第17話 蒼也 ドラゴンに会う その2


「待ってくれ。ちょっと、これ」

 俺は足元に落ちている、土まみれのそれを拾って汚れを払った。

「これ鱗じゃないか」

「ん、ああ……そうだな」

 ヴァリアスが片眉を上げて見た。

「これ、あちこちに落ちてるぞ」

 良く見ると土や寝床の草木に混ざって、貝殻のような破片が、そこかしこに散らばっている。

 ヴァリアスがふっと口の端を歪めて笑った。

 それを見てまたブルッと怯えるドラゴン。


「確かに鱗は生え変わるからな。古いのはこうして剥げ落ちる。ただ、少し鮮度が落ちるが……」

 俺が渡した鱗を少し見ていたが

「まぁ呪術に使うわけではないから、これでも良いか。駄目だったらあらためて新鮮なのを剥がせばいいし」

 と、物騒な事を呟いて納得した。

「良かった。じゃあこれ集めるからな」

 それから俺はドラゴンに一応断りを入れた。

「ここに落ちている鱗、貰っていいかな? これで足りれば剥がさなくて済みそうだから」

【こんなので宜しいんで? だったら自分も拾うであります!】

 剥がされないらしいとわかったドラゴンは、体を起こした。高い天井に思い切り頭をぶつけそうだ。


「では蒼也、ちょっとこっちに来い」

 言われた通りにそばに行くと、ヴァリアスがぽぅっと俺の全身に何かをまとわりつかせた。

 それは何か見えない被膜みたいな感じだった。

「一応、物理保護をかけ直しておいた。そんなガラクタの中を歩き回るのだから念のためにな。あと自分でも身体強化を意識しておけよ」


 確かに地面が見えているところはいいが、寝床の部分は濁流に飲まれた塊のような、裂けた木や枝葉などがぐちゃぐちゃに敷き詰められている。

 災害時に普通の長靴で歩いて足に5寸釘を刺した人の話も聞く。

 只のスニーカーじゃ危ないし、軍手ぐらい持ってくれば良かったか。

 というわけで俺とドラゴンは洞窟の中、地面やバキバキに裂けた木・枝や蔦の中から鱗を探した。

 そう思って見ると結構落ちている。まぁ3分の1くらいは割れたり、欠けたりしていたが、確か割れてても良いと言っていたから大丈夫だろう。


 ドラゴンはデカい爪で器用に鱗を摘まんでいた。なんかドラゴンと落穂拾いしてるみたいな図って、凄くシュールだなと思っていたら

「あっぶなぁっ!」

 ドラゴンが向きを変えたと同時に、大木のような尻尾が勢いよく振り回された。俺は間一髪でしゃがんで避けた。

「蒼也、お前の世界じゃ知らないかもしれんが、こちらでは『ドラゴンの後ろに立つ』と言う格言がある。

 安全なようで危ない事の代名詞だ」

 今言うなよ、それっ!

「おい、狭いんだから少しは注意しろ。コイツを怪我させたら鱗剥がすくらいじゃ済まないからな」

【ハ、はいっ! 気をつけるでありますっ !! 】

 ドラゴン脅すあんたが一番シュールだよ。


 足場が悪いので慎重に鱗を探していると、何か金属の板のような物の角が折れ枝の間から見えた。

 引っ張り出すとそれは歪んだ盾だった。

 ということは………。

 近くを探すとやっぱりあった。長剣が2本と短剣5本、少し傷ついてへこんでいるけど、金の装飾入りの高そうな鎧が出てきた。

 俺は隣で見た目に反して繊細に枝を避けて、一生懸命に鱗を拾っているドラゴンを見た。

 少し気を許しかけたけど、基本的には猛獣と変わんないんだよな。


【あ――それは、以前ここに来た4人組のものであります】

 俺が鎧を見ているのに気がついてドラゴンが言ってきた。

【寝ているところを攻撃して来たので、すみませんが返り討ちにしたであります。他のは革だったり、布だったので一緒に食べてしまいました】

 俺に言いながらも目はチラチラと、岩壁に寄りかかっているヴァリアスの顔色を窺っている。

「別に謝ることはない。ソイツらだって危険覚悟で来たんだろうから。

 蒼也、それ持って帰れ。結構良い物だから売れるぞ」

「えっ、これを売るの? だけど遺品を売るのって、墓場荒らしみたいで嫌だなぁ」

「何を言ってる。ここは墓場でもないし、それはすでにタダの落とし物だ。こんな所に放置しておく方がよっぽど勿体ない。そういうのを拾ったら売るのがこちらでは基本だぞ」

 そういうのものなのかあ。

 外国にはありそうな感覚だが、日本人には馴染みがないのでアレだなぁ。


 ふと鎧の中で何かがカランと音を立てた。

 持ち上げてみると胴の開口部から、白銀プラチナのプレートが出てきた。

 一番上端に≪グリーブンランド ハンターギルド発行≫と彫ってある。

 やっぱりハンターなんだ。

 ≪名前:デュラン≫ ≪種族:ヒューム ベーシス系≫となっていた。そしてSランクだった。

 ということは少なくとも4人中1人はSランクだったんだ。

 所長は3人でドラゴンを倒せるレベルと言っていた。他の3人のランクはわからないが、一緒にドラゴンを討伐に来るんだから、そんなに格差はないだろう。それを殺せる力のあるコイツってやっぱり強いんだろうな。

 俺は手を合わせてから鎧と盾と剣、プレートを収納した。


 ものの30分くらいでかなり集まった。ドラゴンも手伝ってくれたおかげで―――ちなみにヴァリアスは立って見ているだけだったが。

 もしかするとドラゴンを監視していたのかも知れないが――― 45Lのごみ袋一杯になった。

 見た目は金属のようなのに実は貝殻のように軽いので、これだけ入っても袋はなんとか持ちそうだ。


「思ったより大量に落ちてたな。体が大きいとはいえこんなに落ちるもんなのか」

【それはこうやって―――】

 ドラゴンは両前脚を手前につくと、右後ろ脚を持ち上げた。そうして犬猫がやるように、首の後ろをボリボリ掻いた。

 見た目より体柔らかいな。

 そうやって体を持ち上げると、胸から下腹が良く見えた。ほぼ黒の背中と違って、イモリの腹ように黒と赤の斑模様のそれは、血のような深紅色だった。毒でも持っていそうだ。


【こう掻いたり、痒いところをこすりつけると古いのが剥れるのであります】

 それで巣にいっぱい落ちてるんだな。俺はあらためて袋を見る。

「これだったら2,3枚ぐらい記念に貰っておいても大丈夫かな」

「2,3どころか、2,30枚ぐらい取っとけよ」

「鎧作る訳じゃないんだからそんなに要らないよ。あとで選り分けよう」


 もうあらかた無くなったと思った時、端っこに黒い枝のようなものを見つけた。

 念のため遺品かも知れないと引っ張り出すと、それは先の尖った角のようなものだった。


 それは俺の腕くらいの長さで、一番太い部分は両手で持ってギリギリ指が付くぐらいの幅がある。

 尖った先から4分の1くらいがまさに血のように紅く、途中から黒色と混ざってグラデーションになっている。

 尖っていない端のほうは黒真珠のように艶のある漆黒だった。全体的に鮫の歯のように鋸状のギザギザが付いている。

 もしや角かと思ったが、ドラゴンの角は緩い波型に波打っているのに対して、これは真っ直ぐだ。

 太い端の底面は凸凹していて、真ん中に穴が開いている。


【あっ それ、自分の抜けた上長歯であります】

「じょうちょうし? あっ歯、牙か」

 どうも歯とか牙は白いイメージがあった。

 そういえば始め口を開けた時に、口の中が黒赤にしか見えなかったのを思い出した。

「これも貰っていいかい?」

【どうぞどうぞ、そんなので良ければ。あの、こっちにもあるであります。奥歯なんで短いですが】

 そう言って足元からゴソゴソ取り出した牙は、上長歯の半分よりやや短いくらいだったが、先から半分が深紅に染まり、途中から黒と交わる部分のグラデーションが渦を巻くような波模様になっていて、とても美しかった。


「良かったな。それかなり高く売れるぞ」

 ヴァリアスが近づいてきて言ってきた。

「いや、これも記念に取っとくよ。凄く綺麗だし」

 いい物見つけたぁ。

 以前に映画か小説などで、ドラゴンの巣には宝があるとたびたび聞いたことがある。

 金銀財宝があったりするという意味だと思うが、なんでドラゴンが人間みたいに金銀財宝が集めるのかなぁという違和感を持っていたけど、成程こういう価値のあるものが落ちてるんだなと納得した。


「じゃあ集め終わったし、そろそろ帰るか」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は目一杯後ろに下がると、スマホを取り出してドラゴンに向けた。

 少し慣れてきて俺も大胆になってきていた。

「大丈夫だよ。ちょっと写真――姿を写すだけだから」

 ドラゴンがちょっとビクついたので俺は慌てて言った。

 ドラゴンの全体像を写す。


「転写のようなものか」

 画面を覗き込んできたヴァリアスが言った。

 そういうものがあるのか。

 でもこれじゃ大きさがわからないなぁ。何か目安になるものがあればいいんだけど。

 ヴァリアスに横に立ってもらおうとすると

「オレは姿を撮られるのは嫌いだ。代わりにこれでいいだろ」

 そう言って土でモコモコと、俺と同じ背丈くらいの人型を作り出した。そいつは歩いてドラゴンの横に並んだ。

 まぁ比較になればいいか。

 それから俺はドラゴンに向き直ると頼んでみた。

「あともう一つお願いがあるんだけど、少し触ってもいいかな?」


 本物の生きたドラゴンを触るなんて、地球ではあり得ないチャンスだ。ファンタジー好きなら是非とも触りたいのじゃないだろうか。

【えっ? ……触るだけなら……】

 俺も急に大胆になったな。これも奴がそばで見てくれているせいが大きいだろう。

 

 そっと首と腹の横を触らしてもらう。

 生きている鱗は貝殻の内側のような、またメタリックな感じにも見える艶を帯びていた。

 呼吸に合わせて上下する鱗が、重なりあう隙間を広げたり縮めたりする。その度に重なっていた赤い部分が見え隠れして、背中から脇腹にかけて黒一色に紅の指し色が散りばめられるように浮き上がる。

 圧倒的な威圧感は消せないが、違う見方をすればドラゴンは美しい生き物でもあると感じられた。

 前から後ろに向かって触ると凹凸はあるが、表面は滑々しているのに、形状のせいで後ろから前に向かってさすると強く引っかかる。

 これで体当たりされたら良くても大怪我は免れないな。それにしても―――


「温かいな」

 それは人肌よりも高い熱を帯びていた。

「当たり前だ。生きているんだから」

「いや、なんかドラゴンって変温動物なのかなと思ってたから、冷たいのかと思ってた」

「ドラゴンはトカゲと違うぞ。体の中で魔素を効率よく燃やして体温調整できるからな」

 ふーん、それもまた新しい生態系だな。


『ところでさ』

 本人の前では聞きづらいので俺は日本語でヴァリアスに聞いた。

『ドラゴンって飛ぶイメージがあったけど、アイツは翼ないじゃない。飛べない地龍とかいう種類なのかい?』

 始めは圧倒され過ぎて感じる余裕がなかったが、このドラゴンにはどこにも翼がなかった。4本の角の生えた、少し首の長い巨大トカゲのような感じだ。


「コイツはちゃんと翼龍だぞ。ほらここに翼の痕跡がある」

 そう言うとドラゴンの横に行って前脚の付け根の斜め上を指さした。

 そこには手羽先みたいな、くの字型の角のような太さの鍵爪状のものがついていた。

「狭いから片方だけ広げて見せろ。コイツに当たらないようにゆっくりとな」


【翼ですか、は、はい。ただいま】

 言われてドラゴンはその鍵爪をピクピク動かした。

 するうちそれが膨らみだしたかと思ったら、ゆっくり伸びながらどんどん大きくなった。

 放射状に傘の骨のようなものがとび出してきて、それに沿って赤黒斑の帆のような分厚い膜が現れた。

 ものの10秒くらいで目の前に黒赤の見事な翼が、洞窟の天井まで届きそうになった。

 完全に広げきっていないのだろうが、それでも洞窟一杯になった。


「どうなってるんだ、これ? 翼をたたんでいるっていう状態じゃないだろ」

 俺はさっきまで鍵爪状だった付け根部分と、その広がった鉄筋のような骨組みを持つ翼を交互に見た。

「そのままの通り翼をたたんでいるんだ。他の動物に比べてコイツら規格外に大きいだろ? だから幼体のときはいいんだが、大きくなると翼が邪魔になる事がある。

 特にこういう狭い所ではな。それで成体になると翼を小さくしてたたみ込んだりするようになる。

 まぁこれも魔力の高いドラゴンだからの、一種の空間収納みたいなものだな」


 何その凄い生態系。異世界の法則が良く分からない。

 でも翼を広げたドラゴンはやはり壮観だなぁ。ヴァリアスにスマホを見せながら

「この画面見ながら、いい構図になったらココを押してくれ」

 俺は牙を持って翼の近くに行った。

 撮ってもらったのを確認すると、俺の上半身アップとドラゴン全体が、ギリギリ翼いっぱい入って写っていた。

 うんうん、上出来だ。


 終わったら広げたときと同じようにゆっくりと翼をたたむ。今度は広げたときと逆回しだ。

「さっき言った地龍―――アースドラゴンも翼がある。翼が無いドラゴンはグランドドラゴンと呼ばれている。ワイバーンと翼龍の中間くらいの存在だな。この痕跡を見落として、グランドドラゴンと侮ると大変な目に合う事になるぞ」


 もうドラゴンだけでも凄く種類がありそうだな。図鑑でもあったらゆっくり見てみたいぜ。とにかく用が済んだから帰るとしよう。

「いきなり押しかけて来てゴメンな。今日はどうも有難う」

 俺はドラゴンに頭を下げた。それから

「ヴァリアス、さっき見た近くの湖まで行ってくれるか?」

「ん? いいぞ」


 ドラゴンに見送られながら(?)俺達は湖に移動した。

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