第244話 懐かしい顔ぶれと新たな事案
「そろそろ剣を新調するか」
朝からコニャックの奴が言ってきた。
次の朝、俺はベッドの中ですぐに起きずに、ぼんやりと昨夜の事を思い出していた。
リリエラのあの顔が一晩経った今、逆に鮮明に思い出されてくる。
いや、絶対最後まで上手くいくわけないから、諦めて良かったんだ。
どうせ俺は器用じゃないから、二股なんかかけられない。二兎を追う者は一兎も得ずだ。
もう俺は絵里子さん一筋でいく。
……一筋でいくつもりだけど、彼女は俺のことどう思ってるんだろ?
以前ストーカー男から助けたから、男手として頼りにしてくれてるんだろうけど、恋愛とは違うのかもしれないし……。
などとゴロゴロしながら唸っていたら、奴が飯に行くと起こされた。
ここファンタジア・ファウンテン亭の食事は高級宿らしくなかなか美味いし、最近俺自身も朝から食欲が湧くようになっていた。
ハーブライスだが、米がメニューにあるのもいい。
そうして食べている途中で、奴が剣の話を持ち出してきたのだ。
「剣って、このファルシオン以外に持つって事か」
確かに俺の武器はこのファルシオンとダガ―だけで、もっかこのファルシオンばかり使っている。
伝説の名剣どころか、初めての武具屋で買った一般的な剣で、あのグラウンドドラゴンまで相手にしたのだから、考えてみたらエラく無謀な事をしてたものだ。
「だいぶ剣の扱いに慣れてきたし、そろそろ少し長めの剣を扱ってもいいだろう」
「とうとう俺もロングソードを持つのか」
思えば剣を振り回すなんて、子供の頃紙で作った刀以来だものなあ。
この年になってまさか殺傷能力のある本物の剣を手にするなんて思ってもなかった。
「いや、さすがに長剣はまだ危ないから、中剣くらいがいいだろ。ただ今度は片刃じゃなくて両刃にしよう。
両刃剣の扱いにも慣れておかないと」
そういや俺のファルシオンは、剣と呼ばれていながら片刃タイプだった。
先端だけが背側も反って刃になっているが、初心者用に背面を手で掴めるようになっていた。
そうなるともうグリップと背面に手をかけて、攻撃を受け止めるとか出来ないんだなあ。その方が力が入りやすいんだけど。
(実際は素手でも刃を掴んだりする戦法の記録が残ってます。やはり命がけなので手が切れたぐらい気にしてはいられないようです)
「それに、そろそろちゃんとした剣技も教えないといかんしな」
「えっ、今までもちょこちょこ教えてくれてたじゃないか」
魔法ほどじゃないが、時おり剣の振り方も指導を受けていた。
「あれは基本の扱い方だ。まだちゃんとした技は教えてない。
まあ、剣技も知らずに、よくこれまでやってこれたもんだが」
「いや、それ、全部あんたがやらせてたんだろ」
ホントに自覚なしだな。
ディゴンの買取り金が用意出来るのは午後と聞いていたのでまだ時間がある。
食事を済ましてカウンターにキーを返すと、そのまま宿を出てギルド近くの武具屋に向かった。
思い返せば、この世界にきて初めて入った店だった。
あのドワーフ親父はいるのだろうか。
開け放されたドアから覗くと、はたして親父がそこにいた。
デジャヴかと思うほど同じように、小柄だがガッチリした親父が奥の樽の上に座り、太い脚を組みながらタブロイド紙を読んでいた。
以前のパイプが新聞に代わっただけだった。
「ん、あんたら、前にも来たな」
親父が新聞から顔を上げて言う。俺たちのこと覚えててくれたらしい。
「そりゃあ客の顔ぐらい覚えてるよ。それにあんた達ここらじゃ見ない顔だったしな」
そう言いながら俺のことをマジマジ見てきた。
今だからハッキリわかるが、この親父は確かにドワーフのようだ。
前はドワーフ風としか分からなかったが、耳の形といい、ただの小柄なごついベーシス系とは違うというニュアンスがある。
具体的にどうと言われると難しいのだが、強いて言えば、目元の彫りの具合や額、鼻の大きさとかだろうか。
「ほう、兄さん、ちょっと屈んでくれないか?」
言われた通りに前に屈むと、親父は俺の両肩や腕、更に背中や脇腹、胸、太腿と全身を揉んだり掴んだりしてきた。
「だいぶ体が出来てきたな」
最後に俺の両手を揉むように掴むと、口角を上げた。
「そういや前に買ってくれた剣、今持ってるかい?」
言われてファルシオンとダガ―を出すと、ファルシオンの方を手にした親父が、むふぅと大きく鼻で息を吐いた。
「こいつはずい分と働いたらしいな」
「分かるんですか?」
いつも使った後に奴が刃こぼれとか直してくれていたので、すっかり元通りになっていると思っていたのだが。
「ああ、おれはな、石の声を聞くことが出来るんだ。だから鉱石たちが見てきたものとかも、何となくわかるんだよ。
こいつはかなりの修羅場をくぐってやがるなぁ。こんな短期間にまるで戦争にでも行って来たみたいだ。
とても剣冥利に尽きるって言ってら」
そう嬉しそうにドワーフは笑った。
そんな事言うんですか?
剣が突然喋り出したらどうしよう……。使いづらいぞ。
しばらく我が子を見るような目で剣を見つめていたが、おもむろに振り返ると
「今日は何のようだい? こいつの手入れじゃなさそうだな」
「バスターソードが欲しい。コイツに見繕ってくれ」
奴が俺の方に顎でしゃくった。
バスターソード――別名ハンド・アンド・ハーフ・ソードとも言われる、両手・片手の両方で扱いやすい万能剣だ。
「おう、これはこうして刀身の中央に
親父は持ってきた剣の、中央の凹んでいるラインを指しながら言った。
名前の通り、血がこの溝を流れて刃に残るのを防ぐ役目があるそうだ。
「こっちはこの柄頭でバランスを取ってて、安定して振り回しやすいぞ。あと、力で叩っ切りたいっつうなら、こっちの幅広タイプが重いわりに重心のバランスが良くて振り回しやすい」
さすがに武器屋のオヤジ、武器の説明をし出すと止まらない。
それにしても、どれもこれも甲乙つけがたいな。
また1本づつ手に取って軽く振らせてもらう。
ファルシオンと比べると、25から30㎝ほど長いだろうか。その分当たり前だが、グリップも長くなっている。
確かに両手でも持ちやすい。
初めての剣は右も左も分からなかったが、今度はそれぞれ違いがわかる。おかげで逆に迷うことになった。
「こういうのは直感で選ぶのもいいぞ」
そう言われて並べた剣の前で、試しに目を閉じてみる。
そうして剣のほうに素直に気を向けてみた。
すると右から2本目の剣から、何かこちらの気に共鳴してくるような気配を感じた。
目を開けて見てみると、1.2mくらいの長さの柄頭に青い◆模様の描かれている剣だった。
その模様が、なんだか青い目のようにも見えた。
「これにします」
「おう、兄さん、良い勘してるな。そいつは兄さんと相性が良さそうだ」
親父が髭ヅラを緩めた。
外に出ると早速新しい剣を使ってみるかと、奴が乗り気で横道に入ろうとするのですぐに止めた。
「ちょっと待ってくれ。俺もまだ行きたいところがあるんだ」
せっかくギーレンに来たのだ。
リリエラにも再会したし、ついでにもう1人くらい会ってもいいだろう。
そのまま東大通りを歩く。
いるかな~? と思いながら歩いていると見慣れた東門が見えてきた。
いつもと変わらずに門内側で、出ていく者をチェックする門番と、門外側で入って来る者から入館税を取っている門番がいる。
その兵士の中に―― いた、カイルだ。
「あっ、ヴァリアスさん、ソーヤさんっ!」
出ていく人間をチェックしていた彼は、中央通りを歩いてくる俺たちに気がついて、手を高く上げて振ってきた。
「いつ帰ってきたんです?」
「昨日なんだ。赤ん坊は元気?」
「おかげさまで妻と一緒に元気ですよ。やたらお乳を飲むんで、妻が少し疲れ気味ですけどね。おかげでハウルは丸々太ってきたのに、妻が逆に痩せちゃって」
ヘルメットの上から頭を掻くような仕草をした。
『ハウル』というのが、赤ん坊の名前らしい。確か男の子のはずだ。
瞳の色が彼と同じセピア色をしているらしい。
赤ん坊が元気に育って嬉しいところだろうけど、まずその奥さんが心配だな。
「それって大丈夫なのかい?」
以前ヴァリアスが渡した金はもう使い切ってるのだろうか。また滋養のあるモノでも摂らせないと。
「あ、ご心配なく。近所の奥さんたちから最近、貰い乳してるんです。あとやっとハチミツ水も飲ませられるようになりましたしね。
おかげで妻も少しは休めるようになってきました。すぐに元に戻りますよ」と笑った。
んん、確か地球じゃ1歳未満の赤ん坊に蜂蜜は厳禁なんだが、こっちじゃもう良いのか?
体の構造が違うのか、それとも元々ボツリヌス菌とかがいないのだろうか。
それにしてもカイルは以前見た時より、どこか落ち着いた感じがする。
以前は二十歳そこそこの印象のまんまだったのだが、やはり父親になったせいなのか。
話しながらも、そのセピア色の目がチラチラまわりを気にしている。
まわりの兵士たちも俺たちの事を覚えているようで、黙認してくれてはいるが今の時間は人通りも多い。
仕事の邪魔になるので、早々に出ていくことにした。
「またぜひ来て下さいね」
「んー、ちょくちょくまた来るよ」
どうせ後で換金を受け取る用があるのだ。すぐに来る予定だ。
それがまさかあんな形で戻る羽目になるとは思ってもいなかったが……。
外に出て、また街道を右に草地に逸れていく。
そのまま門が見えなくなるところで転移しようとした。
「ヴぁ、ヴァリアス殿~~~っ!」
「ソーヤさん、待ってくださ~いっ」
後ろから大急ぎで走って来る気配と声に振り返った。
見るとカイルと上司の青髭さんだ。とても焦って走って来る。
まさか青鬚さんに挨拶しなかったからとか?
「いや、良かった、間に合って」
鎧を着たまま全力疾走してきたようだが、さすがに息は乱れていない。
「すいません。ご挨拶せずに通ってしまって」
だって中に入っていたら分からんもの。
「いえ、こちらこそ突然お呼び止めして失礼いたしました。
実はたった今、ギルドから緊急連絡が入りまして、至急、ハンターギルドにお越しくださいとのことです」
「あ”あ”? どうせ後で行く約束はしてあるぞ。そんなに急ぐ用なのか」
奴が面倒くさそうに眉をひそめる。
「さあ、詳細は分からないのですが、とにかく御二方を見掛け次第、即ご連絡するようにとの事で、何やら大層急いでいるようでしたが……」
カイルを見ると、彼も何だか分からないという顔をしていた。
という事でまた町に逆戻りになった。
帰り道、カイルがお守りにしているという、首から下げた小さな巾着袋を見せてくれた。
中には淡いフワフワした3㎝くらいの金髪が、ひと房入っている。
なんでも生まれて間もない赤子の髪は、その穢れ無さから魔除けになると言われているらしい。
「ウチの子は特に髪が薄くて、ここまでなんとか伸びるのを待ってたんですよ」
カイルは笑いながら話してくれたが、俺はちょっと別の事を心配した。
大丈夫か? やっと伸びてきたのをカットしてしまって、ハゲになってないか?
大きくなってもし薄毛になったら、生えそろわないうちにカットしたせいだとか、子供に後で恨まれたりしないか。
俺の知人に『俺の薄毛は赤ん坊の頃に、なけなしの毛を筆(赤ちゃん筆のこと)にされたせいだ』と、酔うと愚痴る男を知っているぞ。
そんな事を考えながらギルドに行くと、門番からすでに連絡がいったのか、ギルドの入り口前でハンプティダンプティ似の所長が待ち構えていた。
「ヴァリアスさん、ソーヤさん、良かったっ! ささっ、どうぞこちらへ」
またポンポン跳ねるように階段を上がりながら、4階の応接間に通された。
お茶とは別にボトルごとブランデーを持ってきた受付嬢が出ていくと、そそくさとドアノブにサインプレートのような札状のモノを下げる。
『入室厳禁』としてあった。
「なんだ? もしかしてあのディゴンの素材が高すぎて金の工面がつかないのか」
トーマス所長がソファに戻って来る前に、奴がすでにグラスにブランデーを注ぎながら訊いた。
「いえ、実はある事案が発生しておりまして……」
そう何枚かの書類をやや焦るようにテーブルに広げた。
「これは全て我が国ではなく、他所の国で起こったことです。
ただ、同じ大陸内、案件の内容だけに我が国でも起こる可能性があります」
他国のギルドとは、逃亡犯などの情報のやり取りを行っている以外に、大陸全体に脅威を及ぼすような事案は共有する事になっているらしい。
そこでまず王都のギルド本部に通報が入り、俺たちがここにいることを知って、こちらにすぐさま連絡が来たという訳だ。
「言っとくが、国家レベルの事案でも請ける気はねえぞ」
興味無さそうにソファにもたれながら、ボトルの液体がどんどん減っていく。
「それはそうですが、せめて手がかりだけでもお教え願えればと思いまして……」
暑いわけでもないのに、所長がハンカチでせわしなく顔を拭いた。
本来は国家レベルの事案には否応なしに従わなければならないのだが、頼む
「どういう問題なんです?」
俺が代わりに聞くことにした。
「以前、お譲り頂いたドラゴンの鱗ですが、あれによく似た、いえ、そっくりなドラゴンがあちこちで目撃されたのです」
所長は身を乗り出して語尾を強めた。
「目撃談等を総合しても、お二人がお持ちいただいた鱗の持ち主と同一の可能性が高いかと……」
あの黒赤のドラゴンか。オッドアイの。
あいつの牙と魔石を未だに持っているのに、すっかりその存在を忘れていた。
え……あいつが何かやらかしたのか。
「あちこちって、それは人前に現れたってことですか? もしかして……人が襲われたとか」
俺の問いにゆっくりと頷く所長。
俺の頭の中にじわじわと暗澹たる重苦しい雲が広がり始めた。
もう町は襲わないと言っていたのに、奴が適度にやってもいいような余計な事を言ったから――。
いや、俺たちの責任か。俺もあの時は雰囲気に呑まれて積極的に止めてなかった。
あらためて俺はあの洞窟で見つけた鎧を思い出した。
あいつにしたら人も動物も一緒なんだ。みんなあいつの前ではただの獲物――食べ物になっちまう。
……なんだか被害状況を聞くのが怖くなって来た。
隣りを見ると、全く他人事のように気にせず飲んだくれた奴がいる。
「フン、そっくりっていうだけでアイツと決まったわけじゃねえんだろ。
もし仮にアイツだとしてもそれが何なんだ。また一発ぶっ飛ばして
オレはアイツの飼い主じゃねえんだぞ」
おい、あんたのせいかも知れないんだぞ。
すると所長が短い眉を寄せるとこう言った。
「実はちょっと不可解なところがありまして……。
何故か酒樽を運ぶ馬車だけが襲われているようなんです」
その言葉に奴も口に運んだグラスを止めた。
「しかも、しかもですよ……」
所長が組み合わせた手を揉むように握ったり開きながら語尾を強めて言う。
「憎らしいことに、全ての現場にそのドラゴンの鱗が落ちているのですよ。しかも複数」
「……それは当たり前じゃないんですか?」
酒樽を狙うのはあれとして、そこは別におかしくないだろう。
まさかいちいち痕跡を残さないようにするものなのか、ドラゴンって。
「そうじゃないようなんです」
キッと所長がまん丸の顔を上げた。
「そうだぞ、蒼也。鱗は毛と違うんだから、生え代わる時期を除いて、そんなにボトボト自然に落ちないぞ。
どうせ人間どもは反撃どころか、一太刀も報いてないんだろ?」
奴が急に話を聞く気になったようだ。グラスをテーブルに置くとハン
はあーっとため息ともつかない息を吐いて、そのハ
「そうなんです。何故かドラゴンは、腰を抜かしたり命乞いをする彼らの前で、毎回足で体を掻く動作をするようなんです。それで鱗がそこら辺に落ちて……」
それってもしかして……。
俺は奴の方を見た。
ヴァリアスは目を開きながらニヤニヤしている。
「おまけにですよ、あるところでは鱗が1枚しか落ちなかったらしいのです。
そうしたら何を思ったのか、ドラゴンが急に嗚咽を始めて――なんと、魔石を吐いていったそうなんです!」
「カァー カッカッカッカッ!」
奴が悪魔の口で大笑いした。
「やるじゃねえか、あの野郎。なかなか見どころあるぜ」
奴は無責任に面白がっているが、俺の方は全然笑えなかった。
ま、まさかあのドラゴン、奪うんじゃなくて酒の取引をしたって事なのか?!
自分の鱗や魔石が人間には価値があると知って、酒を持って行く代わりにブツを置いていくと。
俺たちが鱗を貰った代わりに酒を渡したように――
あ~~っ! 本当に俺たちのせいだった!
カラカラ笑う奴の横で、俺は自分の頭から血の気が引いていくのがわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます