『帰るべき場所』三
こちらをジッと見て来る、氷柱に閉じ込められているリュリュさんとポロロッカさん。
その冷ややかな視線が頭皮に突き刺さます。
装備とポーションのおかげで寒くはないのですが、冷や汗が止まりません。
滝の様に溢れ出て来る冷や汗で汗だくです。
止まりませんねー……冷や汗と脂汗という、危険信号を伝える潤滑油が!
『死にますかー?』
――死んでいませんし、死にません。女神様は少し黙っていてください。
しばしの沈黙の末、シルヴィアさんがゆっくりと口を開きました。
「なんだ、思っていたよりも簡単なのだな。……この卑しい雌豚を、おまえの太くて固い肉の体で包み込んでください。……これでいいのか?」
……。
…………。
………………。
シルヴィアさんの言ったそれは、完全な棒読みでした。
想像していたモノとは天と地ほどにかけ離れていて……。
結論から言えば、シルヴィアさんのお願い色は違っています。
同じ言葉ではありますが、全く別の何か。
言葉というものは言い方一つで、こうも違って聞こえるものなのでしょうか。
大根役者の大根に土が盛大にトッピングされ、そのまま鍋に突っ込んだかのような……。
シルヴィアさんの棒読みはそれ以下の棒読みだったのです。
「もう少し……感情を込めて言ったりはできませんか?」
「感情を込めろだと? 私がか??」
「はい」
「……むぅ、意外とムズカシイな」
「ではシルヴィアさん、貴方が戦った相手で命乞いをしてきた者は居ませんでしたか?」
「あぁ居たぞ、私は一度目の命乞いなら見逃してやる事にしている」
「お優しいですね……」
「だがまぁ、その隙を突いて攻撃してきた者に対しては、もう一切の容赦もない」
シルヴィアさんの攻撃はこちらからしてみれば、全てが一撃必殺。
戦闘開幕で仲間を蹂躙された方達による命乞いなのでしょうか。
それとも、激闘の末にされた命乞いなのでしょうか。
私との戦闘が始まる前にも、確かに見逃してもいいと言っていました。
シルヴィアさんは、意外と優しいのかもしれません。
「では、そんな感じでお願いします」
顔を顰めさせ、小さく唸るシルヴィアさん。
ですがそれでも、一応はやって下さるようです。
「……こほん。〝この卑しい雌豚を、おまえの太くて固い肉の体で包み込んでください!〟……どうだ?」
――ッ! ――――ッッ!?!? ――――――ッッッ!!
シルヴィアさんの、こちらを窺うような視線。
声から感じられる……色、艶、えっちさ。
――完璧です。
これにはマイサンを覆うズボンもふっくらヴィクトリアパジャマ。
――くっ……ハァハァ。
つい先日まで命のやり取りをしていたシルヴィアさんからの、懇願の言葉。
それは何とも言い難い、心の奥底から湧き立つロマンス。
冷めやらぬ嗜虐心を大きく刺激されます。
この興奮は、冷める事を知りません。
「も、もう一度!」
「この卑しい雌豚を……おまえの太くて固い肉の体で包み込んでください!」
――ッ! チ……チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン――――ッッ!!
「もっと感情と――アレンジを加えて!!」
「このいやらしく従順な雌豚は、〝毎日〟ご主人様の肉の体を包み込みたいんだっ!」
一体どこで覚えたのでしょうか。
上目遣いダブルピースで、サービスポーズをしてきたシルヴィアさん。
しかも頬を紅潮させながらの、迫真の演技。
「ハッ!!?」
何時の間にかシルヴィアさんが空中で無く、目の前にいるように見えました。
――では無く、居ます。
防寒着フル装備だというのに、冷気を感じ取る事ができる距離。
冷たい空気が背筋を撫でるような……そんな感覚に襲われました。
ですがそれ以上に目の前で繰り広げられる桃源郷が、エクスタシー。
目の前に居るシルヴィアさんの身長は私の鼻下程度までしかありません。
並んでじっくり見てみると、意外と小さな体をしていた美少女のシルヴィアさん。
それが〝紅潮上目遣いダブルピース〟という、殺人級の必殺技を放っているのです。
これは何をしても許されるハズ。
各警察署から警官隊が派遣される事だってありません。
そして道行く奥さんですら『若いって良いわねぇ』と言って下さり――。
町の衛兵さんですら剣を噛み砕きながら、微笑ましい者達を見るような……そう。
そんな温かみの溢れる視線を向けてくれるに違いないのです。
「ええ、勿論!! 〝毎日〟オールオッケーです! ……と言う訳で……ん?」
……おやっ?
…………ッ! これは――ッッ!?
――まずい――ッッ!!
どのくらいまずいかと言うと――。
えっちー×えっちーの右行け理論さんに誓約の鎖を心臓に巻きつけられている状態。
今の状況は、その状態で嘘を突き通す程度にはまずい状況です。
当初は一度だけハグをしてしまえば終わりだった、シルヴィアさんの定時したその条件。
その上で三人を奪還でき、更には一度だけ力を貸して下さるというものでした。
そんな良心的な約束が、何時の間にか――〝毎日〟に変わっていたのです。
とはいえ、もしかしたらシルヴィアさんも気づいていない可能性も――。
「っ!!?」
期待の真心から、ゆっくりとシルヴィアさんの顔を窺い見て――確信しました。
シルヴィアさんの顔色は、過去最高潮に紅潮しています。
シルヴィアさんは今にも絶頂してしまいそうな、本当に危険な笑みを浮かべていました。
「――まッ!」
「それじゃあまずは――今日の分だっ!」
――抱きいぃぃぃぃ。
「あっ……」
徐々に破られていく、分厚い防寒着のという対寒冷装甲。
そして保温のポーションの効力が、悲鳴を上げているのを理解しました。
……思えば、始めてなのではないでしょうか。
こんなにも美しい美少女に、宣言されて抱きしめられるという経験は……。
しかもシルヴィアさんは、自ら望んで抱き付いてきているのです。
……何処か遠くで、誰かが呼んでいる気がしました。
声の出所を探して周囲を見渡してみれば。
地面に突き刺さっている三つの氷柱の中に入っている仲間達。
リュリュさんとポロロッカさんが、冷めた目でこちらを見ています。
いえ、ですがそれは、声の出所ではありません。
◇
――――声の出所――――。
あの日は紅葉が美しく、ショタおっさんの家の裏庭が、落ち葉で埋め尽くされていた頃。
――**くん、今日は何のごっこ遊びするの!
――僕が勇者で***がその仲間でー、悪い奴らを倒しに行くんだ!
――うんっ、わかった!
いったい……誰の声だったのでしょうか。
ショタっ子時代、私と共に妄想の世界を駆け回った彼女は――。
彼女はとても身近に居て、とても遠い存在。
――いっぱいダメージ受けちゃった……。
そう言った彼女が、力無くショタおっさんに抱き付いてきました。
――仕方ない***だ、ほらっ! 勇者特性の、全回復ポーションだぞ!
そう言ってショタっ子時代の私が差し出したのは――。
冷蔵庫から何本もくすねてきていたヤクルト。
それによって元気いっぱいになった彼女と共に、悪い奴らをやっつけていました。
おや……何故か、体が凍るように冷えていっています。
……確か……彼女は……彼女の、名前は……――『死にましたー』
◇
「――ハッ!」
暗闇から復帰した私は、シルヴィアさんから素早く距離を取りました。
バックパックから保温のポーションを取り出して飲み、予備の防寒着を着用。
「とりあえず、お二人を解放しては頂けませんか?」
「ふふん、良いだろう」
得意げな顔をしているシルヴィアさん。
シルヴィアさんが指を一つ鳴らすと、二つの氷でできた氷柱は消え去りました。
そう、リュリュさんとポロロロッカさんは、無事に解放されたのです。
「……助かったのか……?」
「生きた心地がしなかったわぁ~……というかさむっ」
お二人とも元気そうで何よりです。
そんな二人を解放してくれたシルヴィアさんは、得意げな顔のまま口を開きました。
「これでお前が契約を守り続ける限り、私はおまえの所有物だ」
――つまり、契約を破れば解放してもらえるのでしょうか?
「ちなみに……故意に契約が破られたら街中で暴れるぞ」
私の一日一死にが、この瞬間に確定しました。
「用のない時は……そうだな、魔石形体になっていてやる。肌身離さず持ち歩くんだぞ?」
「わかりました、シルヴィアさんはジッグさんを街まで運ぶのを手伝って下さい」
「山頂で挑んできた男か、ひとまずは下まででいいな?」
「はい」
「……ふんっ、謝りはしないぞ」
「ええ、私もシルヴィアさんの大切な存在を奪いましたからね」
「……ふんっ」
予想通りちょっとだけ不機嫌になってしまったシルヴィアさん。
それでもジッグさんは丁寧に運んで下さり、一行は無事に下山する事に成功しました。
馬車まで辿り着くなり掌サイズの半透明な石へと姿を変えたシルヴィアさん。
それは蒼く美しい、本当に綺麗な石でした。
どんな宝石よりも美しい、最上級の石です。
……私はそれを、フード付きローブの内ポケットへと仕舞い込みました。
馬車の中ではリュリュさん、ポロロッカさんを奴隷という立場から解放。
自由になったお二人ですが、しばらくは近くに住んで色々と手伝ってくれるとの事。
◆
町へと戻った私は一度ジッグさんを詰所へと預け……。
その足でエルティーナさんや子供達の皆が待つ、廃教会へと向かいます。
「おかえり!」
「あぁ……無事で良かった。おかえりなさい、オッサン」
最初に出迎えてくれたのは、コレットちゃんとエルティーナさん。
『『『おかえりなさーい!』』』
それから教会の子供達。みんな笑顔です。
私は帰ってきました。
新しくできた――帰るべき場所へと。
「――ただいま戻りました! 今晩は……シチューパーティーですよ!!」
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