第157話☆ ダンジョンの現実


「もしこれがヤバい罠だったら、どう責任とってくれる気だったんですかっ?」

 俺はプチ怒り気味でヨエルに文句を言った。

 ここにまだ危険な罠が存在しないらしいとはいえ、もしかするともしかしたりするのだ。

 新兵ルーキーだからといって、教官ドリルサージェントに弄られていいわけないのだ。


「そりゃ、ちゃんと確認したからだよ、探知で」

「はっ、探知ぃ ?!」

「怪しいと思った場所はもちろん視るさ。そこは下が軸状になってたし、まわりに落ちて来たり、飛んでくるようなモノも無さそうだったから、コマだとわかったんだ。

 でなけりゃ、さすがに罠に掛からせたりしないさ」

「うぬぬぬっ、だったら口で言ってくださいよっ。俺だって、いちいち体験したくないですから」


 わかった、わかったとヨエルは軽く頭を下げてきた。

 本当にこれだけにしてくれよ、ヨエル軍曹。

 しかし探知か。

 そりゃそうだった。何も出しっぱなしじゃなく、怪しいポイントは探ればいいんだ。

 と、なると『解析』を使えば罠か一発でわかるな。

 よっしゃっ! 


「大丈夫か、脳みそ揺れ過ぎたか?」

 俺が急にニンマリしたので、ヨエルが少し不安気な顔してきた。

「大丈夫です。それよりじゃんじゃんトラップ見つけましょうっ」

「お、おう、まあ元気ならいいか」

 どんな罠なのかわかってしまえば、恐るるに足りず。

 どんと来い、トラップだっ!

 

 なんて勢いづいたが、もちろんそんな事だけで通れるほど、世の中甘くなかったのだが。


 また通路を真っ直ぐ進み始めた。

 何度か見るうちに、確かに罠になっているレンガや石は他と違って、動くために縁がクッキリしているのが分かってきた。

 とはいえ、足元はギリギリ薄暗いので見えづらい。

 俺はもう引っかかりたくないので、足元1mの範囲周辺に探知の触手を出しっぱなしにした。

 ヨエルは気がついたようだが

「まあいいか。今は持久力の練習にもなるか」と特に咎めて来なかった。


 フフ、俺は自慢じゃないが、探知に関しては持久力は少しはあるつもりだぞ。なんたって奴に仕込まれて、半日出しっぱなしにしていた事があるのだ。

 ただこんな、段ボールが取っ散らかった部屋のような感覚じゃなかったが、たぶん問題ないだろ。


「止まれ」

 スッと俺の斜め前を歩いていたヨエルが、L字に左手軽く曲げた。そのまま斜め左上に手を伸ばす。

 俺はその天井を見上げた。


 アーチ型に緩やかな湾曲を描いている、天井の梁のような部分(ここではリブ肋骨・ヴォールト)に、何か透明な膜のようなモノが垂れていた。

 もちろん薄暗い中、目を凝らさなければよく分からない。

 それはちょっと不格好な、これから垂れて来る途中の雫のようにも見えた。


「レッドスライムだ」

「あれが?」

 そう言われてあらためて見てみると、動かないので解け残った氷の塊のように見えていたが、ソレ自身の内部の赤色がゆっくりと流動している。

 まわりが赤茶色なので、余計にわかりづらいのだ。

 

「あんなのに、頭にでも落ちて来られたら厄介だからな」

 そうか、スライムに顔でも塞がれたら窒息だった。俺はスライムの下を大きく避けて通った。


「でも良く気づきましたね。やっぱり探知してたんですか?」

「いや、そんなのしなくてもわかるよ、ほらっ」

 と、彼は今通り過ぎたところ振り返って、警棒ガードスティックで地面を指した。

 そこに少しだが、石地が湿って変色した跡があった。


「スライムの溶液が滴り落ちた跡だ。あいつらはゆっくり動くから、ああやって上にいると、溶解液が落ちてくることがあるんだよ。

 そうでなくても、こういう天井があるところは気を付けないと、何が潜んでるか分からないからな」

 そう言えば、ここに初めて来てスライム狩りをした時に、ヴァリアスの奴に注意されたんだっけ。

 しかし、360度注意しなくちゃいけないのか、更に閉塞感が強くなったぞ。


 と、天井を見回していた俺の目に、ふわりとよぎる影が見えた。

「っ! ヨエルさん、あれっ!」

「ああ、あれは別に注意しなくてもいいよ。というか、あの魔虫を知らないのか?」

 ヨエルも上を仰ぎ見ながら言ってきた。

 

 それは1mくらいの、淡い黄色地に赤い筋のある、フリルのような縁取りのあるマフラーのようだった。

 薄い布のような形状でひらひらと漂っている。

 よく見ると1つではなく、3つ、いや遠くにもいるから5つ、薄暗い影から揺らめくようにぼんやりとした光の中に現われて、また影の中に消えていく。

 ちょっと水中を漂うウミウシを思い出した。


「『コルドーン』っていう魔虫だよ。魔素だけを栄養にしているから、魔素があるところなら半永久的に、ああやって空中を漂うことが出来るんだ。

 人や動物の魔素も好物だから、寄生したりすることもあるけどな」

「えっ、寄生するんですか?」

 急に気持ち悪くなった。


「寄生って言ったって、体の中に入る訳じゃないよ。こうして――」

 ヨエルが左手を上に軽く振ると、一番近くを漂っていた、リボンがふわりと降りてきた。

 そうしてさも呼ばれたように、その左腕にヒュルッと巻き付いた。

「大丈夫、なんですか、ソレ?」

 わざわざ虫を寄生させるのか。


「全然平気だ。こいつらが吸い取る魔力は、俺の軽い探知1回分にも満たない。それに面白いのはこいつは生物の魔力を吸うと、一時的にその相手と情報感覚が繋がるんだ。

 多分、栄養を取れる相手をマークする為なのだろうけど、逆にそれがテイム能力のない者にでも操れる代物になっちまうんだよ」

 それはいいんですが、ずーっとソレ巻きつけたままでいいんですか? いわゆるヒルに血を吸わせてる状態なんですよね?


「もういいかな。そら、先を見てこい」

 彼がそう言うと、言葉がわかったようにフリルリボンもどきは、スルスルと腕から離れ、前方にユラユラとまた飛んでいった。


「気持ち悪くないんですか?」

「全然、痛くも痒くもない。微かに魔力を吸われてる感じぐらいかな。もちろん魔力切れを起こしてる場合なら話は別だが。

 しかしそんな珍しくもない虫なんだが、本当に知らないのか?」

 そんな、蚊を見た事ないのか的に言われても……。


「まあ、今のはイエロー系だけど、場所によっては青だったり、赤だったり、半透明だったり、触覚があったり、色々いるけどな」

「あっ、そういえば――」

 そう言われて思い出した。

 

 あの『パレプセト』でウロウロしている時に、樹々の上を赤い紐が2本飛んでいるのを見たことがあるのだ。

 俺はあの時、例の狩りガールのリボンの切れ端が、風に乗って飛んでいるのだろうとぐらいに思っていた。

 だが、よく考えてみたらあの時、無風状態だったのに、紐は明らかに落下ではなく前に進んでいた。

 アレがそうだったのか。


「あんたもやってみるかい?」

「ノーサンキュー、いえ、結構です」

 いくら綺麗な色をしていても、『一反木綿』に巻き付かれたくない。

 魔法の絨毯のように乗れるならまだいいが。

「せめてもう少し、モフモフしてて可愛ければ、……触ってもいいですけど」

「いるよ、そういうの」

「本当ですか?」


 彼から急に探知の触手が伸びたのを感じた。

 それは俺なんかより早く、この空間の歪みの波に上手く乗るように、抵抗を物ともせずにパァーッと広がっていった。

 触手の流れがすごい滑らかだ。

 ヴァリアス化け物モンスターだが、こちらのは匠のワザだ。

 人として磨き上げたテクニックなんだ。


「さすがはヨエル教官、御見それしました」

「おれはそんな大層なもんじゃないぞ。耳が慣れないから、ただのヨエルでいいよ。それよりお望みの毛モノはちょっと近くにいないようだな。

 やっぱりもっと奥に行かないといないようだ」

 マスター・ヨエルが探知を引っ込めた。


「そうですか。それは残念。ちなみにそれはどんな動物ですか?」

 念のために訊いておかないと。

 また好みと美感に違いがあって、あいつみたいに毛虫が可愛いとか言われてもウンザリだからな。

洞窟ケイブモモンガだよ。モモンガって知ってるか?

 ネズミに似てるけど腕の脇に皮膜があって、それを広げてカイトみたいに飛ぶんだ。

 さすがにテイム能力がないと従魔には出来ないが、ペットなんかで人気の小動物なんだよ」


「ああ、それなら知ってます。良かった。貴方が普通のセンスの持ち主でっ! ホントに良かったっ!!」

 モモンガなら十分可愛いじゃないか。

「モモンガッ 最高ですよっ」

「おっ、おぅ、何かあったのか……?」


 そこで俺はまたあいつのセンスの無さをぶちまけた。

 ワームを可愛いと言ったり、リング百足ムカデにちょっかい出したり、大カマキリの有精卵を保護したり――考えてみたら、あいつやたらと虫を擁護するなあ。

 あいつの創造の仕事って、もしかして虫関係なんじゃないのか?


( 昆虫好きな方には申し訳ないです(;´д`)

 もうこれは個人のただの好みとして受け取ってください )


 ヨエルの眉がまた変形八の字になった。

「う~ん、実はおれも、あまり虫が得意な方じゃないんだよなぁ。どうもあの脚のざわざわ感が性に合わないというか……」

「ですよねぇっ! 師匠っ いや、マスターッ」

「えっ? グレードアップしてないか? ヨエルでいいって」

 じゃあせめて友と呼ばせてくれ、ディア・フレンドよ。

 もう今まで強い奴はあいつを筆頭に、みんなどこか感覚が俺とズレてたから、久々に同士にあった気分だ。

 


 それから話の方向がモフモフから、抱き心地の良いモチモチ感や、蛸のようなにゅるにゅる感やら、何故か男同士の話になってしまった。

 なんですか、あなた。まさかあの店娼館のセールスマンもしてるのですか?

 もしかして見繕ってくれたりするんですか?


「おっと、やっと別パーティに会えそうだ」

 急にピンクの話から、現実の薄闇に戻った。

 なんだ。ちょうど俺の好みを散々話してたところなのだが、まさか聞いただけで終わりか、ヨエルさんよ?

 ダリアのような獣女もいいが、やはり初めては(あくまで異世界では)同じ人種がいいぞ、って聞いてない。


 そのパーティとやらは前方から来てるらしいが、俺の探知にはまだ引っかからない。

 ただ耳を澄ますと、微かに重い足取りがいくつか反響して聞こえてくる。それと一緒に、『ガラララ ジャラジャララ』と金属がまわるような音が混ざっている。

 何人だろ? 複数とは分かるが、音が響いているせいで判別しづらい。


「3人だな」

 教官が言った。

「分かりますか。さすが探知の範囲が広いですね」

「いや、探知してないよ。さっきのコルドーンの目で視てるんだ」

 そう先の闇の中を透かすように目を向けた。


 そのうち足音と、道路でキャスターを転がすような音がハッキリ聞こえてきた。

 別の人間が近づいたせいで、奥の松明がぼうっと燃え上がる。


 確かに3人の人物のようだ。

 段々と近づくにつれ、詳細が見えてきた。


 先頭は、子牛程度の角を付けたバイキング風兜を被った、いかにもドワーフ戦士といった感のどっしりとした小柄な男だった。

 肩当てのフックにカンテラをブル下げていたが、中の火は油切れか消えていた。

 もう片方の肩には太いロープを引き絞り、後ろに黒い袋を引っ張っている。


 その膨らんだ大きい袋の底側には、何十本もの棒状金属が横一列に、ベルトコンベアのローラーのようについていた。どうやらそれでカートのように転がして引きずっているらしい。

 ローラー部分は1本づつ独立しているので、使わない時にはコンパクトに畳める便利なキャリーバッグだそうだ。

 なるほど、俺には収納があるけど、収納魔道具は元々高価だし、台車とか持ち運び入れるのは手間だしな。


 その後ろから2人。

 1人は厚手のフードを被り、手にした魔法の杖を、まさしく杖として地面に突きながら歩く、魔法使いらしき男。

 もう1人は金属製胸当てと革の草摺くさずりに剣を下げた、獣人の女が黙って歩いてきた。

 3人ともあちこち泥まみれで、酷く疲れているのが見て取れる。

 その上をさっきの『コルドーン』が止まったように浮いていた。


 広い通路だったが、俺たちは3人に道を譲るように端に寄った。


「――わざわざ持ってきたのか?」

 ふいにヨエルが声をかけた。

 それに対して重い頭を動かすように、おもむろにこちらを見たドワーフが、低い声で返した。

「……オラの弟だ。アンデッドなんざにゃさせん」

 ズズッと真ん中の男が鼻を軽く啜った。


「……それはすまなかった」

 ヨエルがそう言うと、胸の前で手を交差させて頭を下げた。

 俺も慌てて横で真似をした。


 もう中身が獲物でも宝物でもないのがわかった。

 ゲームでは、生き残ってるキャラクターの後ろに、自動的に棺桶がくっついてくるが、もちろん現実はそんな訳にはいかない。

 こうやって誰かが苦労してでも運ばなければ、遺体はそのまま置き去りだ。

 急に現実に引き戻されて、空気が重くなったような気がした。


「念のために訊いていいか? ちなみにそれはどこでだ」

 またヨエルが言った。

 そんなこと訊いていいのか? とっても失礼なことじゃないのか?


 するとその遺体袋に、虚空を見るような眼差しを向けていたヴァルキリー女戦士が、ぐいっと俺たちを見据えた。


「……5層よ。あともうちょっとだったのに……」

 最後は口の奥で悔しそうに呟いた。

「ああ……、そいつは無理もない。……神が慈悲の御手を差し伸べてくれますように」

 再び彼が頭を下げた。

 女はそれを肩越しに見ていたが、何事もなかったように前を向いた。


 俺は少し固まったまま、闇に消えるそのパーティを見送っていた。

 ポンと、俺の肩にヨエルが手をかける。

「行くぞ」


「あ、あの……」

「ん」

「5層って5階って事ですよね」

「もちろんそうだよ」

 さっきの袋の件をもう忘れたかのように、あっけらかんと言った。


「最下層って……あんなに危険なんですか……」

「そりゃあ、一番奥だし、どこだって危険は付きものさ。多分あいつらには運がなかったんだ。

 もしくはちょっと欲張り過ぎたのか……」

 俺はさっきの女が発した言葉を思い出した。

『もうちょっとだった』というのは、何か無理してしまったのだろうか。


「ただな、確かにここの5層は手強いんだ」

 ヨエルが歩きながら、警棒をポンポンと自分の肩に当てた。


「罠も多くて悪質なのが多いから、『拷問部屋』って異名があるんだよ」


 俺はその場にしゃがみこんだ。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


  以下 後書きという名の呟きです。


 全然関係ないのですが、棺桶を引っ張ってる様子で思い出したのが

『続・荒野の用心棒』のフランコ・ネロ演じる早打ちのジャンゴ!

 西部劇 古い映画だけど、良いモノはいいっ!!

 名前だけですでにカッコいいっ! これで当時24,5歳!

 渋すぎる~(≧∇≦) 

 まさしく漢くさい、泥まみれウエスタン。

 

 もうカッコ良くて(もう言葉が他に見つからない)これは男も惚れるわ。

 真夜中なのに、ジャンゴォ~~~ッって叫びたくなる。(近所迷惑)

 青い瞳も素敵ジャンゴ♥ ジャンゴって言ってみたいだけやん٩(ˊᗜˋ*)و


 ちなみに『続』とはなってますが『荒野の用心棒』とは全くの別物です。

 

 荒野(泥地)を1人の男が棺桶を引きずって来るシーンから始まる。

 もう冒頭からしてインパクト大ですわ。

 この後ろ姿だけですでにカッケ~ッ!(もう何回言ってるんだか💧)

 これがゲームなら即、教会に行くとこだけど、いや、現実でもそう変わりないかな。

 

 そうしてまあ色々あったけど、ラストシーンがまた秀逸。

 もう個人的には『シェーン』より名シーンだと思う。

 またこの曲『さすらいのジャンゴ』も良いのよ~~~♥

 ♪『ジャンゴ お前は独りぼっちだ 愛するひとはもういない――』

   調べたらストーリーまんまの歌詞でした。

 ♪『雨の後は 太陽が輝くのさ ジャンゴ』 

   そうだよ、ジャンゴ、もう幸せになってくれよ。


 興味ある方は、まずは英語版の『日本用の予告編』から↓ (注意!一部残酷描写あり)

 https://www.youtube.com/watch?v=SvE02Uo11E4&t=111s


 他の動画、特に『イタリア版』のはたった3分以内でラスト分かっちゃうので

 それでも良いお急ぎの方はこちら↓

 https://www.youtube.com/watch?v=RTbUWX2qCI0&t=30s


 ネタバレありのニコ動画だけど

 冒頭の棺桶引きずってるだけのOPはこちら↓

 あらためて見ると本当にリアルドラクエだわ(^^;)

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm6111266

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