第216話☆ 半世紀めの救い  



 お久しぶりです(;´Д`A ```

 まいど予定より長くなってしまい、アーロンとサーシャの話のみとなってしまいました。

 ちょっと冗長になっておりますが、長き呪いの終わりとして今回は救いの話となります。 



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お……、おまぇ…… ッ、ベェラか?」

 アーロンの仮の口から、イザベラの愛称が絞り出された。


 目の前の女は、着ている服も生成りの素っ気ない麻布の囚人用ワンピースで、足元は裸足だった。


 しかし処刑痕の無いその細い首、栗色の瞳に恐れの色を浮かべているが、確かにその昔おれを見つめていた色だ。

 その薄く開いた口は、優しくおれの名を囁いた唇だ。


 ―― ねえ ロニー(アーロンの愛称) 愛してるわ ――

 その波打つ亜麻色の髪の感触を思い出す。


「……ベラ、イザベラ……。……お前なのか」

 死人の目から赤い涙が漏れ出した。

「……ロニー? 本当にあなたなの……」

 イザベラが戸惑いながら夫を見つめた。


「そうだ、そうだ、そうだ! 本当にお前なのか。

 おお、ダリル、お前も一緒かっ」

 アーロンはベラの腰にしがみついている子供に目を向けた。

 そうだ、おれと同じグリーン色の目が愛おしい我が子。

 思わず両手を広げて一歩踏み出した。


「ママっ」

 男の子がバッと母親の後ろに隠れる。

 怯える子供を抱き上げながら、イザベラがまだ不安そうに彼を見やった。

「……ロニー、どうして……? どうしてそんな他人の顔をしてるの?」


 ハッとした。

 おれは今、誰だかも知らない他人の頭を付けている。これでは妻にも、ましてや幼い息子にはわからない。

 すでに異臭を放ちはじめてきた首を両手でむしり取ると横に放り投げた。借り物の手首も生首についてともに剥がれ落ちた。

 その恐ろしい行為に母子が「ひっ」と体を凍り付かせる。


 そんな様子に構わず、頭をもぎ取った断面から肉が盛り上がり、表面に凹凸おうとつを形成させた。

 両手と頭一つ分、肉を動かしたので胸や腰がへこむ。今まで失った首や手を他人のモノで穴埋めしていたが、所詮借り物。時が経てば腐り落ちてしまう。

 それがまた腹立たしかったが、奪われたことに対する怒りに固執していたのだと、今やっと気がついた。

 他人のではない、自分自身のものでなければ。


 肉を隆起させ鼻を作り、眼窩から目を出現させた。喉から口へと空洞を繋ぐ。

 だが、顔の成型は思うようにいかなかった。


「だれ……? このオジさん、怖いひと……?」

 イザベラの首にしがみつきながら、ダリルが泣きそうな声をだす。

「違うわよ、パパよ、ほら。ずい分変わっちゃったけど……」

 子供にそう声をかけながらも、イザベラもどこか懐疑的な様子だ。

 その証拠に自ら近寄ろうとして来ない。


 オーラや雰囲気でおそらく本人アーロンだとは感じるのだろうが、彼はあまりにも様変わりしてしまっていた。

 服どころか、体には所々に皮膚がなく、赤い肉や白い筋が剥き出しなっていた。

 また体躯のあちこちが異様に凹み、更に顔は大道芸人が使う出来損ないの傀儡人形のようだった。


 霊体だけの彼女たちと違って、アーロンは肉体がある。

 処刑された後にもその怨念で体が腐らず、そのままアンデッドと化したのだ。

 呪われたその肉体は魂を決して解放しない、永遠の檻となっていた。


 まってくれ、今、昔の姿に戻すから――

 

 だが彼はすぐに自分の顔を思い出せなかった。 

 なぜならこちらでは、己の顔を見る機会は非情に少なかったからだ。


 この世界では鏡は高価な物で、庶民は主に鉄面を磨いた鉄鏡を使用していた。

 けれどそれは鏡に比べて映りこみが低く、また傷や凹みで像を歪ませた。


 役人であるアーロンはむろん、ガラスを使った反射鏡を買うことが出来たが、それは主に妻のもの。

 髪は妻が整えてくれたし、洒落者の貴族ではないアーロンが鏡を使うのは髭を剃る時くらいだった。


 現代の地球なら小さな集落でさえ鏡やガラスは珍しくもなく、わざわざ意識せずとも日に何度かは己の顔を見る機会があるだろう。

 しかしここには都市でさえ、ショーウィンドウガラスはない。教会のステンドガラスは映り込みが低いし、王都の高級店に使われているガラス窓は、不透明度をかくすため色ガラスが多かった。


 常日頃、他人の顔や姿を見ているが、自分の顔は意識しなければほとんど見ることはなかった。

 

 怒りが抜けた先の突然の喜びと困惑が、更にアーロンの記憶を混乱させた。


 お、おれの顔 ―― 瞳は息子と同じで、髪の色はブラウン……のはず。

 だが、どんな形をしていた?

 鼻は? 口は? 眉は?


 おれは、おれの顔は、どんな顔をしていた――??!

 ……………… 思い出せない ……。


 また唸るようにアーロンが呻き声を上げた。

 それをやや離れた位置から歩み寄る事もなく、母子がじっと見つめている。


「ねえ、坊や、パパが困ってるから助けてあげなさい」

 父親に背を向けていた子供が顔を上げると、いつの間にかサーシャが目の前にいた。

「え?」

「あなたのパパはね、長いこと独りぼっちでいたから自分の顔を忘れてしまったのよ。

 だからあなたが思い出すお手伝いをしてあげるのよ」

 そう言って、その煌めく金色の瞳で子供の顔を覗き込んだ。

「たとえば、パパと一緒に過ごした一番素敵な思い出は何かしら?」


「パパといっしょに……」

 子供は大きな目をクリクリ動かした。

「こんな大きなモクバ木馬を作ってくれたことがあるよ」

「そう、それで?」


「パパはいつもおしごとがいそがしくて、おウチにいるときはよくねてたよ。

 だからボクが上にのっておこしたの」

 それからちょっと考えたあと、両手を上に大きく広げた。

「あ、あと、ママと3人で、フネにのったの。とてもおっきなフネ。

 それでとっても大きな川をだーっといったの」


 それは王都がある大河のことだ。

 珍しく休暇を続けて取ることが出来、2人を遊覧船に連れて行ったのだ。


 町にも支流は流れているが、大河の本流は圧倒的に広い。まるで海のようだ。

 初めて川を見たかのように、息子ははしゃいで桟橋の端から端まで走ったものだ。

 そんな息子を妻が水に落ちやしないか、ヒヤヒヤしながら追いかけていたが、おれは桟橋にいる船頭たちの能力を知っているから安心していた。


 奴らは皆、一流の『水』の使い手だ。

 それに水辺の客の動きはよく注意している。

 もしダリルがちょっとでも桟橋から落ちそうになったら、そのままヒョイと水面から押し上げることも出来るだろう。


 だからおれはのんびりと、船を眺めながらパイプをくゆらせていたのだ。

 ベラはそんなおれに軽く文句を言ったが、安全性を説いてやるとすぐに納得した。

 そうして今度はダリルと一緒に、下を泳ぐ小魚や行き交う色とりどりの船を眺めていた。


 ああ、連れてきて本当に良かったと思った。

 一昨日までの雨も上がって、今日はカラッと晴れ渡り、川の上を吹いて来る風も心地いい。

 水面が太陽の光を受けてキラキラと宝石のように輝いている。

 ふと覗き込んだおれの満足げな顔が、川面に映った……。


「パパだっ!」

 ダリルが叫んだ。

「あなた、良かった……。本当にあなただった」

 イザベラが涙ぐんだ。


「思い出せたようね」

 サーシャがふっと口元を動かした。 

 

 そこには未だ歪んだ肢体をしながらも、頭だけが少しくすんだ焦げ茶色の髪と不精髭の男がいた。 

 男は自分の顔で泣いていた。天を仰ぎながらどうどうと涙を流していた。


「……すまない、すまない……許してくぅっ……ぐっ……。

 ……そんなこと言う資格はおれにはないんだ。

 お前たちをこんな目に遭わせてしまったのに、許しなぞ請えるものか……」

 泣きながらその場に膝をつく。


 そこへ素早く、母親の腕から下りた子供が首に抱きついた。反射的にアーロンもその小さな体を掻き抱く。

 半世紀ぶりの我が子の感触だった。

 続いてイザベラも駆け寄ってきた。


 2人を抱きしめながらアーロンは呻いた。

「どう、どうすれば、お前たちを助けられるんだ……どうしたら……」

 

 悪霊となっても、時折妻子に対する想いには祈りの気持ちもあった。

 2人がせめて美しい天上で楽しく暮らせているようにと。 

 ところがその裏で再び会いたいという強烈な想いが、結果彼女たちを天にも逝かせない足枷となっていた。

 おれは家族を助けるどころか、地獄に堕としてしまった大馬鹿者だ……。

 またもや悔恨と無力感で胸が押しつぶされる。 


「そろそろに行けばいいのじゃない?」

 しゃなりしゃなりと歩いてきながら気取った感じも無く、サーシャが親子に声をかけた。


「……あちらとは、冥界ハデスのことか」

 アーロンが妻子の頭越しに顔を上げた。

「そうよ、少なくともここよりは居心地が良いはずよ。あなたはともかく、奥さんとその子はすぐに転生出来そうだし」


 するとイザベラが慌てたように振り向いた。

「そんな、いやよ。……やっとこうして会えたのに」

 夫と息子にまわす腕に力をこめる。


「おれだってもう別れたくない。だけどお前たちが幸せになるなら……。

 今度こそ幸せになってくれるなら、……どうか行ってほしい……。

 どうせおれの行き先は地獄の底だ……」

 そうアーロンは妻の泣きぬれた頬に優しく触れた。

「……あなた」


「それは行ってみないと分からないわよ」

 サーシャがキッパリと言った。

「魂のみそぎを量る天秤は、異端審問のように単純じゃないもの。

 現世での罪人が必ずしも地獄でも罪人つみびとというわけじゃないのよ」


「でも、……向こうに行ったら、離れ離れになってしまうのじゃない……」

 イザベラが食い下がる。

「え、またパパとママにあえなくなっちゃうの?」

 それを聞いたダリルがわぁ~っと泣き出した。


「大丈夫よ、坊や。そんな急いで別れなくていいの」

 傍に来たサーシャがダリルの頭に柔らかく手をかけた。

「『審判の門』を通らなければ、まだ一緒にいられるわ。

 門の前やアケロン川三途の川の畔で、なかなか踏み切れない人は少なくないのよ。

 別れを惜しむ時間は十分あるのよ」


「……けれど行き方がわからない……」

 アーロンは項垂れた。

 王都を震えあがらすほどの悪霊としての力を持ったアーロンも、いざ天への道筋はまったく分からなかった。

 

 彼には天国への道どころか、外への出口さえも見えない。

 長年憤怒と後悔に苛まされていた魂は、その眼をすっかり曇らしていた。

 それは恐怖と混迷に振り回されていたイザベラとダリルも同じこと。

 歪んだダンジョンという特殊な場のせいでもあった。


 本来ならダンジョンの番人、もしくは管理人が、肉体から離れた魂にゆくべき道を指し示すものなのだが、現在の番人は怒りに狂った悪霊アーロン

 管理人(地の天使)がそれとなく促しても、アーロンの気に当てられた他の魂たちも正常な判断が出来なかった。

 おかげでマターファダンジョンは、迷える魂の吹き溜まりになっていたのだ。


「それなら私が教えてあげるわよ。

 実を言うとね、あなた達には早くこの場を去ってほしいの。

 あなたからこの場を譲り受けるためにね」

 フフと、彼女は麗しい口元を上げた。

 

「そうそう、そのままじゃ天の門は潜れないわね。じゃあ手を貸して」

 すっとサーシャが手を前に伸ばした。思考を停止させたアーロンは意識せずに歪んだ右手を上げた。


 その手を柔らかくだがしっかりと両手で握った彼女は、しばし長いまつ毛を伏せる。

 そうしてそっと、その手をゆっくり引いた。

 する するする……と、新雪に埋もれた蔓を引き抜くように別の腕が現れた。

 するするする……そのまま腕だけでなく、肩が胸が、もう1つの体がその赤と白の肉塊から抜かれ出てきた。


 幽体だけになったアーロンの足元に、呪われた体だけがただの肉塊となって崩れ落ちた。


    ******



「流石ですね、姐御」

 親子が消えていった白灰色の霧の彼方を眺めながらフューリィが言った。

 彼らはサーシャの示した光の通路に入って行った。

 それは一方通行。もう二度とこちらには戻って来れないが、3人の顔は希望に満ち溢れていた。

 

 せめてものはなむけとして、サーシャは3人の身のまわりを整えてやった。

 質も見た目も良い服に綺麗に整えられた髪や髭、歩きやすくも洒落た靴。腰には金の縁取りの柄が伸びた長剣。そして身を包むゆったりとしたマント。

 どこから見ても立派な騎士とその家族の出で立ち。

 とても今までダンジョンで彷徨っていた悪霊たちとは誰も思わないだろう。

 これはサーシャの神子としての霊能力だった。


「忘れたのかい? 私はこれでも『帝国の奇跡の神子』と呼ばれていたんだよ。

 これくらい他愛のないことよ」と、わざと諍い女のような鉄火な物言いをして美麗な眉を曇らせてみせた。


「いやいやっ、もちろんでさあ。忘れたりしてませんぜ!

 ただ冥界のことまであんなに詳しくて、凄えなあと……」

 すると小男が顔の前で慌てて手を振るのを見て、今度は楽しそうに笑った。


「うふふ、やっぱりお前はからかい甲斐があるわね。いてくれて本当に楽しいわ」

 そうして少し屈み気味に顔を前に持ってくると、悪戯をそっと打ち明ける少女のように言った。


「実を言うとね、あの知識はあの管理人から教えてもらったのよ。

 あのヒトはどうやら天使みたい。

 私もある程度のことは知ってたけど、門をすぐ通らなくていいとか、猶予期間があることまでは知らなかったわ」


 自由になった魂は、若返ったり、逆に成長したりもする。

 恐らくダリルが親離れ出来るくらいまでは一緒にいられることだろう。


「ほえ~、そうだったんですかい」

 フューリィはまた感心して頷いた。


「それを教えてもらって助かったわ。昇天する決断の後押しにもなったからね。

 でも私はまだこちらに飽きてないから行かないけどね」

 そう言って小悪魔のように微笑んだ。

 その顔を見てフューリィも嬉しそうに笑った。


 実は知識と共にあの管理人から力も得ていた。

 このダンジョン内でだけ増幅される力。

 彼女がこの中でなら自由でいられる能力を。


 あの天使、私にならこのダンジョン下層を任せてもいいと言っていた。

 ただ死と絶望が吹き溜まるこの空間にもうウンザリしているとか。

 私がそれを変えるなら、大きな力も貸すと。


 半世紀前にアーロンがここに遺棄された時も、あの管理人は裏切られた彼に復讐する力を与えてしまった。

 それがここまで酷い状況になるとは予想していなかったようだが、約束は約束。

 誓いは相手が破らない限り、こちらも破ることは出来ない。

 以後、50年近く因縁を断ち切ることが出来る相手を待っていたようだ。


 それって、私、まんまと嵌められたのかしら。

 ここに入った時から目をつけられていたとか。

 そうしてここで命を絶つことを運命づけた――? 

 

 はしていないと管理人は否定したけど、本当のところはどうなのだろう。


 ……でも考えてみたら、どこで朽ち果てるか分からなかったお尋ね者の身。

 場所が限定されたとはいえ、自由でいられる地を得られたのは運が良いのかもしれない。

 私の『人生』はまだまだ続く。


 向こうが利用する気なら、私も最大限それを利用してやるわ。それってお互い様よね。

 ここを私の箱庭にする。誰にも邪魔させない、自由な私のための園に。


 彼女はゆっくりと辺りに視線をまわした。

「まずは空気を入れ替えないとね。

 さあ、大仕事になるわよ。お前にも手伝ってもらうからね」

 彼女の細い眉がまた家来を束ねる王女のように引き締まった。

「がってんでさ、姐御」


 薄曇りの空中や巨大な柱の陰から、おずおずと亡霊どもがこちらを窺っていた。

 何しろ今までこのダンジョン内の冥府を仕切っていたボスアーロンが、いきなりいなくなってしまったのだ。

 これまで何も考えずにただただボスの気に流され翻弄されていた彼らは、やっと夢から覚めた思いだった。自我を取り戻したのだ。


 しかしそれは同時に戸惑いと心細さも生まれていた。

 いままで荒れているとはいえ流れに身を任せていれば浮いていられたのに、急に水流が止まってしまい戸惑うクラゲのように。

 クラゲが自ら泳ぐ能力をほとんど持たないように、亡霊たちもここにいる意味を見失っていた。


「ねえ、あなた達、ここにいつまでも残ってても虚しいだけよ。だったらさっさと生まれ変わったら?

 道が分からないなら、私が教えてあげるわよ」


『 おぉぉおぉ…… ここから出られるのか? 』

『 生まれ変われる…… おらもかあ? おらも もう一度やり直せるだかあ? 』

『 ……だけど、もし、地獄行きにでもなったら…… 』

 辺りを不安と期待の入り混じる気がうねる。


 ふぅーと、少し長めの息を吐いてから彼女が答えた。

「いいこと、ここにいてあなた達 楽しい? 幸せ?

 ここはあなた達にとっての地獄そのものじゃないの。

 だったら永遠に終わりのない報われない地獄と、先に希望がある、いつか終わりのある試練の場とどっちにいたいのかしら」


 その言葉に幽霊たちが震えわななくように哀願した。

『 彷徨うのはもうイヤだ―― 』

『 助けてくれ 』

『 希望をくれよぉ  やり直したいっ 』


「そう、じゃあ道を開いてあげる。一本道だから迷わないわよ」

 目の前の開けた空間に、一筋の光の線が走る。

 それはみるみると開いていき、大門のように大きな口を開けた。


 中はこれまた白っぽい霧の漂うトンネルだが、その光は柔らかくどこか懐かしい波動が感じられる。

 そこに1人、2人……5人、10人と、幽霊たちが入っていった。

 しばらく穴の近くで躊躇していた者も、その溢れ出す暖かい光を受けてやがて安堵の顔を浮かべ中に消えていく。


 光のトンネルの前には、あちこちから流れやってきた幽霊たちが立ち止まり、やがて吸い込まれていく緩やかな渦のような流れが出来ていた。


「フューリィ、まだまだ奥にいる者たちをここに連れてきて。

 波動は伝わっているはずだけど、その場から動く気力も失くした者たちがいるのよ。

 私はいまここを動けないから」

「任せてくんな、ちょちょいと連れてきますぜ」

「4層もね」

「おおぅ、がってんでさあっ もう疲れ知らずのこの体。いくらでもお役にたちますぜ」

 フューリィは生前より早く軽やかに宙を飛んで行った。


 サーシャとフューリィはここにまた新しい『生き方』を見出したようだ。

 元より生に対して執着が希薄だったサーシャ。

 肉体を失っても考え方は変わらない。

 逆にきつかったドレスを脱ぎ捨てたかのように彼女は更に自由になった。


 しかし誰もかれもが、彼女のように切り替えられるものではない。

 人はどうしても過去や現在の想いに囚われるもの。


 そうした者たちが2人、4層の奥で葛藤に苦しんでいた――




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