『博覧会』三
――数日後――。
「んー、治ったわっ!」
準備運動と称した素振りを教会の庭隅でしているナターリア。
その太刀筋は私には一切見えません。
いっそ刃が止まっているようにも見えています。
文字通り手取り足取り子供たちに教えていくナターリア。
かなり生き生きしているように見えます。
あれだけ動ければ彼女はもう大丈夫でしょう。
明るい色合いの褐色のお肌には、もう殆ど傷が残っていません。
「あっ、勇者様っ!」
屈託のない笑みを浮かべて駆け寄ってきたナターリア。
現在のナターリアは厚めのワンピースを着ています。
寄付金から子供達の為にエルティーナさんが買った物でしょう。
安物であるはずなのですが本当によく似合っていました。
激しく動いた際に下から見えるドロワーズが眩しいです。
「リア、体はもう大丈夫ですか?」
「うふふ、確かめてみる?」
そう言ってスカートの裾を少しだけ持ち上げたナターリア。
ナターリアの元々穿いていた黒の下着も風情があって良かったです。
が、ドロワーズも中々に……はっ!
「女の子がはしたないですよ」
「うふふふっ」
実年齢と容姿の相乗効果を受けている、ナターリアとドロワーズの組み合わせ。
それは戦犯クラスの破壊力だと言っても過言ではないでしょう。
「ところで、リアも冒険者として活動するのですか?」
「んー、普通の場所では登録が難しいかもしれないわ」
「それは知名度的なアレが足を引っ張って、ですかね」
「そっ、だからしばらくは登録無しで、この子たちの護衛をしようと思うの」
そう言って後ろで戦闘訓練をしている四人をチラリと見たナターリア。
ナターリアの戦闘能力は凄まじく高いです。
少なくとも腕利きの襲撃集団に襲われても対処できるくらいなのは間違いありません。
「リアが付いていれば子供達も安心ですね」
「うふふ、わたしってば子供達のお姉さんに向いているのかもしれないわね!」
クスクスと笑うナターリア。
そこに――。
「本当に完治したのねぇ~」
「どうやった……のかは聞かないでおこう」
「リュリュさんにポロロッカさん!」
軽く手を上げて近付いてきた二人は苦笑いを浮かべています。
「その子だけど、ジェンベルの酒場でなら登録できると思うわよぉ~」
「本当ですか!?」
「……ああ、元々あそこは、そういう連中の溜まり場だ」
「仕事も、そうねぇ……その子ならまともな依頼を自分で選べると思うわぁ」
「冒険者ギルドの本部でなくとも登録は出来るのですか?」
「あなた、どこで登録したのか覚えてるぅ?」
――詰所の牢です。
「……ノーコメントで」
その答えに軽く溜め息を吐いたリュリュさん。
「そもそも登録がギルド本部じゃないと無理なら、わたしは登録できてないわよぉ~」
「……お前、そんな昔からなのか……?」
「おっぱいが膨らむ前から殺ってたわねぇ」
目を細めて突っ込みを入れたポロロッカさん。
それに対し、あっけらかんとした態度で答えたリュリュさん。
「まぁ詳しく調べられると登録した場所がわかるからぁ。他の四人はギルド本部で登録するのをオススメするわよぉ~」
ナターリアを見てそのように言ったリュリュさん。
ナターリアもリュリュさんの瞳を見返して薄い笑みを浮かべています。
「うふふ、貴方からはものすごい悪人の匂いがするわ。わたしに近い匂いねっ!」
「貴方の好きな部位はどこかしらぁ?」
「腸が好きね! 温かくて柔らかい。自分の腸を見た人の顔なんかは、ゾクゾクしちゃう!」
「あらぁ~、気が合いそうだわぁ」
「…………!!?」
無言で走り出したポロロッカさん。
が、しかし――リュリュさんに回り込まれてしまいました。
「放せ! 腸が超好きな奴等と一緒いられるか!!」
「んんー……六十五点っ!」
そんな夫婦漫才をしながら去って行ったお二人。
その去り際にリュリュさんが言葉を残してくれました。
「町の空気が変な理由を知りたければぁ、酒場に顔を出すといいわよぉ~」
姿が見えなくなるその瞬間まで、リュリュさんに拘束されていたポロロッカさん。
――羨ましいみ。
リュリュさんの話も気にはなります。
が、今はそれ以上に、お金が尽きてきていて本当にピンチ。
私は荷物を整え、ジェンベルさんの酒場へと向かう準備をしました。
エルティーナさんに挨拶をして教会から出て行こうとしたその時。
「わたしも付いて行くわ! 他の四人とは後で合流ね!」
振り向いてその姿を確認してみれば――。
後ろから声を掛けてきたのはナターリア。
ナターリアは黒のフード付きマントをしていて、フードを目深に被っています。
マントの下には何時ものゴシックドレスを着ていのか少しだけゴワゴワしていました。
あのゴシックドレス、おそらくは戦闘時の性能が高いのでしょう。
私は了解の旨を伝え、〝春牝馬の酒場〟へと向かいます。
薄暗い路地裏を通って酒場へと近づくにつれ、ガラの悪そうな男女が増えてきました。
私の顔を見て顔を顰める者や背けるもの。
さり気なく立ち去って行く者など反応は様々です。
ナターリアが襲われないかと心配していましたが無事に酒場へと到着しました。
「この酒場の人は少しガラの悪い人が多いかもしれませんが、みんな良い人ですよ」
「そうなの? 勇者者様が言うなら信じるわっ!」
無条件の信頼が向けられてきています。
発言にはもっと気をつけないといけないかもしれません。
私は先頭に立って酒場の扉を開けました。
ナターリアを引き連れて真っ直ぐにカウンターへと向かいます。
妖精さんのクスクスという笑う声を聴いた酒場内の皆さん。
全員がビクリと反応したように見えたのは、きっと気のせいでしょう。
「ふぅ。久しぶりに来やがったな、ミルクか? それとも仕事か?」
「今日は連れの冒険者登録をしにやって来たのですが……出来ますよね?」
その言葉を聞いて若干嫌そうな顔をしたジェンベルさん。
が、ジェンベルさんは顔を顰めながらも、「ああ」と頷いてくれました。
「ここに名前を書いて、この魔方陣に体液を付けな。登録料は銀貨三枚だ」
「高いですね」
「嫌なら最安値段でやってくれる冒険者ギルドの本部に行け」
私は渋々、銀貨三枚を渡します。
これで所持金は、すっからかんになりました。
「唾液でもいいのかしら」
「ああ、何でもいいぜ」
ナターリアのことを探るように見ているジェンベルさん。
それを尻目に親指ぺろりと舐めて指示通りにしたナターリア。
用紙を回収したジェンベルさんはカウンターの下で何やらごそごそとした後――。
冒険者証であるドックタグを出してくれました。
「おらっ、これがお前さんの冒険者証だ」
「うふふ、綺麗なアクセサリーだわ」
「無くすなよ、うちの再発行は高いからな」
「これを持ってる人に襲われたら指と一緒にコレクションにしてみるのもいいわねっ!」
「……おいオッサン。こいつぁ何処から拾ってきやがった?」
「森です」
「はぁ!!? いや、どこのどいつだよ!!」
「悪かったり悪くなかったりする人達から救い出したお姫様。で、納得できませんか?」
「ウチの酒場で〝食人ソムリエ〟の次にやばそうな奴が御姫様な訳あるかッ!!」
青筋を浮かべ、カウンターを叩きながら怒鳴るジェンベルさん。
「そんなに怒ると早く禿げてしまうと私は思うのだけれどっ!」
私の薄い頭皮に百のダメージ。
ナターリアの言葉が私の頭皮に突き刺さりました。
……また髪の話してる……。
「ぐっ! お前さん二つ名とかは無いのか? 別の名前があればそっちでもいい」
「んー……アリス、って呼ぶ人が多かったわね」
「アリ――ッ!? アリスだとッ!!? てことァてめェ――」
「ねぇ、レディーの秘密を暴こうとするのは紳士的じゃないと思わない?」
「――ッ!」
ジェンベルさんの言葉を遮り、ククリナイフを喉元に突き付けたナターリア。
一瞬の早業でした。
途轍もない殺気を前に、ジェンベルさんが息をのみました。
今のナターリアの表情は殺気に溢れていて笑み一つ無い真顔です。
……狙ってやっているのか一滴の血が首筋を伝いました。
酒場内で様子を伺っていた何人かが獲物に手を当てて腰を浮かせています。
が、襲い掛かってくるような気配はありません。
アリスという名前で閃いた者が多いのかもしれません。
全員青い顔をして額に冷や汗を流しています。
「オーケー、俺ァ何も知らない酒場のマスター。依頼と飯と酒を出すのだけが仕事だ」
「ミルクは出してもらえないのかしら」
「チッ。ああ出すさ、ついでに一杯奢ってやる」
小さく舌打ちをしながら何故か私を一瞥してきたジェンベルさん。
「その代りといっちゃなんだが――獲物と殺気を収めろや」
ぱっと武器を収めたナターリア。
先ほどまで殺気が嘘だったかのように笑顔になりました。
そして、ジェンベルさんに差し出されたミルクをコクコクと飲み始めます。
「くそッ、また危険人物博覧会の展示品が増えやがった! なんでだ……?」
「私が常識人の平均値を大幅に上げているので大丈夫ですよ」
「くぅぅぅぅぅぅ……ッ! で! パーティーを組むのか!? 肉塊と肉屋でなァ!!」
ジェンベルさんは「パーティー申請に銅貨五枚!!」と続けました。
パーティーを組むのに必要な金額は正当なものなのか、あまり高くありません。
「素敵な組み合わせだわ! でも残念。とても残念なのだけれど、パーティーを組む相手は他に四人いるのっ!」
華やかな笑みを浮かべたかと思えば、しゅんと落ち込んだナターリア。
コロコロと変化する表情が、とても魅力的です。
「ぐぁああアァァァァァぁぁぁぁぁ――! で、そいつらは何処だ!!」
頭を抱えてカウンターに額を押し付けたジェンベルさん。
人数が五人も増えて嬉しいのでしょう。
「これから連れてくるわね!」
「おー、いけいけ。そして二度と帰って来るな」
ミルクを一杯だけ飲んだあと一人で店を出て行ったナターリア。
ジェンベルさんそれを見送り、しっしっと手で追い払う動作をしています。
酒場の隅でリュリュさんがくつくつと笑っているのが目に入りました。
そしてその隣でげんなりとした顔をしているのが、ポロロッカさん。
二人と悲しながら時間を潰していると、ナターリアが四人を連れて帰ってきました。
私は席を立ち、それに合流します。
「四人って、そいつらなのか……?」
カウンター前にまでやってくると、ジェンベルさんが思いっきり顔を顰めさせました。
ナターリアを見る以上に嫌そうな顔をして四人をマジマジと見ています。
「なんだよ、文句あるのかよ!」
「まぁこっちは全員子供だし……」
ジェンベルさんに食って掛かるトゥルー君に、それを窘めるレーズンちゃん。
「いや文句はねェよ? ただ、てめェらは別の酒場に行くのを強くオススメするぜ。俺んトコの依頼は基本的に難易度のたけぇのが多いんだよ。お前らじゃ無理だ」
恐らくジェンベルさんが言っている言葉の内容は全て真実。
初依頼の護衛依頼ですらアレだったのですから。
「そんなの、やってみなくちゃ判らないじゃないかぁ!」
「タック良い事言ったぞ! その通り!」
トゥルー君とタック君のその言葉に対して弱ったように頭を掻くジェンベルさん。
口はあまり良くないジェンベルさんなのですが根は良い人なのでしょう。
「男だって熊獣人一人じゃあねぇか。実力不足だ実力不足。せいぜいアリ……いや、ナターリアの足を引っ張って全滅するのがオチだ」
――男一人?
「なにぃぃいいいい!! お・れ・は! 男だッ!!」
「……マジかお前」
尻尾をピンと立てて憤りを見せているトゥルー君。
現在彼の栗毛色の髪は肩口辺りで綺麗に切り揃えられています。
容姿だけを見れば女の子にしか見えません。
ジェンベルさんが彼を女の子だと思ってしまったとしても無理は無いでしょう。
「ったく! 何でもいいからはやく仕事をくれよ!」
「はぁ……。クソッ、どうなっても知らねェからな」
「ああ!」
「オッサン、てめェが連れてきたガキだ! 最初の依頼くらいは同行してやれよ」
「わかりました」
カウンターの下でゴソゴソと何かを探しだしたジェンベルさん。
少しすると三枚の依頼用紙をカウンターの上へ広げられました。
五人が順々にその依頼用紙を見て何やら話し追っています。
やれ「これは危険な臭いがする」「実力的に厳しい……」「となるとこれかぁ」等々。
どの依頼を受けるのかで、しばらく話し合っていました。
「オッサンはどれがいいと思いま……じゃなくって、いいと思う?」
控えめな態度で、そのように問い掛けてきたトゥルー君。
この場に居る五人は全員文字が読めるご様子。
つまり文字が読めないのは私一人だけという状況です。
シルヴィアさんにお願いして読み上げてもらう事も今はできません。
それをしたら私が文字を読めないのがバレてしまいます。
近付いて三枚の依頼用紙を確認してみるも……当然のように読めません。
私はこの窮地を――誤魔化すことに決めました。
「ふむふむ。確かに私が選んでもいいのですが、これは皆さん依頼です。付き添いの私が決めてしまっては皆の成長を阻害してしまうので、ここは敢えてお任せするとしましょう」
――秘技『イイハナシダナー』。
「で、でもぉ……」
「なに、どんな依頼を受けたとしても私が守ってあげますよ」
「はぅぁっ! わ、わかった! これにする!!」
一瞬だけたじろいだ男の娘のトゥルーくん。
頬を朱に染めて私を上目遣いで見てきたあと――。
元気よく一枚の依頼用紙をカウンターに叩きつけました。
その仕草や表情は女の子よりも女の子らしく。
私はマイサンを鎮めるので精一杯になってしまっています。
二つの意味で決して、このせめぎ合いに負ける訳にはいけません。
トゥルー君は正真正銘の男性で私も男性。
トゥルー君でマイサンがふっくらヴィクトリアパジャマになっている事がバレたら――。
今までどんな功績を積み上げてきて信頼を得てきたとしても。
バレてしまえば、それらが全て地に落ちてしまうのは必然です。
私は――「先に外の風に当たってきます」といって酒場の外を目指しました。
――響く、妖精さんの笑い声。
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