第227話☆ 遭遇するモノとすれ違う願い


 もう忘れ去られるほど更新が遅くなりました……( ;∀;)



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 師匠が助けに来てくれた。やっぱりどこぞのガーディアンより頼れる師匠だ!


「なぜ1人でいるんだ!? 旦那は?」

「……奴は、俺を置いてどっかに行きました」

 絶対近くにいるのだろうが、毎度置いてきぼりも同然だ。


「チッ! なんなんだ、あの人。この状況をわかってるのか!?」

 師匠が忌々しそうに舌打ちしながら、俺の肩越しに向こうを睨んだ。


 俺の後方からは、メチャクチャに金属を打ち鳴らす音が響き渡っていた。 

 あのメラッドゴリラが床や壁に、やたらめったらに体に喰いついた3つの檻を打ちつけているのだ。

 首を齧っていた歪んだ扉が外れて、さらに足で踏み曲げられた。

 辺りを集中爆撃のど真ん中のごとく轟音が鳴り響く。

 

「兄ちゃん、あいつのまわりを遮音出来るか?」

「え? はい」

 俺は深く考えずに言われた通り、メラッドのまわりの空気の振動を止めた。


 あれほど強烈に耳障りだった金属音が、途端にスイッチを切ったステレオのごとく止む。

 通路向こうの曲がり角で、黒い鬼が音もなく激しい乱舞を見せているだけになった。


「それでいい。これでハンターに邪魔されるリスクが減る」

 ブンと軽く、ヨエルが剣をひと振りして泥を落とした。

「あ――」 

 止める間もなく、ヨエルは黒鬼に突っ込んで行ってしまった。

 

 師匠、俺のことを助けに来てくれたわけじゃないのかよ?

 はなから仇敵狙いだったところに、俺がたまたまいただけなのか。


 などと考えてる場合じゃない。

 何しろ先程までの物音で、すでに別のハンターが地面下を向かって来ていた。

 斜めに浮上してくるソレらの進行方向は、俺を通り越して真っ直ぐ黒ゴリラに続いている。音を消しても打撃の振動が伝わるからだ。


 そして手前のヨエルにも気がついたようだ。

 進路を変えてきた。

 だがヨエルは気づいているはずなのに、全く進路を変えない。

 

 彼の足下1メートル内に入った瞬間、咄嗟にありったけの電撃を地面に流しこんでいた。

 ゴフッ、床が微かに音を立てて大人しくなった。


 ―― 出来た ―― 

 地面越しだとハンターには効きづらいと思っていたのに。


「そうだ。やれば出来るんだよ、お前は。

 失敗することを怖じ気てやらなかっただけだ」 

 すぐそばで奴の声がした。


 怒鳴り返してやりたいが、文句言う暇も余裕もない。

 ちょうどゴリラが、胴に噛みついていた2つめの檻を引き剥がすと、前方に大きく振ったとこだった。


 グワッャアァン! 壁に叩きつけられた檻が、猛スピードで激突したレーシングカーのように宙をスピンしながらこちらに吹っ飛ぶ。

 ヨエルが素早くそれを左に避けた。即座にその背後の俺に迫る。


 避けれ――収納ぉっ!

 俺の突き出した両手すれすれ手前で辛うじて、波打つ空間に吸い込まれた。


 そんなギリギリの俺を心配する気遣いも見せず、ヨエルがゴリラの右胴に剣を閃かせた。

 だが寸でのところで左手にまだ喰い込んでいた檻で薙ぎ払われ、歪んだ格子の間に剣が絡めとられる。


「オ前ェッ!! オ前ガ サーシャヲォォォーーー!!!」

 続いて右の剛腕が激しく振られる。

「ブッ殺シテヤルゥッ!」

 

 が、残像を残してヨエルが消えた――ように見えた。

 実際は得物を手放して屈み躱すと、疾風のように巨体の後ろに回っていた。


 メラッドが振り返る前に、背中に飛び上がったヨエルが逆手に持った剣を首にぶち込んだ。

 黒いゴリラから雄叫びが上がる。


「それはこっちのセリフだっ 馬鹿やろうっ! てめえらのせいでおれは死んだんだっ!!」 

 掴んだ柄からメラッドの青黒く赤いオーラが、生気が立ち上るのが見えた。

 それがしゅるしゅるとヨエルに吸い込まれる。


 だがメラッドもしぶとかった。次の瞬間自分の背中ごと、ヨエルを硬い岩肌に叩きつけた。


「ヨエルっ!」

 俺は2人の死闘の凄まじさに加勢することも、近づくタイミングも失っていた。

   

「この……、まだそんな元気があんのか。人やめたんならさっさと逝きやがれ」    

 床にすぐさま起き上がったヨエルの左手から、ゴトンと盾リュックがずり落ちる。

 左の親指と人差し指が無くなっていた。


「チッ」

 すかさず腰から抜いたダガーを右手に構えて、ヨエルが腰を落とした。


『……テ、テメェ ダケハ 許サ ネェ……』

 ボゴボゴという水泡音を入り混じらせ、ゴリラが唸りながら左手の歪んだ檻を掴み直した。

 首の付け根にはまだ剣の先が斜めに刺さったままだ。


 一瞬睨み合った間をおいて、両者が再び怒号と共に飛び掛かった。


 ブゥン―― 大きく振った檻を上に躱したヨエルを掴もうと右腕を繰り出したゴリラは、彼に触れる寸前に姿を消した。


「!?」

 ゴリラの目に向かって、左手に隠し投げつけた鉄弾が何もない空間を突き抜ける。


「どこへ行った。気配を消したわけじゃない?」

 ヨエルが油断なく辺りを探知で探った。


 その様子を俺は肩で息をしながら見ていた。

 前に突き出した両手は、力を入れ過ぎてすぐに緊張が取れなかった。


 ゴリラを転移で飛ばす事に成功した。

 抵抗力が強い相手を動かすのは、初めて転移の練習をした時のように至難の業だったが、とにかく必至だった。


 こんな歪んだ空間で転移をかけるのは危険過ぎたが、飛ばす相手が敵ならばどうなろうと構わないと初めて思った。

 地層の一部と化そうが、壁にめり込もうが知った事じゃない。

 大事な人を守るためなら、相手に情けをかけていられなかった。


 もうこれ以上、ヨエルを戦わせるわけにはいかない。

 彼はもうボロボロだ。

 左手の他に、左足が脛から妙な方向に曲がっているのがわかる。そこを空気の強力なギブスが巻き付いて支えていた。

 他にも見えないが、内部が破損していると思われるところがあった。

 もう痛みを感じないから無茶のし放題なのだ。ただ動ければいいと。


 ゆっくりとヨエルが俺の方に振り返った。俺もホッとして強ばった腕をやっと下ろせた。


「……お前か、邪魔したのは……」

 怒りを押し殺したような声。

「え……」

 状況を把握する前に、一足飛びに来たヨエルの切っ先が俺の喉元にあった。


 全体がグレートーンのモノクロなのに、瞳だけが燃えたぎる炎のように赤い。

 その憎しみと怒りに彩られた光を、俺は成す術もなく見つめ返した。

 急に悲しくなった。


 するとヨエルの目から徐々に赤みが消え、同時に刃が下ろされた。

「……すまん……」

 ヨエルが顔を伏せながら、額に左手をやった。


「……もう怒りをコントロール出来そうにない。頭の中が暴風に振り回されてる……。

 これが潮時かもしれないな。人でいられるうちに……」

「じゃあ、俺と一緒に来てください!

 ホールに魔導師や僧侶たちがいます。僧正そうじょう様とかいう偉そうなお坊さんもいるんですよ。

 その人なら師匠の助けになってくれるかもしれない」


 緩慢な動作でヨエルが顔を上げた。目はすっかり灰色に戻っている。

「……確かにそいつなら、アンデッドを綺麗に葬り去れるだろうな。

 だがどうせなら、顔馴染みに頼みたい」

 そう言って顎紐を外すと、凹みの出来たヘルメットを下に落とした。

 額の青い無地のはずのバンダナが、まだらに染まっている。


「諦めないでくれよっ! まだ復活するチャンスはあるはずだ。

 俺の生体エナジーが、普通とは違うのわかるだろ?

 これで回復をかけ続ければ、勢いである程度再生できるかもしれないんだ」

 俺は必死に懇願した。


 そうだ。全部を治す必要はない。

 生きるのに最小限必要な部分だけ再生させて、後は地上で治療すれば。


「……ふっ、最後までとことん甘ちゃんだな、兄ちゃんは。

 それは何日、いや、何カ月かける気なんだ?

 一日中食うや食わずで」

 灰色の目がこちらを見据えた。


「……そんなにかかるわけ……」

 確かにやってみた事ないから、分からない。

 しかしやるしかないじゃないか。諦めたらそこで終わりだ。

「でも、やる価値はあるでしょ」

 

 3本指になった左手が軽く顔の前で振られた。

「……断る。

 兄ちゃんを信用しない訳じゃないが、成功するかは分からないんだろ?

 俺が知ってるのは、兄ちゃんの祈りは本物だって事だけだ」

 それから自分の肩に、軽く叩くように剣を乗せた。


「中途半端に痛みだけ戻るのは御免だ。

 それに噂でも、おれのこんな姿をエイダに知られたくない」

 そのまま左手を刃に添えると、自分の首後ろに当てた。


「自分の始末は自分でつける。

 ただ無事に逝けるよう、祈ってくれよ」


「ダメだーーっ!!」

 ヨエルが両腕に力を入れたのと、俺がありったけのエナジーを放ったのはほぼ同時だった。


 激しい立ち眩みと共に、全身から力が抜けた。

 鳴り出した耳鳴りの中、ドサッと何かが傍に倒れる音が聞こえた。



   ******



 気がつくとどこをどう走ってきたのやら、似てはいるが一度も通った事のない場所まで来てしまった事に、ヘルマンはやっと足を止めた。


 注意深く辺りに注意を払ったが、追って来る者も向こうからやって来る者もいないようだ。

 ただ辺り一面に響き渡る地鳴りのせいで、足音が聞こえない可能性もあるにはあったが。


 兵を全員やられたのは痛手だった。

 なぜあの時、留まってでも敵に立ち向かわなかったのか、いざ混乱が収まって来ると、騎士として恥ずべき行動だったのではと脳裏に蘇って来た。


 だが、幸い誰もその失態を見ていた者はいない。


 そうだ、自分は生き残らなければならない人財なのだ。

 これから地上に戻って、迷える兵どもを正しく導いてやらねばならない。

 そんな些末な事に足を引っ張られている訳にはいかないのだ。


 天井からまた金属音が響いて来た。

 巨大なシャンデリアが、荒波にもまれる小舟のように揺れている。


 まったく忌々しい。いつまで続くのだ、この騒ぎは。

 いかにあの女狐の仕業としても、甚だ行き過ぎてはいやしまいか。

 ならばこそ、この事態を早急に地上に伝えねばならんというのに。


 凄まじい轟音と共に、目の前にシャンデリアが落ちてきた ―― ように思えた。

 それは宙から突然現れて、ヘルマンの前に隕石のごとく落下してきた。


 全身が漆黒の闇よりも黒く、あちこちから赤い液体が岩を伝う湧き水のように流れていた。

 左には見覚えのある金属の塊りが、何故かひしゃげて付いている。

 起こした小山のような体躯に乗った頭から、血のように赤い目がヘルマンを見咎めた。

  

『オ前ハァ……!』

 黒い霧と共に憤怒の声が洩れた。

 全身を総毛立たせるとともに、ヘルマンは残りの魔力を全部振り絞った。



   ******



 再び大きくなり始めてきた鳴動と共に、どこかで叫び声が聞こえた気がした。


 ……悲鳴……かな?

 なんとか空中に僅かに残る麝香の臭いを嗅ぎ分けながら、ユーリはつと足を止めた。


 またもや激しくなってきた蠕動ぜんどうのおかげで、音が揺れてしまって発信源が分かりづらい。

 もしこの先から聞こえたのだとすると、発した奴はさっきのいけ好かない野郎の可能性が高い。


 このダンジョンには多くの民間人も投入されている。

 彼らの可能性であることも考えられなくはないが、この状況下で生き延びている者はごく僅かだろう。

 

 それよりも叫び声を上げるような事態が起こったのだとしたら、そっちの方に注意を向けなくてはならない。

 罠にでも引っ掛かったか、それともハンターか。


 少しの間、振動の束の間の静けさから浮かび上がるように、金属の破壊音と何かを強烈に地面や壁に打ち付ける音が聞こえてきた。


 狩猟モードになっているとはいえ、ユーリは意外と冷静なところがあった。

 なにしろ自暴自棄なバーサーカーとは違うという自負がある。

 あんな自我忘却、人事不省の状態では傀儡も一緒だ。あんなバカとは一緒にされたくない。


 狩りは楽しんでこそなのだ。

 だから新たなハプニングが加わって来たかも知れない可能性に、眉を顰めると共に、胸の奥では少しワクワクしてきた。


 緩いカーブの先から破壊音が次第に大きくなって来る。  

 左手にバスターソードを持ち変えると、腰の後ろに備え付けていた幅広の刃を持つダガーを右手に抜いて、隠蔽をかけながら壁伝いに向こうを伺った。


 反射音が直接音となって耳に届くようになった時、その激しく動く影が見えた。


 なんだぁ、こいつは?!


 3メートル以上はある黒い巨体が怒り狂ったまま暴れまわっていた。

 まさにはち切れそうな分厚い胸板、丸太どころか石柱のような腕と脚。

 幅広で瘤のように盛り上がった両肩の間に、その巨躯に対しては小さめな猪首が乗っている。

 まるで闇夜のゴーレムだ。


 その首の後ろの付け根には、剣が斜め中途半端に刺さっていたが、それを抜こうと乱舞しているわけではなさそうだった。


 黒い体にはまだらに赤い筋がぬらぬらと、鈍い光を反射している。

 そうしこれまた赤く染まった金属の塊りを、壁や床に激しく打ち付けていた。

 

 その塊りが振り回されるたびに、あの麝香の匂いが空中に散っていく。

 もうソレは、原型を留めていなかった。


 あちゃあ~~、罠とかじゃなく、こいつにやられちまったのか。

 ユーリは壁に背をつけながら、思わず空の口笛を吹いた。

 

 始めゴーレムかと思えた黒い巨体は、あらためて見ると生物なのがわかった。

 あの黒い体を濡らしている血は、あの気にくわなかった野郎ヘルマンのと、こいつ自身の血だろう。

 動くたびにその節々から漏れ出しているのがわかる。

 それに全身に纏わりついている黒い霧は、お馴染みの闇のエナジーだ。


 こいつは闇の魔物なんだ。

 しかしこのダンジョンにこんな魔物いたっけ? 今まで聞いたことないが。

 ふと狂乱の舞いを見せている頭に目がいった。


 あれ、なんか例の賊のメラッドとかいう奴に似てるな? 大男だったが確かヒュー人族ムで、巨人族ではなかったはずだが。

 でもあいつもちょうど闇属性だったし。


 すると、そんな考えが聞こえたかのように、ピタっと大男が動きを止め、急にこちらの方に顔を振り向けた。

『誰ダ……! ソコニ居ヤガルノハ』

 ぐっとユーリのいる壁を睨みつけた。


 闇は闇を感じる事が出来る。

 いくら隠蔽して姿を消していても、それを上回る強い闇は他の闇を見透かすことが出来る。

 今のメラッドは心から闇に堕ち、また半ばダンジョンで生まれ変わった者として、その深淵からこの世を見ていた。


「くそ、感の良い野郎だな」

 ユーリは隠蔽を解いた。

 隠蔽をかけていれば位置はバレても、相手にはどうしても見えづらくなるのだが、今はそんな中途半端な効果に力を使うのは得策とは思えなかった。


『……役人……警吏 カ……オ前ラァ ミンナァ ブッ殺ス!!』

 ゴーレムが吠えた。


 いや、こいつはゴーレムじゃない。間違いなく賞金首のメラッドだ。

 星の数ほど幾多の魔物はいるが、こんな風に人語を解す奴は少ないのだから。


 ここまで走り込んで来た負荷が痛めた右足と腕を軋ませ、遠くから頭痛を鳴らしていたが無視した。

 今は全身全霊でかからないと。

 

 そう、今や狩りの時間なのだから。

 ペロッと、ユーリは口の中に残った血を舐めると飲みこんだ。



 だがメラッドはボロボロのくせに、なかなかにしぶとかった。

 もう何回か脛や脇を切り付けたのに、勢いが衰えたようにほとんど見えない。

 魔物化しているせいもあるのかもしれないが、それよりもバーサーカー色が強いのかもしれない。

 闇が血の代わりに循環して、失血死は望めそうにない。


 闇のガードを弾き、辛うじて巻き付いているサイズの合わない鎧の隙間を狙っているのだが、その下もまるでアイアンタートルの装甲のように硬かった。


 もしかしておれがさっきぶつかったのは、こいつだったんじゃ?

 そんな考えも掠めていく。


 とにかく時間がかかってくると、こちらが不利だ。

 何しろ右足の力が入りづらく、フットワークも悪くなってきているからだ。

 あの巨大モーニングスターみたいな拳を喰らったら、それこそこっちが宵の明星になっちまう。 

 ちょっと楽しんでる場合じゃないかもしれない。


 腕力も強化してるのに力が抜けがちだ。おかげでこうしてチマチマと浅く切りつけるしか出来ない。


 なんとか奴の後ろにまわって、あの首に半端に刺さった剣を深く蹴り込んでやりたいが。

 それとも壁に激突させて――


 ドォッ! 上に嫌な気配を感じた瞬間、左横から急に現れた鉄砲水のような泥にふっ飛ばされた。

 それは粘土のように弾力があり、一気に体に巻き付いて来た。


 ―― ハンター!? ―― 気配はなかったが!

 しかしそれと同時に、地面を伝う衝撃と轟音が響き渡った。砕けた石礫が飛び散って来る。

 咄嗟に電撃を流すと、床に転がるとともに泥はバラパラと体から崩れ落ちていった。

 すぐさま跳ね起きて身構える。


 そこへパコンっと馴染みのあるほど良い力で頭をはたかれた。

「ギュンター」

「馬鹿ユーリ! ハイになってる場合じゃねえぞ」

 

 先程までいたところには、鎖を引きちぎった巨大なシャンデリアが床に落下していた。

 その下にあの黒いメラッドが潰して。


「何なんだ、あいつは? あの親衛隊はどうした。逃がしたのか」

「いや、あの高慢ちきはそこに転がってるよ」

 左手のダガーで壁際を指した。そこにはぐちゃぐちゃになった鎧の塊りが転がっている。


「うえぇ……。あれを持って帰るのはちょいと気が進まんなあ……」

 ギュンターが鼻に皺を寄せた。

「もう2人は確保してるんだから、亡骸はハンターにくれてやってもいいんじゃないのか」


 最悪、魂はこのダンジョンを彷徨う事になるかも知れないが、審問にかけられて永遠の魂の監獄に閉じ込められるよりは良いかもしれないと、ギュンターは思った。


「じゃあ、あいつの首だけ持っていこうぜ。せっかくの賞金首だ」

 ユーリがシャンデリアの方に顎をしゃくった。

「賞金首?」

 ギュンターもあらためてシャンデリアの下敷きになっている魔物を見た。


「もしかして……サーシャ一味のメラッドか? ずい分と様変わりしたようだが」

「なんでかは分からねえけど間違いねえよ。賞金は山分けだ。

 ちょこっと、この邪魔なアームどかしてくれよ」

 ユーリが太い枝木のように伸びる、シャンデリアの鋼鉄の腕を足で軽く突いた。


「いや、そんなことしてる暇ないぞ。大体お前こそ大丈夫なのか?」

 そう言われてユーリは、自分のサーコートがボロボロに破れているのに初めて気がついた。

 革の胸当ての側面にも、大きな裂傷がざっくりとできてしまっている。


 うわぁ……。これって修理するのと買い替えるのと、どっちがいいんだろう。

 ふとそんな呑気な事を考えるユーリの前で、ギュンターがポーチから畳んだ布を取り出した。

 なるべくまだデコボコと隆起していない床に魔法陣を広げる。


「すぐに地上に戻るぞ、こいつで」

「それって――」

 念のため、手をついて出口側を確かめたギュンターが

「よし、まだ大丈夫だ」と、一人ごちに頷いた。


「一周まわって脱出ルートの復活だ。さっさとここを出るぞ。

 ちなみに魔石は残してあるんだろうな?」

「おお、もちろんだ。そう簡単には使い切れねえよ」


 貰った上質の魔石は鎧の内側に装着させているが、転移魔法を稼働するのにいちいち外さなくとも自分を通してエナジーを流せばよかった。

 2人だけならまだ十分な魔力が残っている。


「だったら、やっぱりあの賞金首を ―― イデデデデェ!」

 目から赤い激情色が消えてアドレナリンが収まって来ると、急激に右半身の痛みが襲ってきた。

 いくらハイモードになって回復力も上げていたとはいえ、かけた負荷の方が上回っていたら意味はない。


「痛い痛いっ! あちこち痛てぇぇ、顎も痛いっ」 

「ホントにこのバカちんが!」

 ギュンターがその場に崩れた相方を持ち上げると、魔法陣の上に座らせた。


「もうポーション飲んでる暇もないから、このまま行くぞっ」

 蠕動の緩急の間隔が短くなって来た。

 いつまたあの5層でのシャッフル状態が、ここで起きないとも限らなかった。


 狭い魔法陣の上、女座りで座り込んでいるユーリを跨ぐように立ちながら、ギュンターは目の前の壊れたシャンデリアを見やった。


 何トンかありそうなシャンデリアが不規則に上下に動くのは、この蠕動のせいだけではないようだ。

 それを裏付けるように下からまだ、黒煙の残りのように黒い霧が洩れていた。


 すまんな。せめて楽にしてやりたいが、こっちも余裕がないんだ。


 魔法陣から青白い光が立ち上る。

 光に包まれた2人の姿がやがて、その輝きの中に消えていった。

 そうして最後に、光が煙のように霞むと共に、魔法陣を描いた布もふわりと浮かぶと宙に消えていった。




    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 やっとギュンターとユーリにも脱出してもらいました。

 メラッドは我ながら書いていて可哀想なくらいやられまくっております。

 ヘタに魔物と化してしまったので、生命力だけは強いようです。

 彼こそアンデッド化した方が良かったのでしょうが、世の中上手くいかないものです。


 次回こそ、長きに渡ったこの騒動にも終止符が――


 もう少し早く更新できるよう頑張りますので、今後もお付き合いのほど宜しくお願いします💦

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