『博覧会』二

 現在私の前には、きっちり衣服を着用して座っているナターリア。

 本当に御機嫌そうな顔をして座っています。

 私は色んな意味でドっと疲れました。

 薬を塗り込んだあと、ナターリアの背後にドクロの影が見えたような気がしました。

 が、まぁきっと気のせいでしょう。

 本当に――気のせいだと信じたいところです。

 ナターリア曰く、無数の薬品を使われた影響で体の成長が止まったとの事。

 所謂ドラッグリンチによる副作用と障害。

 つまり不老なのかというと話は別。

 成長が止まっているのは見た目だけとのことでした。


「あとは、その残りの半分を飲めばいいのよね? はやく飲ませてほしいわっ!」


 体の奥底から何かが吸われていく感覚を私はなんとか我慢します。

 私はポーションの瓶をナターリアの口に付け、ゆっくり傾けました。

 コクコクと飲まれていく、ポーション瓶内の液体。

 ナターリアは二度ほど息継ぎを入れて無事に全ての液体を飲み干しました。

 ナターリアの背後に一瞬だけ……。

 黒いドクロのようなモヤが、ぶわぁっと湧き上がったように見えました。

 が、それはすぐに消えてなくなります。

 それと同時に私の世界は――暗転。


『死にましたー』


 場所はいつもの暗闇の中。

 そんな暗闇の中で私は……。

 サタンちゃんの言っていた〝デメリット〟の言葉を思い出しました。


「なるほど、これでは確かに他の人には使わせられませんね」

 私はデメリットについて深く考えます。

 一人の命を対価に一人の負傷を治療する。

 これがポーションの効果だとすれば、とんでもなく罪な治療薬と言えるでしょう。

 そうして暗闇が晴れると元居た場所に全裸で立っていました。


「あら?」


 見れば不思議そうな顔で首を傾げているナターリア。

 男の裸を見て、キャー! だとかのピンク色の声を上げることはないようです。

 私は服装を正して、ナターリアの様子を伺いました。


「……デンデンデンデンデンデン、デンデン……」

「妖精さん、不吉なSEを口ずさむのをやめてください」

「……わかった」


 いつの間にか姿を変えていた褐色幼女形体の妖精さん。

 一瞬だけ黒い光に包まれて妖精さんの姿に戻りました。

 ――響く、妖精さんの笑い声。


「どうですか? 一応、一週間もあれば治るはずなのですが……」

「んー、体のあちこちがくすぐったいわっ!」

「なるほど。では取り敢えず、これで様子を見てみましょう」



 ◆



 次の日の夜。

 私は一人、星空を眺めていました。

 星空を眺めながら星に向かって独り言を呟きます。


「私は……私の行いは、本当に正しかったのでしょうか……」


 私は前世、常に選択を誤り続けて……最終的に負け続けてきました。

 ……否、選択から逃げた回数の方が多かったかもしれません。


「本当、偽善にもならない大悪人ですね……」


 妖精さんは皆が寝ている部屋に置いてきた為、私の独り言に答える者はいません。


「今回の行動だって大敗北の布石でないと、いったい誰が言えるでしょうか」


 エッダさんとタクミの二人は死ななくてもいい命だった筈。

 ナターリアを選んだ選択は本当に正しかったのでしょうか……?

 そんな不安が私の胸の内を支配しています。


「――ふんっ。ニンゲンというヤツは何時だってつまらない事に悩んでいるな」

「…………」


 唐突に姿を見せたシルヴィアさん。

 彼女の存在を完全に忘れていました。


「ニンゲン、お前は選択を誤るのが怖いのか?」

「はい。私はエッダさんとタクミを殺し、ナターリアを選びました」

「そうだな」

「しかし、それは本当に正しい選択だったのでしょうか……?」

「知らん」


 私の言葉をバッサリと切り捨ててきたシルヴィアさん。

 どうやらシルヴィアさんは慰めるために出てきた訳ではなかったようです。

 今すぐシルヴィアさんのお腹をグーで腹パンしたいところ。

 それから……シルヴィアさんのアナルに触手を二本突き刺して、ニャンッ!?

 とも言わせてもやりたいところ。


「だがお前は運が良い。なんせヤツらに手を下したのは一度も敗北した事のない、この――私なのだからな」


 眼前上方に回り込んできて腕組みをし、ツンっぽく見下ろしてくるシルヴィアさん。

 ――もしや、これは…………。


「ふんっ、例え負けたとしても今回は気にするな。この私が一緒に負けてやるのだぞ?」


 シルヴィアさんなりの慰め? なのでしょうか。

 月明かりのみでは殆ど見えない、シルヴィアさんのシリアルキラー純白おパンツ。

 今は本当に愛おしいです。


「……ありがとうございます」

「ふんっ」


 鼻をひとつ鳴らして姿を消したシルヴィアさん。

 私は彼女に……恋をしてしまっても良いのでしょうか……?

 私の淡い恋心という名の蕾は……。

 きっと近いうちに開花してしまうのでしょう。






 ――――次の日の早朝――――ハグ死で枯らされるまでは。



 ◆



 それから三日間。

 私は持っている小金を切り崩しつつ、ナターリアの身の回りの世話を続けました。

 ナターリアの怪我は毎晩のお風呂にて確認済み。

 日に日に回復していく傷跡に比例し、マイサンが産声を上げようと自己主張します。

 が、それでも今の所は何とか抑え込む事に成功していました。

 そうしてやり過ごす事、四日目の朝。


「おじさんっ! おきて!!」

「……んん、コレットちゃん? まだ早くないですか?」

「立ってるの!」


 私は慌てて下腹部を確認します。

 が、私のクララは立っていません。

 ほっと一安心です。


「ナターリアちゃんがっ!」

「おお!」


 コレットちゃんに連れられて庭まで出て行ってみると……。

 ゆっくりとですが確かに自分の足で立って歩いているナターリアの姿がありました。


「あっ!」


 私が出てきたのに気が付いたナターリア。

 こちらを見て満面の笑みを浮かべてくださいました。


「やったわ! ありがとう勇者様っ!」

「ええ、完治まで頑張りましょう」


 その日以降。

 子供達の年長組に武器の扱いを教えているナターリアの姿。

 それを廃教会の庭隅で見かけるようになりました。

 トゥルー君は両手に短剣を持っていて同時に投擲の練習もしているようです。

 意外なことに、トゥルー君の相手はフォス君がしていました。

 拾った棒切れで短剣二本を圧倒している姿は、とても後衛職には見えません。

 私が組手の対戦相手であれば三秒で制圧されてしまう事でしょう。

 その他にも教会の年長組である熊耳獣人のタック君。

 タック君はナイフ片手に丸盾捌きの練習をしています。

 その相手は、ぬぼーっとした表情をしているレーズンちゃん。

 レーズンちゃんは木の棒を持って攻撃の練習をしていました。


「あっ、今のところはもう一歩踏み込めば一撃いけたわね」


 そして――細かい部分を指摘しているナターリア。

 聞いてみたところ皆の武器が短剣や木の棒であるのは理由があるそうです。

 一つは手元にあるのがそれしか無かったという理由。

 が、もう一つは買い替えるにしてもお金があまり掛からないから、という理由。

 ――そこから二日が経過。

 どんどん元気になっていくナターリアと同時に元気になっていくマイサン。

 これ以上はまずいと判断した私は彼女の身の回りの世話を止めることにしました。

 自分のことは自分でするようにと、お願いをするのです。


「リア、正直に告白します」

「なにかしら?」

「リアの体の傷が無くなってきて、私はリアに性的な興奮を覚えています」

「知ってるわ」

「なので……その、そろそろ身の回りの事は自分でやって欲しくてですね……」


 その事を告げると、ナターリアはキョトンとした顔に変化しました。


「どうして? お風呂だけでも手伝ってくれていいのよ?」


 ナニかを見透かしたかのような美しい緑玉色の瞳で、そのように言ってきた彼女。

 ですが私は――断腸の思いでその提案を断ります。


「ですから、この以上は私自身の性欲を抑えられなくなりそうなのです!」

「わたしは別に抑えなくてもいいと思うのだけれど……言ってくれれば手伝うし」

「――ッッッッッッッッ!!! だ、ダメです!!」


 次の日。

 私は少ない所持金で、ナターリア希望のククリナイフ二本を購入しました。

 トゥルー君には通常の安いナイフを五本。

 タック君には少し上質なナイフを一本。

 フォス君には店で二番目か三番目に安かったスタッフをプレゼント。

 最後に、レーズンちゃんには長剣を一本プレゼントしました。

 エルティーナさんとコレットちゃんは訓練をする子供たちを見て心配顔です。

 危ない事に手を出してほしくないらしく、かなり難しい顔をされました。

 が、冒険者になりたいという子供達の意思は固く。

 武器を持った訓練もせず冒険者になった時の事を考えると渡さない手はありません。

 そして何より……最近は町の空気が妙にピリピリしています。

 護身術は身につけておいて損は無いでしょう。

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