第三章 『母なる暗闇の住人』

『怪しき者達』一

 ジッグさんを町の墓地で弔ってから早数日。

 ポロロッカさんが失ったのは利き腕ではなかったらしく、簡単な依頼はこせるとの事。

 生活するだけの金銭は稼げると言っていました。

 結構な頻度で教会にも顔を出し、子供達の様子を見てくれています。

 私はというと……。


「きょ、今日は優しくしてくださいね……?」

「ふんっ。私が力を入れていたらお前の体は千切れているぞ」

「――!?」

『死にましたー』


 毎日シルヴィアさんにハグをされて死んでいますが、今日も元気いっぱいです。

 生活している場所はスラムに存在している、手入れの行き届いた廃教会。

 エルティーナさんのボランティアによってこの廃教会は成り立っていました。

 正規の協会も町の支援は受け取れていないのですが、様々な方法で金策をしています。

 その御かげなのでしょう。

 浮浪者から手に入れた情報によると、慈善活動は以前と変わっていないとのこと。

 一方で本当に心根の綺麗なエルティーナさん経営の廃教会。

 常に金銭的に乏しく、日々をなんとかやり過ごしていたという状態でした。

 しかも立地は最悪で、ガラの悪い者達の住まうスラム街。

 そんな危険なスラムで暮らす、美しいシスターさんと子供達。

 ポロロッカさんのように戦える者が見ていてくれるのは、とても心強いことです。

 今でも私がスラムの路地などを歩いていると……。


「ッッッッ!!?」


 ガクガクと震えているスラムの住民が鋭い視線で睨みつけてくる事もしばしば。

 エルティーナさんと子供達が今まで普通に生活出来ていたのが不思議な治安環境です。

 そしてリュリュさんは意外な事に、ポロロッカさんの補助として活動をしていました。

 危険な山の洞窟で、若い男女が二人きり。

 何も起きないはずもなく、という事なのでしょうか。

 リュリュさんは教会内でも男女問わず人気者です。

 ショタっ子でも上の方の子達は前かがみにさせられていました。

 魅了を使ったのかどうかや、殺人衝動は大丈夫なのか、等々を聞いてみたところ……。


「弱い魔物を一方的にっていうのも、中々癖になるわぁ~」

「本当に大丈夫なのですか?」

「まぁ、最高位精霊と妖精さんを敵に回したくはないわよねぇ」

「私や……シルヴィアさんが居なかったら……?」

「んー、まっ、ポロロッカも居るし安心してくれていいわよぉ」


 セーフティーの数が思っていたよりも多いので、一応は大丈夫なのでしょう。

 私は有り余るお金の使い道を考えつつ、家事手伝いをしています。

 白いシチューの提供を始めとした、子供達の遊び相手等々で楽しむ毎日。


「こんな平和な日が続くのなら、この世界も悪くないですね」


 お金は贅沢をしなければ死ぬまで持つ量が存在しています。

 寿命で力尽きた時にまだお金が残っていたら、それは丸ごと寄付しましょう。


「充実した日常、なんというか……心の錆が落ちていくような感覚です」


 そして現在は、街の市場にて何か掘り出し物が無いかと練り歩いている最中。

 市場をぶらぶらと歩くことしばらく。

 一張りの妙に目立つ、紫色をした天幕を発見しました。

 中に入ろうとすると、目の前で褐色幼女形体を取った妖精さん。

 妖精さんが天幕の中に入るのを止めるように、ローブの裾を引いてきました。


「……入るの?」


 霊峰ヤークトホルンから下山して以降、顔を隠す事がなくなった妖精さん。

 リュリュさんやポロロッカさんは登っている最中に一度見ている筈なのですが……。

 リュリュさんは「ふ……普通の女の子ねぇ……」と言い。

 ポロロッカさんは「……驚いたな」と言っていました。

 お二人は妖精さんの可愛らしい顔を見て、何故か驚いていたのです。

 山でお二人が見た妖精さんは、一体どのように見えていたのでしょうか。


「何を売っているのか少し気になったのですが……何かあるのですか?」

「……別に……」


 そう言って別の方向を向いてしまった妖精さん。

 ――エッチな道具でも売っているのでしょうか?

 と思いながら天幕の中へと入っていくと……ビンゴ。


「コレとコレ、いくらですか?」


 妙に目立つテントの中に置かれていたのは長机が一つ。

 その奥にはローブのフードを目深に被った店主さんが座っています。

 そして机の上にある商品は、黒のニーソックスと黒のブーツ。

 商品はこれ以外に無いようですが、少数精鋭という事でしょうか。

 蝋燭の明かり以外が存在していない薄暗い店内。

 不気味な店員さんが男性とも女性とも取れない、不思議な声で笑いました。


「ヒッヒッヒッ、セットで白金貨二十枚と金貨四十枚と……銀貨百九十枚ダ」


 ――買える。

 不思議な事に所持している白金貨と金貨と銀貨ぴったりでしたが、買えます。

 商品は見るからに最高品質なのですが、ありにも高過ぎる気がしてなりません。


「ヒッヒッ、銅貨一枚まけないゾ。……取り敢えず、手に取ってみるカ?」

「いえ、こう見えて死んだほど苦労して手に入れた大切なお金です」

「いいのカ?」

「……では、買うことは無いと思いますが、一応……」


 まずは黒のブーツを手に取ってみました。

 見た目はかなりカッコイイ感じなのですが、質感は予想に反して柔らかい。

 それでいて、強度もかなり高いように思えます。

 黒ニーソと合わせて妖精さんが履いている姿を想像するだけで……いけません。

 イキリ立ちマイサンが自己主張を始めるべくスクワットを開始しました。

 とはいえ、購入に踏み切るほどではありません。

 次は黒ニーソを……――ッ! これは――ッッ!!

 黒ニートを手に硬直していると、笑いながら声を掛けてきた店主さん。


「ヒヒッ、イイだろう? 今のこの世界にコレ以上の物は存在していないはずダ」


 この世界どころか元居た世界にすら、これ程の黒ニーソは存在していないでしょう。

 シルクをも上回る滑らかさに、圧倒的な質感。

 天壌の乙女の柔肌をイメージさせる生地は素材が不明。

 しかし極上であることを確信させられるのには十分過ぎる仕上がりです。

 更に目を惹いたのは、黒ニーソの黒部分。

 深い漆黒色で、長時間見ているだけで吸い込まれてしまいそうな――圧倒的な黒色。

 私はこれ以上のニーソを知りません。

 いえ……穿かれていないニーソの中で、これ以上のニーソを知りません。

 ですが――。


「何だ、まだ悩んでるのカ? まったく、仕方のない生物だナ」


 ――生物?


「想像してみるといイ。ソレを、お前が望んでいる相手が穿いた姿を」


 褐色幼女形体の妖精さんが、これを……?


「その相手は〝お願い〟をしたら、お前が望む事をしてくれるんじゃあないのカ?」


 ――ッ!?

 確かにその可能性は高いでしょう。


「黒ニーソを穿いたその相手が、お前を……その黒ブーツで、お前を……」


 催眠術のようにスッと脳内に入ってくる、店主さんの言葉。

 不思議と心が、ざわざわと揺れ動きます。

 それでも――。


「ですがこれだけの資金があれば、当分は安全なスローライフが約束される訳でして……」


 本当にギリギリでしたが、何とか踏み留まりました。

 欲望という名の甘い囁きに、私は何とか打ち勝ったのです。

 だというのに、褐色幼女形体の妖精さんが、服の裾を引っ張ってきました。


「どうかしましたか?」

「……お願いしてくれたら、踏んであげる」

「ッ!!?」

「……だから、かって……」


 ――ッ!? ――――ッッ!!?

 よ……妖精さんからの、おねだり――ッッ!!?


「買いましょう」


 白金貨と金貨と銀貨の入っている袋を、カウンターの上にドンドンドンと置きました。

 普段は自分の意思を強く示さないあの妖精さんが!

 今、このタイミングでおねだりしてきてくれたのです。

 更にはご褒美のお約束までしてくれました。

 もう買わない理由がありません。

 この目の前に置かれている黒ニーソを、理想のむっちり太股をしている妖精が……ッ!

 穿いている姿を想像するだけで、即応射撃型単装砲がに弾が装填されました。

 更には可能性の話ですが、妖精さんが目の前で穿いてくれる可能性もあるでしょう。

 それは間違いなく、この世の何よりも価値のある光景であるのは間違いありません。

 そのむっちり太股を締め付けるニーソのゴムが作り出す伝説。

 下着とニーソの間に生じるぷにっと感は、想像を絶する存在感を放つことでしょう。

 そして素材不明な、この黒ブーツ。

 この具合から見て、妖精さんの御身足を更に魅力的なものにすること間違い無し。

 何かの際にコレを脱ぐ姿が見られようものなら――。

 その隠されたエロスは、下着を脱ぎ去るのに匹敵する破壊力を発揮すること必至。

 その価値は――計り知れません。

 可能であれば、ブーツで私を踏んだ後に、ブーツを脱いでいただきたい。

 そのまま黒ニーソで踏んで頂いたい。

 更に! 黒ニーソを脱いだ妖精さんが生足で踏んでくださるのなら――。


「……ヒ、ヒヒッ……流石にドン引きダ。おまえ、こんなに酷かったカ?」


 ――おや、何故心の声が……?

 と思い妖精さんの方を見てみると、無表情で私の口を指差していました。

 ――まさか。


「……えっと、口に出ていました……?」

「〝普段は決して〟の辺りから、延々と話し続けていたナ。お前さん、ドン、引き、ダ!」


 殆ど最初からじゃないですか。

 床にガックリと崩れ落ちてしまいます。

 っっ、このまま妖精さんに罵倒していただきたい。

 ――っ!!?

 なぜか生暖かくて柔らかい地面に驚いた反動で、私は何とか立ち上がりました。



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