『審議会』二

 護送車にガタゴトと揺られることしばらく。

 前線都市リスレイが見える位置にまでやってきました。

 格子窓から見える地面は所々が赤く染まっています。

 ここでも多くの血が流されたのでしょう。


「……ん?」


 離れた位置に何か、機械的な残骸が落ちているのが見えました。

 残骸から判断するに、その大きさは旅客機よりも大きいような……。


「アレが気になるか?」


 声を聞かれて気が付かれたのか、御者席に繋がる小窓が開かれました。

 御者席には一人の御者さんが座っています。

 なぜこの世界の御者さんは、運転に集中しない人ばかりなのでしょうか。


「ええ、まぁ……」


 とは言え気にはなります。

 この世界で見た巨大な機械は地下遺跡で見た、あの巨大巡回兵器のみ。

 まさか現代の何処かでも、あのレベルの兵器が作られているのでしょうか。


「魔導技師国家スペラニアで作られた、魔導飛行船の残骸だ」

「ひ、飛行船……!?」

「なんだ、知ってるのか」

「まぁ一応は……」


 まさかこの世界に飛行船があったとは、思ってもみませんでした。

 しかし魔力を利用したエンジン的なものが存在しているのは知っています

 完全にバラバラになっているので判りませんが、推進力は何なのでしょうか。

 プロペラ? それとも魔力的なもの?

 飛行船は城壁からかなり離れた位置に散らばって墜落している様子です。

 それはまるで、大きな爆発でも起こしたかのような……。


「どうして墜落しているのですか?」

「さぁな。フレイムワイバーンの火が掠ったかと思えば、大爆発しやがった」

「何機墜ちました?」

「二機だな。それに巻き込まれて結構な数が死んだ」


 ――なるほど。

 最前線に聞こえてきた爆発音は、コレのものだったのでしょう。

 しかし、炎が掠って大爆発?

 もしや……いえ、でもまさか……。


「まさか、水素ガスの飛行船だったのですか?」

「なんだそりゃ?」


 御者さんは詳細を知らないようです。

 きっとガスにも別の名称が付いているのでしょう。

 全く別の気体である可能性もありますが、真相は不明です。

 そもそもこの人がその国の者でないのなら、ガスが入っているのも知らない筈。

 この世界の人類軍は飛行戦力に乏しいと言っても過言ではありません。

 空に対抗できる者がいなければ、ドレイクン一体に蹂躙されるのは必至。

 水素でできた飛行船なんか守り切れるワケがありません。

 現実でメーデーを言える日が来るかもと一瞬だけ思いましたが……ええ。

 窒素ガスの飛行船では、メーデー民になる前に爆発するでしょう。


「さてオッサン。朗報と悲報、どっちから先に聞きたい?」

「私は楽しみを後に取っておくタイプでしてね、悲報から聞きましょう」

「オーケー。ベーゲルック伯爵は、まともな審議会を行うつもりがない」

「というと?」

「あんた等は全員、早々に処刑される予定になっているんだ」

「ふむ……」

「驚かないのか?」

「まぁ正直なところ、そういった展開もあるのではと思っていました」

「理解していたのに素直に連行されたのか?」

「絶対ではありませんでしたから」

「……呆れたヤツだな」


 前を見ながらそう言った御者さんの表情は、殆ど見えませんでした。

 が、言葉通りの表情を浮かべていそうです。


「まぁ有罪判決が下ったら、全力で暴れる予定です」

「うげぇ……アークレリックの戦いを知ってる身としては、なんとか避けてほしいな」

「私だけなら素直に処刑されても良かったんですけどね……」

「……?」


 今回に限っては一人ではありません。

 抱えている命が多すぎるのです。

 しかもその中の一つである、ナターリアの命は……そう。

 現在の優先順位での、最上位に位置している命です。

 命の価値はみんな同じだ、なんて事は言いません。

 抱えている命が多ければ、全てを守りきれないのも知っています。

 その全てを守り切ろうとすれば、より多くの命が零れ落ちてしまうでしょう。

 だからこそ私は――命に優先順位を付けるのです。

 それが最低な考え方であるのは百も承知。

 ……ですが、やっぱり。

 この考え方は、変えられそうもありません。


「はぁ……それにしても、アンタには付け入る隙が多すぎる」

「というと?」

「何度も投獄されていたり、連れが大罪人だったり」

「――ッ。やはり、リアの事は知られているのですね」

「ああ」


 ナターリアは私と出会う前に、別の町で多くの者を殺したと聞きました。

 それも、かなり無差別に。

 大量殺人鬼である彼女は、表を堂々と歩ける存在ではなくなっています。

 これを知られているのは、かなり不利になるかもしれません。

 本当にナターリアの事を考えているのなら、あの場面。

 純魔族の子らを見捨てるのが正解だったのでしょう。

 しかしその同時に、あの時あの子達を見捨てていれば……。

 私の心に残っていた僅かな光さえも、完全に消えていたのは確実です。


「で、朗報はなんですか?」

「リュポフ・ヘルハーゲン様がオッサンを助けるために、全力で手をまわしている」

「お、おぉ……」


 なんとなく親近感を覚える、リュポフさんのフルネーム。

 あまり深い関わりがある訳ではない筈なのですが……。

 どうして、こんなにも色々と助けてくれるのでしょうか。


「正直なところ判りませんね」

「なにが?」

「リュポフさんが、そこまでして私を助ける理由がですよ」


 この状況でこちら側に付いてくれるという事は、相手の貴族と敵対するという事。

 リュポフさんの貴族階級は知りません。

 しかしフットークの軽さから考えるに、そう高いものではないでしょう。

 という事はつまり、リュポフさん自身にも危険が及ぶということ。

 確かにリュポフさんは予言がどうとか言っていました。

 ですがそれは確実性のないものであり、それが助けてくれる理由だとは思えません。


「実際に見たわけじゃないが、ある令嬢があんたの助けを乞うたらしい」

「令嬢、ですか……?」


 令嬢という言い方をしたという事は、貴族の誰か。

 普通の娘を令嬢と呼ぶとは思えません。

 ――しかし誰が?

 こんな立場になった私を助けてくれるような者が、誰か居たでしょうか。

 単純で女性と言う括りで考えれば……エルティーナさん、もしくはナターリア。

 ですが二名の現状と環境を考えるに、それはありえません。

 エルティーナさんの場合は貧乏暮らしをしていたのが良い証拠。

 ナターリアに至っては、ずっと一緒に居ましたし……。


「……そろそろ到着だ。無事に無罪を勝ち取れるようにでも祈ってるんだな」

「気の利いた言い訳でも考えておきましょう」

「それだけ余裕があれば大丈夫そうだ」


 近くで見た城壁はかなりボロボロで、あった戦闘の激しさを物語っていました。

 私がこの戦争を最後まで戦い抜けるかどうかは、この審議会の結果次第です。

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