『思い出の白い鳥』二

 二人が居なくなった部屋の中。

 辺り一面を見渡してみますが、入ってきた場所以外に出入口がありません。


「んー……んー?」


 ミリィさんは壁をナイフの柄部分でコツコツと叩いて盗賊っぽい動きをしています。

 〝猟犬群〟の皆も部屋の中を探索しているのですが、成果のほどは芳しくないご様子。


「……あっ……」

「ミリィさん、何か見つけましたか?」

「こ、ここの壁とか、押し込めそうだけど、どうする?」

「他には何も無さそうですし、先に進もうと思うなら押すしかないですかね」

「じゃあ……」

「いえ、私が押します。皆さんは部屋の外に出ていてください」

「えっ……?」

「シルヴィアさんも居ますし、私一人であれば大抵の状況には対応できますよ」

「ん、分かった」

「えっ、オッサン一人に危険な目にあわせられないって!」


 ミリィさんは素直に頷いてくれました。

 が、トゥルー君の言葉を皮切りに廃教会組の子供達が不満の声を上げます。


「わたしなら足手まといにはならないと思うのだけれど……」


 ナターリアもかなり渋い顔をしています。


「みなさん、人にはそれぞれ適材適所があります。今回は私を信じてください」

「うぅ、わかったわ……」


 渋々とですが何とか部屋の外で待機してもらう事に成功しました。

 現在この大部屋の中には私と妖精さん。それからシルヴィアさんのみ。


「ふんっ。一応言っておくが、それに罠は無いぞ」

「……シルヴィアさん、そういう事はもう少し早く言ってください」

「ならちゃんと聞いてくれ」

「はい……というか、今の私では身長的に届かないですね……」


 結局、ミリィさんに抱えてもらいながら壁の一部を押す事に。

 押して少し待つと――パカリッ、と開きました。

 開いた中にあったのは意味の分からない数列? の数々。

 そして辛うじてアルファベット? に見えなくもない入力ボタン。

 その下には数字? に見えなくもないボタンもあります。

 もしこの入力ボタンをアルファベットに当てはめるのだとすれば――。

 ほぼ全てのアルファベットが存在している事になるでしょう。

 数字も同様で、0からⅨまで存在しているはず。

 ミリィさんに地面に降ろしてもらい、バックパックから紙と鉛筆を取り出しました。

 入力ボタンの英列がランダムではなく、きっちり揃えられていると想定します。

 暗号のそれをアルファベットに置き換えてみると……。


■      ■

 00ⅥⅣⅥ

 ⅣⅨⅥⅠ0

 ⅡⅢⅢⅦⅢ

 ⅠⅦⅠⅤⅧ

 ⅠⅨⅥⅧⅤ

■      ■


■      ■ 

 P0ⅠⅦ0

 ⅥⅨⅥⅤⅥ

 ⅤⅠⅥⅨⅢ

 Ⅰ0ⅠⅧⅦ

 0ⅥⅨⅦⅠ

■      ■ 


■      ■

 ERⅢⅡⅠ

 ⅣⅣⅦⅤⅨ

 ⅧⅧⅦⅡⅧ

 ⅨⅢ00Ⅰ

 ⅨⅠⅥⅠⅡ

■      ■


■      ■ 

 N□ⅤⅧⅤ

 ⅧⅣⅡⅡⅢ

 ⅣⅢⅦⅦ0

 0ⅣⅥⅤⅣ

 ⅤⅢⅠⅥⅦ

■      ■


■      ■ 

 □ⅠⅣⅠⅨ 

 ⅥⅨⅣⅧⅣ

 ⅤⅣⅧⅣⅡ

 ⅣⅤⅢⅠⅧ

 ⅤⅢⅠⅡⅡ

■      ■


■      ■

 DⅥⅨⅦⅥ

 ⅥⅣⅡⅠⅤ

 Ⅳ0ⅡⅨⅣ

 Ⅲ0ⅠⅠ0

 ⅡⅣⅥⅠⅨ

■      ■




 一応翻訳して紙に書いてみたのですが、さっぱり分かりません。

 そんな紙を前にうんうんと唸っていると……。

 全員が部屋に入ってきていたらしく、私の手元を覗き込んできます。

 が、全員首を傾げていました。


「これって何て書いてあるのかしら? わたし、文字は一つも読めないのだけれど……」

「んー、ぼくにもサッパリ! ねぇオッサン、何て書いたんだ?」


 ナターリアは兎も角、トゥルー君にも読めないご様子。

 まぁそれもそうでしょう。

 今この紙に書いているのは、私の世界の文字。

 つまりこの世界の文字ではないのです。

 それ以前に紙に書いた私自身が読む事が出来ません。


「くくっ、ヒントをやろうか?」

「えっ、シルヴィアさんにはもう答えが……?」

「当然だろう、この私を誰だと思っている」


 少し中に浮いた状態でドヤ顔をして、ふんぞり返っているシルヴィアさん。

 角度的に這いつくばれば下着が見えそうです。

 シルヴィアさんがフォス君に対して何らかのアイコンタクトを取りました。

 それに渋々な様子で頷いたフォス君。

 まさか、フォス君にも正解が分かっているのでしょうか。

 ――悔しい。

 悔しすぎますよ、シルヴィアさん。

 こうなってくると意地でも自力で暗号を解いてみたくなりました。


「ふんっ。まぁまずは頭文字だけを並べて読んでみろ」

「……頭文字だけ……?」


 頭文字だけを抜き取って並べてみると――〝0PEN□D〟。

 ――ッ!


「数字の0がアルファベットのOだとすれば――〝オープン□D〟」

「そうだな」

「□は空白で、Dが最後。オープンの後にDがつく英文と言えばDOOR?」

「正解だ」

「うあああ! オッサンと精霊様が何を言ってるのか全く理解できないいいい!!」


 トゥルー君のその言葉に、フォス君以外の全員が頷いています。

 やはりこの暗号、この世界でもかなり難しいのでしょう。

 ですが、私には読めます。暗号が――読めます!!

 つまりは頭文字を順番に取って行って並べると――OPEN□DOOR□ⅠⅥ。

 それ以降も順番に並べていくと――ⅠⅥⅥⅠⅢⅤⅣⅨⅣ………………。

 全ての文字を並べ終えました。

 が――。


「ぎ……ギブアップです、シルヴィアさん。これ以上は頭がパンクしてしまいます」

「はぁ、仕方の無いご主人様だ。ご主人様の世界には十六進数というものはなかったか?」

「ありましたが、それが……?」

「それだ。その後に七ビットからなる一つの文字にしていけば答えが出てくるぞ」

「…………」


 シルヴィアさんは、私を知恵熱で殺す気なのでしょうか。

 一般人の出来る暗号解読の領域を大きく超えています。

 古代の方々はこれが出来て当たり前だったのでしょうか……?

 だとしたら……。

 転生して生まれ変わった時代が今で良かったと思わずにはいられません。

 ソフィーさんやヨームルさんのような人種なら解読できるのでしょう。

 が、彼女らは先に帰ってしまっています。

 むしろこういった遺跡の調査は彼女らのような人種が居なければダメなのでは?

 ある程度までを倒して帰ったとしても報酬が貰えるというのは……なるほど。

 こういう事情があるのでしょう。


「まったく、本当に解らないのか……?」

「はい……」


 心底残念な生徒を見る先生のような顔をして、私を見てくるシルヴィアさん。

 ――ぐやじい。でも、ちょっと気持ちいい。


「――ふんっ。私が指示したボタンを押していけ、それで扉が開く筈だ」

「……はい」


 私はシルヴィアさんに指示されるがまま、ボタンを押していきます。

 無意識にアルファベットに置き換えて読んでいると、〝腐敗する人類に――〟。

 いえ、これ以上考えるのは止めましょう。

 心と脳を入れ替えて無心でボタンを押していく事にします。

 なんとなく知らない方が幸せであるような気がしました。

 指示されている通りにボタンを押していくことしばらく。

 隙間一つ無かった壁が上へと上がっていきました。

 壁の向こうには――また壁。

 その壁の中央には一つの金属製扉が存在しています。

 かなり重厚な作りをしているように見て取れました。


「今度はパスワードが掛かっていないといいのですが……」


 扉の取っ手を握り、ゆっくりと押し込んでみます。

 ……動きました。

 かなり重量のある扉ではあるのですが、今度は普通に開いてくれるようです。

 扉が少しだけ開いて、その隙間から僅かに見えた光景は――赤。


「ッ!!?」


 鼻を突く濃厚な鉄錆の臭いに思わず取っ手を放してしまいます。

 一歩後退りして最初に思い浮かんだ言葉は――何故?


「うえー……」

「うっ、すごい臭いだ……」

「……血の臭い?」


 漂う臭気に、フォス君とナターリアを除いた三人が嫌そうな顔をしています。

 冷静に武器を構えたフォス君とナターリアに油断はありません。


「アンデッドであれば、浄化してみせましょう」

「うふふ、すごく嗅ぎなれた匂いだわ!」


 私は再び扉に手を伸ばし、扉の向こうの様子を伺い見ます。

 そこには――地獄と呼んでも差し支えの無い、凄惨な光景が広がっていました。

 一体何が暴れたらこうなるのか。

 壁に叩き付けられて潰れている者や腹部に大きな穴が開いている者。

 中身を乱暴にまき散らされている者もいます。

 原型が判らない程にバラバラにされている者もいるらしく……。

 その被害者の総数が何人であるのかは断言出来ません。

 とはいえ、見た限りでの動く影は皆無。

 慎重に扉を開けて中へ入ってみます。

 血塗られた通路は一直線に五十メートル。

 左右には穴が開いた扉が複数存在していました。


「ふんっ、やはりな。スリープ・プリザベーションが生きていたか」

「シルヴィアさん……?」

「これが起こったのは恐らく五千年以上前だ。犯人はもうここに居ないだろう」


 ――五千年以上前。

 本来であれば死体が白骨化して塵に還るのに十分過ぎる程の時間。

 が、この目の前に広がる惨状は近い過去に起こった事件であるように見えました。

 よくよく壁や地面を確認してみれば血液はかなり固まっています。

 少しの時間は経過しているのでしょう。

 とはいえ五千年前のこの場所で、一体何が起こったと言うのでしょうか。

 ――頭痛にも似た妙な感覚が、頭の中を駆け巡ります。

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