『作戦開始』二

 やや時間は掛かりましたが、攻撃目標付近に到着しました。

 木々の隙間から見える目標には丸太を突き立てたような防壁。

 そして一定間隔に設置されている櫓も確認できました。

 シルヴィアさんなら爆弾キック一発で吹き飛ばすのでしょうが……。


「私が先行します。あとに続いて突撃してください」

「おいおい、櫓から蜂の巣にされちまうぜ?」

「あのくらいなら恐らく、妖精さんの召喚物で突き破れるでしょう」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 褐色幼女形体になって私の前に座った妖精さん。

 そんな妖精さんに対し――お願いをします。


「妖精さん、力を貸して下さい」


 ――再び響く、妖精さんの笑い声。

 地面から這い出したのは三体のおっさん花。

 私に操作権があるおっさん花は一体だけです。

 数の上では微妙ですが、動きの精度は上げられるので問題はありません。


「敵襲ぅぅううう――――!!」


 おっさん花に気が付いた攻撃目標が、慌ただしく動き始めました。


「では――いきますよ」


 おっさん花一体を壁になるように前進させると、それに合わせて二体も続きます。

 妖精さんは心を読めるような節があるので、上手く合わせてくれているのでしょう。

 私はその背後から馬を進め、扉のある場所へと突き進みました。

 その影に隠れて進むナターリア。

 当然のように櫓からは矢と火球が発射されましたが、おっさん花には効いていません。

 扉に辿り着いたおっさん花三体は扉に体当たりをし、触手でこじ開けさせます。

 扉は瞬く間にひしゃげて――破壊に成功。

 壊れた扉を触手で殴りつけたら、扉は敵拠点の内側へと吹っ飛びました。


「……?」


 扉を突き破った先に居たのは、ツノと体毛の生えている――魔族の子供……?

 その子供は吹き飛んだ扉が当たったのか、青い血を流して倒れています。

 全身に粟が立つような、嫌な感覚。

 見れば武装していない一般人らしき魔族も、ちらほらと見当たります。


「…………?」


 私は一体、どこを攻撃してしまったのでしょうか?


「勇者様っ!」

「――ッ」


 まごついている余裕はありません。

 これは戦争で、相手は敵。

 最初に攻めてきたのだって魔王軍の側でした。

 ……そう割り切る以外に、もう方法はありません。


「全軍――突撃ぃぃぃいいい!!!」

『『『うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおお!!』』』


 号令で魔王軍の拠点内へとなだれ込んでいく部隊メンバー達。

 妖精さん操るおっさん花は左右に散開し、櫓の方へと突き進んでいきました。

 私は突撃していった者達に何度も踏まれた魔族の子供を拾い上げて……。

 建物の壁際へと移動させました。


「呪うなら、私を呪ってくれても構いません」

「勇者様……」


 そう言葉を残し、私も拠点を制圧するべく動き始めました。

 戦闘音のする方角に向かって移動して、触手を突き刺すか、触手で薙ぎ払う。

 武器を持っている者を狙って攻撃し、その無力化をします。

 ナターリアも近くに居た敵の首を、ククリナイフで刎ね飛ばしました。

 魔族と言っても種族は様々で、ゴブリンやコボルト。

 オークや人狼に悪魔。

 人型のニンゲンに近い魔族も多く存在します。

 ツノが生えていて肌の色が違うだけの者も――。


「助けてくれ! 降伏するから命だけは!!」


 建物から両手を上げながら出て来たのは、一本角で肌の青い男。

 そんな男に対して二人の冒険者が突撃して――刺し殺しました。


「おい、今の奴なんて言ってた?」

「聞いてなかったのか!」

「ああ」

「こう言ってたぜ。〝よく見てぇ、お手てがこんなに青いんだよぉ!〟ってな!!」

「「ははははっ!」」


 ――ッ。

 戦争であれば、こんな事もあるのでしょう。

 個人の感情としてははらわたが煮えくり返りそうな思いですが……。

 相手は敵で、彼らは味方。

 しかし今回は殲滅戦。更に彼らの行いは、上に許容されています。

 ですが――。


「何故あなた達は、降伏した者を殺したのですか?」


 私は馬を移動させ、二人の傍でそう言いました。

 そう聞かずにはいられません。

 ナターリアは手を後ろに回して、殺意をギリギリのところで抑えているようです。

 冒険者の二人は顔を見合わせ――。


「「戦争だからな」」


 ――戦争。

 これが……戦争……。

 降伏した相手をも殺して、貶める。

 これが……戦争……。


「お父さん……?」


 男と同じ建物から出てきたのは、同じく青い肌の女の子。

 蒼い顔を更に青くさせ、茫然とした様子で倒れている男に歩み寄りました。

 女の子の頭に飾ってあった花飾りが、地面に落ちて崩れます。

 動かなくなった父親を見た女の子は踵を返し――建物の中へと駆け込みました。

 その数瞬後に出てきた女の子の片手には、ロングソード。


「よくも、よくもお父さんを……!」


 息を荒くし、その目を血走らせている女の子。


「武器を……武器を捨ててください」


 相手が武器を持っている限りは、大小問わず殺傷能力が存在しています。

 私は今日、城門で一人の少年を殺しました。

 これは戦争です。

 だから武器を持っている者は、攻撃しなくてはなりません。

 ……でないと……でないと……!!


「武器を捨てろと言っているのが、聞こえないのですか……? 捨ててください」


 おっさん花をにじり寄らせて、女の子を威圧します。

 本当は私だって、こんな方法は取りたくありませんでした。


「勇者様、わたしが――」

「リアは下がって。私はこれ以上貴方に、子供を殺させたくはありません」


 ナターリアは既に、数えきれない程の子供を殺させられています。

 たった一人殺しただけでコレだというのに……。

 それを大勢、生きる為に殺してきたナターリア。

 ――彼女が背負う重りは、もう十分でしょう。


「お前が、お前がわたしの、お父さんを……!」

「私がこの部隊の指揮官です。だからここに居る者達を殺したのは、私です」


 ……思えば最初っから変でした。

 たった一つの季節で、こんなにも生活感のある場所になるワケがありません。

 つまりこの場所は、戦争が始まる以前から存在していた場所。

 でなければ、こんな最前線に女子供がいる訳がありません。

 とはいえ、この戦闘員の数。

 少なからず魔王軍に協力しているのは間違いないのでしょう。

 つまりこれは――戦争。

 ここは――戦場。

 武器を持っている者は――敵兵士。


「武器を捨てないのなら、私はこれから、貴方のことも殺さねばなりません」

「返り討ちにしてやる……! 絶対に! お父さんの仇……!!」

「……っ。……ほんとうに残念です……」


 私はおっさん花の触手を操って、目の前の女の子を――。


「待てって隊長!」

「そうだぜ、早まるなって部隊長殿!」

「何ですか……? 今更」


 おっさん花と女の子の間に割って入ってきたのは、二人の冒険者。

 武器を構えている女の子の、その父親を殺した――二人の部隊員です。


「なぁ、なぁなぁ! こんな女の子までアンタは殺すつもりなのかよ!」

「戦争で殲滅戦、なのですよね……?」

「カーッ! ちったぁ融通を利かせようぜ! 柔軟な頭が大切なんだぜ!?」

「そうそう、こんな女の子、殺す必要ねぇって!!」


 …………また。

 また私は、間違っていたのでしょうか。

 何が正しくて何が正義なのか。

 もう……気を抜くと見失ってしまいそうです。


「この中で一番汚かったのは結局、私だったというワケですか……」


 そう呟いた直後。

 魔族の村の中央で大きな土柱が上がりました。

 悲鳴や怒声が聞こえてくる村の中。

 ですが中央では、確実に部隊員が殺されています。

 なんせ空中高くに吹き飛ばされて踊っているのは――部隊員の冒険者達。

 重力に従って落ちていった冒険者たちは、もう助からないでしょう。


「ここは任せてくれ部隊長!」

「ああ、部隊長は中央の援軍に行くべきだ!」

「……わかりました」


 チラリと女の子の方を見た後、馬を中央の方向へと向けて走らせます。

 走らせる直前で馬に飛び乗ってきたのは――ナターリア。

 私の背中にしがみ付いているナターリアは走り始めた直後に……。


「違うわ、全然違うの。この地獄の中で綺麗なのは、本当に勇者様だけよ……」

「……?」

「……ダメよ勇者様。勇者様は、勇者様だけは……」


 ギリギリ聞こえる程度の声量で、そんな事を言ってきました。

 私ではナターリアの真意を読み解く事はできません。

 が、とにかく今は――味方の救援が最優先。

 私は馬車を中央に向かって進めながら、おっさん花で敵を殺していきます。

 気が付けば村のあちこちから火の手が上がっていて、幾つもの建物が燃えていました。


「放火は最低限にしてください! 焼き払うにしても敵に利用されそうな複雑な場所限定です!! それ以外は放置してください!!!」


 背中でブツブツと呟き続けているナターリアは、確かに気になります。

 が、今は部隊の救援と、戦闘の指示。

 最終的には戦略利用されないよう、全て焼き払うのが正解なのかもしれません。

 が、女子供を殺さなくてもいいという事は、まだ生活スペースが必要になります。

 女性や子供を殺さなくてもいいというだけですが……。

 ほんの少しだけ、肩が軽くなったような気がしました。

 建物を焼いた事でそれらを殺したくもありません。

 戦争で死ぬ人間は……いえ、生物は。

 最低限の数でいい筈なのです。


「拠点の破壊は後回しです! 制圧を優先してくださぁあああい!!」


 肩は軽くなった筈なのに……。

 軽くなったのに……嫌な予感が止まりません。

 そんな感覚を無視しながら私は、中央へと向かって馬を進めました。

 ――響く、妖精さんの笑い声。

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