第74話 ギルドの格差

 宿で聞いた通り、もう1つの門から伸びている街道を真っ直ぐ40分ほど歩くと、見覚えのある濃く青くそびえる山が、手前の山々の間から見えてきた。


 一昨日の雨で潤った葉をピンと伸ばした平原の向こうに、ラーケル村の灰色の石塀が見える。

 一緒に例の噂の本人も。


「おおっ 早かったじゃないかっ! 待ってたぜっ」

 村長に聞いていたのか、俺達の来る日を知っていたらしい門番の若い男が大声で呼びかけてきた。

 その手に持って振り回している獲物を見て、俺とヴァリアスはつい一緒に ハァ~っと溜息をついた。

 

 若い門番の手には、今度は金属製の槍のように長いメイスが握られていた。

 太さはバットのグリップぐらいだが、頭にはトゲトゲ(スパイク)がついているアレだ。


「どうだいっ? 今度のは棒っきれじゃないぜ。あれよりだいぶ重いが、破壊力は桁違いだ。

 確かに武器は強くなきゃなぁ」

 自慢げに頭の上で振り回してから、どうだと言わんばかりにヴァリアスのほうにスパイクを向けた。

 やっちまったな、こいつも。


 グイッと、ヴァリアスが素手でスパイク部分を掴むと、緩く掴んでいたはずもないのに、門番の手からするりとメイスが抜けた。

 そうして両端を掴むと、雑巾を絞るみたいにギューッとねじり上げた。


「お前の名前はなんだっ!」

 ツイストドーナッツみたいになったメイスを見せられて、啞然としている門番に地響きみたいな声が叩きつけるように言った。


「‟フゥッ、‟フラッ、‟フランだ―」

 舌が上顎に引っ付いたように若い門番が名乗った。

「フランッ! 貴様ぁっ、オレが言った意味が全然わかってないじゃないかっ!

 拳を鍛えろって言っただろうがっ。

 お前のアビリティは戦士だが、拳闘士系だろっ。

 まだまだ未熟のくせにこんな武器ばかりに頼りやがって。せっかくの資質がなくなるぞっ。

 武器を持つなら強くなってからにしろっ!」


 すっかりビビったフランは、バリバリした奴の声に震えあがった。

「しょうがない、四半刻(30分)だけ指導してやる。蒼也、これ持っててやれ」

 と、俺にツイストメイスを渡してきた。すでに別物になってる。

 っていうか、今ここでやんの?


 約20分後に壁に寄りかかってへたり込む門番を残して、俺達は役場に向かった。

 他人がブートキャンプやられてるのを見て、俺もよくもってるなぁとあらためて思った。


 しかし、門番をボロボロにしてしまって大丈夫なんだろうか。

 武器を破壊(?)してしまったので、大銀貨を数枚渡してきた。

 フランは息をゼイゼイさせながら、教えてもらったのに貰えないというような事を言ってきたが、俺が彼女が怒っていたぞと言ったら、サーッと血の気をなくした。

 もうそれで何かあらためてプレゼント用意してやれよ。


「しかし何をやらせてたんだ?」

 のどかな田舎道を速足に歩きながら、先程の特訓内容を訊ねてみた。

 俺には 基本の型をやらせてたようにしか見えなかったが、やっている本人は最初から息が荒くなってキツそうだった。


「地面との引力を強めてやらせたんだ。負荷をかけた状態でやると弱点が良く分かる。

 やりづらい動きとか姿勢の乱れとか自覚できるからな」

「なんかドラゴンボールの重力部屋での特訓みたいだな。体が重くて動くのがしんどくなるんだろ」


「それだけじゃないぞ。肺に負荷がかかるから息がしづらくなる。脳に血液がいかなくなるから貧血にもなる。

 そういう状態で、いかにシンプルに的確に動けるようになるかだ。自己流でやってたみたいで、変な癖がついていたしな」

「うわー それは確かにしんどいな。なんで体力治してやらなかったんだよ」

「オレは戦士系なんだから、一般的には回復とは正反対だろ。お前が出来ればいいが。

 まぁ、あれくらいならすぐ回復するさ。アイツのとりえは回復力なんだから」


 役場の前のひさしの下に4日前と同じく、2人の老人がカードゲームをしていた。

 それをもう1人のパイプを燻らせた老人が、ロッキングチェアに座ってゆっくり揺れながら眺めている。

 時計を見ると2時23分。

 アポは明日の朝9時だから今いるかわからないが、念のため顔だけ出しておこう。

 

 ドアを開けるとこれまたデジャブのように、1つのテーブルに4人の老女が姦しくお喋りをしていた。

 1人ずつ増えてるな。


「あ、ヴァリアスさん、ソーヤさん、いらっしゃい。明日来られるのかと思ってましたよ」

 受付から顔を上げたポルクルが、クロちゃん声で俺達に声をかける。

「ちょっと予定より早く来ました。村長はいらっしゃいますか?」

「ハイハイおります。少々お待ちを」

 そう言うとポルクルはまた、カウンター横から階段を上がって行った。


「おうっ来たか」

 相変わらず年を感じさせない、背筋のピンと伸びたアイザック村長が階段を下りてきた。


「ん、なんかあったか? 兄ちゃん。なんだか顔つきが変わったな」

「えっ どこか変わりました?」

「ああ、なんつうか、ちょっとだけ落ち着いたっていうのかな。悪いがこの間は、どこか頼り無さげだったが、今はその雰囲気が消えてるなぁ」

 あー そりゃ色々体験したからなぁ。

 たったこの4日の間に、盗賊に襲われるわ、人の自殺は目撃するわ、カマキリと死闘するわ。

 人生観変わるような事ばっかだもんなぁ。


「例の2人組な、捕まったぞ。国境近くの港町でな」

 もう1つのテーブルにつきながら村長が話し出した。

「へぇ 早かったですね」

「調べたらやっぱり他でもいろいろやってやがってな。

 昨日バウンティハンターが捕まえたと連絡が来たんだ。今は警吏に身柄を渡して取り調べ中さ。

 たぶん死刑は免れんじゃろうなあ」

 そう村長は右肩をまわしながら話した。


「あっそうだ。換金するの忘れてた」

 バウンティハンターと聞いて思い出した。

 バタバタしてて例の盗賊の賞金忘れてた。


「あの、国内ならどこのギルドでも換金できるって聞いたんですけど、ここでもこれできますか?」

 例の手配犯の賞金引き換え書をテーブルに出した。

 ついでにそいつの手配書きが掲載されているタブロイド紙も。


「ほうっ、こいつは『捻じれのハンス』だな。こんな田舎町にゃあ来ねえが、東の方であちこち悪さしまくってたってえ野郎だが、そうかい、あんた達が捕まえたのかい」

 タブロイド紙と引き換え書を、交互に見ながら感心したように言った。


「やったのはこいつですけどね」

 どうせ俺は小者のほう1人だけだし。

「一緒にやったんだろ。それだけで大したもんだよ。もちろん換金できるぞ。

 ただ申し訳ないが、ここじゃ現金化はすぐに出来ないんじゃ。少なくとも3日はかかる。

 もしあんたがギルドバンクに入っているなら、口座に直接振り込む手続きなら出来るんじゃが」

「急がないのでそれで構いません」

「おお、そうかい。そいつは助かるよ。こんな小さなギルドには、そんな大金置いてないからなぁ」

 そこへポルクルがお茶を持って来た。


「これ本部に上げといてくれるか。あとでカード決済するから」

 と、引き換え書をポルクルに渡した。

「かしこまりました」

 カウンターに入っていくポルクルを見ながら

「あと、ここで魔物の買取もしてもらえますかね」

「ああ、もちろんやってるぞ。獲物はなんだ?」

「レッドアイマンティスです」


「ああん? あのマンティスかぁ !? どっちだ、やっぱり雌のほうか?」

「雌のほうです。ただ卵はないですけど」

「そうかぁ、レッドアイマンティスかぁ……」

 村長は少し眉を寄せて困った顔をしながら、首をゴキゴキ左右に動かした。


「やっぱり今の時期、たくさん出まわってるんですか?」

 供給があり過ぎて在庫が余っているのかもしれない。獲れすぎて価格が下がってるなら、もう少し寝かせておくか。

 そう思いながら俺は出されたオーツ麦湯を飲んだ。


「いや、そんな事はないぞ。あいつら飛ぶし、かなり手強いからな。どこもそんなに在庫はないはずだ。

 念のため聞くが、そいつはまだ幼虫か? それとも産卵できる成虫か?」

「産卵してたから成虫ですね」

 それを聞いてハァーっと村長は長く溜息をついた。


「そうか、そうか……。そりゃあ大したもんだと思うんじゃが、悪いがウチじゃ引き取れねぇなぁ」

 村長は少し済まなそうに視線を落とした。

「あ……そうですか。わかりました。じゃあ別のギルドに持ってきます」

 場所によって需要がないのかな。まあ他のギルドをあたればいいか。


「すまんなぁ、気ぃ悪くしないで欲しいんじゃが、通常ゴブリンとかの獲物は引き取れるんだ。

 だけどよ、ウチはこんな田舎町のギルドじゃろ?

 さっきも言った通り金がねぇんだよ」

 と、右掌を上に向けて、何かを軽く掴むような仕草をした。

 どうやらこれがこちらのお金のジェスチャーらしい。


「雌は雄よりもキチン質が硬いのに、柔軟なところもあって質がいい。高級素材の1つなんじゃよなぁ。

 ウチも金があればぜひ、欲しいとこなんだが……」と天井を仰ぐ。

 高いってどれぐらいなんだろ。

 ここじゃドラゴンの鱗1枚も、買えないぐらいなのかな。


「買取りしましょうよっ! マスター」

 甲高い声で振り返ると、いつの間にかポルクルがカウンターから側に来ていた。

「せっかくのチャンスじゃないですか。ここにそんなランクの高い獲物、持ってきてくれる事なんて滅多にないじゃないですかっ。

 ウチも鉱石ばかりじゃなく、高い獲物も流す事が出来るって、本部の人達に教えてやりましょうよぉ!」


 いつも大人しい控えめな男が、今日は珍しく興奮気味に喋る。

 どうもギルドにもランク的なものがあるようで、ここは見かけ通り、下位のほうの支部のようだ。

 いわゆる鉱石が出るから作ったという末端部署らしい。


 確かに俺が初めて入社した会社も、そこそこ支店を持っていた生産販売業で、バブル時代に税金逃れ目的で作った営業所は赤字経営だった。

 よく部長が「あそこの給料はウチが出してやってるんだ」とか嫌味を言っていたのを思い出す。

 ここもそういう負い目があるのかもしれない。


「そりゃあ、儂だって欲しいぞ。だけどレッドアイマンティスの雌がいくらするか知らんわけじゃないだろう」と村長。

「でも、でもですよぉー せめて一部でもぉ」

 食い下がるクロちゃん、いや、ポルクル。

「あの……もし良ければ、後払いでもこちらは構いませんけど……」

 クルッと同時に2人が向き直る。


「いいのか?」

「宜しいので?」

「ええ、そんなすぐに現金化しなくても、こちらは大丈夫なので」

「やりましたね、村長っ!」

 ポルクルの声が一段と高くなる。

「すまんな、気ぃ使わせて。恩にきるよ」

 村長が頭を下げる。


「いや、そんな、それよりまだ獲物を見せてないので、そこまでの代物かどうか……」

 期待されるとちょっと怖くなる。

「あー 確かにそうだな。よし、じゃあ外に来てくれるかい?」


 役場の外にいったん出て建物の後側にまわると、大きな木製の1枚戸があった。

 それを村長が斜め上に持ち上げると、ゆっくり勝手に引き上がっていく。

 中はシンクと大きなテーブルが1つ置かれ、壁に革エプロンがぶる下った、簡単な作業場といった感じの部屋だった。


「じゃあここに出してくれるか」

 俺の空間収納はギーレンで見せているので、もうギルドには知れ渡っているだろう。

 ここで今更隠しても仕方ない。

 空中からそのままレッドアイマンティスを引っ張り出した。


「おー、やっぱりでけぇなぁ。こいつは」

 テーブルは2m半くらいの長さだったが、もちろん載りきらずに、頭と腹が大きくはみ出てしまった。

「すごい! 凄いですね、村長っ」

 ライブでキャーキャー熱狂した女の子みたいに、ポルクルが興奮してさらに高い声を上げた。


「こいつも傭兵の旦那がやったのかい」

 首を軽く動かしながら村長が訊いた。

「いや、これは蒼也が1人でやった。俺はそばで見てただけだ」

 確かにそのまんまだったよな。


「「えっ?!」」

 2人が同時に俺を見る。


「兄ちゃん確か、魔法使いだったよな。こいつは普通、魔力耐性が結構高い奴なんだが……」

「水魔法で倒しました。水だけ耐性が低かったんで」

「……水って氷の刃とかかい?」

「水鉄砲では硬くて駄目だったんで、脳溢血にさせました」

「ノウイッ……??」

「すいません、やっぱりうまく説明出来ませんので……」


 駄目だな。こんな即死魔法、変に広めたら暗殺者の手業を増やすだけだ。

 脳溢血の概念がなくても、心臓が血液ポンプっていう事は知ってるみたいだから、心臓を狙えば同じことだし。

「ふーん、兄ちゃんも謎が多いなぁ。まあ深くは聞かんよ、それがこの世界の礼儀じゃからな」

 なんかドルクのおっさんにも同じような事言われたなぁ。


「それにしても、新しい傷が腹以外、ほとんどないですねー」

 いつの間にか革エプロンに手袋をしたポルクルが、大カマキリを検分していた。

 もしかしてこの小親父が解体するの?


「しかしキチン質は当たり前ですが、節や関節も硬いですねぇ。今ここにある道具で切れるかなぁ」

 テーブルに並べた6本のナイフや、なた状の刃物を次々と当ててみながらポルクルが呟く。

「金槌を使えばなんとか切れそうですが、切り口を綺麗に解体するのは難しそうです。

 後でビンさんのとこで何か借りてきます」

 そうポルクルが短い眉を寄せる。


「これ使ってみろ」

 ヴァリアスが自分が使っていたナイフをテーブルに出した。

「よろしいので?」

 ポルクルが手に取って眺める。

 それは刃渡り20㎝くらいの銀色のナイフで、エッジ部分だけ青白く光っていた。


「直接刃に触れるなよ。触れた部分の細胞組織を分解するからな」

 また呪いの品かよ。

「はいっ、では有難くお借りいたします」

 普通に納得して受け取ってる。

 後で聞いたら、こういった道具は解体用として使用されているらしい。もちろん高い物なので、使っているところは限られているが。


「いや、本当に有り難いな。ウチも鉱石で持ってるようなとこがあるんだが、採ってきたブツをウチじゃなく、よそのギルドに持ち込む者も多くてな。

 業績も売り上げもここんとこ、低迷気味だったんだよ。

 おかげで一気に今月の目標達成できる」

 村長が首筋をさすりながら言う。

 すいません。俺、自分の分のオパールはギーレンで流しちゃいました。


「ちなみにこの辺では、どんな獲物が獲れるんですか」

「そうさなぁ、クレイジー狐、笑いオポッサム、一角兎、フォレストフロッグ……たまにフールベアとかゴブリンだな。

 ここいらはオークがいないから」

「黒い森にいたケルベロスとかフォレストウルフ、ブルーパイソンなんかは狩らないんですか?」


「とんでもねぇよ」

 村長が腕汲みしたまま俺のほうに体を傾ける。

「ケルベロスなんか、Aランクの連中がパーティ組んで、やっと1体狩れるかどうかだ。

 そんな代物もし獲れたら、ウチなんかに持って来んよ。

 フォレストウルフもブルーパイソンも、ほんのたまにじゃな。

 ゴブリンは結構持ってきてくれるんで肉には困らねぇが、同じゴブリンでもホブゴブリン級が欲しいとこなんじゃがな」

 すいません。それもギーレンで出しちゃいました。

 地元に卸せば良かった……。


「ホブならこの間の救助の時、狩ったぞ」

 解体作業を見ていたヴァリアスが急に言った。

「もっともギーレンで買い取ってもらったが」

 わーっ 余計な事言うなっ!


「えーっ じゃあ、あの時、持ってたんですかぁ?」

 ポルクルが手を止めて顔を上げる。

 また眉が八の字になって悲しそうな顔になった。

「まあ、しょうがないわなぁ。こんな小さなギルドじゃ、買取りしてるなんて知らんハンターも少なくないからのぉ」

 村長が諦めたように軽く息を吐く。

 なんか俺、罪悪感を感じるんだけど。

 いま他に卸せる物といえば―――。


「あの……もし良かったら、これも買い取ってもらえます?」

 俺はバッグから掌サイズのブツを取り出した。

 途端にポルクルと流石の村長も目を剥いた。


「なっ、こりゃあ、例のアレかぁ ?! シュクラーバル様ご依頼の―――」

「ええ、ブラックレッドドラゴンの鱗です」

 あの自分用に取っておいた3枚のうちの1枚を出したのだ。


「あのその、ちょっと失礼します……」

 ポルクルが手袋を外すと、ソワソワしながらポケットから、小さな厚みのあるルーペを取り出した。

 そうして鱗を何度もひっくり返したり、透かしたりしながら見ていたが、急に目をウルウルさせた。   

 何故泣く?


「本物です……村長」

「そうか、良かったなポルクル」

「ええ……まさかこの手でドラゴンの鱗を扱える日が来るとは……思ってもいませんでした」

『(いいのか? アレ自分用に取っといたんだろう)』

 奴がテレパシーを送ってきた。

『(あんたのせいだろうがっ。

 何か追加で出さなくちゃいけない雰囲気作りやがって)』

 もう『3枚のお札』の1枚目を使ったような気分だ。

 

 でも俺がコレクションしとくより、こうやって必要なところにまわした方がいいのかも知れない。

 感動に打ち震えているポルクルを見ながら、時々このギルドに獲物を納品に来ようと思った俺だった。

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