『作戦開始』三
村の中央には敵味方を含めて、無数の遺体が転がっていました。
地面から突き出た石の槍に突き刺されて死んでいる者。
地面に半分くらい埋まって死んでいる者。
空高くから地面に打ち付けられて死んでいる者。
冒険者の死に様は様々でした。
私が村の中央に辿り着いた、その時。
「クソッ、この化け物がよぉおおおお!!」
「何人殺された!?」
「死体の数だけだ! 同時に行くぞ!!」
三人の冒険者が〝少年〟に跳び掛かり――。
「どっちが化け物だ! この――外道どもがぁあああああああ!!」
地面から突き出た土の槍によって、串刺しにされて死にました。
見た目は長剣を持っただけの、普通の〝黒髪黒目〟の青年。
魔族ではありません。
町の中心に立っている少年は――普通の人族です。
しかも彼は――ニンゲン。
ニンゲン以外の何者にも見えません。
その根拠は少年の腹部に張り付いている――〝赤い一つ目鬼〟。
鬼は魔族ではありませんが、何なのかもわかりません。
「もう少し……もう少し俺が早く帰って来ていれば、こんな事には……っ」
冒険者の遺体の数は、三十以上。
口ぶりから考えるに、つい先程までは外に居たのでしよう。
でなければシルヴィアさんが教えてくれていた筈です。
少年が村の中央にやってくるまでに、こちらは何人殺されたのでしょうか。
四十人? それとも五十人?
「まだ居るのか……」
この光景を作り出した少年が、村中央の広場に入った私に気が付きました。
おっさん花を見て、私を見て――。
「あんたもしかして……日本人か?」
「――ッ!?」
目の前に居る少年は、転生者?
それも知っている世界からの……転生者??
でなければ、〝日本人か?〟などと言う言葉が出てくるワケがありません。
「リア、別の場所の支援に行ってください。馬もお願いします」
「わたしも一緒に――」
「ダメです。絶対に、ダメなんです」
「…………」
馬から降りてナターリアを見てみると、黙ったまま動きません。
「わかりました。では馬を避難させたら、私を助けに来てください」
「……! わかったわっ!」
馬を走らせ、この場所から去って行くナターリア。
それを見送った私は――少年に向き直りました。
私の背後には何時の間にか妖精さんが立っています。
少年はナターリアを見送ったあと、妖精さんを見て、私へと向き直りました。
「それであんたは? クソハーレム野郎か?」
「出身も女事情も関係ありません。今重要なのは、貴方がどこに立っているのか」
魔王軍なのか、人間の連合軍なのか。
「よくも村のヒトたちを……」
「恨んでくれて構いません。この部隊の隊長は、私です」
どんな経緯で彼が、この場所にいるのかは判りません。
ですが少なくとも……。
「お前を殺す。襲撃者全員を殺して、俺はみんなを助ける」
和解は、もう無理でしょう。
「誰が助かったとしても貴方は確実に死にます。彼女が戻ってくる前に、早々に決着をつけてしまいましょう」
村に散っていた二体のおっさん花が、この広場にやってきました。
――瞬間。
何故か、自身の死が視えたような気がしました。
反射的に小さく後ろに跳ぶびました。
「っと」
すると先程まで立っていた地面から、岩の槍が突き出てきました。
ほんの一瞬でも自身の感覚を疑っていたら、いつものように死んでいたでしょう。
「なッ!? 無詠唱を避けただと!?」
少年は今の攻撃に自信があったのか、驚き顔です。
言われてみれば確かに。
シルヴィアさんですら起動句を使うというのに、少年は無詠唱。
普通であればかなり有効な能力です。
特に一発目が回避される確率は、限りなくゼロだと言ってもいいでしょう。
では何故……。
――何故、避ける事ができたのでしょうか?
「何を驚いているのですか? たった一回、避けるのに成功しただけですよ」
一番驚いている私が言った通り、たった一回避けるのに成功しただけです。
連続攻撃をされるか回避した場所に出されれば、私は絶対に避けられません。
過去に出会ってきた強敵はみな、全力で回避先に攻撃を置いてきました。
地面から生える系は――反則です。
シルヴィアさんの得意技の一つですが、やっぱりズルなのではないでしょうか。
「ぐぅ……!」
相手の少年は小さく唸り、一歩後ずさりました。
ハッタリ百パーセント。
おっさん花をにじり寄らせ、少年を威圧します。
瞬間――先程と同じく、死が迫ってきているような感覚に襲われました。
後ろに跳ぶと、つい先ほどまで立っていた地面には土の槍。
何故なのか判りませんが、どこに居ると死ぬというのが理解できます。
「クソッ! どうして避けられる!?」
――知りません。
むしろソレを一番疑問に思っているのは、私自身でしょう。
誰でも構いません。
どうして私が攻撃を避ける事が出来ているのか、どうか教えてください。
もしかして私の力が、目覚めてしまったのでしょうか。
右腕は……案外疼きませんでした。
「逃げるのなら見逃します。武器も捨てなくていいので、逃げてください」
「今回は……いや、この世界では――! 逃げないって決めたんだ!!」
おっさん花に自ら突っ込かだ少年。
彼にも信念があって戦っているのでしょう。
ならばもう――何も言いません。
「襲撃者を殺す……! いや――みんなを守るんだ!!」
私はおっさん花を操って、少年へと向かって触手を伸ばします。
それに合わせて動く、妖精さんの操る二体のおっさん花。
少年は触手の間をすり抜けるようにおっさん花に迫ると――。
「うぉぉおおおおおおおお――ッッ!!」
――ガギィイイイイ!
光を纏った剣が、おっさん花の胴体を切りつけました。
音が変です。
まるで何か、固い岩でも切りつけたかのような……。
「なんだよこの固さ! 情報にあったセイレイってやつか!!?」
……精霊?
シルヴィアさんや、ホープさん、キサラさん。それからアントビィ。
規格外の力を保有している、旧世界を支配していた尖兵。
おっさん花が、それに間違われている……?
「絶対に……! 倒してみせる!!」
空中に生成された岩の槍が、おっさん花に迫ります。
それを触手で迎撃すると、いとも容易く砕け散りました。
「――ッ!」
一度距離を取った青年が再びおっさん花に迫ります。
不意に地面から生えた岩の槍がおっさん花に命中しましたが――岩の砕ける音。
おっさん花は、ほぼ無傷でした。
「ッッざけるなッ!」
少年は迫る触手を切りつけましたが、全く切れていません。
ただ固い音が響いたのみ。
小さくて素早いせいで、なかなか捕らえられません。
――っと。
私は小さく後ろに跳んで、地面から生えた岩の槍を回避しました。
彼の攻撃は発生から攻撃までに少しの時間があるのでしょう。
とはいえ、それでも私が攻撃を避けられているのは、おかしな話。
本当に何故なのか判りませんが、その場所にいると死ぬと〝理解〟できてしまうのです。
幾度もの死を見て、感じて、視て、経験して……。
自身も幾度と無く死に絶えて。
とうとう私は、変になってしまったのでしょうか。
しかし、これは――間違いありません。
名状しがたい未来予知にも似た感覚に従っていれば、攻撃を避けられます。
この感覚の事を私は、〝超直感〟と名付けましょう。
「……ろりこん、元からヘンなタイなんだけどね」
「妖精さん、心を読まないで下さ――」
――ゴスッ。
「当たった!?」
強い衝撃が全身を襲ったかと思えば、体が宙に浮かんでいました。
高さは……十メートル? 九メートル? いえ、まだまだ下がります。
つい先程まで立っていた場所には、岩の柱が立っていました。
これはシルヴィアさんで言う、アイスハンマー。
どうして今の攻撃には、死の予感がしなかったのでしょうか。
私は空中で無様に泳ぎながら、足を下に向ける事に成功しました。
両足で着地しても折れると思うので――右足を捨てます。
――ボギャ、というような音と共に着地に成功しました。
吹っ飛ばされながらも放さなかった杖を支えに、片足で立ち上がります。
「片足だけで……まだ立てますね」
右足は完全に砕け、折れた骨が肉を突き破っていました。
左腕も動かないので、たぶん折れているかもしれません。
体内にはいくつもの違和感が存在しています。
内臓に被害が出ているのか……それとも、骨が折れているのか。
……まぁ両方でしょう。
死が視えなかったのは、あの攻撃で即死しなかったから?
正確なところは判りません。
「――っ!? 痛くないのか!!?」
「ええ、この世界ではこのくらい日常茶飯事ですよ」
「嘘だろ!?」
――嘘です。
半分くらいは嘘です。
半分くらいは嘘なのですが、半分は本当のことです。
「ここに立っている私は、最初っから死人ですからね」
おっさん花の触手を操り、少年を串刺しにしようと伸ばします。
「よっ、ほっ、とっ……!」
触手は地面に突き刺さるばかりで、少年には命中しません。
広場周りにある幾つかの家々が激しく燃え、村の何処からか聞こえてくる悲鳴と怒声。
これではまるで……村に襲い掛かる野盗と、それを守護する主人公。
できる事ならば私も、あちら側に立っていたかったと思わざるを得ません。
やはり攻める側は……苦手です。
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