第75話 フリーマーケットに申し込む
解体はポルクルに任せて、再び俺達は役場の待合所に戻ってきた。
ポルクルのスキルは水系らしく、これで解体した素材を洗ったり、瞬間凍結させて、氷室に保存したりするのに役立っているそうだ。
「おっと すっかり茶が冷めちまったな。ちょっと待っててくれ」
村長がポルクルの代わりに階段を上っていった。
「お構いなく」
ふとオバちゃん達のお茶は? と思ったら、彼女達の1人がぬるくなったポットに手を当てて、お茶の温度を徐々に上げていった。
ああ、ここじゃこういうのが日常なんだな。
「今日は良い日だから、これだな」
村長が持ってきたのはお茶ではなく、黒っぽいビンと陶器製のカップだった。
「いつか飲もうと思って取っといたんだよ。12年前の豊作の年のチェリーブランデーだ。遠慮なく飲んでくれ」
そう言って酒瓶をテーブル中央に置く。
また昼間っから酒かよ。
「こっちもあるぞ」
そう言うと奴はテーブルの横に空間を歪ませて、中からビール樽を引っ張り出した。
あのギーレンで買い込んだ酒の残りだ。
「おうっ 相変わらずスゲぇ量だな。よし、じゃんじゃんいこうっ」
「すいません……私はお茶でお願いします」
「あれっ、ここで酒盛りですか?」
しばらくして、ひと仕事終えたポルクルが戻ってきた。大変だったようで、首に引っかけた手ぬぐいでしきりに顔を拭いている。
「あ~ なんか2階に行くのもなんだから、ここで始めちまった」
すでにいい気分になっている村長が隣の椅子を勧める。
テーブルの上には、ブランデーの入ったカップと木製ジョッキ以外に、同じくギーレンで買ったツマミも紙皿に載せて出してある。
「僕は仕事中はお酒をやらないのでお茶で。
あと、こちら有難うございました。とても助かりました」
ヴァリアスにさっきのナイフを布に巻いて渡す。
「早かったが終わったのか?」
「大まかな解体は終わりましたので、残りはウチの道具でできます。あとでゆっくり処理するつもりです」
と、ポットのお茶を入れ直しにカウンターに入っていった。
ポルクルも来たので例のお土産をバッグから出すことにした。
「これ良ければ使ってください」
カーキとエンジ色のタオルを2本取り出した。
「ほっほう、こいつは」
「エッ 何です、これっ!?」
2人がそれぞれ声を上げる。
「こいつはまた兎の毛のような柔らかさだな。エラく高いもんじゃねぇのかい?」
「いえ、うちの国では比較的(本当は全然だが)布は安く流通してるんです。だから気にしないでください」
カーキ色のタオルを揉みながら、村長がジロリと俺のほうを鋭く見ると
「あんたの国、確か無くなったって言ってなかったか?」
あっ! 俺そういう設定で話通してたんだっけ。
やべっ。
「ええと、確かに国自体はそうなんですけど、日本人が集まった村がありまして……そこの生産で……色々作ってましてぇ……」
我ながら嘘臭い。
「ふーん」
また村長が首をゴキゴキさせながら俺をジッと見ていたが
「まっ いいや。あんたが何か罪を犯してる気配がしないしな。―――身分詐称は軽犯罪の部類なんだが、そのハンタープレートをギーレンで発行したって事は、ちゃんと解析・鑑定を受けたって事だろう?
なら、儂がどうのこうのと横から口だしするのも筋違いだからなぁ」
いや、身分を詐称はしてないけど、異星人だとか言ってない事がありますが。
村長、とにかく目をつぶってくれてアリガトございます。
ちょっとだけただならぬ気配に、間でドギマギしていたポルクルが、村長の言葉でホッとしたように肩の力を抜いた。
ふと視線に気がついて後ろを振り向くと、4人のオバちゃん達に凝視されていた。
俺じゃなくタオルが。
すいませんが、もう予備がないです。
「あのこれ食べますか? その、日本のツマミなんですけど」
あのギーレンの総菜屋で買ってきたツマミ類は、辛くて俺は食べられない。
日本のスーパーで買ってきた、スモークチーズやホタテの佃煮などを紙皿に出した。
「とてもカラフルな袋ですね。
んん、これ薄い金属で出来てるんですかぁ? 金属に印刷を?!」
印刷されたアルミ袋を手に取って、目をパチクリさせながら、またもルーペを出すポルクル。
「私は違うけど、よく日本人は手先が器用と言われてまして……」
自分で言っておいてなんだけど、何のお国自慢だ?
「これ器用とかいうレベルの技術じゃねぇぞ。
まったく聞くのが恐くなっちまうよ。兄ちゃんも旦那と同じで、おっかねぇ人種なんだな」と村長。
「日本人をこいつと一緒にしないでください」
「なんでイヤなんだよっ !?」
「じゃあ、お茶の葉を入れ替えてきま……」
立ち上がったポルクルがビックリした顔をする。俺も横を向いてちょっとビクッときた。
いつの間にか、俺の後ろにオバちゃん達が立ち上がって、テーブルの上の皿を覗き込んでいた。
気がつかなかった。
この4人ともアサシン系なのだろうか。
にわか隠蔽スキルの俺より気配がなかったぞ。
「人ではなく物にだけ、意識が集中されていたからすり抜けたんだ」
ヴァリアスが片眉を吊り上げて
「だが、後ろに立たれてもわからないんじゃ、まだまだ未熟だな」
しょうがねぇだろ、こっちは話に意識がいってたんだから。
「美味しそうねぇ、それは異国の食べ物なの?」
「柔らかそうだけど、歯が弱くても食べやすいのかしら」
「お酒のつまみなの? お茶には合わないのかねぇ?」
「一口もらえる?」
どこの世界でもオバちゃん達はたくましい。
村長も抑えられないようなので、俺は別皿にチーカマと皮むき甘栗を出しておすそ分けした。
まぁ、今後この村に来た時の印象も良くしておかないと。
「あら、アリガトお兄さん」
「ゴメンなさいね、ねだったみたいで」
「ヤダッこれおいしいっ、きっとお茶に合うわよ」
「美味しいわっコレ!」
また姦しい声と共に隣のテーブルに戻っていった。
「ふぅむ……」
村長がツマミを食べながら、ちょっと考え込むように
「兄ちゃん、商人やりたいって言ってたよな。他にも何か商品揃えられるのかい?」
「えっ、はい、色々ありますよ。マッ……いえ、
「火付枝って、そんな高価なもんじゃなくて、もっと庶民が買えるようなもんはあるのかい?」
火付枝と聞いて村長の目が大きくなる。
えーと、マッチが駄目で、何がこちらでは庶民向けになるんだ?
さっきガラクタ市で見た売り物とかからだと……。
「……さっきのタオルとか、食器とか鍋とか古着ですかね」
ロープとか鎖とか、ウチのホームセンターで揃えられるけど、こちらの方が安いかもしれない。
食器と鍋なら100均ショップでも揃えられそうだし。
「その中だと比較的、古着が良いんじゃねぇかな。食器と鍋類は使えなくなるまで、新しいのはまず買わんから。
服ならまだ奮発して、もう一着って買う場合もあるしな。
それにさっきのタオルは、そこら辺の庶民が買える代物じゃないだろう?」
なんかあまり需要が無さげだな。タオルは本当に安いんだけど、あげといて値段言うのも何だし。
「古着なんか用意出来るのか?」
ヴァリアスが訊いてきた。
こいつは日本のリサイクルショップを知らないんだ。
「出来るよ。日本にだって古着屋はあるし、俺んちにも少し処分したい夏物があるから」
今年の夏は失業したせいで、なるべくお金を使わないように服を買わなかった。
おかげで2年着まわしたTシャツやズボンがクタクタだ。
なんとか就職できたんだから、そろそろ新しいの買いたい。
「じゃあどうだい。隣町のギトニャで今、ガラクタ市をやってるんだが、試しに出てみるかい?
商いの小手調べによ」
村長が勧めてきた。
「それって住民じゃなくても参加出来るんですか?」
「基本は確かに町民と商人だけだが、ギルド長が紹介状書けば通してくれるはずだぞ」
「それ、書いてくれるんですか」
「そりゃもちろんさ。儂に出来る事といったらそんなことぐらいだからな。小さな町の
「やった! ぜひっお願いします」
俺は思わず立ちそうになりながら村長にお願いした。
「おいっ、明日から訓練の予定なんだぞ」
ヴァリアスが割って入って来る。
「そりゃそうだけど、今からの登録で明日すぐには出来ないだろう。たぶん何日後だよ。
それに俺だって、たまにはワガママ言ったっていいだろー」
村長たちという味方の前で、俺はちょっと文句を言いたくなった。
「あんただって、俺を大カマキリの前に、平気で置き去りにしたりしてるんだからさ!」
それを聞いて村長とポルクルが、同時にヴァリアスを見た。
「人聞き悪い言い方するなっ。
訓練のためだ。ちゃんとサポートしただろうが」
「弱点教えただけじゃねぇか。いっつも俺、死にそうになるし――」
あんな案内所の親父とか、大カマキリとか見ちゃうと、いつまでハンターなんか出来るかわからない。
ここは商売のほうに、もう少し積極的になったほうがいいかもしれない。
「明日のその訓練って本当に危険はないんだろうな?」
村長が心配げに訊いてくる。
「もちろんだ。あの
コイツには少々キツイかもしれんが」
やっぱ俺にはドSかよ。なんか不安になってくる。
「じゃあ早速紹介状書くか。あとマンティスと鱗の預かり書も用意せんと」
村長は立ち上がると、カウンターからペンと書類を持ってきた。
「今回のガラクタ市は明日までです。次回は89日後です」
ギトニャの商業ギルドの受付嬢が無慈悲に言った。
俺達は紹介状を書いてもらうと、すぐにギトニャへ戻ってきた。
もちろんヴァリアスの転移でだ。
商業ギルドは場所を聞いていたのですぐにわかった。
その2階受付で早速手続きしようとしたのだが……。
「じゃあ急だけど、明日だけでも参加できませんか?」
もう頭の中はフリマにすぐ出店気分だ。
3ヶ月も待てないぞ。
「空きスペースは無いですね。残念ですけど」
ハア~……。俺はカウンター横でガッカリ項垂れた。
せっかく商人モードだったのに、やっぱりハンター一択しかないのだろうか……。
「しょうがないだろ。また今度くればいいじゃないか」
こいつは商いに興味ないからどうでもいいんだろ。もうどこか別の町でやってないかなぁ。
「あの……もしテント場外で宜しければ、出店可能ですけど」
落ち込む俺を見かねてか、30ぐらいのギルド嬢がおずおずと言ってきた。
「出来るんですか ?!」
俺は勢いこんでカウンターに手をつく。
「ええ、テント内はすでにいっぱいですので、その裏で宜しければ……。もちろん出店料は通常の半分になります」
聞けば参加希望者が多くなった時の臨時処置として、そういう予備スペースを活用する場合があるらしい。
「それでお願いしますっ」
「おいっ 明日は訓練があるんだぞ」
横ですかさず邪魔者が言ってくる。
「1日くらいずらしてもらおうよ。それに一度戻って、ビールだって買い出ししたいし」
奴の眉がピクっと一瞬動いた。
そうなのだ。こいつはあればあるだけ飲んでしまう、まさしく
俺が寝ている時に暇なのか飲んでいるようなのだ。
「それに日本酒だってまだ飲んだことないだろう? 西洋モノとは違う味わいで、辛口とか色々あるんだぞ」
「よし、じゃあ1日だけだぞ。明後日から絶対やるからな」
少しも迷わねぇなっ 即決かよ。
こいつ本当に創造神様の使徒なのか? 本当は
参加費300エルを払って参加証を受け取る。
商業ギルドを出て脇道に入ると、すぐに亜空間の門を開けた。
「先に村長とターヴィに断らないと」
「そんなもの後でいい。違約金を払えば済むことだ」
こいつ、酒が絡むと行動力が倍になる。
日本に戻ると夕方の5時過ぎ。
まだ100均ショップはやっているだろう。
「先に酒屋行くぞ」
すでに黒い殺し屋モードになっている奴が玄関に立っている。
「そっちが先かよ」
俺は急かされながら、ダウンコートを引っかけた。
入った事は無いが、近くの商店街に酒のディスカウントショップがあった。
あちらは初夏だが日本はもう12月、来月は正月だ。
店頭に酒樽がこれ見よがしに置いてある。
「これをくれ」
入店2秒で、レジで戸惑い顔した店員に言う。
その他、缶ビールを箱ごと掴んで、次々にレジに置いていく黒服の外国人相手に、この店の三代目という、若い店長が慌ててレジを連打する。
見回すと結構、酒以外の商品もあってお米も安い。
今度あらためて来よう。
「持ち帰りですか。ではお車まで運びますよ」
俺が3度に分けてビール箱抱えて、自動ドアを出て行くのを見て、店長が声をかける。
もちろん車なんかない。俺が外で収納するためだ。
「大丈夫だ。このまま持って行く」
残りの2つの4斗酒樽の縄を、ひょいっと掴んで悠々と店を出る奴を見て、しばし啞然と魅入る店長。
地元であまり目立つ行動は控えてくれ。
無理だろうけど……。
後日、米を買いに行った時、この若い店長に
「コートの胸ポケットに手を入れた時、撃たれるかと思っちゃいましたよ。
もちろん出てきたのは財布でしたけどね」
と、笑いながら言われた。
おかげで奴は『ヒットマンの旦那』というあだ名をつけられてしまった。
あまり近所に広めないでくださいね。
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