第220話☆ イッツ・ア・スモールワールド その1(獄卒長という名の救世主)
うう、またもや長くなってしまったので、二つに分けました……(-_-;)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ア”ッ!? てめぇ、何してやがるっ!」
ヴュンンンッ!! と、宙を切り裂く音と共に、鋭利な回し蹴りが繰り出された。
一瞬俺のすぐ脇をバズーカ弾でも通ったのかと思った。
しかし
「やあー、今のはちょっとヤバかったねぇ~」
空中に霧が集まるとリブリース様が再び姿を現したが、そのまわりには黒霧が漂い巻き、顔は黒い炎のような闇が揺らめいたままだった。
なのに表情はよくわかった。
リブリース様は笑っていた。
口からアカンベーのように出した長い舌からも黒い霧が立ち上っている。
その斜め後ろでは、ただの黒い球体にしか見えていなかったグレゴールが、巨大な梅干しになった皺々の全身から冷や汗のようなオーラを漏らしているが視えた。
あの銀の月のようなモノは、彼の触手だったのも何故か理解できた。
闇の姿が視えるようになっていた。
闇は闇で視えるということか。
「……なんだ、わざわざケンカ売りに来たのか?
だったら場所変えるぞ。ここ壊したちまったら
俺の横から黒い瘴気が溢れ出して来た。
目を向けてないのに、奴の白目がすでに真っ黒なのがわかる。銀色の瞳が余計ギラギラして見える。
「いいよぉ~。おれ今とても気分が良いから。
だけどちょっとヤボ用があるから、それからでもいいかなぁ?」
相変わらず悠然としている闇の使徒様。
「ヴァリハリアス様っ! たいへん、大変申し訳ございません! どうかひらに平にお許しくださいませ!」
空中で黒い惑星天使が、グルングルンと勢い良く回転しながら平謝りしている。
いつもなら奴を止めに入るところだが、今の俺はそれどころじゃなかった。
視界が世界が、俺のほうもグルグル廻っていたのだ。
目の前に映る奴らの姿以外に、青緑の森が見えた。余震に大きなネズミたちが右往左往している。
続いて開けた石作りの広場に立ち尽くす何人もの兵士たちと、フードを目深に被った修道士たちが祈る様子を、俺は上から逆さまに見下ろしていた。
まるでコウモリの目線だ。
ふとこちらに気がついたかのように、僧正様が
再び視界が変り、今度はタプタプと波打つ水面ギリギリになった。
あちこちに立っている岩山の上で鳥が騒ぎ、目の前にクリーム色をしたワームがウネウネと泳いで来るのがクローズアップされた。
思わず身を引いた瞬間、ギュンと落下した感覚と共にまたもや風景が変わる。
白い霧の中に沢山の色とりどりの紙吹雪のようなモノが飛んでいる情景だ。
あちこちに灰色の塔のような巨大な柱が斜めに立っているのが視える。
今度はあの5層か ―― なんだ、これどうなってるんだっ?!
目を閉じても視えてしまう。平衡感覚もぐちゃぐちゃだ。
視界がコロコロ変わり、まるで巨大な万華鏡に入れられてガラガラと回されているみたいだ。
展開も早すぎて気持ち悪くなる。
俺は思わず目を覆ってうずくまった。
「そらみろっ。こんな強いスキル、やっても混乱するだけだろが」
頭に手が置かれた感触があって、額からズリっと何かが動いたがすぐに止まった。
「この野郎……。よりによってこんなに深く挿しやがって……」
押し殺した声に殺気がはらむ。
「せっかく貸すつもりなんだから、そう簡単に引っこ抜けるようにするわけないだろう」
チチチチッと、からかうように指を振る黒い男の姿が横に視えた。
「バカ野郎っ、これじゃ呪いと一緒じゃねえか! チッ、しょうがねえ……」
そう言って再び俺の頭に手が触れると、入り乱れていた視界と地面がシュッと重なるように落ち着いた。
「いきなり抜くと負担がかかりそうだから小さく抑えてみたが、どうだ?」
恐る恐る目を開けると、目の前に覗き込んでいる奴と、その後ろで興味深そうにこちらを見ているリブリース様が見えた。
ただ、視え方が変化していた。
目の前に使徒と天使3人を見ているのだが、俺の目の視点以外に俯瞰や横、または下からなど、違う角度からも彼らを同時に視ているのだ。
まるで幾つもの監視カメラ映像を一度に見ているみたいだ。
いま探知の触手を出していないのに。
いや、探知とは違うぞ、これは。
「う~ん、さすがソーヤ君との*同調力はヴァリーの方が断然上だね。
おれだとここまですぐには調整できないよ」
リブリース様がしきり頷きながら、少し残念そうにぼやく。
(* 同化率で変わる。その高低差はイヤなことに相性だったりするのだ)
「で、なんだ。わざわざ喧嘩売るために、嫌がらせに来たのか?」
むっくりと立ち上がった奴から、また瘴気がぞわわ……と放出されてくる。
いい加減そばにいる身にもなってくれ。
「だから言ったじゃない。
ソーヤ君をちょいと助けようと思ったからだよ。悪戯なんてとんでもない」と、闇の使徒が手をヒラヒラさせる。
「だからっていきなりこんな大技与えやがって。まだ闇自身もちゃんと発現してねえんだぞ」
キレ始めている奴を全く意に介していないかのように、リブリース様は軽快に答えた。
「これを機に発現するかもよ。
ぜひソーヤ君には『闇』の使い手になって欲しいね。
闇は素晴らしいよぉ。砂一粒でも影は出来る。
光がないところはあっても、闇のない場所はないからね。
闇を制するものは世界を制することが出来るんだよ」
黒い使徒が上を仰ぎ見るように大きく両手を広げた。
「てめえの仲間になんざさせねえよ。
蒼也、ちょっと7秒待ってろ。コイツを叩き潰して、それを綺麗に取ってやるから」
灰色の悪魔が腕を胸の前でクロスさせながらストレッチした。
「心外だなあ。自慢じゃないけど、もう少しはかかると思うよ」
黒い男がまたヘラヘラと笑う。
ヴァリアス相手に喧嘩売っといて、ずい分余裕だな。
いつも緊張感のないヒトだからあれだけど、彼もそれなりに強いようだ。
ヴァリアスは『創造』の他に『闇』の二核を持つイレギュラーな存在だが、パワーだけならいざ知らず、本家の使徒の方がその『闇』の使い手としては能力は上なのだろう。
いくら厄介な事でも奴ならさっさと取り払うはずなのに、それが出来ないとは。
それに何世紀かに一度行われる神
ゆるゆるしているようでその漂い洩れる黒い霧から、独自の張った気も感じる。
彼もやんわりと見せてるが臨戦態勢に入っているのだ。
そんなハルマゲドンより、こっちは人一人の人生の方が大事なのだ。他所で勝手にやっててくれ。
確かにシャンデリアの落とす影とかが、凄くクッキリ見えるのだが、いま闇で目が利くのは必要ないし、平衡感覚をやられるので逆に邪魔なだけだ。
悪いけどこの力は要らない。
「あの……、リブリース様。せっかくのお気遣い有難いんですけど……」
「ソーヤ君、言っておくけど、おれは本当に君の邪魔をしに来たわけじゃないからね」
黒い男が掌を上にして肩をすくめる。
「さっきも言ったように闇の無い所はないからね。ちょっとの陰影でもあればそこに眼を持っていけるんだよ。
これぞ『
あ、だけどこのダンジョン限定にしてるから『イッツ・ア・スモールワールド』ってとこかな?」
ダンジョンと言われて意識した途端に、俺は遥か上から3D画面みたいにダンジョン全体を俯瞰していた。
大きな蟻の巣状のダンジョンの中に、様々な色の点が蠢いているのが視える。
これは生物やまたは動く非生物が放つエナジーなんだと、不思議とすぐに理解できた。
ああ、探知との違いも分かった。
探知は範囲もアレだが、いつも自分を基点にして視野を伸ばして対象を視ている。
けれどこれは、基点ごとグルグル変わるのだ。
地動説と天動説くらいに見え方がまるで違う。
どこぞの夢の国のアトラクションと同じ名にしてるが、こんなの子供がひきつけ起こしてしまう代物だ。
だがこれなら一度に広範囲を視ることが可能だった。
「これ、『闇』の力なんですか?」
やっとリブリース様の意図がわかった。捜索する別の力を与えてくれたのだ。
「そうだよ。これでもだいぶ力を抑えたつもりだったんだけど、君にはまだ刺激が強すぎたみたいだね」と黒い男が自分の頬に手をあてる。
「探知と似てるが、こっちは広く色んな角度から視るのに都合がいい。ただコントロールがこうして厄介だ。
だからまだコイツには難しいんだよ」
そう言って瘴気をはらんだヴァリアスが、一歩前に踏み出したので俺は思わず奴のコートの裾を掴んだ。
「まて、まて待てっ! 取らなくていい。というか使わせてもらうよ。
こんな凄いワザ、今使わなくてどうする!」
「ああ? だけどお前、その状態で動き回れるのか?
いくら視えても、動けないなら元も子もねえんじゃねえのか」
「そりゃなんとか……」
うわ、駄目だ。
まず何かを見ようとすると、違う場所に視覚が吹っ飛んで移動してしまう。
しかも両目と闇の眼で見ている視覚情報がダブってしまい、体と足元の感覚が一致しない。
位置感覚まで、視ている場所と重なってしまうからだ。
俺は立ち上がれなかった。
「そらみろ。だから……」
だが、また出そうとした足を止めると、奴は舌打ちしながら俺の額に手をやった。
するすると頭の中が少しスッキリした感じがした。
「癪だがしょうがねえ。機能を絞った。これでひとまずやってみろ」
今度は抑えたのではなく、視える角度と位置を制限したらしい。
今までただ闇雲に動き回り、グルグル回転するだけだった視界がピタっと固定された。
全て俺の
また範囲も遠景(ダンジョン全体)と中景(ブロック範囲)、近景(これは目視出来る範囲)のたった3つに限定されたが、おかげで混乱することなく今度はなんとか落ち着いて視ることが出来るようになった。
フルバージョンからずい分カスタマイズされたが、逆に機能が有り過ぎると初心者には難しい。でもこれならなんとか使えそうだ。
始めに全体を意識すると、3Dオブジェクト風にダンジョン全体が浮かび上がる。
何故か空間でない、黒い土や壁の中にも蠢く光が沢山あるのが視えた。
それに意識を持っていくと、中景となって対象物が何であるか確認できた。
アメーバのように動く土塊。ハンターだ。
この強制リフォーム工事のせいで奴らも落ち着かないのか、近くに獲物もいないのに土の中をデタラメに動き回っていた。
また遠景に戻り、今度は地表に佇んでいるモノに眼を向ける。これもあちらこちらに点在していた。
あ、これは3層か。
捕まえたネズミを肉食植物が、その緩慢な触手に絡めている。
いいぞ、これならヨエルを見つけ出せるんじゃないのか。
この異視同一感覚にはまだ馴染めないが、とにかく位置だけでも探り出せそうだ。
「リブリース様、どうも有難うございます! ホント助かります」
まだ眩暈が取れないのでしゃがんだまま、俺は本気の感謝を込めてお礼を言った。
「良かった。役に立ちそうで何よりだよ」
いつの間にか闇の霧を消して柔和な笑顔を見せるリブリース様とは逆に、俺のガーディアンが俺にそら恐ろしい仏頂面を向けてきた。
まるで不味い青汁を飲んだ魔王そのものだ。
そうして面白くなさそうに、その体から瘴気を引っ込めた。
白目はまだ黒いままだが、これでツンドラの極寒からは解放された。
「でも始めから、こうしてヴァリーが力を貸してあげれば良かったのに。
ソーヤ君はまず探知が出来るんだから、それを強化してあげればいいんじゃないの?」
リブリース様が小首を傾げるように尋ねた。
「お前は所詮、赤の他人だからそう簡単に考えるんだ。
コイツには以前、探知を貸してやった事がある。
そうしたらいきなり負担が強すぎて、国に帰る羽目になったんだぞ。
探知系は神経を酷使する。それなりの体が出来てないうちはダメだ」
探知を? そんな事してもらったっけ?
あーー、あれか、地豚狩りの時の!
いや、いやいや、あれはハイオークになった『捻じれのハンス』との死闘のおかげで心底疲れたからだよ。
それが全部済んでホッとしたら、心身ともにドッと疲れが……。
え――まさか、そんなこと危ぶんでいたのか?!
そんな事より現在進行形の悲劇の方がよっぽど神経をヤスリで研がれてるみたいなんだが、なんでそこんとこわからないのかな?!
とにかくどうにか、この力のスイッチだけでもコントロール出来るようにしてくれよ。
「じゃあ頼むから、これの切り替えをオンオフ出来るように調整してくれないか?」
これを使うと平行感覚がおかしくなるので、まず移動しながらは無理だ。
だがスマホで地図を見る時みたいに、視る時は立ち止まり、移動の際は閉じる方式にすればいけるんじゃないのか。
「言われなくてもしてあるぞ。あとはお前の意識でのコントロール次第だ」
またブスっとむくれた顔をして奴がそっぽを向いた。
え~、前みたいにそのコントロールする感覚を、もっと詳しく直接脳に流し込んでくれないのかよ。
この緊急時に自分でコツを掴めと?!
ったく、この野郎は気分でやったりやらなかったりしやがって。
でも確かにさっきから、出たり消えたりするんだよなあ……。
ぬぬぬ、意識しないようにすると逆に意識しちゃうし、凄くもどかしい。
すると闇の使徒様が、少し困ったように眉を曲げて俺に言った。
「ヴァリーをあまり
彼はね、おれなんかと違ってあまり人間の面倒をみた事がないんだよ。
だからさじ加減とかがよく分からないんだ」
「ア"ア"ッ!?」
「待て、ヴァリアス! いちいち暴力振るうな!」
俺はさっきから右手で奴の裾を掴んだままだった。
だから奴も動くのを止めた。
「フンッ」
そういえばこいつ、初めて会った時も、俺を置いて勝手にどんどん歩く調子だった。俺が言うまで歩調も気にせず歩いていた。
ただの気遣い出来ない奴だと思っていたが、合わせるポイントからしてわからなかったのか。
ふと気がつくと、いつの間にか通常と闇の視界がピッタリと重なっていた。
何百という濃さの違う陰影が、コントラストを高くしたハイビジョンな視界をくっきりと見せていた。
めちゃくちゃ目が良くなった感じだ。
ああ、そうか、目の前の近景を見る時は、俺の目と額の眼を重ねるように意識すればいいんだ。
こうすることで探知よりも深く鮮明に視ることが出来る。
『見る』と『視る』が重なるからだ。だんだんコントロール出来るようになってきたぞ。
実はこの時、リブリース様が話で時間を稼ぎながら、そっと調節してくれていたらしいことを俺は知る由もなかった。
貸した『闇』で繋がっているからこそ、俺に干渉し続けることが可能だったのだが、俺はいつも自分だけに精一杯で、誰かがこうして助けてくれていることにも気がつかなかった。
その救世主様がウチの魔王に話しかける。
「だからさヴァリー、天使たちと同列に扱っちゃダメなんだって。
何のためにク
幼児にいくら叩いて教えようとしても、余計泣かれるだけだし、ヘタすれば死んじゃうだろう。
これは育児と同じなんだからさ」
まず幼児に暴力振るうこと自体ダメなんですが。
っていうか俺、赤ん坊と一緒なんですか?!
「例えば女性がね、子供を生むと女じゃなくなるとか言われるけど、そんなの当たり前のことなんだよ。
こんな繊細でか弱い生き物を、一から育てなくちゃいけないんだから。女から母親に変らざる得ないのさ。
だからヴァリーも変わらないと」
「うっせえなっ! てめえなんかに言われたくねえよっ! 第一てめえのは女基準じゃねえか」
「それでもおれは、ヴァリーよりは人の扱いには長けてると思うけどね。
おれだって地獄で、罪人の愚痴をただ聞いてるわけじゃないんだよ」
いつもナンパばかりしているリブリース様だが、実は老若男女問わず、よく人間を観察していたらしい。
それは彼が地獄の拷問官長だからだ。
これは後にナジャ様から聞いたのだが、彼らはただ責め苦を与えるだけでなく、煉獄に出すために本当に猛省、または罰を受け終わったかを見極める役目もはたしているのだそうだ。
亡者たちをよく観察し、あるいは彼らの悲鳴、嘆き、怒り、祈りなどに耳を傾ける。
そうして適度になったと判断した者を引き上げ、次の
地球の刑務所のように、刑期を終えればそれで罪を償ったことになるシステムとは、大きく考え方が違っていた。
『罰』はあくまで罪の重さを、痛みと苦しみで身に沁みてわからせること。
地獄はその罰を受ける場所で、煉獄は罪を
罪人から
俺が地獄に詳しくなったのは、俺自身があの世の地獄を追体験したからだ。
だが、その話はまだずっと後のことだ。
ともあれ更生への導き手である
ついでにナジャ様情報によると、彼はたとえエッチ出来なくても、女の話にはずっと付き合うらしい。
そういう天性のホスト性がまた、人を検分する役目に合っているにかもしれない。
しかし父さんが俺に奴をつけたのって、そういう理由もあったのか。
それはいくらなんでも冒険し過ぎだろ。
ティラノサウルスに子犬を育てさせるようなものだ。
だが変らなくてはいけないのは、俺も同じだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なかなか進まなくてすみません💦
地獄体験エピソードは第4章で公開予定です。
とりあえず手を差し伸べに来てくれたリブリース様。
ヴァリアスより蒼也の指導向きなのではと思われるのですが、やっぱりおかしいシトだったりします。
次回はそんな彼のヤバさとヨエルの痕跡を追います。
『その2』はもっと早く更新出来ると思いますので、どうか引き続きご笑覧お願いいたします。
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