『いつもの床』三
ラフレイリア様との話しが終わったところ。
妙にタイミング良く扉が開き、地下に誰かが入ってきました。
「さあてお嬢様、マワされる覚悟はできましたかね?」
「――ッ!」
「あぁ御可哀想な領主様! 最愛の娘の為を思って動かれていたというのになぁ!」
「そうだ、なのに暗殺計画を練られるだなんて領主様が可哀想だ!」
「恩を仇で返すような蛮行を計画されていたとは、嘆かわしいッ!」
ゾロゾロと入ってきたのは、領主の私兵。その数は五人。
いったい何時から聞いていたのでしょうか。
――いえ、ほんの少し考えてみればわかる事でした。
何の力無い少女が一人。
誰にも気付かれる事なく、私の居る牢に辿り着けるワケがなかったのです。
ラフレイリア様の言っていた話の内容の一つ。
今出てくれないと殺されるというのは、彼らの事だったのでしょう。
恐らくはラフレイリア様も、泳がされているのに気が付いていてココに来ています。
つまりラフレイリア様は、命をチップにした大きな賭けをしていた。
そんな大きなものを賭けられた身としては……頑張らない訳にはいきません。
私は短剣を受け取り、それを構えます。
「下がってください」
「……頼んだわよ」
奥の方へと下がっていくラフレイリア様。
ナイスミドルがそれを目で追っているのが視界の端に入りました。
ナイスミドルはしきりに何かを訴えようしている風なのですが――。
口を縫い合わされているかのように、声が出ていません。
「かーっ! 悪魔の力を借りる事もできず、精霊すらも奪われたお前に何ができる?」
悪魔の力は元々借りていませんが、何も出来ないのは事実。
なんせ私に力を貸してくれている妖精さんが、今は居ないのです。
「とは言え二つ名持ちの冒険者を相手に、此方も五人では心もとない」
――二つ名持ち。
二つ名とは、不名誉な〝肉塊〟という呼称の事なのでしょうか。
嫌です。どうせ二つ名が付けられるのなら〝カッコイイオッサン〟が良かったです。
「精霊術を極めた者が魔術を修めているのは珍しくない。どうだ? 死ぬ前に極上のお嬢様を味わってみたいとは思わないか? この地下牢で、初物一番搾りをお前にくれてやるぞ」
悪くない話だ――と答え、悪乗りからの格好付けもしてみたいシチュエーションです。
が、結局死んでしまうのなら、最初から格好良く振る舞った方が良いでしょう。
ええ……これは、拘束されてしまえば終わりのゾンビアタックの流れ。
ほぼ詰んでいますが――。
生き返りに気づかれる前に一人でも殺せれば、彼女を逃がす隙も生まれるでしょう。
「何の星の巡り合せか、私は彼女を一度助け、一度助けられました」
恩には恩を、義理には義理を。
助けられれば、助けるのは当然の行いです。
「となれば次は私が――彼女を助ける番ですよね?」
「そりゃ残念。……やれ」
剣を前に突き出して走ってくる全身鎧の私兵四人。
私も短剣を構えて迎撃態勢に入るも――四の剣が、体を刺し貫きました。
「ごほっ……」
「え……?」
――痛い。
どうしようも無い程に痛みを感じる体。
ラフレイリア様に至っては絶望に溢れた疑問の声が飛び出していました。
それはそうでしょう。
私は何も出来ず刺されてしまい、咳き込んで血を吐いただけ。
やはり、痛みとは感じない方が良いものでした。
痛みのせいで、死に際に格好いい台詞も履く事が出来ません。
妖精さんと離れ離れになった影響なのか、確かな痛みが体を襲っています。
霞む視界の中で振りかぶった短剣は……虚しく空を切りました。
『死にましたー』
暗転し、気が付けば何故か、例の天幕の中。
店主さんがいつの間にか左隣に立っていて、私に手を伸ばしてきています。
――手を掴め。
声は聞こえていないハズなのに、そう言われたような気がしました。
私は無意志に……その手を掴みます。
景色が掠れ、気が付けば地下牢の入り口に。
「きゃああああああああああ――――ッ!!」
奥からは服が破られる音と、ラフレイリア様の悲鳴。
慌てて駆け出そうとしたのですが――左手に感じた冷たい感触に、私は立ち止りました。
誰かに手を握られています。
反射的にそちらを見てみると――。
「ヒッヒッ……さて、願いは何ダ?」
そこに立っていたのは――不気味な笑みを浮かべている少女。
妖精さんの褐色幼女形体が二回りくらい成長した姿でしょうか。
かなりそっくりな見た目をしています。
この少女は……間違いありません。
あの天幕の店主さんです。
不思議とそのように〝理解〟させられました。
様々な疑問は浮かび上がってきますが、今は――〝お願い〟をします。
「ラフレイリア様を――助けて下さい!!」
「ヒヒヒヒッ! ハァイ、喜んでェッ!!」
地面を這うように駆け出した店主さん。
地下牢には、一人のものとは思えない多数の足音が響きました。
無数の素足が石の上を走り回る音。
それを聞いたのか、事に及ぼうとしていた私兵達が店主さんの方を見ます。
「う、うあああぁぁあああ!!?」
「な、なんだコイツ!!」
恐怖に慄きながらも咄嗟に剣を構えた私兵たち。
地下牢に響く無数のペタペタという足音と、店主さんの不気味な笑い声。
店主さんは右腕を赤緑の瑞々しい何かに変化させ――。
ソレを伸ばし、私兵一人を薙ぎ払いました。
「ギャッ!」
鉄格子に打ちつけられて鉄格子を歪ませた、薙ぎ払われた私兵。
「バッ! 化け物だッッ!!」
誰かがそう叫びました。
店主さんは聞き慣れていると言わんばかり笑い、再び右腕を伸ばします。
今度は薙ぎ払うのではなく、その右腕ごと私兵を壁に押し付けました。
そく瞬間から地下牢に響いてきたのは、ジュルジュルという不気味な音。
「ああぁぁぁあああぁぁァァアアアアア――!! ずワレルッ! ダズッ…………――」
言葉が途切れたかと思えば、中に誰も居ない全身鎧が地面に落ちました。
地面に落ちた鎧が、地下牢全体にガシャガシャと音を響かせています。
「ヒヒッ、屑の味ダ。ふーむ……浄化済みの命を食べる前の前菜としては、最悪の味だナ。まぁ、こうして食べられるのも久方振りダ。全員残さず――食べてやル――!」
そう言って壁を走りだした店主さん。
一人の私兵を壁に押し付け、ニタニタと笑う店主さん。
「嘘だッ! 嘘つきだッッ!! 戦う力は無いって――領主様は言ってたのに――ッッ!!」
「へー、残念だったナ」
「もう悪魔は居ないって言ってたのにッ!! や――やめ――アカガガガグガグカ――」
「コイツの願いを叶えて命を食いたい住民は多イ。それこそ、星の数では足りない程にナ」
ズルズルと鳴り響く、肉の吸われる音。
「生まれたての一体を無理矢理送り返したところで、力の強い順にやってくるだけダ」
その後に続いたのは阿鼻叫喚で、正しく虐殺の光景。
何一つ抵抗できずに食べられていく私兵たち。
最後に残った者は泣き叫び、神様に許しを乞いながら食べられていきました。
「ヒッヒッヒッ、昔から変わらないナ。いざ自分の身に危険が迫ればどんな悪人でも同じく行動をすル。直前まで自分がしていた事も忘れて神に祈り、縋ル。奴等がこの低次元に干渉する事になんて、滅多にないのにナ」
店主さんが妖精さんと同じ存在なのだとすれば……。
これは本格的に、妖精さんが優しかったという事なのでしょう。
妖精さんならばこの場面、私兵の方々を豚にして済ませたはず。
今の光景を見た後では、罪状の悪魔を使役していた、というものが否定できません。
ここは――見なかった事にしましょう。
私はラフレイリア様の元へと歩み寄ります。
「助けるのが遅くなってしまい、申し訳ありません」
「い、いいい、良いのよ。助けてくれたのだし……?」
目に見えて怯えているラフレイリア様。
私兵達に犯されそうなっていたので、仕方のないことなのかもしれません。
「ええ、私はまだ綺麗な体のままな訳だし? よ、よよよよく、やってくれたわね?」
「もう大丈夫ですよ、落ち着いてください」
「溶けて消えた時は逃げたかと思ったけど、結局は助けてくれたワケだし、帳消しよね??」
――溶けて消えた。
ポロロッカさんとリュリュさんも同じような事を言っていたのを覚えています。
肉体は溶け、魂は別のものに……?
では私は――。
「あ……アレは、安全なのよね???」
「ええ、私のお願いは聞いて下さいますよ」
青い顔で震え、怯えているラフレイリア様。
随分と混乱しているようですが、私兵達に襲われたのが余程怖かったのでしょう。
私は落ちていた適当な服を拾い、着る事にしました。
「ヒヒッ、それじゃあそろそろ対価を貰うが、良いナ?」
「どうぞ」
まずは着ていた服を再び脱ぎます。
「ヒッヒッヒッ、服は脱んでいイ。……それに、もう貰ったからナ」
「……? まだ死んでいないのですが?」
「あの程度の願いで命を丸ごと食べるのは、貰い過ぎダ」
「そうですか? ですが妖精さんは……」
「ヒヒッ、生まれてから千年も経っていないとはいえ、アレは貰い過ぎだナ」
――貰い過ぎ?
「我……いや、アタシ等の世界に戻ったら、アイツは存在を消されル」
ヒッヒッヒッと笑う褐色の少女には、冗談を言っている様子がありません。
一人称を我からアタシに変えたのには、何か理由があるのでしょうか。
色々と気になる事は多いのですが……それ以上に重要な事が多すぎます。
「店主さん……それは、どうすれば避けられるのですか?」
「何だ、生まれたてを助けたいのカ?」
「はい」
「まぁ、無理なんだけどナ」
「そんな! どうにかならないのですか!?」
今まで何度も助けてくれた妖精さん。
本当にどうにかならないのでしょうか。
「あの子がお前さんに使われている命を食べ続けて育ち、暗闇の世界で最も力が強い存在に成ったとしても……ルールを破れば闇に飲まれル。そのルールは絶対ダ」
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