『団体』一

 現在の一行は森の街道を馬車にて移動中。

 ただし乗っている馬車は帆馬車などではなく、オープンカーのような荷馬車。

 この荷馬車になったのは様々な理由があります。

 が、一番の理由は子供達がこの荷馬車を選択したから。

 金額的に最も安価であったのが選ばれた理由でしょう。

 現在御者台に座っているのはナターリアで、フォス君と交代で馬車を移動させています。

 見た目が唯一の大人である私は恥ずかしい事に馬車が動かせません。

 故に――。


「うふふ。御者台って一人だと広いのだけれど二人だと少し狭いわねっ!」

「狭い、というわりには嬉しそうですね」


この道中で馬車の操舵をナターリアから教わる事にしました。


「当然だわ、なんたって隣に座っているのは私の勇者様なのよ?」


 そんなこんなで楽しく会話をしながらの馬車移動。

 天気は快晴。

 道は快適。

 絶好の練習日和です。


「ところで、パーティー名はどのような名前にしたのですか?」

「わたしは口を出していないのだけれど、〝猟犬群〟ってパーティー名になったわ」

「なんでまた、そのような名前に?」

「廃教会のために頑張ろうって気持ちを忘れないように、ってことみたい。素敵よね!」

「ええ、素晴らしい考えです」


 今回の依頼は〝吊り橋の悪魔〟と呼ばれている一人の魔術師の殺害。

 その場所は吊り橋の入り口から反対側が見えない程に霧が濃く出ているらしく。

 その人物はその時その時で違う格好をしているとの情報です。

 魔術師は吊り橋のどちら側かで人が通るのを待っていると聞きました。

 反対側から人が通過しようとすると襲い掛かってくるそうです。

 魔術師のやり口は単純。

 吊り橋を渡っている者がいると、そのタイミングで橋を落とすというもの。

 全員を谷底に叩き落としたあとは死体から持ち物を盗み去るだけ。

 ただしその魔術師には特殊な特徴が一つあります。

 それは……落とした吊り橋を一人で再生させ、その行為を繰り返しているというもの。

 魔術は居る時と居ない時があるとジェンベルさんから聞き出しました。

 大人数での討伐体が編成された時には必ず居ないという魔術師。

 魔術師の造った橋なので地の利は向こうにあります。

 少数で向かった討伐隊は谷底に落とされて討伐に失敗しているとのこと。


「リア、目的地の橋の場所には迂回路があるのですよね?」

「ええ、そう聞いているわ」


 討伐対象の居る橋には回り道が存在しているとも聞きました。

 切り立った崖側に存在しているらしい歩幅ギリギリの細い道。

 そんな迂回路があっても討伐は失敗し続けている。

 魔術師は相当な実力者であることが予想されます。

 ――報酬は金貨二十五枚。

 それを五人で分配するので一人頭金貨五枚の成功報酬になります。

 初めての依頼にしては高額かつ高難易度の依頼になる事でしょう。


「ちゃんと守り切れるのでしょうか……あっ、とっ!」


 色々な心配〝はあります。

 が、現在はそれどころではありません。

 おっかなびっくりで馬車の操舵を練習中です。

 危うく街道を外れて脇道に突っ込んでしまう所でした。


「うふふ、もう少し力を抜かないと」


 手綱を握る私の手に、そっと手を添えてきたナターリア。

 えちえちえっち過ぎて余計に力が入ってしまいます。

 フェイクロリータな御力を存分に発揮してくるナターリア。

 私の第三の操舵棒もイキリ立ってまいりました。

 是非ともナターリアに第三の操舵棒を操舵して頂きたいところ。

 ――そーだそーだ。


 ◆


 ……休憩を挟みつつ街道を移動することしばらく。

 陽が落ちてきたので、この日は街道の端で野営することになりました。

 行程としては明日の昼ごろには目的地に到着する予定です。


「今日はこの辺りで野営にしましょう」

『『『はーい』』』

「では私ともう一人でテントを張って、残りは薪を集めて来てください」

「一人だけ?」

「はい、では私とテントを張ってくれる人ー」

『『『はーい!』』』


 全員じゃないですか。


「では私と薪を拾いにいってくれるひとー」

『『『はーい!』』』


 やっぱり全員じゃないですか。

 ……。

 …………。

 ………………。

 やがて陽が落ちてきて周囲が完全な暗闇になったころ。

 不寝番以外の皆が寝静まっている時間になりました。

 ナターリア立案の作戦としてはこう。

 一つ、睡眠時の不寝番は二人一組で起きている。

 二つ、何かがあれば一人が他のメンバーを起こす。

 単純でありながら確実性の高い無難な作戦です。

 パチリ、パチリ、と耳に入ってくる薪が爆ぜる音。

 現在の私は無心で焚火の火を眺めています。

 それは何故かというと……。


「なぁオッサン。今日もさ、かなり冷え込んでるよな……」


 私に体を預けてきているのはトゥルー君。

 不寝番の相棒が――男の娘。

 男の娘との不寝番だなんて性癖が歪んでしいかねません。

 私の春の花は一体、何色をしているのでしょうか……?


 ◆


 ――チュンチュン!!――。

 何事も無く朝を迎えた一行。

 私は馬車を発進させて目的地へと向かって馬を進めさせました。

 しばらくのあいだ軽快に馬車を進めさせていると徐々に濃くなってきた霧。

 昼頃に、ようやく吊り橋が見える場所にまで到着しました。

 この吊り橋はどうやって架けられたのか先の見えない程に長く続いています。


「これが例の吊り橋ですか」


 現在馬車の御者台に座っているのは私だけ。

 他の五人は荷台で休んでいます。

 橋の手前で馬車を停めたその時――。


「お前ら、ここの橋は渡らない方がいいぜ」

「くくっ、おっさんとガキのパーティーか。これは楽勝だな」


 霧の中からリーダーっぽい男と下卑た笑みを浮かべた数人の男が出てきました。

 それらは徐々に人数が増え続け……。

 落ち着いたころには、その頭数は二十人近くになっていました。


「〝吊り橋の悪魔〟というのは、あなた方のことですか?」

「違う。奴はこの橋を渡ろうとする人間を無差別に襲いやがる」

「荷物を全て――いや、女と荷物を全て置いて行けば見逃してやるぜ!」

「拒否すんなら全員谷底行きだ!」

「ヒャッハー」


 模範的な野盗らしい発想と行動と言動。

 野生のヒャッハーまで居ます。

 そのせいなのか数では圧倒的に不利であるというのに全く恐怖を感じません。

 エッダさんとタクミのグループに囲まれた時は凄まじい緊張感と恐怖でした。

 あとは謎の昂揚感も強く感じたものです。

 しかし今回の襲撃者には、それらが一切ありません。

 出てくる順番が完全に逆だった、と言わざるを得ません。


「私とフォスくん以外は全員女の子ですよ。谷底に落とすんですか?」

「ぇ、オレもおとこなんだけど……」


 私の言葉にトゥルーくんが突っ込みを入れてきました。

 が、リーダー以外の野盗は聞こえていなかったらしく歪んだ笑みを深めています。


「で、この場所の事を知ってるお前さんらは、どうしてこの場所に?」

「当然、〝吊り橋の悪魔〟を倒すためにですよ」

「アレはまともじゃない。思考も戦闘能力も……お前ら、アレに勝つ算段でもあるのか?」

「敵であるあなた方に教える義理はありませんよね?」

「ふっ……敵か。ワニさんはいつだって悪者役だな」


 ニィと笑ったリーダーらしき男が言葉を続けます。


「こんな話を知っているか? ある時、空も飛べず川も泳げない子豚が向こう岸に恋焦がれてしまいました。自力ではどうやっても向こう岸に渡れない。だがそんな時、どうしても向こう岸に渡りたがっていた子豚に親切なワニさんは言いました。『僕の背中に乗りなよ』ってな」


 ――突然何を……。

 と思いましたが、見れば子供達は武器も構えられずに固まっています。

 戦う準備をさせるのには丁度いいかもしれないので黙って聞いておきましょう。


「それに対して子豚は――『でも向こう岸に辿り着く前に、キミは僕を食べちゃうでしょう?』と言ったんだ。当然ワニさんは――『キミ程度の量じゃ腹も膨れないよ、その代りに僕がお腹いっぱい食べられる食事を用意しておくれ』と言った。豚の良い子豚はその言葉を信じて、ワニさんの背中に乗るんだが……次の瞬間――ワニさんは子豚を食べちまったのさ」


 よくある教訓話です。

 ですが私は、この手の作り話があまり好きではありません。


「酷い話ですね」


 なんせこの手のお話は――騙された者が死んでいる場合が多いのです。


「そうでも無いさ。子豚は飲み込まれる間際――『食べないって言ったのに』と言ったが、それに対してワニさんはこう返した。『だって僕はワニで、キミが子豚なんだもん』ってな」


 ――案の定。

 世界は弱肉強食で食べられる側と食べる側の宿命だとでも言いたいのでしょうか。


「誰がどう聞いても、ワニさんが悪い話じゃないですか」


 確かに豚さんは不用意だったかもしれません。

 向こう岸に渡りたいがために、ワニさんの涎を見ていなかったのかもしれません。

 ですがそれでも――。


「いんや? 俺はそうは思わねぇな。考えてもみろ。目の前にご馳走があるってのに、それを我慢して次に来るのかもわからねぇ飯を待てってンだ。到底無理な話だろ」


 私には――悪いのがワニだとしか思えません。


「まぁそういう考え方もあるかもしれませんね。私も似たような話を知っています」

「くくっ、まぁこんな言葉遊びじみた教訓なんざ、どこにでもあるものさ」


 どこの世界も弱肉強食。

 言葉の通じる者同士でさえ捕食者と非捕食者で決められているという考え方。

 私はそれに――納得できません。


「さて、ここで一つ相談だ。命だけは助けてやるから――全てを置いていきな」

「そのスカシっ屁のような寝言も――今日限りで叩けなくなりますね」

「言葉で騙して食っても素直に食うと言っても、ワニさんは恨まれちまう!」


 大仰な身振り手振りを加えて語る野盗のリーダー。


「ああ、なんて可哀想なワニさんなんだ!!」

「ここは川の上でもなければ、あなた方のフィールドでもありません」

「じゃあどうする?」

「勿論、抵抗させていただきます」


 私は格好つけて杖を構えました。

 子供達の熱い視線が私に勇気と力を与えて下さいます。


「おぉ怖いこわい! そっちのガキ三人は随分とヘッピリ腰だがな!!」


 リーダー格の男はどうやら私達一行の実力を探っていたのでしょう。

 それで何かと話しかけてきていたのかもしれません。

 男の視線の先を見てみれば、そこに居たのは子供達。

 武器は構えていますが、その顔には恐怖の色が色濃く浮かんでいます。

 トゥルー君とタック君とレーズンちゃんは武器を持つ手さえも震えていました。

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