『価値観』一

 戦闘が長引いている事で他の場所での戦いが終わったのでしょう。

 冒険者たちが広場にやってきました。


「ひでぇ有様だな! 援護に来たぞ!!」

「クソッ、何人やられた!?」

「相手は一人だ! 数で押せ!!」

「バカが! 同時に行くぞ!」

「油断はするなよ!!」


 増援としてやってきた冒険者は二十人前後。

 相手が一人というのはこの場合、油断する理由にはなりません。

 なんせ相手の少年は、既にかなりの数の冒険者を殺しているのですから。

 下がれという指示は……聞いてくれないのでしょう。

 それなら――。


「数人は負傷者の回収と治療! 他の者は私の召喚物に合わせて下さい!!」

『『『おうっ!!』』』


 部隊員たちが少年を円形に囲み、武器を構えています。

 その表情に油断はなく、真剣そのもの。

 二人の冒険者は倒れている仲間を確認しているのですが、一人も運んでいきません。

 もしかして……遺体しかないのでしょうか。

 私はおっさん花を操り――突撃させます。


「村のみんなの仇!!」

「グゥッ……」

「ガァッ!」

「――ッア……」


 触手を避け、冒険者達の攻撃を避け……ながら切り捨てる少年。

 ――いけません。

 冒険者と少年とで、その実力の差が開きすぎています。

 とここで……広場に一人の男が入ってきました。

 青い体毛を持ち黒いツノを生やした男です。


「陣の準備ができたぞ!」

「起動してくれ!!」


 ――陣?

 いったい何を……ッ。

 村の中央広場全体を覆い尽くす程の広域に展開された、魔方陣。

 この魔方陣、見覚えがあります。


「これでセイレイは無力化だ!!」


 タクミ&エッダさんの襲撃隊が使ってきた、精霊封じの魔方陣。

 もしかしてココに襲撃者がやってくる事は、想定の範囲内だったのでしょうか。

 シルヴィアさんの情報が敵に伝わっていて、この場所が見つかると知っていた?

 もし、そうではないのだとすれば。

 魔王軍は何時でもどこでも、時間を掛ければ精霊封じができるという事に……。

 しかし今この場には、シルヴィアさんは居ません。

 領主様の屋敷で嵌められた時とは違って、妖精さんも封じられてはいません。

 つまり今回は――まだ戦えます!


「全員後退! ここは私に任せてください!!」


 おっさん花の触手を伸ばし、攻撃を再開します。

 広場に入ってきた男には、おっさん花の無数の触手が突き刺さりました。

 ――が、少年には回避されてしまいます。

 男が絶命するなり、収縮して消え去った魔方陣。


「ペレックさん!! クソッ! クソッ、クソッ!! クソッタレェェエエエエ!!」


 蜘蛛の子散らすように下がっていく冒険者たち。

 ――死の予感。

 私は身を投げ出すようにして、死域からの離脱を試みました。

 が、飛距離が足りず、地面から突き出てきた岩の槍が左足をもぎ取ります。

 私の体は空中で一回転してから地面に叩きつけられました。


「かはッ……!」


 が、まだ、ギリギリ生きています。

 頭を動かして少年の方を見てみると、一人残らず串刺しにされている冒険者たち。

 彼一人に、いったい何人やられたのでしょうか。

 部隊員の三分の一以上……?

 少年は同郷の者なのかもしれませんが、これ以上の被害が出る前に……。

 ――殺さなくてはなりません。


「ペレックさんは良い人だったのに! 娘だって居るんだぞ!!」


 ……良いヒト。

 たぶん少年が言っている事は、全て事実なのでしょう。

 ですが――。


「良いヒトは死なない、なんて言葉は幻想です。良い人だろうが悪いヒトだろうが、悲しい過去があろうが、悪事を積み重ねていようが――良い人も死ぬ。悪いヒトも死ぬ。子供が待っているヒトも死ぬ。……では、貴方はどれですか?」


 少年の腹部から胸くらいの位置に居る、例の赤い一つ目鬼。

 それに攻撃が当たらないようにしながら、触手での絶え間ない攻撃を続けます。


「――ッ! クソッ!! まだ生きてるのか!!」

「少年も、私よりかは良いヒトなのだと思いますよ」


 むしろ良い人から死んでいくのが現実。

 勇敢な者から死んでいくのが戦い。

 その両方を兼ね備えていたら、生きているのが奇跡です。

 少年がおっさん花による猛攻を回避しきったと思われた、その時――。


「――グブッ……!!?」


 少年の腹部からは赤熱した刃が、突きだしていました。

 少年の背後に見えたのは、紅いローブ姿の――ナターリア。


「よくも勇者様を……! 絶対に、絶対絶対絶対に、許さない……!!」

「あ……? あがががガガガガギギギギ――ッッ!!?」


 白目を剥いてガクガクと全身を震わせている少年。

 少年の腹部を刺し貫いているナイフは、そのまま引き上げられて――。


「【ディーサーセンブル!!】」


 バァンッ! と弾けた少年の腹部。

 内容物を全て地面に撒き散らしながら、前のめりに倒れた少年。


「今回は……にげなかっ…………しにたく…………ぃ……」


 腹部を下にして倒れた同郷の少年は……息絶えました。

 ひとたび戦場に立った瞬間、始まるのはただの殺し合い。

 強い方が生きる。弱い方が死ぬ。

 そこには正義も悪も無く、ただの力比べがあるのみ。


「良いヒトはみんな……前の世界で、私よりも先に死にました……」


 少年の体に赤い一つ目鬼は、もう視えていません。

 アノ一つ目鬼は視えていた対象が死ぬと消え去ります。


「最後に残ったのが一番のクズである私なのですから、現実さんには困ったものですね」


 私は少年が息絶えたのを確認し、体から力を抜きました。

 首を動かして青い空を見上げます。

 聞こえてくる物音は、もう建物が燃えている燃焼音だけ。

 ――別に、夢のような物語を期待していたワケではありません。

 ただ……ここは真っ暗で、血と臓物の臭いが強すぎます。

 このまま深い闇の中に沈んでしまいそうな……そんな感覚。


「勇者様ッ!」


 紅いローブを赤く染めたナターリアが、私に駆け寄ってきました。

 僅かに周囲が明るくなったような感覚。

 ……まだなんとか、前だけは見えています。


「あ、ああああっ!! 血が、血がこんなに……!! し、止血しなきゃっ……!」


 赤熱したナイフが、私の足に押し当られました。

 ジュー……という足の焼ける音。

 確かに熱いのですが痛みは無いので、冷気による酷い冷たさよりはマシ。


「リア、私は放置しておいても大丈夫ですよ。他の生存者をお願いします」

「む……むりっ……!」


 必死に私の処置をしているナターリア。

 ナターリアは私が生き返るのを知っているハズなのですが……。


「好きなヒトが倒れているのに、他のヒトのところになんて行けないわっ!!」


 ……確かに。

 私とナターリアの立場が逆だったとしても、同じことをしたでしょう。

 妖精さんがクスクスと笑うと、三体のおっさん花は溶けて消えました。


「妖精さん。私の足がウェルダン焼きになってしまう前に、下着を……」


 ――見せて下さい、と言おうとしましたが、思い留まりました。

 ナターリアを前にしてそんな変態的なお願いを、してもいいものなのでしょうか?

 ――否。断じて否ッ!

 私は変態ではありません。

 少なくとも、ナターリアの前でだけは……!


「えっと……」


 何と言えばいいのでしょうか?

 殺して下さい、とは死んでも言いたくありません。

 それでは……〝治してください〟……?

 いえ、それは無理です。

 妖精さん達は治すのが苦手。

 お願いしても無理だと言われるのがオチでしょう。


「イケメンにしてください」

「……むり」


 ――悲しいみ。


「それなら、私の髪を増やして下さい!」

「……むりむり」


 まさかのダブル無理。

 ……えっ、イケメンになるのよりも無理なのでしょうか?


「なら、モテ男に……!」

「…………」


 妖精さんは私の足を治療しているナターリアを見て……


「……なんだ、ろりこんは目の見える盲者だったか……」


 よく分かりませんが、無理という事なのでしょう。


「で、では、ほっぺたに軽くチッスを……」


 ナターリアと私を交互に見た、褐色幼女形体の妖精さん。

 ピクピクと表情を動かしながら、頬にソフトなチッスをしてくれました。


「……とりあえず二回くらい、しんだほうがいいよ」


 ――『二回くらい、死にましたー』

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