『怪しき者達』二

「店主さん! ここの地面が!!」

「別に普通ダ」

「ですが、生暖かくて柔らかかったような……!」

「お前さん、外は寒かっただろウ?」

「は、はい」

「そういうことダ」


 どういう事ですか。

 ……とはいえ気味の悪い地面のおかげで、なんとか正気を取り戻す事に成功しました。


「ヒヒッ、まぁ何にしても、これで商品はお前のものダ。で、ここで装備していくカ?」

「勿論です!!」


 先程から無表情な妖精さんの視線が、妙に突き刺さっているように気がします。

 ――嬉しいみ。

 妖精さんはゆっくりとカウンターの方へと移動し、黒ニーソを手に取りました。

 それをゆっくりと……理想のむっちり太股へ――。


「あっ……」


 妖精さんの御足に注意を向けていたら、気が付いてしまいました。

 褐色幼女形体の妖精さんが、今までずっと裸足であったという事に。

 今まで随分と裸足で歩かせてしまいましたが、足は大丈夫だったのでしょうか。

 今更ですが雪山ではかなり辛かったはず。

 ――私は、何と酷いことをしていたのでしょうか。

 これに気が付けないのが、モテ男と非モテ男の差なのでしょう。

 確かに妖精さんに傷が付いた事はありませんで。

 ですが万が一、妖精さんのぷにお肌に傷が付いてしまうような事があれば――。

 それは世界の損失であると言っても過言ではありません。

 そうなってしまえば、私も悲しいです。

 確かに私は、異世界に来たばかりで余裕がありませんでした。

 それでも妖精さんの太腿より下に視線を向けられなかったのは――大失態。

 妖精さんの御足を見る際はいつも太腿で視線が止まっていたのです。

 そういった理由もあり、今まで全く気が付く事が出来ませんでした。

 私は再び、地面へと崩れ落ちてしまいます。

 グニリ、と僅かに歪む生暖かい地面。

 ……この地面……やはり気のせいではありません。

 とここで、コツリ、と後頭部に固い感触が。


「……うれしい?」


 早くも黒ブーツと黒ニーソを穿き終え、頭を踏んでくれた妖精さん。

 生ニーソを穿く瞬間を見逃してしまいました。

 これは……一生の不覚です。


「ヒヒッ、随分不覚の多そうな一生だナ」


 店主さんはまさか、こちらの心の内が読めるのでしょうか?

 いやいや、そんなまさか……。

 そうして黙っていると、後頭部から退けられた妖精さんの御足。

 続いてブーツを脱いで黒ニーソのみとなった、愛おしい妖精さんの御足が――。

 目の前に御光臨なされました。


「……無心……」

「ヒヒッ、賢明ダ」


 そのまま御足は上に持ち上げられ、自然と私の視線も上へと向かいました。

 そこで見えた光景は正しく――〝桃源郷〟。

 童貞殺しと言われる黒セーターの裾より内側に見えまするは桃源郷。

 それは紛れもなく、妖精さんが着ている白レオタードのような下着です。

 下着と黒ニーソの間に生まれている、伝説級のぷにっと感。

 少しだけ見えている太股のぷにっと感は、筆舌し難い幻想と理想の狭間を漂うアビス。

 もしもこの身でそれに触れてしまおうものなら――。

 下着よりも軽い私の社会的地位など、瞬く間に吹き飛んでしまう事でしょう。

 ――むにっ。

 妖精さんの足裏が、顔面にヒット。

 ――メーデー、メーデーメーデー!!

 ――これは友軍からの誤爆です!

 ――誤爆が顔面にヒットしましたあああぁぁぉおおおおお!!

 ――衛生兵ッ! 衛生兵――ッ!!

 ――此処に建てた仮設病院が、砕け散りましたあぁあああああ――ッッ!!

 足の裏の感触を私は顔面で受け止めました。

 今この時ほど、顔面に味覚の機能が備わっていない事を嘆いた日はありません。


「……きもちわるい」

「完全にトリップしてるナ」


 妖精さんの黒ニーソ越しに感じる事のできた御足は、少しだけひんやりとしています。

 そして幼さ特有の柔らかさと、紫陽花のような良い香りが鼻腔をくすぐりました。

 御足が生み出す感触と最高品質の黒ニーソが混ざり合い、そこで初めて誕生する奇跡!

 これこそが、パーフェクト踏み踏み。

 ここは、こう……もっと力強く押し付けて頂きたい。


「次は生で、宜しくお願いします……!」

「……わかった……」


 一つ頷いた妖精さんは私の顔面から足を退け、黒ニーソを脱ぎ始めました。

 ――そ、そんなッ! ――こ、これはァッッ!!?

 黒ニーソからゆっくりと足を引き抜いていく、褐色幼女形体の妖精さん。

 優しく包み込んでいながらも、御足を優しく締め上げていた黒ニーソ。

 それが徐々に下がっていきます。

 そうなってくれば当然見えてくるのは――素肌。

 前屈みで黒ニーソを下げている妖精さんの絶妙なむっちり加減な太もも。

 これこそ正に、ぷにっと感の解放がエクスタシー!!

 平らな胸の谷間から見える隙間もまた必見です。

 私のイキリ立ちマイサンが、ヤークトホルンを築いています。

 ふっくらヴィクトリアおっさん物語の……開幕開幕ゥ!!!


「ヒヒッ、さっさと閉幕しちまいな、そんな物語。……って聞こえちゃいないナ、コレは」

「……うん」


 こんなにも間近くで黒ニーソを脱ぐ美少女を見た者が、他に居るでしょうか?

 その答えは恐らく――否。

 ですが万が一居たとするのならば、見たよ同盟に私を優しく迎え入れて頂きたい。

 そして共に語り明かしましょう。

 パンツを脱ぐ以上のエロスが、此処にあったのだという事を……!!

 もう片方の黒ニーソへと手を掛けた妖精さん。

 既に脱ぎ終えている方の太股と、これからおいでにならせまする褐色むっちり御足。

 私は絶対に、その両方を愛でて差し上げる所存でございます。……ハァハァ!!


「ヒッヒッヒッ、ここまで箍が外れているとはナ……」

「……?」

「おっ、ようやく気付いたカ。『メーデー』の辺りから垂れ流しだったゾ」


 ――? ――ッッ!!?

 どうやらまたもや心の声が漏れ出てしまっていたようです。

 いくら高額の取引をした相手だとしても、所詮は他人の口。

 ここは、どうにかして口止めをしなくてはなりません。

 私は地面に額を擦り付けて懇願します。

 ぐにぐにと歪む地面が不快感を掻き立ててきますが、今はそれどころではありません。


「どうか、ここでの独り言はご内密に〝お願いします〟」


 私は必至です。

 そう、ここでこの店主さんの口を塞いでおかなければ――。

 今まで積み上げてきた社会的地位は崩れ、瞬く間に更地となってしまう事でしょう。

 店主さんは口元をニィッと歪め、陽気な感じで口を開きました。


「ヒヒッ、勿論黙っているサ! そんなにお願いされちゃあ、黙らない訳にはいかないナ!」

「おお、ありがとうございます!」

「まぁ対価としてちょっとばかしコレを貰うが、構わないだろウ?」


 そう言った店主さんは、自身の胸の辺りをトントンと叩いています。

 私の男っパイでしょうか?

 目深に被っているフードのせいで顔の全体が見えず、性別も定かではない店主さん。

 ですが美少女である事を願います。

 なんせ私には、商人さんの提案を断る術が存在していません。


「……はい、どうぞお好きにしてください」


 私は体を起こし、胸を逸らして触りやすくして差し上げました。

 やってみると存外に興奮を覚えるものです。

 相手が美少女であると想像して差し出していれば、事更に悪い気はしません。

 むしろ良いものです。新しい扉――くぱぁ。


「ヒッヒッヒッ、それじゃあ確かに貰ったゾ」

「――えっ、何もされていませんよ?」

「大丈夫ダ、きちーんと貰ったからナ」

「……?」


 店主さんの言葉に違和感を覚えていると、いつの間にか黒ニーソを脱いでいた妖精さん。

 不満そうな顔のまま、私の胸へと足を押し当てました。

 妖精さんは御足をグーパーとさせ、私の男っパイを足で揉んできます。

 幼い少女の姿をした妖精さんに胸を揉まれるとは……しかも手ではなく、足で。

 溢れ出す犯罪臭が、この場を支配してまいりました。

 そう……私は揉む快感よりも先に、揉まれる快楽を覚えてしまったのです。

 胸を踏み踏みしている御足もさることながら――。

 御足をグーパーグーパーする事によって生じた筋肉の動き。

 幼さ特有のむっちり太股の筋肉の動きが、大変素晴らしい躍動感を醸し出しています。

 人間……いえ、生物が生まれてくる際に初めて見るものは何なのでしょうか?

 お尻? それは――否。股側を見上げて生まれてくる生物が居るはずありません。

 そうです、生まれてから生物が最初に見るもの。

 それは間違いなく――〝太腿〟です。

 生まれて最初に見た場所にエロスを感じてしまうのは、間違っているのでしょうか?

 その答えは、断じて、否。

 つまり、今の私が妖精さんの太股にエロスを感じてしまっているのは……自然。

 生物として正しい反応であり、決して変態的な思想から来たものでは無いのです。

 つまり私は常識人。正常。そう、普通なのです。


「ヒッヒッヒッ。自己弁護の正当化は終わったカ?」

「…………はい」


 何故か考えていたことが筒抜け何っていたような気がしました。

 ここは何とか、無表情でやり過ごしを図ります。


「……おわり」


 そう言って男っパイから足を退けた妖精さん。

 黒ニーソ、黒ブーツの順番に、するすると装着。

 今回はそれを逃す事無く、バッチリと観察しています。

 ですが、何故か不思議な違和感に襲われ……その正体に気が付きました。


「あれっ、今回は死ななくてもいいのですか?」

「……いいよ……」


 店主さんの方をチラチラと見ながらそう言った妖精さん。

 その表情からは何処か不安げで、普段から見ていないと判らないような……。

 そんな、僅かな表情の変化が見られました。

 不可解な妖精さんの反応に、つい首をかしげてしまいます。

 ――何かあったのでしょうか?

 と思いながら、妖精さんと出会ってすぐのことを思い出しました。

 妖精さんと最初に出会ってからの数回、お願いをしても死ななかった事があったのです。

 そこに何かがあるのでしょうか。

 いえ、妖精さんの機嫌が良かったからなのかもしれません。


「ヒヒッ、これは貰い過ぎた対価のオマケだ」


 そう言った店主さんが渡してきた物は……一体どこから取り出したのでしょうか。

 手渡してきたのは、魔導士がよく持っている感じの木製杖。

 植物の根が捻じれて絡み合っているような形状の杖です。

 その上部分には、何かが嵌りそうな円形の穴が空いていました。

 今所持している……何かが嵌りそうな気がします。

 穴にピッタリと嵌るものを持っているハズなのですが……何故か思い出せません。


「立派な杖ですね。もしや、これで私も魔法使いに?」

「ヒッヒッ、残念ながらこれはただの杖ダ。魔法おっさんにはなれないナ」


 ――悲しいみ。


「その代わり、絶対に壊れなイ」


 ――それはただの杖じゃないですよ。

 と突っ込みかけましたが、その言葉を何とか飲み込む事に成功しました


「どんな場所にどう飛ばされようとも、肌に触れている限り共に存在する杖ダ」

「変な能力の杖ですね……」

「まぁお前さんの存在が消えた時は、この杖も同時に消えるがナ」


 店主さんの言っている事はイマイチ難しくて理解できません。

 とはいえ私は杖を受け取り、お礼を言うことにしました。


「有難うございます」

「そうだ、この世界での魔術についての詳細を聞きたいカ?」

「一般知識になってる程度には、知りたいですね」

「一般知識でいいのカ? ……ん、まぁいいダロ」


 そう言って店主さんは、この世界の魔術事情について話してくれました。

 原則としてこの世界に居る者たちは〝魔力〟を利用して特別な力を行使するという事。

 この世界の住民は個々に体内で魔力を貯める器を持っているという事。

 そしてその魔力と空気中の魔素を結合させて現象を起こすという事。

 スキルは魔力だけで発動するものだという事。

 魔術師は杖を始めとした、触媒を通して詠唱を省いている者が大半で――。

 両方が実践レベルで使える者はかなり稀でということです。

 リュリュさんは触媒が無くても魔術を行使していました。

 つまり彼女の実力は……魔術師としてもかなりの実力を持っているのでしょう。


「なるほど、つまり私が杖だけを持っても……」

「ただのおっさんダ」


 ――悲しいみ。


「ヒッヒッヒッヒッヒッ! さぁ、受け取ったナ! これで道ができタ!」


 ――道とは何の事ですか?

 と口に出そうとしたその瞬間……世界が歪み、意識が保てません。

 視界が歪みきった次の瞬間――私はテントの外に立っていました。

 人の行きかういつもの市場の光景。

 思えば天幕の中に居た時は、外からの声が一切聞こえていませんでした。


「これは一体、どういう仕組みなのでしょうか……」


 私は首を傾げながらも、別れの挨拶をする為に再び天幕の中へと入りました。

 が、天幕の中には誰も居ません。

 それどころか、つい先程まで居た天幕の内装とは一変。

 天幕の中は数瞬前とは似ても似つかない有様になっていました。

 天井には穴が空いておいて、床は市場と同じ石畳。

 よく見てみれば壁などにも穴が空いていて、かなりボロボロです。

 天幕の中に唯一存在していたものと言えば、誰かの頭蓋骨が一つのみ。

 その頭蓋骨が、天幕内の中央で笑ったような気がしました。


「……夢でも見ていたのでしょうか」


 が、手に持っている受け取った杖が、夢ではなかったと主張をしてきます。

 そしてなにより、黒ブーツと黒ニーソを穿いている褐色幼女形体の妖精さん。

 そういった現状から、今の出来事が夢では無かったことを理解しました。


「――あっ」


 ふと、杖の空いた場所には嵌まる物を思い出しました。

 魔石の姿を取っているシルヴィアさんが穴に嵌りそうです。

 シルヴィアさんの魔石を嵌めてみると――ピッタリ嵌りました。

 その少し後……僅かに魔石が光ったかと思えば、瞬きの間に姿を見せたシルヴィアさん。


「ふんっ。今まで何処に居た? 暗闇で何も見えなかったが」

「えっと……普通に買い物をしていたのですが、杖はそのオマケで頂いた物です」

「……そうか。まぁいい、何にしてもその杖は良いものだ」

「そうなのですか?」

「嵌め込まれていると、お前を感じられる。私の力が必要の無い時は嵌めておけ」

「わかりました」


 シルヴィアさんの言っている事が一部理解できませんでした。

 ――暗闇で何も見えなかった?

 薄暗くはありましたが、視界の利かない程ではありませんでした。

 ……とはいえ、確かなものが一つだけあります。

 それは――。

 杖を持ったことで、私がほんの少しだけ――カッコ良くなったであろうという事です。

 天幕の中で少しだけ格好を付けた後、帰路に着きました。

 帰り際に妖精さんは元の姿へと戻ったのですが……。

 黒ブーツと黒ニーソは、小さな妖精さんの姿に合わせて大きさが変わりました。

 便座カバーヘッドに腰掛ける際には、黒ブーツだけは外して頂きたいところ。

 それでもちょっぴり――嬉しいみ。



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