第51話 ターヴィを発見する
俺はケルベロス親子を見送って少しぼんやりしていたが、すぐに捜索に気持を戻した。
まだ目的地から遠いのか、直接的なオーラはさっきの髪の毛以来感じない。
とにかく地図通りに行くしかない。
「ああっ!」
「どうした?」
「さっきの子犬、写真撮るの忘れてた………」
あの可愛いのせめて撮っときゃよかった。悔やまれる………。
「なんだ。それならもう1回捕まえてくるか?」
「いや、さすがに可哀そうだからいいよ。ただまたチャンスがあったら見てみたいけど」
「そうか。じゃあ繁殖期にまた来ればいい」
繁殖期ってあの可愛いのがいっぱいいるのか。それって天国じゃん。
でも1匹で精一杯な気がするな。頭3つだし………イヤイヤ、今はそれどころじゃないな。捜索に集中しないと。
普通、人探しって名前を呼びながら探すものだが、こんな魔物だらけのとこでやったら、おびき寄せるのは必至だ。
探知とか出来ない場合、やはり犬とか使って匂いで探すのだろうか。
「ここら辺はアイツらの縄張りだな。あちこちにマーキングしてある」
ヴァリアスが鼻をひくつかせた。
いたっ、ここに強力なのが。
「じゃあ早く通り抜けないとまた出会っちゃうかもしれないのか」
子犬だったらいいけど、さすがにそうばっかりはいかないだろう。
「たぶんしばらく大丈夫だろう。さっきの威嚇でだいぶまわりからいなくなったからな」
露払いご苦労様です。
とにかく先を急ぐ。
危険地帯らしき場所を抜けて10分ほど移動していると、微かにターヴィらしき気配を感じた。
地図をもう一度確認するとポイントにだいぶ近い。ここのどこか樹の洞にいるのか。
声に出して呼びたいのを我慢してあらためて探知に集中する。
果たして地面に僅かに残留オーラが点々とあるのを見つけた。
たぶん血の跡だ。
血の匂いというより、ほんのりミント系の匂いがする。匂い消しに撒いたのだろうか。
それを追っていくと、ある一本の斜めに曲がった樹の根元に続いていた。
根元には折れた枝や葉が不自然に積み上げられている。
ドラゴンの巣穴で見たやり方か。
この辺りに特にミントの匂いがする。
中に小さな人型のオーラを感じる。
それとともにか弱い呼吸と脈打つ心臓の音が聞こえた。
いたっ! 俺は枝や葉を急いでどかした。
樹の根元にポッカリ穴が開いた。
「ターヴィさんっ! しっかりしてっ」
頭と右腕が穴に入った。中に小さな子供らしき姿が丸まって転がっていた。
揺すったがガクガク震えるだけで返事がない。
なんとか両腕を入れて外に引っ張り出した。
葉と泥だらけになった小学校低学年くらいの子供に見える。
その左の太腿に、血の付いた布の切れ端が巻かれている。
抱えてもう一度呼ぶとうっすら目を開けた。
髪の色はブラウンだが、目の色はシヴィと同じグリーン混じりのロイヤルブルーだった。
開いた瞳はぼんやりと俺の顔と隣のヴァリアスを交互に見た。
「…………ヒューム……? それに……オーガッ……ここにはいないはず…………」
また目を閉じてブルブル小刻みに震え出した。
「弱ってて混乱してるんだよっ、多分………」
俺は慌てて、隣で凄い顔をしているヴァリアスに弁解した。
「それより治してやってくれよっ頼むから」
膝の上に抱えながら足の布を取ると、傷が青紫色に変色して膨れ上がっていた。
化膿してるんだ。
「寝言言ってるようだから頭入れ替えてやるかぁ」
「やめてくれよっ! こんな時に冗談にならないよ。俺じゃ治せないんだからホントに頼むよっ」
「まぁいい。今回お前に治療を教えるいい機会だからな」
そういうとターヴィの足と俺の頭にも手を添えた。
ターヴィの足の傷辺りの空間がモヤモヤと歪んで見え始めた。
同時に俺の頭の中に、内部構造と作業の様子が流れ込んできた。
傷周りと傷の中に入ってしまった、土や砂利を浮かせて出すと同時に組織の修復。切れてしまった細かい血管をつなぎ合わせ、骨の傷ついた部分にカルシウムとコラーゲンなどで再構築する。
線維芽細胞などを増殖して膠原繊維に欠損部分を修復させ…………ダメだ、頭がついてけない。
表面が修復されていくと同時に、傷付近から体中の血管を巡り、毒と化膿菌を体中の穴から追い出す。
「瘴気が出るから吸うなよ」
ターヴィの体から紫色の煙が立ち昇る。
毒素や菌が瘴気となって出ていった。あとは体の中の炎症を抑えていく。
「この場合はこんな流れだ。ゆっくりやってみたが、わかったか?」
「いや……複雑過ぎてなんかもう……。
回復というか治療魔法って、もっとイメージで簡単に出来るのかと思ってた」
「出来ないこともないが、それなりにいい加減に治す事しかできんぞ。
応急処置ならいいが、汚れが皮膚の中に残ったままになったり、血管や筋組織が不自然にくっついたりして元通りにはならないぞ。上手くいっても古傷になるから後で痛むぞ」
「それなら俺 習得するの無理だわ。難しすぎる」
そういや昔テレビで見た超能力のドキュメント番組で、治療能力のあるロシアの少女が医学を勉強してる話をしてた。
やっぱりそういう知識が必要なのか。
「今はこんな感じだとわかっただけでいい。ついでに体力も回復しといてやるか」
俺の腕の中でターヴィがピクリと動くと、ハァーと大きく息を吐いた。
大きな緑青の瞳が俺を見た。
「ヒューム? 夢じゃない?! …………助かったのか……?」
「そうですよ、助けに来ました。とりあえずこれ飲んで」
俺はペットボトルのまま水を渡す。渡すとよっぽど喉が渇いていたのか、ターヴィは勢いよく飲んで、すぐにむせた。
むせながら俺ごしにヴァリアスを凝視していた。
危険視されてる……。
「私は蒼也、彼はヴァリアス。シヴィさんから救助依頼を受けてあなたを助けに来ました」
「えっ、シヴィが? ―――まさかそんな金はないはずだけど……」
「確かにAランク事案の相場からすると626,400エルは低いけどな」
「ちょっ、金額の問題じゃないだろ。とにかく生きてて良かったです」
「女衒と契約までして金を作ったんだ。娘に感謝しろよ」
「え、ええぇ……!!?」
ターヴィはそう言うと、さっきのホッとした顔からまた暗転して、俺の膝から下りるとその場に座り込んだ。
「…………そんな……おいらなんかの為になんてこと……」
リトルハンズの男はしゃがみ込んで頭を抱えた。
「いや、大丈夫ですよっ! 村長が借入金とかで返したって言ってましたから」
ったく余計な事言うなよな。
「―――借金………そんな大金……こんな事なら知らせない方が良かったのかな………」
「そんな、生きてくれてた方が―――」
こちらの人にとってそんな大金なのか。
後に10~20万エルぐらいで、貧しい家庭の子供が生涯下働きとして、実質の奴隷として売られる事がよくあることを知った。
契約という名の拘束力で、奴隷禁止法違反の網をかいくぐるのだ。
するとヴァリアスが
「わざわざ知らせなくても、後でお前がしばらく生きていた形跡を見つける可能性ならあるぞ。それを知って、お前の娘が一生後悔することになっても良いってことだな?」
だが小さな男は項垂れたままだった。
「言っとくがオレ達はお前を連れて帰る契約をしただけで、お前の生死は約束してないぞ。
もしここでお前を殺して死体を持って帰っても、報酬額は変わらない。
ぐちゃぐちゃ言ってると、頭だけ村に持って帰るぞっ!」
これには意気消沈していたターヴィもビクッと顔を上げた。
「なんてこと言うんだっ!」
俺もビックリした。
「いいか、救助っていうのはな、行きよりも帰りが難しいんだ。
遭難者が怪我で動けない場合もあるし、救助人のお荷物になる事が多いからな。
そういう時 負担を軽くするために、遭難者を殺して魔物とかのせいにするんだ。
所持品だけ持って帰っても報酬を得られるからな」
そう俺に向かって言ってきた。
「そんな、それじゃ救助じゃないじゃないか……」
「言っただろ、ハンターは慈善事業じゃないって。中にはそういうヤツもいるって事だ。
救助依頼は通常、報酬が良いからな」
…………それが現実なのか、俺が甘ちゃんなのか、ここが異世界だからなのか、わからない…………。
「………でも、おいらの怪我を治してくれましたよね?」
ターヴィがあらためて自分の足に気がついたようだ。
「そうだ。自分で動けるなら荷物にならないからな」
それを聞いてターヴィはしばらく俯いていたが
「………すいません。せっかく助けに来てくれたのに。勝手言いました。怪我まで治してもらってどうも有難うございます」
小さい体を丸めて膝を揃えると、両手を胸の前で交差させた。
「本当に申し訳ありませんでした。変な事言っちゃって。頑張って借金分稼ぎます。
その為にまず生きて帰らないと」
小さな男は頭を下げながらそう言った。
「そうですよ、生きてればまだいろんな可能性があるし」
「そうだよなぁ、蒼也。他人に言うからには、お前も変な気はもう起こさないだろうなぁ」
ヴァリアスが俺に念押しする。
おお、この間の死にたい発言まだ根に持ってるのかよ。
「リトゥ、お前借金返したいなら、オレ達と専属契約するか? 報酬ははずむぞ」
「何やらす気なんだよ?」
どうせ俺絡みなんだろうけど、奴の魂胆が見えなくて怖い。
「えっ、ええ……無事に帰れたら……」
まだ状況がよく飲み込めないターヴィは、言い淀みながら答えた。
「よし、それではせっかく来たんだし、回復させたから早速ひと仕事してもらおうか」
「「えっ ?! 」」
「まだ発掘していない鉱石の場所を知っているだろ? そこに案内しろ」
「あ……あの、でもそこは危険地帯で………ケルベロスの縄張りだから入れないです……」
ターヴィにしたら一難去ってまた一難だ。
また顔が青くなってきている。
「ここら辺のケルベロスなら、もっと奥の山寄りに引っ込んでるぞ。気配ないだろ」
「でもさっき確かに近づいてくる匂いが……まだそこらじゅうでしてるし……」
ターヴィが恐々と辺りを見回す。
「あっこれか!」
犯人は俺だった。服にケルベロスの子犬の毛が付いていた。
「そういう訳だ。もたもたしてると本当に日が暮れちまうぞ」
啞然としているターヴィにお構いなしに、ヴァリアスが立ち上がった。
子供のようだと思って侮っていた。姿は子供だがその瞬発力、脚力はただのすばしっこさじゃない。
うねるように伸びている根っこやデコボコした地面や岩を、まさに走るように飛び跳ねるように進んで行く。スピードもかなりある。
まるで大きなリスのようだ。
「大丈夫ですか。急ぐので……これくらいの速度でいいですか?」
「な、なんとか……」
俺たちはターヴィの後について、森の奥を走っていた。
一応都会人の俺は足を取られないよう、枝にも気を付けながらついて行くのがやっとだ。
ヴァリアスは余裕で、コートのポケットに両手を突っ込んだまま後を付いてくる。なんか腹立つな。
ターヴィが走りながら周囲に神経を配ってるのが伝わってくる。
さすが案内人だ。
この視認も探知もしづらい場所で、これだけの走りをしながら周囲を警戒出来る。
10分くらい走って、黒い茂みが欝蒼とかたまって生えている手前で止まった。
「気を付けてください。ここから急に斜面になってるんです」
そう言って茂みをかき分けると、果たして45度以上の崖になっていて、下の方の岩が重なったところに小さな洞窟のような穴が開いているのが見えた。
念のため索敵するが、魔物どころか動物はいないようだ。
ターヴィもそれはわかっているようで、ザザッと素早く下りていく。
穴は腰をかがめば俺でも入れそうだった。
「ドワーフワーグ(小型魔狼の一種)の元棲み処だな」
ヴァリアスが穴の前に立って言った。
「元って事は、今はいないって事だよね?」
「いたらこんな物できないぞ」
そう言うと中に小さな光球を灯した。
狭い穴倉の内側は、濃い灰黒色の岩肌に所々に青や緑、オレンジ色や赤などの煌めきを放つ部分があった。
「ブラックオパールの原石だ。ここら辺は元々珪素の多い土地だから、魔素の作用でこの穴倉で急速に空気中の水分と固まったんだろう」
そんな簡単に出来ちゃうのか? 凄いな異世界。
あ、できても人間がほとんど来れない場所なのか。
「あくまで原石だからな。質はマチマチだぞ」
やっぱりそうなのか。
そういや学生の頃、箱に入った鉱物標本って学生のこずかいで買えるぐらいの値段だったものなぁ。
「こことこの辺とかは結構質が良いかと思います」
ターヴィが何カ所か指さした。
俺も体を入れてあらためて中を見る。
「うっ、なんか空気が濃い」
中は淀んでいるというか、一種独特の何とも言えない空気がこもっていた。
「そりゃオパールができるぐらい魔素が中でグルグルまわって溜まってるんだからな。
でも少し慣れてきただろ?」
確かに始めよりは慣れてきたけど、あまりいいもんじゃないな。
こんなもので防げるとは思わないが、タオルで口と鼻を覆った。
ターヴィの指摘した箇所のところを大きめに土魔法で、ほじくり出す。
石を掘り出す道具を持ってきてないから、こういう時重宝する。
俺が掘り出していると、穴のすぐ外でターヴィは耳をそばだてていた。こういう注意深さが生き残る秘訣なのだろうか。
ターヴィが指摘した原石は確かに彩色が濃かったり、反射が綺麗だった。
大きさはマチマチで、小指の先くらいのからゴルフボールくらいのまであった。全部で両手いっぱいくらいは採れた。
もっともどこまで削っていいのかわからないから、砂や石がこびりついたままなので、実際のオパール部分はもっと少ないのだろうけど。
俺は穴から出ると地面に広げて、大きさで適当に2つに分けた。
「適当に選んじゃったけど、ターヴィさんから先に選んで下さい」
「えっ? おいらにですか? いや、頂けませんよ」
「どうして? だって一緒に採ったのに」
「通常は案内人は、作業中はこうして周囲の番をするんです。案内料を日割りで貰う他は、発掘などで得た利益の5%です。こんなにとんでもない!」
「………でもなぁ、この場合……」
俺は上から見下ろしてるヴァリアスが、また駄目出ししてくるかと思ってつい見上げた。
「まだ正式に契約したわけじゃないんだから、お前がいいというなら別にいいんじゃないのか?」
「ほらっ 半分は貰う権利があるんですよ」
「でもそれじゃ―――」
「面倒くさい。邪魔になるなら後で捨てろっ」
そう言うとヴァリアスは片方の原石の山を掴むと、ターヴィのカーゴパンツのポケットに突っ込んだ。
こういう鉄火な行動力は、たまに羨ましく思う。
俺には出来ないなぁ。
「あの、その……すいません。ありが―――」
頭を下げようとしたターヴィが、急に顔を上げて左前方に向けて立ち上がった。
2本の大木の方に神経を集中している。
それを見て俺も遅れて索敵してみる。
おおっ いるいる。3、4、5……この感じだと多分ケルベロスだな。
またほとぼりが冷めてきて戻って来たようだ。大体110メートルくらい先か。
「蒼也、お前また索敵引っ込めてたな。こういう場所では常にしてろっと言っただろ」
「う~ ……だけど他の魔法を操作しながら同時にやるのって、大変なんだけど……」
「走りながら手を動かすのと一緒だ。このリトゥだって周囲に注意払いながらテイム出来るぞ。
要は慣れだ」
「旦那たち、今はこっちが風下ですからまだ気づかれませんが、早く移動しないと。
あいつらに追われたら逃げ切れませんよ!」
俺も自分の分の原石を収納して立ち上がった。
「確かにもう戻らないと」
さっきまで薄暗がりぐらいだったのに、今や暗いに変わり始めている。
黒い森に漂う霧が黒っぽく見えてきた。
ポケットの辛子実の粉は、もう無いから撒く事も出来ないとターヴィが慌てる。
「そうだな。じゃあ村まで戻るとするか。ヨロシクな、魔法使い」
「えっ ?!」
『お前がやった事にしておけ。オレは一応戦士だからな』
と、日本語で言ってきた。
『無茶言うなよ、村まで跳べる訳ないだろ。そんな大魔法使えると思われても後が大変じゃないか』
『出来るようになればいいんだ。初めの頃よりだいぶ魔力量も増えてるしな』
『くそーっ ハードル上げやがって……』
とはいえこんな押し問答してる暇もない。
俺は諦めてハラハラしているターヴィに言った。
「ターヴィさん、今からやること帰っても他言しないでくれます?
いつも出来るとは限らないんで、実力があると思われちゃうと困るんですよ」
一応念を押しておく。
「え? ええ、言いませんが、ここから抜け出すんですよね?」
「じゃあちょっとだけ目をつぶってて貰えます? 出来れば感覚も遮断して、あと息吐いて止めて」
ターヴィは一瞬意味が分からないようだったが、すぐに目をつぶると、耳を曲げるように両手で押さえた。
俺はそんな彼を左手でしっかり抱えた。
「じゃ、行きますよ」
俺が頷いて奴に合図すると、俺達は転移した。
目を開けると見た事のある道にいた。
街灯が1つポツンと立っていた。
その明かりが赤い小屋の壁をぼんやりと照らしている。
辺りに人はいない。
「ターヴィさん、もう目を開けていいですよ。帰ってきましたから」
俺はそっと手を離した。
「え……?!」
恐る恐る目を開けたターヴィは、始め信じられないといった顔をした。
キョロキョロと辺りを見まわす。
「どうやって………」
「これ内緒でお願いしますね」
俺は再度念を押した。実力以上に思われるのは本当に困るからな。
「あれはパックのとこのドードー小屋……本当に帰ってこれた………」
小さな男は小屋の前の柵を掴むと、そのまま静かにむせび泣き始めた。
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