第243話 使徒たちの狂宴
その女は人間の姿はしていなかった。
いや、人間もどきというべきか。
身長はヴァリアスよりは低いが、俺より確実に上だ。おそらく180以上はあるだろう。
艶黒に白のメッシュが入った髪を肩に軽く垂らしていた。
その色に合わせてか、艶のある黒革のボンデ―ジのような体にピッタリとした服は、なぜか所々穴が開いている。
胸元も大胆な山型に開いていて、はみ出して見えそうな先っちょをギリギリ隠していた。
腹に開いた穴からは形のいいヘソを見せている。その締まったウエストから急に隆起の曲線を描いた腰が、ゆるゆると左右に動きをみせていた。
ただ際どいミニスカの下から伸びた艶めかしい太腿の下、膝からが人間のそれとは違っていた。
まず膝が後ろに曲がっていた。表面には硬そうな黒青の艶のある鱗のような皮膚が覆っている。
その足首には白い羽毛のようなフワフワした綿毛がついていて、その足は鍵爪付きの長い4本の指が伸びていた。
アレだ、トカゲの足に似ているのだ。
いや、急に細くなっている感じは、鳥の足のようでもある。
その両腕も、ノースリーブから出た肩から上腕までが薄ピンクの肌なのだが、肘の上からまた足同様、硬質な肌に覆われて、その手は足と同じ4本指だった。
見た目は化粧がきつくて定かではないが、20代中~後半くらいか。
はっきりした濃い青のアイシャドウに赤いチーク、そして黒ルージュの唇が妙に艶めかしかった。
「ヤダっ、そんな嫌そうな顔しないでよ」
女はモンローウォークのように腰を振りながら、部屋を横切ってきた。
「ヴァリアス、このヒトは?」
「……ア゛、こいつはなぁ――」
何かが喉に引っかかったように、言いづらそうに言いかけた。
「ソーヤ君、元気になった? あれから大変だったんだってぇ」
えっ、俺の事知ってるの?
そう言われると、なんだか見た事ある顔のような気がしてくる。
「ええと、どちら様でしょう? どこかでお会いしましたっけ」
「やあねぁ あたしのこと分からない?」
彼女はちょっとイタズラっぽい笑みをして俺の方を見た。
誰だ、誰かに似ているんだ、黒髪の誰か――――
「ああっ!! もしかしてっ!?」
「わかった?」
女は嬉しそうに小首を傾げた。
「間違ってたら失礼ですが、リブリース様のご姉妹の方ですか?」
そう、彼女はリブリース様に似ていたのだ。なんというかあの笑みというか、顔の構造というか、彼を女性にして、ゴツさを取ったらこんな感じかなという感じだった。
元々彼は柔和な顔をしているし、顔立ちだって端正な方だ。あの男の姉妹ならきっとこんな派手で個性的な美人になるだろう。
しかしこんな鳥、もしくはトカゲ人型なのか? まあ使徒たちの姿は色々あるようだから珍しくないのか。
隣を見ると何故か奴が、下を向いて片手で顔を覆っている。
「うふふっ ソーヤくん、流石ねぇ。及第点よ。
それじゃ、あたしとヴァリーの関係はわかるかしら?」
と、右手の鍵爪を自分の唇にあてた。
え……? 奴の……ナニ??? !!
「ま、ま、ま、まぁさかっ! こぃ、ヴァリアスのお、奥さんっ!!!?」
「わぁ~ 当・た・り♥」
彼女は嬉しそうに顔の前で両拳を合わせた。昔のぶりっ子みたいに。
「ッんな、わけあるかァ”ァ”ァ”ーっ!!」
急に奴が顔を上げた。
顔に黒い血管の筋が浮き上がり、白目が真っ黒になっている。
えっ マジ怒りしてる?!
「てっめぇ、オレが黙ってりゃあ、下らねぇこと言いやがって。気持ち悪くてつい気おくれしちまったが、いい気になってんじゃねぇよっ!」
そうズカズカと女の前に行くと、いきなり女の顔をガッチリ掴んだ。
「イダイッ いたいっ !」
「止めろよっ! なにすんだ、女に暴力振るうなっ」
俺は慌てて止めに入った。
「あ゛あ゛っ!? まだ分かんねぇのかっ? お前」
「何がだよっ」
その鉄筋みたいな腕を掴みながら、俺は間近で彼女を見た。
ん、あれっ?
「こいつはリースの姉妹なんかじゃねぇっ。リース自身だっ!」
「エッエエェーーーーーッ !?!」
つい飛びのいてしまった。
「やだぁー、嫌わないでよ」
彼女、いや、彼はスルっと奴の腕を解くと、またシナをつくった。
リブリース様は何故かドラァグクイーン風の美女になっていた。
数秒の間3人で見つめ合い、いや、にらみ合って(?)いたようだ。
その時、階段を上がって来る足音がして、我に返った俺は慌ててドアを閉めにいった。
もういろいろな衝撃でドアを閉め忘れていたのだ。
「――てめえは、一体ナニしに来たんだ。大体、今ここにいていいのかあ!?」
「だからあ、ちょっとアクシデントがあって来たのよぉ」
リブリース嬢は腕を脇に引き寄せて拳を握った。
何だろう。いちいち動作がぶりっ子風だ。
「アクシデントぉ?」
奴の顔から黒い筋が消えた。
「ちょっと待った。なんでリブリース様が女になってるんだ? しかも鳥人間?」
「そうそう、鳥だよ、鳥。トカゲじゃないからね」
急に彼女の口調が男に戻った。やっぱりリブリース様なのか。
声は声帯が違うのか、ややハスキーボイスだが、女の声になっている。
「ケケケッ これがリースの刑罰だからだよぉー」
聞きなれた可愛い声と共に、横からナジャ様が現われた。
「ナジャ様、え、罰? あっ!」
思い出したっ。
あのダンジョンでの騒動の時に、奴は禁酒の罰を受け、リブリース様も確か
その罰って、何? 性転換なのか?!
「…………オレは別に性の不一致は個性のうちだからなんとも思わんが、コイツのだけは生理的に受け付けられねぇ……」
ヴァリアスがそう言いながら顔をしかめた。
「どう、ソーヤ君。おれ、綺麗?」
そんな奴をまったく気にしないリブリース嬢は、腰に手を当ててくねりながらポーズを決めた。
「あ、はぁ、はい、美人です……」
「化粧はあたいがやってあげたんだよー。上手いでしょ?」
少女も同意を求めるように小首をかしげてきた。
あなたがメイクしたんですか。なんだか濃いというか、ケバいんですけど。
「あの、これが罰って、その性転換が罰なんですか?」
女好きのリブリース様自身が女になったら、それはそれで罰になるのだろうか?
「そうなんだよねぇ。うちの
そう言いながら両手で自分の胸を持ち上げるように掴んだ。
あの、自分の主を単純って言っちゃっていいんですか?
「それならなんで鳥人間なんですか? ただ女性になるんじゃなくて」
「それは魔族の姿だからだ」
やっと落ち着いた奴が言った。
「リースの奴は罰と同時に、魔族の調査をする任務を受けたんだ」
「魔族の? それでわざわざこんな姿になったのか」
「ケケケ、魔族は多種多様な姿をしてんだよー。個性を重んじるから、こうして化粧も濃い女が多いんだよ。本当はこれでも大人しいくらいなんだけどねー」
「そうなんですか。調査って何を調べるんですか?」
「アイツらの力が高まって、暴走したり、地上のバランスが崩れないか、定期的に調査するんだよ。
人間どもと戦争するのは良いが、生態系まで変えられちゃマズイからな」
そう言って奴が近くのソファにドサッと座った。
続いて隣にリブリース様が座ろうとして、思い切りデコピンで飛ばされた。
「顔はやめてよっ 傷がついたらどうすんのよ」
キャンキャンした声で痛そうに文句を言ったあと、「もう乱暴なんだから」とワザとらしく口を尖らせる。
それを苦々しそうな顔で見ていた奴の顔に、また一筋黒い血管が浮いた。
本気で気持ち悪がってる。
「しょうがないなあ、リースはあたいとこっちに座りなー」
向かいに座ったナジャ様が、隣をポンポンと叩いた。
おでこを擦りながら、俺の向かいにリブリース様が座る。足が逆折れなので、なんだか不思議な足の組み方をする。
俺も気を逸らす意味もあって話を振ってみた。
「魔族の調査するって、そんなの天使様でもできそうだけど、それも罰ゲームのうちなんですか?」
確かリブリース様も部下の天使に隊長とか呼ばれてたし、結構エライ人なんじゃないのか。
「以前、魔族にも王がいるって言っただろ? そういうのは天使にも匹敵する力を持ってる奴なんだよ。
離脱した天使・使徒や神の落とし子の子孫だからな。
つまりヘタな天使より力の強い奴らだから、使徒くらいじゃないと危ないんだ。
で、ちょうどコイツが女になったから――」
嫌なモノを払うように手を振った。
「あたし、潜入捜査官するのよぉ」
またリブリース様が女言葉になって、シャキッと右手を頭に敬礼するように当てた。
「ケケケケケッ! そうそう、魔王のハーレムに潜入だから、好都合だもんねー。
万一、本当の女じゃ危ないしぃ」
「エエェッ! ハーレムゥッ?!」
つい素っ頓狂な声が出てしまった。
「そうなのよぉ、ウチの主、意地悪だからさぁ、あたしを女にしといて『ついでに魔王のハーレム潜入してこい』って。
それってあたしの貞操はどうでもいいって事なのかしらねぇ」
だいぶ女性化してるリブリース様が、なよなよしながら話すのを見て、奴が鼻に皺を寄せて歯ぎしりし始めた。
いや、それより聞き捨てならない。
「それ、その大丈夫なんですか? その……ハーレムなんかに入ったら、本当に危ないような……」
「あら、ありがと、ソーヤ君。あたしの操心配してくれてるの? ちゃんとそこは気を付けてるわよ。
というか、おれの対象はあくまで女だからな。男にゃ指一本入れさせないよ。
いざとなったら、おれの闇で幻にまいてやる」
なんだか、女と男が混ざって現われる。
「あ、でもあたしが逆に妊娠するのもアリかな? そうすれば簡単に子が作れるわよねえ」
何故か良い事を思いついたように顔がパアッと明るくなる。隣りのナジャ様が、プッとつい吹きそうに頬を膨らませた。
「でも~初めてはやっぱり誰でもいいわけじゃないし――」
そう言ってニッコリ、俺を見た。
「ソーヤ君、こうやって見ると可愛いねぇ。君なら初めての相手になってあげてもいいわよぉ❤」
次の瞬間、ソファごとリブリース嬢が吹っ飛んだ。
一緒に座っていたナジャ様は、空気椅子に座っているように中腰の恰好のまま、同じ位置にいた。
「あー、やっぱりこうなったかー。危ないから直に座ってなくて良かったよー」
何事っと思ったが、奴がどうやら指弾だか何かを飛ばしたらしかった。
「誰がそんな穢らわしい相手させるかっ! 本気で殺すぞっ!!」
奴が腰を浮かしかけた。
また顔中血管が浮いてるし、白目も真っ黒で顔全体が黒く見える。
体からも黒い瘴気が滲み出てきて、隣で俺は別の意味で身震いした。い、痛いっ。隣りからヤマアラシの氷柱みたいな尖った冷気が刺して来る。
「はい、はい、殺し合いは後にしてねー。ちょっと女性ホルモンがまわっちゃって、おかしくなってるんだからさぁ。少しはそこわかってあげなよー」
ナジャ様が仲裁に入る。
「やーん、ちょっと冗談言っただけじゃないのぉ~」
ブラックレディーが、クルンとソファごと同じ位置に戻ってきた。
ソファと床は大丈夫か?
ふん、と奴もまた元に戻って座り直す。ああ、寒かった。
「ヴァリアスもいちいち乱暴すんなよ。仲間なんだろ? その仲間に殺すって剣呑だぞ」
「別に仲間なんかじゃねぇよ。それにコイツとは昔殺し合った仲だ」
奴が面白くなさそうに足を組み直した。
「そうそう、創世の頃ね、初めてヴァリーと会った時は敵同士だったから」と新生クイーンが手をヒラつかせる。
「ヴァリーにね、おれ、右半身喰われた事あんだよ。咄嗟に近くの影に入って逃げ切ったけど、もうあれはヤバかったぜー」
思い出したのか、リブリース嬢がわざとらしく両手で自分の体を抱きしめた。
「ふん、喧嘩売ってきたから買ったまでだ。それに4割くらいだろ。半分じゃねえ」
「そうかもね、なんたって命の次に大事なおれ様の大事なトコは、喰われないように死守したからねぇ」
そう言いながら大きく足を上げて、足を組み替えた。
ちょっと足の構造上、仕方ないのかもしれないけど、あなたはシャロン・ストーンですか。ちゃんと履いてますか?
「お前のモンなんか喰わねぇよ。もし取ったら叩き潰して地虫の餌にしてやる」
「ヤダっ! せめて大切に取っといてよぉ」
今度は阿部定かよ。
ピキッと隣で音を立てたような気がした。また奴の顔が黒ずんでいる。俺は咄嗟に離れようと身構えた。
「まあまあ、今日はそんな話しに来たんじゃないだろー?」
ナジャ様が場を収めた。
「そうだったわ。あたし今、絶賛潜入中なのに事故っちゃって。だけどオスクリダール様にはさすがに言えないからさ。ヴァリーにお願いしようと思って来たの」
「ああ? 事故ってなんだよ」
「いや、だから主にこの体完璧に作ってもらったじゃない? さすがに魔族に女と信じさせるには、生半可な幻覚じゃ誤魔化しきれないし」
「ンン……?」
ちょっとの間、リブリース嬢を奴が凝視していたが、急に目を見開くと
「馬ッ鹿かっ! お前っ!!」
いきなりテーブルを飛び越えると、そのままリブリース様の頭をヘッドロックしてソファから引きずり上げた。
「イダダダッ! ちょっともう少し優しくしてっ」
「このバカッ! ハーレムは処女しか入れないってぇのが大原則だろうがっ
それを てめえでヤってどうすんだよっ!? 」
「やーん、だってせっかくだから試したくなるじゃな~い?」
このシト、本当に使徒なの? なんだかいつも下半身で行動してないか?
「しょうがねぇ……気色悪いが再生してやる。蒼也とナジャはこっちに入って来んなよ」
そのままヘッドロックしたまま、隣室のベッドルームに入っていった。
「ナジャ様、怒られますよ……」
ぺったりとドアに張り付こうとする少女に俺は注意した。
するとドアが急に開いて、ナジャ様と奴がぶつかりそうになった。
「やっぱり……」
「にいぃ~」
少女が出来る限りのスマイルで誤魔化した。
「いやあ、さすがヴァリー。完璧に治ってるよ。これあと数回しても大丈夫だよね?」
「ホントに殺すぞ……」
完璧な処女バージョンに戻ったらしいリブリース嬢は、「ジョークだよ」とわざとらしく手をヒラヒラさせた。
「だけどさあ、おれの好みとしては、もうちょっとお尻が大きかった方が良かったかなぁって思うんだけど、どうよ?」
と、今度は俺に向かって尻を突き出して見せた。
「そうですか? それで十分だと思いますけど」
お世辞でなく、本当に素敵な安産型の美尻に仕上がってるのだが、これ以上何を求めるのだろうか。
「そう? あたしとしては殿方を誘惑するなら、もっとこう大きい方が良くない?」
あなたはイタリア男やめて、今度はブラジル娘になるつもりですか?
「帰れっ、もう用は済んだんだろ!」
ソファの背もたれに腰掛けようとしたリブリース様に、奴がまさしく噛みつくように言った。
「もう、せっかく会いに来たのに、冷たいんだからっ」
「冷たいのが嫌だったら、溶けるほど燃やしてやるぞ。
あと、お前もだっ ナジャ。2人とも出ていけっ!」
「ハイハイ、じゃあそろそろ行こうか。あんまりあちらも留守に出来ないしね」
「あたいはイアンのとこ行ってこよ。じゃあね、ソウヤ、そのうち売上げ連絡するねー」
イアンさんとこって、もう終刻近いですけど。
「バーイ、ヴァリー、ソーヤ君。また機会があったらね~~~」
黒い霧がカーテンの影に吸い込まれていくように消えていった。最後まで鍵爪がヒラヒラしているのが見えていた。
「ハァーッ……」
奴が肩を落として脱力した。
「本当にアイツら、好き勝手しやがって……」
「でもお仲間なんだろ?」
「だから違うって言ってるだろ! ――ただのダチだ」
「え、それって仲間とどう違うんだよ?」
するとギロっとひと睨みして
「ただのダチなら
いやっ、しねぇよっ!! どんな友だよっ それっ!
それに文句言いたいのはこっちもだよ。
せっかくさっきまで訣別の慕情にしたってたのに。綺麗な思い出の夜が台無しだよ。
「あー、口直ししねぇと」
そう言うと奴は、テーブルにバーボンウイスキーの瓶を取り出した。
「なんだかんだ言って飲みたいだけだろ」
「そりゃあ、こちとら3日間、禁酒の刑だったんだからな。その分取り返さなきゃなんねぇだろ」
「そんなのもうとっくに取り返しただろ。
俺は知ってるんだぞ。日付が変わって4日めの零時になった途端、ビール飲んでたの。
プルタブの開く音で目が覚めたからな」
うざったい事に人のすぐ枕元で飲んでいやがって。少しは離れて飲めよ。
「そんな昔の事はもう忘れたな」
そう素知らぬ顔でアウトローな使徒は、琥珀色の液体をグラスになみなみと注いだ。
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