第83話 テイム始め

「こ、こんな高価な物、頂けません」

 白地にカラフルな花柄模様のタオルを握りしめて、シヴィが困ったように可愛い眉を八の字にした。


 次の日の朝、『パープルパンサー亭』で朝飯をとってから役場に来ると、1階にすでにターヴィが待っていた。隣にシヴィも一緒に座っている。

 どうやらあの一件からの初めての仕事なので、心配でついてきたようだ。

 いつものテーブルに例の老婦人たちはいない。

 訊くといつも午後、やって来るのだそうだ。おかげで変なちゃちゃを入れられる心配がない。

 再会の挨拶をしてから、俺は2人に土産みやげのタオルを出した。


「助けてもらった上に、仕事まで破格な契約で頂いたのに、いくら何でも貰い過ぎです」

 ターヴィも、テーブルの上に置いたタオルと黒砂糖の袋に、目を見張りながら言う。

「いや、だからさっきも言ったように、ウチの方では安いんですよ」

 人にあげる物を安物呼ばわりするのもなんだが。

「でも、こちらは砂糖ですよね? それもこんなにたくさん」とターヴィ。


 黒砂糖を見せた時、ほんの少し封を切って2人に舐めてもらった。

 ビニール袋なので、火魔法で切り口部分を溶かして、またくっつけておいた。ヒートシーラーの要領である。

 掌に出した砂糖を舐めて、ターヴィとシヴィは甘いっ、スゴく甘いとビックリしていた。


「そんな事おっしゃられても、こんな上等な布……一体いくらするの……」

 シヴィがタオルの布地を何度も詳細に見ながら、少し怯えるように言う。

 なんか本当に安物なので悪い気がしてきた。

 もっと良いタオル買って来ればよかった。

「まぁ、いいんじゃねえのか? 旦那達がそう言うんだし、儂達も昨日同じ土産みやげ貰ったからなぁ」

 村長が助け船を出してくれた。


「でも、でも……」

「シヴィ、お前、そう言ってるがクシャクシャにしてるぞ」

 ターヴィが娘に注意する。

 ハッと気がついた小さな娘は、テーブルの上にタオルを広げると、慌てて小さな手で皺を伸ばし始めた。


「面倒くせぇ。やるって言ってるんだから、さっさと貰っときゃあいいだろ。その分コイツには働いてもらうんだから」

 ヴァリアスが背もたれに寄りかかって、椅子を軋ませながらターヴィの方をアゴでしゃくった。

 援護射撃が、相変わらずのゴロツキのそれなんだが。

 どうして同じ使徒で、こうも違うのだろう。

 ネーモーと話した後だと特に感じてしまう。

 

「もちろん精一杯頑張らせて頂きます」

 ターヴィが頭を下げると、シヴィも慌てて父親にならう。

「支度金を頂いたおかげで、こうしてまた道具を揃えることが出来ました」

 そう言ってターヴィは、テーブルの上に小さなリュックを置いた。

 中から水筒やナイフ・ロープなどが出てくる。


「これは……」

 出された物の中に、意外なものを見つけて手に取った。

 それはY型の形をした金属の棒で、2本の先に平べったい紐状のゴムが渡っている。


「パチンコ?」

 最近じゃめっきり見なくなったが、子供の頃これでよく遊んだもんだ。

 孤児院の庭にある、柿の木の実を狙って打って怒られたりした。

 オモチャ屋で売っている、プラスチック製のちゃんとしたやつは買えなかったから、自分で木の枝を彫刻刀で削って作った。

 ゴムは裁縫箱の中からパンツ用のゴムを拝借したり、輪ゴムを繋いだり、ったりして作ったりした。

 近所の靴工房の職人から備品をくくっていた、厚めのしっかりした平ゴムを貰った時には、スゴク嬉しかった。

 とにかく色々手作りで改良したり、工夫した思い出がある。


「スリングショットか、お前の得物は」

 ヴァリアスが横から見て言ってきた。

「ええ、本当は以前使っていたのが、一番手に馴染んでいたのですが、あの時奴らにリュックごと捨てられてしまったので……。

 でも日にちを頂いたので、だいぶ慣らす事が出来ました」

 そうか、子供みたいなリトルハンズは、力が弱いからこういう武器を使うんだな。

 俺も1つくらい、こういう飛び道具使おうかなぁ。

 

 シヴィを見るとタオルを気に入ってくれたようで、しきりに顔につけたり、揉んでみたりしていた。


 以前会った時は顔色も悪くやつれていたが、今は目の下の隈も無くなり、頬も子供らしく(?)薄ピンク色をしている。

 本当は成人らしいが、外国人の子供って可愛いなぁと思った。

 気に入ったオモチャを貰ったように喜んでいるのを見て、今度は子供サイズのワンピースでも買ってきてやろうかと考えた。

 身長は110㎝前後かな? 

 解析すれば確実だけど、あの解析の触手を知った後だと、なんか失礼な気もするし……。


 が、そんな俺をターヴィが、父親の目でジッと見ているのに気がついた。

 えっ、別に変な目で見てたわけじゃないぞ。

 俺に幼女趣味はないからなー。


 出かける時、村長とシヴィがまた戸口まで見送ってきた。本当に無茶させないようにしないと。

 門まで来ると今日はフランではなく、獣人が立っていた。

 昨日『パープルパンサー亭』で男爵の悪口を言っていたのに、最後にはフーと飲んで騒いでいた奴の1人だ。

 俺達の視線は、そいつが持っているあるモノに集まった。


「これかい? イカしてるだろう」

 そう言って赤茶色の硬そうな毛並みの獣人の男は、自分が持っている得物をトンっと地面に立てた。

 それは頭にスパイクがついたツイスト棒だった。

「昨日、フランの奴から安く譲ってもらったんだ。なんだかもういらないんだと」

 やっと武器に頼るのを諦めたのか。まさか新しい武器買ってなきゃいいけど。

 だが、それはただの杞憂だったようだ。


「師匠~っ」

 門を出た途端、フランが横の畑の方からこちらに走ってきた。

 師匠? 

 俺とターヴィは、ばっと同時にヴァリアスの方を見た。

 ヴァリアスの奴はすごく嫌そうな顔をした。


「師匠っ、これから特訓に行くんだろ? 俺も連れてってくれよぉ」

 武器は諦めたけど、なんか違うもんに執心したようだ。

 だけどお前の後ろから、彼女がぶんむくれた顔して歩いてきてるぞ。

 作物が入った籠を背負って。

 たぶん彼が置いていったのだろう、もう1つの籠も抱えて。


「誰がお前の師匠だっ! 勝手に呼ぶなっ」

「だってそれしか言いようがないじゃないですかぁ」

「あれっ、なんだってこれから特訓って知ってるんだ?」

 俺が横から訊く。


「ポルクルに聞いたんだ。この村に来た目的とか、予定とか。しつこく聞いたら少しだけ教えてくれたんだよ」

「あのチビ、帰ったら喉締めあげて、低音にしてやるか」

「待て待てっ。別に口止めしてた訳じゃないから、しょうがないだろ。

 それに彼は門番なんだから、部外者の事を知ってなくちゃいけない面もあるんじゃないのか」

「お前、よくわかってるじゃん」と、フラン。


「オレは弟子なんか取らんぞっ」

「だってこいつには教えてるんでしょ ?!」

 フランは俺を思い切り指さしながら言ってきた。

 しかもちょっとねたましそうな顔つきで。

 何、羨ましいのか? これ。

 ターヴィは俺達の間でどうしていいのかわからず、オロオロしている。


「コイツは従兄弟だからだっ」

「「エエッ !?」」

 今度はフランとターヴィが同時に俺を見た。

 神様お父さんの許可が下りたからって、あんまり言われたかねぇー。

「似てねぇ~……」

 ボソッと言われた。

 そりゃ似てたら俺だって嫌だよ。


「とにかく、お前にこれ以上教える気はない」

「そんな、お願いだよっ、師匠~っ」

 すがろうとするフランの前で、奴が右手を軽く下に払うようにした途端、ズンっとフランが地面に突っ伏した。


「もしもオレ達に追いつけたなら、もう一度鍛えてやってもいいぞ」

 そう言ってターヴィをひょいっと左手で抱え上げると

「蒼也、山まで走るぞ。全力でついて来い」

 いきなりダッシュした。

 俺は慌てて身体強化して後を追った。


 奴に抱えられて、肩越しに俺の方を見るターヴィは、とにかく驚いた顔をしたまま。それを我ながら凄い勢いで追いかける俺。

 長閑な田園風景の中、まるで子供を攫った誘拐犯を、必至で追いかけてるような絵面だ。

 

 後ろを振り返ると、フランが地面に手をついて、必死に起き上がろうとしているところだった。

 追いついてきた彼女が、抱えていた籠を思い切り乗せて潰していた。


「あいつに何したんだ?」

「引力を10倍にしただけだ」

「10倍 ?! 大丈夫なのか、それっ」

「オレ達の姿が見えなくなれば自然に戻る。少しの間なら大丈夫だろ」

 本当に『ドラ●ンボール』の特訓じゃないか。

 地球人だったら貧血で数分間も意識が持たないぞ。相変わらず無茶するなあ。


 

 山の麓まで一直線に道を走り抜けると、すぐに山道を外れて駆け上がった。

 さすがにフランは追っかけて来れなかったようだ。

 もし来たらそれはそれでスゴイけど、まず彼女とは終わる可能性大になるな。

 

 山の中腹あたり、少しなだらかになった雑木林の中に入ったあたりで、奴の足が止まった。

「この辺でいいだろう」

 そう言うとターヴィを地面におろした。

 良かった。

 もう心臓どころか、体が四散しそうな気がして来たとこだったよ。

 もうマラソンというレベルじゃない走り方だった。

 何か天敵に追っかけられてるような全力疾走を、延々30分くらい続けてたんじゃないのか。

 普通だったら体が壊れてるぞ。

 それを感じながらも、何故か出来ちゃってる俺も変なんだが。


「だいぶ体がこなれてきたな。今度は身体強化なしでいくか」

 全然息切れもせずに奴が言う。

「ハァハァ……そんな、事したら……はぁっ、本当に体壊れちまうぞ……」

 俺はその場にベタ座りしながら、ペットボトルの水を出した。


「大丈夫だ。限界すれすれに調整してやる。それに強化なしでやった方が、基礎体力が伸びるしな」

「いつもこんな事してるんですか?」

 ターヴィがおそるおそる聞いてきた。

「そのぅ……まんまですよ、こいつは」

リトゥターヴィ、安心しろ。お前にはこんな真似はさせん」

 それからシュルっと、空中から2本のベルト状の物を出した。


「この赤い石がついているほうがリトゥ、青いのが蒼也のだ。頭につけてみろ」

 俺達に渡してきたそれは、以前ギーレンの売店で買ったベルトだった。

「何ですか、これ?」

「これは精神伝達具だ。赤い石の方から、意思や感じた事を青い石の方に伝える事が出来る。一方方向だが、今回はこれで十分だ」

「あれっ、これって確か精神集中す―――」


『(話合わせろっ)』

 ヴァリアスが直接頭に注意してきた。

「ああ……、改良したんだな、うん」

 もうよくわからんが合わせるしかない。

「感覚を直接共有したほうが教えやすいだろ?」

「なるほど、わかりました」

 ターヴィは頭に、黒地に赤い石のはまったベルトを巻き付けた。


「じゃあ、まずテイムからやるぞ。あそこに丁度いいのがいるだろ。あれをテイムしてみろ」

 そう指さした方には、木の枝に例のピーピングバードが小首を傾げながら、こちらを見下ろしていた。

 いつの間にか収納から出していたようだ。

 基本、空間収納に生き物を入れられないから、出すところを見られたくないもんな。


「はい、では準備いいでしょうか?」

 ターヴィが確認のため俺のほうを振り向く。

 俺も焦げ茶地に青い石を取り付けた革ベルトを頭に巻いて、バックルを調整しながら「OKです」と返事した。

「おーけー……?」

「いえ、すいません。大丈夫という意味です」

 ううむ、ヴァリアスには通じてるから、うっかり使ってしまった。

 多言語スキルでは翻訳される訳じゃなく、俺が理解して喋れるようになっているだけだ。だからたまにこちらに無い言葉を使ってしまう。


「まずテイムする対象とコンタクトを取ります。

 そっと驚かさないように思念波を送ります」

 そう言うとターヴィは樹上の鳥を見つめた。

 同時にターヴィの思念が俺の頭に流れてきた。


 鳥はいつの間にか、自分のすぐ側にいるように入り込んできた気配に、少しだけ戸惑ったようだ。

 だが、優しく語りかける飼い主のような、撫でるような触手に少し気を許した。

 そこにするりと入り込む。

 不安がらせないように穏やかに、だが決して下手したてではなく、群れのボスのように抗わせず、意識を掴む。


 これは一種の精神感応を使った、催眠に似ている。

 鳥は疑うこともせずに、いや、出来なくなり、指示されるままに従うようになる。


「じゃあこちらに来させますね」

 ターヴィは言葉で言うと同時に、鳥にこちらの足元に来るように、命じるのではなく、その気にさせた。

 

 その時、ふっと視界が開いたという感じで、俺達を高い位置から見下ろす場面が頭の中に浮かんだ。


 鳥の視点だ。

 そのまま少し揺れながらズームされるように、みるみる俺達の姿が大きくなっていく。

 そしてすぐ近くまで接近したところで、急に足元が映ったと思ったら、すぐ間近に地面が見えた。

 鳥が足元に下りてきたのだ。

 

「どうですか、まずはこんな感じなんですが、ここまではわかります?」

 ターヴィが俺の方を向くと、ターヴィの見ている俺の姿と、鳥の見ている俺達の足の映像が一緒に入ってきて、俺は答える前にその場に座り込みながら目を閉じた。


「わかります……いや、感じてます。今……鳥とあなたの両方がきちゃって……」

「ああ、じゃあ、ちゃんと通じてるんですね」

 ターヴィから俺に、思念が一方的に流れているだけだから、ターヴィには実感が湧かないようだ。

「このまま続けて大丈夫ですか?」

「はい、……どうぞ、続けて下さい」

 自分の目を塞いで、目からの映像は鳥だけに意識を向けることにした。


 再び、鳥を飛ばして上空を旋回させる。

 ドローンで自分達を撮影しているかのように、上空から見下ろす自分は、2人の足元で尻もちをついて目を閉じながら、頭を左右に振っているという滑稽な姿だった。


 それから指定した木の実をついばませたり、歌を歌うように鳴かせてみたり、ステップを踏ませたりした。

 

 15分ほどやってひと段落すると、

「今度は蒼也がやってみろ」

 ヴァリアスが俺の頭からベルトを外した。

 ベルトを交換して、今度はターヴィが俺の思念を受け取ることになった。

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