『不穏』三
確かにサタンちゃんの商品が私の期待を裏切った事はありませんでした。
が、ポーションの内容物が不気味すぎて、どうしても気になってしまいます。
「これで誰を毒殺しろと……?」
「ヒッヒッ、ナターリア本人に使えばちゃぁんと治るさ」
「本当ですね……?」
「使い方は半分を治してやりたい部位に塗ってやって、もう半分を飲ませる、ダ」
「ちなみにリア以外の者に使うと?」
「溶けるだけだナ」
――何故?
という疑問が喉元まで上がってきましたが、その言葉を何とか飲み込むことに成功。
私はテーブルの上に置かれたポーションを回収します。
「っと、そのポーションには注意点がもう一つあってだナ」
「なんですか?」
「必ず〝お前さんが使う〟ようにしロ。他人に使わせるナ」
「分かりました、と言いたいところなのですが体にも塗るのですよね」
「別に他人に使わせても使われた対象は治る。が、それなりのデメリットはあるナ」
――デメリット。
少し前に効果を発揮したおっさん人形のデメリットは復帰の時間延長でした。
それが小さなデメリットだとして、〝それなりのデメリット〟とは一体……。
全く想像できません。
それなりのデメリットとは、どのような効果になるのでしょうか。
「デメリットの詳細を……」
「当然、内緒ダ。ああ、アタシと契約すれば――」
「それはダメです」
断られてなお楽しそうに笑っているサタンちゃん。
一つ確かな事実は他の誰かにポーションは使わせられないということ。
「そうだナ。今回のオマケはアタシと、そこの生まれたての年齢でどうダ?」
「それは非常に気になりますね。ですが妖精さんの年齢を勝手に聞いてしまうのは……」
チラリ、と妖精さんの方を伺い見てみます。
「……別に気にしないから、いいよ」
「ヒヒッ、当然だナ」
お二人とも相当若いのか年齢は気にしていないご様子です。
「アタシは――十四万九歳ダ!」
「十四万!!?」
……。
…………。
………………。
一瞬、交戦すること無く謎の自沈を遂げた駆逐艦に乗っていたご先祖様。
曾爺さんの遺影が脳裏を過った気がしましたが、きっと気のせいでしょう。
「あ、あぁいえ、九歳でしたか。見た目通りですね」
「ヒッヒッヒッ!!」
力強く笑うサタンちゃん。
何か面白いことでもあったのでしょうか。
「そっちの生まれたての歳は――三百七歳ダ!」
……。
…………。
………………。
私の脳裏に一瞬、元気だった曾婆さんが突然つぶやいた言葉が思い浮かびました。
それは『明日死ぬなぁ……』と笑いながら言っていた翌日。
本当に眠るように死んでいた曾婆さん光景がフラッシュバックしたのです。
あぁいえ、きっと気のせいでしょう。
「アァ! ナナサイ! 七歳ヤッター!」
「ヒッ! ヒッ! ヒッ!!」
可笑しくてたまらないという感じで笑っているサタンちゃん。
お二人が予想以上にお歳を取っていたという事実に驚きが隠せません。
サタンちゃんは発言と行動から察しするに数百歳越えは予想していました。
まぁ結果としては予想以上だったワケですが。
――しかし生まれたてだと言われていた妖精さんで……三百七歳。
私は現実逃避を止めて何とか持ち直すことに成功しました。
「……ふぅ」
「おっ、整理ができたのカ」
「はい、なんとか。それに妖精さんは何歳でも妖精さんですからね」
その言葉に、いつものように笑うサタンちゃん。
私は適当に挨拶をして天幕の外に出ました。
当然そこは、いつもと変わらぬ空気の市場。
再び天幕の中を覗いてみると、なぜか頭蓋骨の数が増えていました。
私はその光景から目を背けるように、その場から離れます。
「さて、帰りましょうか」
皆の居る廃教会へ。
バックパックの中に入っている毒々しい液体を、ナターリアに飲ませるために。
◆
教会に戻ってきてまず目に入ったものは庭で元気に遊んでいる子供達。
そして、それを日陰から眺めているナターリア。
膝には毛布が掛けられています。
膝の上には頭部に修繕の痕が見て取れる、おっさん人形が置かれていました。
手足が動かないのに柔らかな笑みを浮かべているナターリア。
その表情は本当に大人びており、とても魅力的です。
近づくと私に気が付いたナターリアが、ゆっくりと目を合わせてきました。
「おかえりなさい、良い物は買えた?」
「ええ、とびっきりのやつが買えましたよ」
「うふふふ。それにしては不安の色のようなものが見えているのだけれど?」
「ま、まぁ……」
ナターリアは人の表情を読むのが得意なのでしょう。
ポーションに対する不安を読み取られてしまったようです。
「……ここはいい場所ね」
「ええ。それには同意見なのですが、どうしてまた?」
確かに良い場所なのは間違いありません。
ですが、その世界の色は傷心しているナターリアにも届く程だったのでしょうか。
「エルティーナって人とコレットって子がね、わたしをお風呂に入れてくれて、お世話もしてくれたのだけれど……わたしの体を見ても嫌な顔一つしなかったの。他の子たちも良い子ばかりだわ……」
私はリュリュさんに、ナターリアの世話をするようにと言われていました。
特にお風呂などは私が入れてあげるようにと……。
帰って来るのが遅くなりすぎてしまいました。
元から綺麗だったナターリアの黒髪が輝きを増しています。
女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐりました。
これ以上乙女な雰囲気に触れていると、イケナイ気分になってしまうかもしれません。
そう思った私は流れを切り替えるように、ポーションの話を切り出します。
「リア、二人きりになりたいのですが、いいですか?」
――ん? 何かを間違えてしまったような。
と若干の違和感を覚えつつも、ナターリアの言葉を待ちます。
「……ぃぃけど……」
若干の不安と期待を孕んだ瞳をして上目遣いで見てくるナターリア。
私はナターリアの負傷を治療したいというだけなのに……ええ。
完全に言葉選びを間違えてしまいました。
今まで彼女に酷い事をしてきた連中と同じに思われたくはありません。
これは先に誤解を解いておかなければ、また彼女を闇に堕としてしまう可能性も。
「あの、勘違いしてしまわないように言っておきたいのですが……」
「わかってるわっ! レディーに対してダメ押しなんてするものじゃないわよ?」
私の言葉を遮るようにそう言ったナターリア。
これはもしかして、マズイのではないでしょうか……?
「ただ申し訳ないのだけれど、わたしの体ってそんなに綺麗じゃないから覚悟しておいた方がいいわ……」
ナターリアは完全に誤解している様子。
しかも考えうる限りでの最悪の方向へ全力疾走しています。
が、私の中のデビルおっさんが囁きました。
――ピンチ・ハ・チャンス――と。
私は体の軽いナターリアを御姫様抱っこして私室への移動を開始。
改めて確認してみると手なども手袋に覆われています。
本当に顔以外の素肌が見えていません。
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