第134話☆ 風船男

 『カクヨム』様オンリー話には、タイトルに☆印を付けました。



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 まずハンターギルド1階奥のギルド銀行に入った。

 カウンターにギルドプレートとプラチナ金貨(1,000万)を出す。

 こちらの銀行に半分貯金して、残りをまたあの日本橋で日本円に換金しようと思った。

 またあの天女の人形顔を、怖いながらも見てみたい気がする。

 それにレートがいつ低くなるか分からないし。


 そんな事を考えながら銀行の入り口を出ようとして、俺は一瞬ギョッとなった。

 入り口前の柱に寄りかかりながら、奴がこちらを睨んでいた。

 いや、正確に言うと、入り口横にいる警備員を見ている。

 その警備の男も、もの凄い緊張感で奴を凝視しているのを感じた。


「お待たせ! さあ行こうか」

 俺はワザと明るく声をかけて、奴を外に連れ出した。


「おい、何、警備員にメンチ切ってるんだよ! もう銀行強盗かと思ったぞ」

「あっちからガンつけてきたんだ」

 凶悪顔がしれっと言ってきた。

「そりゃ、目を逸らしたら喰われると思ったからだよ」

「オレは猛獣かっ!」


「もう今度から、待ってる時はフードを深く被っててくれよ。まわりに迷惑だから」

「なんでだよっ?!」

 サメがガチガチ文句を言ってきたが、無視した。もう何言っても平行線で時間の無駄だ。


 斜め向かいにある商業ギルドは、ハンターギルドと同じく8階建ての大きな建物だった。

 20段近くの幅広の階段を上がっていくと、朱塗りで金枠の大扉が内側に開いている。

 その扉には馬に乗り、大きな帽子を被った商人風の男が描かれていた。

 初めて海を渡り、胡椒などのスパイスを持ち帰ったという、偉大なる商人ピオネロという歴史上の人物だそうだ。

 1階の総合受付で聞きたい内容を言うと、奥の観光案内所に行くように言われた。


「まず『バレンティア』では今時期、宿を取るのは難しいかと思われます」

 案内所の近隣ガイドのカウンターで、係の男が言った。

『バレンティア』というのは、前日に調べてチェックしていた、ダンジョンを3つ管理している街の名前だ。そのうちの1つが初中級ダンジョンだった。


「今、この街では創立記念祭で近隣からも、観光客の方々が沢山来られてます。とても今から宿を取れる状況ではないかと」

 どうやらその祭りは1、2日ぐらいで終わるものではなく、5日後まで行われる長い祭りなようだ。

 しかも初ダンジョンに考えていたその『アジーレ』という名の初中級ダンジョンが、現在祭りのイベントの準備のため閉鎖中という事だった。


 う~ん、確かに祭りは見てみたいが、宿がないんじゃなあ。しかも初中級ダンジョンに入れないんじゃ、もっと上のランクに連れてかれそうで怖いし。


「宿は別として、他の2つのダンジョンは入れるんだな?」

 ほら、やっぱり言ってきたよ。

「ええ、他の2つは通常営業のようです。ランクは中級ですが」

「ダメだ、だめだっ。いきなり中級なんて、俺は絶対に行かないぞ」

 ここはハッキリ言っとかないと、すぐに奴に引っ張られてしまう。


「初中級も中級も大して変わらないだろ。両方とも中なんだから」と奴。

「ええと、初中級の推奨ランクはハンターランクではEランク以上、魔導士ランクでは アプレンティス・ランク以上ですが、中級はそれぞれCランクとエキスパート・ランクですね」

 係の人が教えてくれた。


「おいっ 全然違うじゃないか。なんだよ、Cランクって。俺はまだD仮免なんだぞ。

 絶対に行かねぇぞっ」

 チッと奴が横を向いて舌打ちした。

 危ねぇ、ちゃんと聞いとかなくちゃ、そのまま中級に連れてかれるとこだった。

 いや、こいつなら上級もあり得るな。


「初中級ダンジョンですと、ここから一番近いのは『パレプセト』ですね」

 係がカウンターに近隣マップを広げながら、北寄りの山裾を指さした。

「そこは初心者向けなんですか?」

「ええ、同伴者の方がDランク以上でしたら、まず大丈夫ですよ」

 と、隣の奴を見ながら言った。

 同伴者がいても助けてくれなくちゃ意味ないんだが。


「よし、じゃあ手始めにそこへ行こう」

「待て待て、まず宿を決めてからだ。今晩ダンジョンで野宿なんて嫌だぞ」

「そのダンジョンの近くの街や村ですと、この辺りです」


 近辺の町や村は比較的、王都の西と南側にあった。

 これは太陽が西から登って南を通り、東に沈むからである。

 冬のように陽の角度が低くなると影が長くなるので、高い位置にある王都の城などの影がかからない位置にあるらしい。

 もちろん山々の影もあるので、おのずとこのチェブラ大河沿いに集まってきているようである。

 王都はこの大河の中州にあるので、橋と門は北と南の2つだけだ。

 ちなみに俺達が毎回通っているのは南門のほうだ。

 その街や村はその北門から右方向にあった。王都から少し離れているので、影がかからないからだろう。


「北門からいくつか馬車が出てますよ」

 それには及びません。なんたってこいつが絶対走らせるから。


 こちらから北門側には皇居のようにお城の周りを通るのが、一番近道なのだが、そのまわりは官庁街と貴族街に囲まれている。

 両方とも中塀に囲まれて出入り用の門があり、門には当たり前のように番兵がいる。

 開け放している官庁街の門から中を覗くと、頑丈そうな建物の並ぶ通りの奥を、衛兵たちが列を組んで通っていくのが見えた。

 やめておこう……。


 なんだ入らないのか? という奴を促して、遠回りだが普通の大通りを行くことにした。

 こんな奴をあんなピリピリした雰囲気の中に連れて歩けるわけがない。もう急がばまわれである。


 小洒落た商店街や住宅街、公園、職人通りなどを抜けて、やっと北門に来た時には、太陽がかなり高い位置に来ていた。

 ちょっと小腹が空いてきた。

 だが、これから猛ダッシュで走らされるか、転移の連続をやらされると思うと、胃を満腹にするわけにはいかない。

 ここは宿のある街まで我慢だ。

 

 さっき紹介されたそのダンジョンに一番近い街は、ここから18㎞ほど離れたところだった。

 軽く街道の端でストレッチをしてから、横の草地を走ることになった。

 

 広い街道とはいえ、馬車や荷車、籠を背負った農夫など人通りのある道である。

 そんなところを全速力で走るなど、目立つどころかはた迷惑になる。

 なにしろ俺は、この間の教会でのナタリー奪回で、およそ時速50キロ以上で走らされたのだ。

 もちろん風魔法とヴァリアスが引っ張るという補助ありだったが。


 これはもう完全に馬車より早い時速だ。

 だから人目のあるところでは、風魔法で追い風を使わずに走ることにしている。

 奴に言わせるとこれでは四つ足には負けるから、もっと早く走れというが、数分ならまだしも、この速度でずっと目的地まで行くのだ。

 熊だってそんなに走らねぇぞ。

(実は熊は時速60㎞で走れるうえに、結構な持久力もあるので、本気だされたら車でも危険だった)


 なんて文句を言いながら―――よく全力で走りながら喋れるようになった俺―――小川を2つほど越え、左に並走して見えていた山々が、段々近づいてきた頃、遠くに人の声が聞こえた。


「おぉ~い、誰かぁ~」

 男の声だ。 

「誰かぁいないかぁ~。誰でもいいから 助けてくれ~~~」

 俺は辺りを見回した。


 道は先程よりは狭くなったとはいえ、馬車が2台余裕で通り過ぎれるほどの幅はあった。

 だが、ざっと見渡しても馬車どころか人気ひとけはなく、右手に広がる黄色い畑に、屈んで作業する農夫らしき人物が、遠くに3人ほど見えるぐらいだ。

 声はその反対側、山寄りの雑木林の方からしてくる。


「ヴァリアス、あっちに行ってみるぞ」

 街道近くのせいか、それほど鬱蒼と茂っているというほどではなく、明るい木漏れ日の射す中、魔物の気配もなかった。

 そうして探知していくと、男が上の方にいるのがわかった。

 男は中でも背の高い針葉樹の先に掴まっていた。

 枝の上に乗っているのではなく、先に引っかかるように。

 男は宙に浮かんでいたのだ。


「おお~い、あんたぁ、わかるか~? 助けてくれよぉ」

 男は上を吹く風に流されないように、樹の先っちょを両手で掴みながら、まるで5月の鯉のぼりのように横になっていた。

 いや、枝に引っかかった風船というが近いだろう。

 男の体型はギーレンのトーマス所長のように、太っていた。いや、もっとまん丸かもしれない。


 樹は背が高いわりに、それほど太くない。最上段のほうの枝には猿しか乗れそうにない。

 俺は途中まで勢いよく登ってから、3mほど手前で止まって声をかけた。


「どうしたんですかっ? なんで浮いてるんです??」

「ガスが抜けなくなっちまったんだよぉ~」

 か細い声を出して男が答えた。

 そう言われると、男は50代くらいの顔で、体こそ玉のような肥満体に見えるが、手足はほっそりしている。

 これは体の中にまさしく、風船のようにガスが入って浮いているのか?


 とにかくこっちに引き寄せないと。浮いているのなら、風魔法で何とかなるか。

 俺は風船男の体に下向きに軽く、圧縮した空気を押し当てた。

「お、おおっ」

 男の体が足を下に向けて降りてきた。


「手を離してください。そのまま降ろしますから」

「う、うん、だけど本当に大丈夫かい?」

 男はまた飛ばされるのを怖がって、なかなか枝から手を離さない。

 しょうがない、ここは思い切って肩に圧力をかけるか。


「蒼也、ソイツの足を掴んで降りてこい」

 下から鬼教官の指示が飛ぶ。

 大丈夫か。俺も一緒に飛んでいかないか?

 ええい、ままよ。

 細い枝の根元を蹴って、飛び降りた。


「うひゃっあっ」 

 男が悲鳴を上げた。

 だが、俺が男の足首をしっかり掴んでぶら下がったせいで、風魔法を使わなくてもちゃんと体が下に下がった。

 男が恐る恐る樹から手を離すと、ゆっくりと降下し始めた。

 

 なんとか着地したが、男はまだフワフワと上に浮いている。

 この後どうしたもんかと思っていたら、風船男が言ってきた。

「あんたぁ、おれっちの腹を押してくれないかぁ」

 足を手繰り寄せて、ズボンを掴みながらお腹を押すと、すごいパンパンの弾力だ。

「もっと強くっ」

 んん、そうは言っても浮力が強くて、地面に押し付けたくても、そこまで降ろせないのだ。


 あ、そうか。樹に男の体を押し付けて、腹を強く押してみた。

「ぶっ シュウッゥ」

 途端に男の口から空気いや、ガスが吐き出された。

 少し腹が小さくなる。

 よし、俺はもう一回、下から押し上げた。

 ブシュウううぅーーーと男の口からガスが抜けていく。

 後は押さなくても勝手に口からガスが吐き出されていった。みるみるうちに腹が萎んでいく。

 最後には細身の男の姿が残った。


「ふうぅ……助かったよ、ありがとう」

 男は木の根元に座り込んで、息をついた。

 

 聞くところによると、男は見た目通り、腹にガスを溜めて風船ように宙に浮かんで見せる大道芸人だった。

 今日も広場で芸を見せていたところ、つい高く上がり過ぎた時に、突風のせいで飛ばされてしまったのだというのだ。

 元々、風魔法使いではあった彼だが、屋根より上のほうは結構強い風が吹いていて、しかもいつもならガスを抜いて調整できるのだが、今回は何故か胃袋から喉にかけての弁が閉じてしまったように、全然抜けなくなってしまったのだという。


「*食道括約筋が妙に痙攣してるな。それで開かなくなっちまって、ガスが抜けなくなったんだろう」

 横から男を見ていたヴァリアスが言った。

(*食道括約筋:胃から食べ物の逆流を防ぐ門)


「へぇ、あんたさん、お医者さんかい? 確かにいつもだったら、ちょっと軽く圧をかければ抜けたんだけど……。

 魔法でガスを動かしても苦しいだけだったし」

 どうも胃袋を空気袋として使うのに、身体的スキルを使っているらしく、それを維持するにも魔力をつかっているらしい。

 だからそうこうしてるうちに魔力切れになってしまって、そのまま流されてきたのだそうだ。


「こんな事しょっちゅうやってるんだろ。だから体が癖になっちまってるんだ」

「そうかあ……。確かにかれころ35、6年はやってるからなぁ。もう年なのかなぁ……」

 男は少し項垂れて頭を掻いた。

「あの、ちなみにどこから飛んで来たんですか?」

 ザッと見て、すぐ近くには街や村はまだ見えない。

「あっちさ」

 そう言って畑の向こうを指さした。


「『バレンティア』って街からだよ。今、でっかい祭りをやってるの知ってるかい?」

「えっ それって川を挟んで向こう側ですよね?」

 このあたりの川は王都近辺よりは狭くなっているとはいえ、それでもおそらく何㎞くらいの幅はあるだろう。

 それを越えた向こう側の街って、どんだけ流されてきたんだか。


「いやあ、街から出たあたりから、山から吹く上昇気流に乗っちまって、一気に高くあがっちまって……。

 もう死ぬかと思ったよ。

 客も相棒も皆、おれっちが助けを求めてるのを演技だと思ってたのさ。

 きっと今頃慌ててるだろうなぁ……」

 

 男はまた溜息をついた。

 魔力切れにともなって体力もなくしているようで、まだ立ち上がれないようだ。

 俺が横を見ると、奴がしかめっ面をした。

「オレ達は急いでるんだ。そんな用のない街なんかには行かないぞ」

 別に急いではないけど、俺も腹へったしなぁ。こいつは酒が切れてるのかもしれないが。


「ああ、そこまで迷惑はかけられないよ。こう、しばらく休んでいれば動けるようになるさ。

 ホント助かったよ」

 男は申し訳なさそうに手を振った。


 それで、そのまま奴が踵を返そうとした時、また男に振り返った。

「お前、酒は飲んでないようだが、お前の服から色んな酒の匂いがするな。酒屋にでも住んでるのか?」

 またこいつの鼻が酒にくいついた。多分好みの酒の匂いがするんだな。


「ああ、この芸をするときは腹を空っぽにしとくからね。それにおれっちの下宿の下が居酒屋なんだ。

 仕事のない時、手伝ったりしてるから」

「下宿……」

「居酒屋か」

 俺たちは別々に違うキーワードに引っかかった。


「ちなみにそこは、どこの街か村なんです?」

「『カリボラ』っていう街だよ。この先の」

 

 その街はさっき案内所で聞いた、ダンジョン近隣の街の1つだった。

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