鳥は待ってましたとばかりに、喜んで喰いついた。
しばらく樹々の木漏れ日の下、心地良く森の中から聞こえる風の音や声に耳を傾ける。
「そういやあの黒い森にはゴブリンがいたけど、こっちまでは出てこないんですか?」
俺は隣に座って、鳥の背中を柔らかいブラシで撫でているターヴィに訊いた。
もしも村まで出てきたら、あの石壁や番人ぐらいじゃ心許ない気がする。
「さっき言ったレッサーコッカのおかげで、こっちの森まで出てこないんですよ。何故かゴブリンとレッサーコッカは、昔から相性が悪いんです。
コッカは餌を食べている途中でも、ゴブリンを見ると、食事を止めて攻撃しに行くというくらいです。
だからゴブリンも警戒して、こっちの森まで出てこないんです」
「ゴブリンがよく、レッサーコッカの卵を盗みからな。そういう敵対心が遺伝子に組み込まれてるからだ」
ヴァリアスが補足した。
それを組み込んだのって、
「オークはいないんですか?」
あれもゴブリンと同じ、元人間の生まれ変わりだ。
もし人間の村が近くにあったら、仇をなす者になるだろう。
「幸いここら辺にはいないんですよ。オークとゴブリンも、なんだか同族嫌悪みたいな対立関係にあって、同じ地域には棲まないんです。
ここら辺には元々、地豚がいないし、奥の黒い森にはゴブリンがいますしね。
代わりにワイルドボア―が、たまに姿を見せますけど」
それ猪でしょ? 普通に話してるけど、それはそれでヤバくない?
しかし俺はこの時、その当たり前な事に気を取られていて、もっと本質的で大事なことを聞き逃していた。
「さて、そろそろ腹もこなれたろう。またテイムの続きをやりたいところだが、それだとまた蒼也の具合が悪くなるかもしれないしな」
ヴァリアスが立ち上がりながら言った。
「ではどうします? 今日はもうおしまいですか?」
ターヴィも水筒をリュックにしまって立ち上がる。
「いや、今度は体術をやろう」
そう言って後ろの枝が少し入り組んだところに行くと、上を見上げて右手で何かを引っ張る仕草をした。
バサバサッと枝葉に何かがぶつかるような音がして、何かが下の茂みに落ちてきた。
それを摘まみ上げて戻って来る。
奴の手にはキャメル色の毛に覆われた、ベージュ色の肌に少し垂れ目気味の大きな目をした、小柄な猿がぶる下がっていた。
毛のせいなのか、それとも栄養状態がいいのか、見た目、太った子犬サイズのそれは、首根っこを掴まれながら、しきりと口を開けてキョロキョロしていた。
「なにそれ、可愛いじゃん。触れる? 抱いてもいい?」
「お前はすぐにそれだな」
そう言いながらも、奴はその小ザルを渡してくれた。
なんとうか、強いて言うならば、リアルリラックマをモンチッチにしたような感じか。
毛は見た目通りフワフワして柔らかく、大きな瞳は真っ黒に濡れたように潤んでいる。手足が短い割に、尻尾は体の倍くらいと結構長い。
プルプル小刻みに震えている、その小動物を安心させようと俺は、習いたてのテイムスキルで、敵意がない事を語りかけながら、その丸い頭を撫でた。
「スクリームモンキーですね。よく大人しくしてるなあ」
横からターヴィが覗き込みながら不思議そうに呟いた。
「スクリームモンキー?」
「その名の通りにコイツは、敵に襲われると、この体でデカい声で叫ぶんだ。
鼓膜が破れる程の音量を発生してな。
実は声帯を震わして、超音波を出してるんだ。それで相手を撃退するってわけだ」と奴。
「そうか、それじゃ飼えないなぁ。でも今、大人しくしてるけど……」
こんな生きたぬいぐるみみたいなのに、そんな物騒なお猿なのか。
奴がニッと牙を見せて笑う。
「そんなの、コイツの口の中を遮音すればいいんだよ」
ターヴィと俺はあらためて顔を見合わせた。
俺は自分の腕の中で、しきりに指をくわえたり、顔を上げたりして、落ち着かない猿を見た。
なんか申し訳ない。
「
「え、ええ、出来ない事はないと思いますが……どうしてですか?」
今現在捕まえているのに? と不審顔のターヴィにまた、赤い石のベルトを渡す。
「蒼也も青いのをつけろ。
リトゥ、お前らリトルハンズは敏感なだけじゃなくて、こいつみたいにすばしっこいだろ。
その体術を教えたいんだ」
「えっ、でもソーヤさんって、確か魔法使いですよね?」
ターヴィがまだ座っている俺に振り返った。
そう、一応魔法使いなんだけど、世界一アクティブな魔法使いに仕込まれてるんだよ。
「コイツには色々やらしたいんだ。
なに、お前を危険な目には遭わせん。オレがちゃんと索敵してるから」
「わかりました。その点は信頼してます」
ターヴィが頭にベルトを着けだしたので、俺もまたベルトをつける。
鳥は俺の横に座って、首を後ろにまわし背中に乗せ、安心して寝ているようだ。
「準備はいいか、じゃあ行くぞ」
奴が俺の手から小猿を掴み上げると、ポイっと空中に放った。
バッと近くの枝に掴まった猿は、すぐに樹を駆け上る様に登っていった。
同時にターヴィも樹に跳び登る。
そのままスルスルと、猿にも負けない勢いで上の方にいくと、猿が別の樹に飛び移るや、彼も幹を蹴ってそちらの樹に飛び移った。
俺の頭の中には、ターヴィの見ている映像以外に、彼の筋肉の動き、獲物の動きや周りに注意する、機微に富んだ思考が流れ込んできた。
何より圧倒されるのは、その動きの巧みさだ。
猿もそうだが、枝から枝に連続してジャンプして飛び移り、そこからすぐに移動するというのは、スゴイ身体能力だと思う。
地面ではなく、枝という凸凹して平らではない、狭い面積に足をかけて跳ぶのである。
枝のしなりを利用することもあるが、みんな真っ直ぐ平行に生えているわけではないし、しかもしなり過ぎたり、逆に硬くてバネ効果がない場合だってある。
それを足の裏で瞬時に判断し、すぐさま力加減や向きを調整する。
そして飛び移る枝を同時に見極め、獲物から目を離さない。
枝だけでなく幹を登り上がる動作は、螺旋状の梯子を全速力で駆け上がるような感じだ。
もちろん枝もキレイに、間を通りやすく生えているわけではない。
猿には十分でも、さすがに人の子供サイズのターヴィには、そのままでは枝や葉がぶつかるような場所もある。
その斜めになったり、すぼんだり、いびつな三角形になったりしている枝と枝の間を、素早く体をひねったり、屈んだり、手で避けたりしながら追いかける。
反射能力がかなり高いとしか言いようがない動きだ。
「馬鹿にしてたわけじゃないけど、小さいと思って舐めてた。
猿並みいや、それ以上じゃないか」
俺は次々となだれ込んでくる感覚に、つい一息つきたくてベルトを外した。
「あれっ? 止まらないぞ」
ベルトを外したのに、まだ俺の頭の中には、猿を追いかけるターヴィの感覚が流れてきていた。
「そりゃそうだ。ベルトはただのダミーだからな」
奴の言葉と共に、ターヴィとの通信が切れた。
「オレが精神伝達なんて道具使う訳ないだろ。中継してるんだよ、オレが」
どうやらあまり能力を知られたくなくて、こんな小道具を使ったらしい。
もう型破りって思われてるんだから、そんな細かい事しなくてもいいと思うのだが。
うーん、それにしてもこの動き、まるで忍者だな。
俺はしみじみ感心した。
ふと、目の端に動くものがあった。
見ると近くの茂みに、豚に似た動物がこちらを窺っていた。
それは猪ほど毛深くはなく、かと言って良く見るピンク色の豚ほど毛は薄くなかった。
焦げ茶色の短いがびっしりと濃い体毛。
猪のようになだらかではなく、やや直角に出たおでこ。
体型は猪のほうが胴が短くで尻上がりだが、そいつは胴体は短めだが尻が大きかった。
口元に下牙は見えているが、猪ほどではない。
ワイルドボアーの子供かな? それとも野豚の類か。
じっと見ているその視線の先には―――。
俺は慌ててそいつの鼻先に、軽い電気を発生させた。
「フギャッ!」
猪もどきは軽く飛び上がると、慌ててまた雑木林に逃げて行った。
油断も隙も無いな。
あの猪豚もどきが狙っていたのは、このピーピングバードだった。
これもテイムの能力なのだろう 、一瞬だが、鳥を美味そうに眺める、猪豚の思念を感じとった。
こちらの猪豚は鳥も狙うのか。
「おい、そろそろ捕まえそうだぞ」
奴の声がして、また俺の頭の中にターヴィの思念が入ってきた。
ターヴィは猿の行動パターンが段々わかってきて、先回りして徐々に猿を追い詰めていた。
右上に跳ぼうとして、目の前にターヴィが現れ、焦って枝から落ちそうになる猿。
焦りついでに掴もうとした枝をつかみ損ねて、落下しそうに体勢を崩したところを、ターヴィがその尻尾を見事に掴んだ。
「どうでした? 参考になりましたか」
少し得意げに猿を抱えて、ターヴィが戻ってきた。
「御見それしました、
俺は敬服して言った。
「サルゥトビィ……?」
「いや、私んとこの有名人です。猿のような身体能力のアサシンの一族のことで……」
ゲーム『ウィザードリィ』では忍者はアサシンだったよな。
「まあこんなとこだな。リトゥはもう休んでいていいぞ」
そう言ってヴァリアスは、コートのポケットからまた、例の虫を取り出した。
「ご苦労だったな。これは駄賃だ」
と、猿の前に虫を見せた。
小猿はすぐに両手で虫を掴むと、パッとターヴィの腕から飛び出して、雑木林の中に消えて行った。
「じゃあ、蒼也、今度はお前が同じように樹に登って、枝渡りをしてみろ」
「えっ! そんな今すぐにか?!」
「要領は大体わかったろ? お前は座りっぱなしなんだから、少しは体動かせ」
あ~、はいはい。結局この調子かよ。
俺は渋々立ち上がった。
こうして俺は、この時に大事なモノを見ていた事を忘れてしまったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『猿飛佐助』って、知らない人も結構いるんじゃないんでしょうか?
昔『サスケ』っていう忍者アニメがあって、これで猿飛忍者が有名になったんです。
主人公まだ10歳そこそこの少年なのに、毎回大人達から本気で命を狙われるというシビアな話でした。
まあ、今は毎回殺人に出くわす小学生(中身は高校生)がアリだから、これくらいどうって事ないのかもしれませんが(^_^;)
当時は殺すって言葉、あまり使わなかったような気がします。
『サスケっ お前を斬る!』で毎回オープニングが始まる――
いや、考えてみたらそれも危なくない?
一応子供も対象だよね……?? 主人公子供だし。
『光あるところに影がある』ってキャッチフレーズも渋かったけど。
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