『作戦開始』一
駆け足気味に部隊の待機場所にまで戻ってくると――血の臭い。
魔王軍の者らしき死体が二つも地面に転がっていました。
「おかえり勇者様。あ、もうちょっと待っててね?」
ナターリアは倒れている男の傍に座っていて、他の何人かが男を押さえていました。
倒れている男には右手首が無く、そこからは血液が流れ出ています。
何をするつもりなのでしょうか。
ナターリアは赤熱したナイフを握りしめています。
昔ダヌアさんの魔道具店で買って、ナターリアにそのままあげた、あの魔道具。
「男の子なんだもの、これくらい我慢してね?」
「ふぅ、ふぅっ……クソッ。布を噛ませてくれ!」
他の一人が適当な布を持ってきて、倒れている男に噛ませました。
まさか塞ぎきれない負傷を、あのナイフで焼くつもりなのでしょうか。
よくよく見てみると倒れている男は、スラム組の盗賊職の一人。
準備が整ったのを確認したナターリアは赤熱したナイフを傷口に――。
「ムヴグゥヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――ッッ!!!」
激しく暴れようとする男と、それを抑えている他の冒険者。
「……止血はできたわ! ポーションを早く!」
「お、おうっ!」
焼かれた傷口にポーションが振り掛けられ、出血が完全に止まった盗賊職の男。
腕を焼かれた激痛に耐えきれなかったのか、彼は意識を手放しています。
それを確認したナターリアは立ち上がり、私の方へと近づいてきました。
「こっちの偵察を追い回していた敵を二人始末したわ。六人も偵察に出したのに帰ってきたのは三人だけで、二人は重傷。まぁ……情報は何も持ち帰ってきていないのだけれど……」
そう言って表情を曇らせたナターリア。
私が居ぬ間を彼女は、しっかりと守ってくれていたようです。
「あと作戦開始の伝令が来ていたわ」
「分かりました。では、私達も行動開始といきましょう」
被害は出ていますが、偵察の任務事態は成功しています。
逆に相手の目も潰せているのなら、それは味方の偵察の成果でしょう。
「どうしよ? わたしが偵察に出てみてもいいのだけれど」
「その必要はありません」
「もしかして……勇者様が見つけてきてくれたのかしらっ!」
「はい。偵察を一人殺して、それを元にシルヴィアさんが見つけてくれました」
「流石は勇者様だわっ!」
そう言って尊敬の眼差しを向けてくるナターリア。
シルヴィアさんの成果なのですが、シルヴィアさんなら、まぁいいでしょう。
「これより私達は南東にある敵拠点への攻撃を仕掛けます! 覚悟はいいですね!」
「待ってくれ! 負傷者は置いてくのか?」
――負傷者。そうでした。
今この部隊には動けない人員が二人も出ています。
万が一ここに置いていって魔物や他の偵察に見つかったら……。
その命は、間違いなく失われてしまうでしょう。
これを無視して置いていくのは、士気にも大きく影響してしまいます。
とはいえ――。
「ダメよ。少人数だけを残して行っても敵に襲撃されて全滅する可能性があるわ」
「だ、だけどよぉ……」
「じゃあよ、荷台に積んで連れて行くってのはどうだ?」
「一人はそれでもいいのだけれど、もう一人は一時間くらい回復させないと危ないわ」
――ナターリアの言う通り。
少人数を残してこの場を離れると言うのは……無謀に近い自殺行為。
今いる位置が仲間のたくさん居る前線の一ヶ所なら、それもアリでした。
しかしながら、今いるこの場所は――それ以上。
確かに、荷台に乗せて戦場に連れて行く程度であれば可能でしょう。
が、それで死なれては元も子もありません。
「オイどうすんだ隊長! 作戦開始のベルはとっくに鳴ってるぜ!!」
「――っ」
選択肢は二つに一つ。
見捨てていくか――ナターリアを残すか。
見捨てていく場合は落ち葉や木々で隠し、偽装する必要があります。
しかもそれは確実ではなく、時間もかかるでしょう。
となれば、選択肢は一つ。
「リアはここで――」
「嫌よ、勇者様と一緒に行きたいわ」
言葉を言い終える前に、ナターリアが口を挟みました。
ナターリアは私のローブをキュッと握って、捨てられそうな子犬の目をしています。
「でも……勇者様がどうしてもって言うのなら、わたしは残るわ……」
「む、むぅ……」
もう一度お願いをしたら、彼女は嫌でも受け入れてくれるでしょう。
しかしながら今回は既に、お願いをし過ぎています。
我慢もいっぱいさせました。
これ以上の何もかもを飲み込ませ続けるのは、お互いの精神によくありません。
「二十人くらい残していけば、大丈夫ですかね……?」
ナターリア一人の戦力か二十人。
数字の差は圧倒的ですが、少なすぎる気がしてなりません。
今いる部隊のメンバー二十人とナターリアで対決をさせたなら――。
間違いなく、ナターリアの方が勝つでしょう。
そもそもナターリアは、出会った時から多対一で二十人以上の相手を屠っていました。
それで残っていたのが、エッダさんとタクミ。
ナターリアと同等近くと考えれば、本当は五十人くらい残していきたいところです。
「オイふざけんな! ただでさえ少数での襲撃なのに、二十人だと!?」
「これが戦闘中なら愚劣指揮官として後ろから刺されてるぜ!」
「多くても五、六人くらいじゃねぇのか?」
――などなど。
まぁ当然の反応でしょう。
私もナターリアの実力の高さを知らなければ、そう思っていました。
部隊員の側に私が立っていたら、同じ気持ちになっていたに違いありません。
となると選択肢は、見捨てていくという方向に――。
「ふんっ、私が見ていてやろうか?」
「……シルヴィアさんが?」
「そうだ。重症者の面倒は片手の無くなったヤツにやらせればいい」
「鬼ですか?」
「違うぞ。タイプυ固体名称シルヴィアだ」
シルヴィアさんなら軍隊規模の偵察隊来たとしても軽くあしらえるでしょう。
しかしながら、そうなると問題が出てくるのは襲撃側。
安全度が五千兆くらい下がります。
「私達だけで制圧できますか?」
「安心しろ、余裕はある筈だ。勝率は九割以上だと言ってもいいだろう」
「死人は?」
「あの相手程度の戦闘で死ぬヤツは最初から死人と変わらん。気にするな」
――気にします。
シルヴィアさんは優しいのか冷たいのか、本当に判断が難しいです。
いえ、体温的には最高に冷たいのですが……。
「おい、早く行かなくてもいいのか? 一応言っておくが、第二陣南側の襲撃グループと第一陣の中央襲撃部隊のグループは……七割がた負けるぞ」
――負けるッ!!?
という事はつまり、救援に向かわなくてはならないという事。
本体の侵攻がどの程度の速度になるのかは判りませんが……。
北側にはライゼリック組の部隊が居ます。
そちら側からの救援は?
――いえ、変に期待するのは止めましょう。
「私とリア、他全員で目標地点を制圧! シルヴィアさんと負傷者はここで待機! 攻撃目標を制圧した後は南東の補給基地を潰し、負傷者をそこに預けましょう! その後はシルヴィアさんと私で、中央の補給基地を攻略している部隊の救援に向かいます! それでは――行動開始!」
荷馬車から馬を外し、馬に鞍を取り付けます。
わからない部分はナターリアが黙って手伝ってくれて、私は馬に跨りました。
右手に杖を持っての操舵は少し難しいですが、重量はそんなにありません。
競馬の騎手が使っている鞭のような物と考えましょう。
馬には乗らず、後ろを歩いて付いてくるナターリア。
何が正しいのかは判りません。
ですが今は、任務を務め上げましょう。
そして戦争が終わったら……。
「廃教会で、シチューパーティーです」
そんな事を呟きながら私は、攻撃目標へと向かって馬を進めました。
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