『浮き上がる狂気』一

 薄暗い地下牢にて、褐色美少女と向かい合っての対話を続けます。


「妖精さんが消滅しなくとも済む方法を、教えて下さい。これはお願いです」

「ヒッヒッ、まぁ無いに等しいが、強いて方法上げるとすれば――お前さんだナ」

「私ですか?」

「そうダ。お前さんとの繋がりがあり続ける限り、アイツも闇に飲まれる事はなイ」

「つまり、女神様から授かった能力がある間は……」

「まぁ、存在し続けることはできるナ」


 ――繋がりがあり続ける限り。

 しかし繋がりとは、一体なんなのでしょうか。

 おっさん花に感じ取れたようなものが、妖精さんともあるのでしょうか?


「逆にお前さんが消えたら、それまでの存在ダ。それじゃあ、対価を頂いても?」

「ええ、どうぞ……」


 私が存在している限りは生き続けてくれる妖精さん。

 つまり妖精さんを生かし続けるのには、私の存在は必要不可欠。

 ということは、女神様の加護がある限りは安泰でしょう。


「ええと、店主さんのことは何と呼べば?」

「ん? あぁ、好きに呼んでくれても良いが、一番多く呼ばれた名前はサタンだナ」


 ――サタン。

 元の世界でも、かなり有名な悪魔の名前です。

 そうなってくると妖精さんも――いえ、妖精さんは妖精さんでした。


「では、サタンちゃんとお呼びしても?」

「いいともいいとも、好きに呼べばいイ」

「ありがとうございます」

「ああ、一応言っておくがこの姿はナ。繋がりのある生物が望んだ姿に近いものになル」


 妖精さんとサタンちゃんの見た目が似ているのは、そういうワケですか。

 サタンちゃんも妖精さんよりは大きいのですが、少女――もしくは幼女の見た目。

 つまり、これが私の好み通りの姿になっているのだとしたら……?


「お前さん、救い難いロリコンだナ」

「ありがとうございます!」

「ヒヒッ、どういたしまして」


 とはいえ、一応はロリコンで無いつもりです。

 隅で怯えているラフレイリア様を見て心を落ち着かせましょう。

 ……ふぅ。


「とはいえ、アイツよりもアタシの姿が成長してるという事は……少し正気に戻ってるナ」

「……?」

「コッチの話ダ」


 サタンちゃんの言葉は難しくて、いまいち頭に入って来ません。

 まぁなんにせよ、そろそろ行動を起こした方が良いでしょう。


「ラフレイリア様、私はそろそろ行きますね」

「わ、わかったわ」

「たぶん暴れると思うので、此処で待っていてください」


 私はそう言葉を残し、地下牢からの階段に足を掛けました。

 窓から外を見てみると、既に完全に落ちている太陽。

 現在は月明かりと静寂が支配する夜の時間です。

 サタンちゃんは褐色少女の姿のままで宙に浮けるらしく……太ももがエチエチ。

 姿恰好は、妖精さんの褐色幼女形体から少し成長している姿。

 もし何かの間違いで二人が横に並ぶ事があろうものなら――ビクトリー!


「ヒッヒッ、今からアイツを助けに行くんだろウ?」

「はい」

「それだけど――止めないカ?」


 突然真剣な声音になったサタンちゃん。

 サタンちゃんの口から出てきた衝撃の言葉に、思わず立ち止まってしまいました。


「何故……?」

「アタシはあの子よりも能力が高い上に、あの子よりも支払う対価が少なくて済むゾ」

「交代でお願いを聞いてもらうというのは……」

「無理ダ。あの子を助けたら、アタシはまた闇の中に戻らないといけなイ」

「それも〝ルール〟なのですか?」

「そう、お願いを叶えられるのは一体と決まってル」


 決まり事、ですか。

 世界に法則があるように、サタンちゃんたちにもあるのでしょう。


「契約主がお願い以外で死んだ場合、対価となる残りを貰えるのが一体だけなんダ」

「…………」

「で、どうすル?」

「私がサタンちゃんを選ぶと、妖精さんはどうなります?」

「消えるナ。アタシは契約対象に嘘は吐かなイ」

「ではそのお話、お受け出来ません」

「……理由を聞いても?」

「私を袋小路から助けてくれたのは妖精さん。サタンちゃんではありませんでした」

「へぇ……でもアタシもさっき、袋小路になりそうな場面を助けたけどナ?」


 ――その通りでした。

 サタンちゃんの言葉にグゥの音も出ず、黙ることしかできません。


「…………」

「あー、悪かっタ。続けてくレ」

「えっと……受けた恩を返したいので、ごめんなさい。という事で見逃してください」

「あの子は普段から貰い過ぎてル。それでもカ?」

「はい。私の貰い物の命で妖精さんが強くなり、いつも助けて頂いています」

「ふむ……」

「相手が誰であろうと、私は妖精さんを選ぶでしょう」


 一瞬だけ残念そうな顔をしたサタンちゃんでしたが、すぐに笑顔に戻りました。


「ヒヒッ、そうかそうか! 理解できない感情の為に自身の不利を飲む! ……変わらないナ。人間はどれだけ時間が経っても、どの時代で、どの世界で会っても――変わらないナッ!」


 愉快そうに空中で笑うサタンちゃんの姿は、正に天使。

 今の笑っている姿だけを見て悪魔と思う人物は居ないでしょう。

 ――おっと、地面が汚れているので背中で拭き取らなくてはいけません。

 私は背中で地面を掃除しながら、サタンちゃんの真下にまで移動します。

 ――ああっと、楽園を見つけてしまいました!!

 白レオタードのような下着です!!


「……お前さん、今の流れでよくそう動けたナ?」

「有難うございます」

「ヒヒッ、褒めてないゾ。それより良いのカ? 急がなくて」

「ええ、私は現在、地面に落ちている誇り回収するのに忙しいので」

「ヒッヒッヒッ! お前さんの誇りは地面にめり込み過ぎて、シミ一つ残ってないナ!」


 そのように言いながらも下着を一切隠そうとしてこないサタンちゃん。

 正しく天使です。


「ちなみにあの子だが、強制送還の陣を組まれてるナ。数刻で暗闇に戻されるゾ」


 慌てて立ち上がり、サタンちゃんに声を掛けます。


「急ぎましょう」

「ヒッヒッヒッ!」

「そういえば、口から海鼠のようなものを吐き出させる技がありましたね」

「ん?」

「あれはサタンちゃんも使えます?」


 少し考えるような動作をした後。

 サタンちゃんがゆっくりと口を開きました。


「タブン無理だナ。殆どのアタシ達にはこうなる前があって、それによって使えたり使えなかったりする能力も多イ。つまり海鼠を吐かせた能力はあの子の固有能力。マァ敢えて例えるとすれば――【罪と罰の狭間】カ? もう少し強くなれば、海鼠も吐かなくなる筈ダ」


 ――口から海鼠を吐く罰?

 いまいち、よく分かりません。


「どこかで似たようなものを見た気がしますが、どちらにしても嫌な罰ですね」

「ヒヒヒッ、そうだナ」


 適当な感じでそう言った後に、言葉を続けるサタンちゃん。


「それじゃあ……あの子にはまだ使えない、特別なお願いを叶えてやル」


 ――特別なお願い。それはつまり――。


「私をモテ男、もしくはイケメンにして下さい!」

「無理だナ」

「それでは私を、魔法おっさんに……」

「それも無理ダ、真面目に考えロ」


 うぼおぉぉぉおおおおおああぁあああ――――ッッ!! ……悲しいみ。


「お前さんは【繋がりの主である私は、繋がりし悪魔に乞う! メタモルフォーシス!】って言ったあと、あの子と繋がりがありそうで、強そうなものを想像しロ。すると自然に口が動いて、一時的にだがソレになる事が可能ダ」


 繋がりの主というところまでは別に良かったのでしょう。

 しかし、悪魔に乞うているところが気になります。

 ですが、それで妖精さんを助けられるのなら……言わない手はありません。


「ぷいきゅあのキメ台詞みたいですね」

「ヒヒッ、まぁそんなものダ」


 ……イケメンイケメンイケメンイケメン。


「やってみます。【繋がりの主である私は、繋がりし悪魔に乞う! メタモルフォーシス!】」

 

 ――――ッッ!?

 唐突に世界から音が消えました。

 風景をそのままに、薄暗い違和感だらけの世界。

 そんな、何もかもを投げ出してしまいたくなるセピア色の世界で――。

 私は理解してしまいます。

 自身が何を願ったのか、どうすれば――いいのかを!!

 私が願う存在は……妖精さんに繋がりがありそうで、戦う事のできる強力な存在。

 遥か昔に憧れた勇者? 違う。

 シルヴィアさん? 違う。

 ならばつい先ほど猛威を振るったサタンちゃん? ……違う。

 それならば妖精さん自身になるのは? それも違う。

 彼女自身が戦っている姿を、まだ想像する事ができません。

 最も多くの場面で助けられていて、強力で、妖精さんに繋がりそうな存在。

 そうです、それは――〝おっさん花〟。



 ◇



 白い部屋に白いカーテン。

 僕は病院で、ベッドに噛り付くように泣いていた。

 僕の隣では、女の子が同じように泣いている。

 ベッドの上では……顔の見えない細身の女性が横たわっていて、ピクリとも動かない。

 何もかもが足りなかった。

 お金も、運も、実力も。

 僕をこの世界に作り出したもう一人である父親は……早くに病気で死んでいる。

 母親は、たった一人で育ててくれた。本当に頑張ってくれた。

 なのに――足りなかった。

 無理が祟って突然倒れた母親。ソレを治療するのには、莫大なお金が必要だ。

 そのお金をどうにかする方法を知らなかった僕は……何も出来ない。

 子供らしく、泣いて祈る事しかできなかった。

 だって仕方がないじゃないか。

 僕は物語の勇者様みたいに、特別な力だってもっていない。

 母親が倒れた原因を取り除いてあげられる、魔法だって使えないんだ。

 僕の隣で、女の子がわんわんと泣いている。

 僕も負けないくらいに泣いていたけど、僕の方が先に泣き止んだ。

 僕はその女の子を慰め、そして決めた。


 ――今度は僕が頑張ろうって――。


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