『博覧会』一

 私はナターリアをお姫様抱っこしながら私室にまでやってきました。

 ボロ布が一枚敷かれただけのベッドの上に、そっとナターリアを降ろします。

 昼間ではあるのですが部屋は窓扉が閉じているせいで薄暗くなっていました。

 現在の光源は魔石灯のみ。


「うふふ、こんな粗末なベッドでするのね」

「……完全に誤解なのですが……いえ、まずは服を脱がせさせていただきますね」


 治療行為をするのには結局は患部に触らなくていけません。

 そういった事をするのは事実なので、わざわざ言い訳するのもよくありません。

 これは医療行為のための致し方のない正当かつ不純性の一切無い行動。

 つまり、これは決してやましい感情ではない事の証明です。……ハァハァ。


「いいわ。でもわたしの体ってば本当に壊れかけだから、ちゃんと優しくしてね」


 私はゆっくり慎重に、ドレスを脱がせていきます。

 それこそ割れ物を扱う以上に慎重に……。

 震える手で、ゆっくりと脱がせていきました。


「手が震えているのだけれど大丈夫かしら」

「も、申し訳ありません」


 申し訳無い気持ちになりながら極力素肌を見ないように、ドレスを脱がせました。


「――――ッ!?」


 脱がせた後に見えてしまった彼女の素肌に目を見開きます。

 下着と履物のみになったナターリアの姿は想像を絶するものでした。

 全身には切り傷、刺し傷、肉を抉られたような痕、そして夥しい火傷の痕。

 いったいこの少女が何をしたというのでしょうか。

 これ程までに酷い事をされるだけの理由が、彼女にあったのでしょうか……?

 傷跡の数々は顔以外の全ての場所に万遍なくつけられています。

 それこそ無事な場所があるのかが怪しいほどに……。

 私はナターリアの手袋と靴。

 それから太股上まである黒のオーバーニーソックスを脱がせて更に絶句しました。

 ――どうして、何故……?

 一体どうすれば、こんなにも酷い事が出来るのでしょうか。

 どうしてこの少女は……。

 酷いとしか言い表せないこの状態で、こんな平気そうに笑っていられるのでしょうか。

 ――平気……?

 いいえ、違いました。

 もう既に限界を超えて苦痛の先にこの少女が居るというだけのこと。

 崖っぷちなのではなく、その崖から何度も突き落とされている真っ最中。

 泣き叫ぶ悲鳴すらも枯れてしまい残っている感情だけが表に出てきている状態。

 それすらも無くなってしまえば、そこに残るのはただ一つの〝虚無〟だけ。


「こんな……」


 指には綺麗な爪など一枚も残っていません。

 何度も剥がされて変になった歪な爪が、あったりなかったりという状態。

 そこが爪のある位置だと判断できた材料は、そこが手の形をしてからという一点のみ。

 手袋で隠されていた場所は真っ先に拷問の対象にされたのでしょう。

 本当に夥しい傷跡が残っています。

 その痛みは、それを知らない者が語れるワケがありません

 足も同様――いえ、両薬指が無くなっているので、それ以上。

 震える手で胸を覆う下着を取り去ると……――私は窓を開けて吐きました。


「――ッッ! ――――ッッッ!!」


 私の部屋がある位置は教会の裏側。

 外に誰もいなかったというのが幸いして誰かに見られる事はありませんでした。

 胃の中身を全てぶちまけた後。

 私はドレスを脱がせた時以上に震えている手で木の窓を閉めました。


「もうっ、レディーの裸を見て吐くだなんて酷い勇者様だわ!」


 ぷいっ、と可愛らしく顔を背けたナターリア。


「申し訳、ありません……」


 ナターリアを風呂に入れてくれた、エルティーナさんとコレットちゃん。

 お二人は、まず間違いなくこの姿を見ていたはずです。

 だというのに平静を保っていて、お風呂に入れた際も嫌な顔一つしなかった。

 ナターリアが言っていました。

 どうしても人を見た目で判断してしまう自分自身には改めて失望します。

 私はこんなにも汚い人間だったのでしょうか……?

 嫌だ。

 こんな自分自身が……嫌だ。


「嫌でしょう? こんな壊れかけ。わたしだって嫌だもの……」


 ナターリアの瞳から、ハイライトが消えているのが見て取れました。

 これは間違いなく危険な兆候です。


「治ります……」

「え?」

「……治してみせますよ! 私がッ! だから――ッ! もう一度だけ信じてください!!」

「何を信じればいいと言うのかしら。希望? 神様?」

「私を、です。私と私を支えてくれている人達を、です!!」


 私はナターリアを強く、それでいて優しく。

 持てる限りの優しさを込めて抱きしめました。


「……わかった、信じるわ。最後にもう一度だけ……ね」


 一分程してから私はナターリア放します。


「ぁ……」

「ん?」

「ねぇ、もうちょっとだけ今のみたいに抱きしめていて欲しいのだけれど……」

「喜んで」


 十五分ほどした後、私はバックパックから例のポーションを取り出しました。

 ドクロの黒いモヤが立ち上がった気がしましたが、きっと気のせいでしょう。

 その様子をナターリアは突っ込み一つ入れずに見てくれています。

 本当に信じてくれているのでしょう。

 だというのに私は……。


「半分は傷がある場所に、もう半分は飲んでいただきます」

「ん、わかったわ」


 私は信じている相手がコレを渡してきて――『良い物だから大丈夫だよ』。

 と言ってきたとして信じる事が出来るのでしょうか。

 ――否、絶対に無理。

 それをナターリアは曇り一つ無い緑玉色の瞳で真っ直ぐに見てきているのです。

 私はポーション瓶の蓋を開け、ほんの少し手に垂らしました。

 体の奥底から何かが吸い取られているような感覚。

 しかし今更これを使わないという選択肢など、あるハズがありません。

 ナターリアの患部。顔以外のほぼ全身に塗りたくっていきます。


「うふふ、くすぐったいわ」


 胸部。胸があったはずの位置に塗りこんでいる最中はくすぐったそうにしていました。

 が基本的には塗られていて嫌な感覚は無いとの事。

 塗りこんだ液体は残るような事は無く、すぅーっと消えてなくなりました。

 ナターリアにはすぐに、チューブトップのようなブラを着けてあげます。

 そうして最後に残った場所、残してしまった場所は……。


「まだ一ヶ所残っているけれど、ココはいいのかしらっ!」

「傷跡があるのなら塗らないといけないのですが……」

「うふふ、それじゃあ見ないで塗った方がいいわね。きっとまた吐いちゃうもの」


 ――っ。

 やはり下着――パンツの下だけが無事だなんて。

 そんな都合のいい話はなかったようです。

 ですが、それでも――。


「私のような者が少女の下着の中に手を入れるというのはですね、その……」

「……?」

「何かと問題と障害があってですね……」

「本当に知らなかったの? わたしってこう見えて、ちゃんと成人しているのよ?」

「十五歳で成人とか、そういうのですよね」

「まあ! 本当に知らないのね! わたし、これでも三十二歳よっ!」


 ……。

 …………。

 ………………。

 ――――――…………?

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